私は新卒からずっと同じ会社に勤めているので、他の会社を知りません。私にとっての「普通」の会社は今勤めている会社なので、他の会社の「普通」を知りません。
私の勤めている会社は零細企業なので、社員も15人程度しかいません。そしてみんなそれぞれの「普通」を持っています。
各々の「普通」が同じもしくは似ている場合は良いのですが、似ていないもしくは全く違うとなるとたまに問題になります。
相手の「普通」と自分の「普通」が違う、ということを認識するだけなら良いのですが、違うことにストレスを感じ、相手の「普通」を受け入れられず、非難することによって問題は起きます。
みんなそれぞれ違った環境で生まれ育ち、経験し、積み重ねてきたものがあるので、みんなそれぞれ違う「普通」になるのは自然なことです。みんな違ってみんな良い、です。
最近、社内の40〜50代の先輩方が言う「普通はこうするよね」「普通はこうだよね」という発言が気になります。あたかも彼らの言う「普通」以外は間違いであり、世間一般を味方につけているように聞こえるのです。もちろん「普通はこうするのか」と納得することもありますが、しかし「果たしてこれが普通なのか?」と疑問に思ったとき、先輩方には何も言えない、言いづらいという現状があります。
ここから学んだこととしては、自分が同じ世代になったときには、自分の「普通」を持ちつつ、「普通は」という言葉の乱用はしない方が得だということです。相手の意見を認めたり、受け入れたり、吸収しようとすることは、自分の感覚の視野を広め続けるためにも必要なスキルなのかもしれません。
