先週の金曜日、10月30日が仕事納めでした。
最近、記憶の飛び方が一段とひどくなりました。
仕事では、引継ぎをしたこと自体が丸ごと消えてしまったり、1週間、自分が生きていた記憶がなかったり。カレンダーを見ても今がいつなのか分からないまま、会社に通っていました。
そんな状態だからと言って、引継ぎをしなくていいという流れにはならず、3回ほど引継ぎの時間が設けられました。
日々の仕事も覚えられず、毎日ノートを見ながら担当業務を進めている私ですが、退職に当たってはそのノートが引継ぎ書になりました。
上司から「マニュアルの参考にしたい」と言われ、ノート(OneNote)全体を共有することになりました。
そこで、自分のノートを見渡し、内容を整えたり、引継ぎの直前には、説明するために何度かノートを読み返したりしました。
それでも、内容が頭に入らないのです……。
何度再生したか分からないくらい、内容を確認して引継ぎました。
それなのに、2日後に上司に尋ねられた時、引継ぎが終わったかどうかさえ分からない自分がいました。
今年の秋は、認知症が一段と進んだように感じます。
最後に勤怠を締めるときも、記憶がすっかり飛んでいました。
私の記憶は、まるで泥の中に沈んでしまったかのようです。
金曜日は、夕方パソコンや携帯、IDカードなどを返却し、上司に出口まで見送ってもらって退社しました。
肩の荷が下りたような気がしました。
帰宅して夕食を食べ、お風呂に入った後も、ホッとした気持ちが続いていました。
久しぶりに窓の外に月を見つけました。
これからは、月を眺める余裕のある生活が始まるんだ。
そう思って、安堵したり、少し嬉しくもなりました。
ところが、部屋の方へ振り返ったとき、いつもチェストの上に置いてあるはずの社用携帯が見当たらないことに気づき、ハッとなりました。
数時間前に会社へ返却したことは思い出さず、いつもある場所に携帯がないことにしか意識は向いていません。
「いやいや、退職したから返したやん?」とは思わなかったのです。
「紛失したのだろうか」
「外で落としていたら一大事だ」と考えていました。
その後、「えっと、退職する日はいつだっけ」と考えました。
はっきりした答えは分かりません。
そもそも、普段から『今がいつなのか』が分かりません。
ただ、「多分、もう退職日を過ぎているから、携帯がないのだろう」と考えて、就寝することにしました。
眠りに入る前、帰り際のことを思い出して来ました。
上司が「〇〇さん、今日が最終日です」と、皆に声をかけてくれた場面です。
その日は送別ランチをしてもらい、餞別もいただき、最後には出口まで見送ってもらって帰ったのです。
退職したと考えるべきだけど、退職した実感が湧かない…。
何が事実なのかが分からなくなっていました。
「週明けに出社してしまいそうで怖い……」そう思いながら眠りました。
翌朝、土曜日になっても、頭の混乱が若干残っていました。
また携帯を探し、自分は退職したんだろうかと考える。
デジャブのように繰り返されました。
最終日まで、普段とは違うことがありすぎて、脳が疲れてしまったのでしょうか。
これまで、認知症の人が何年も前に勤めていた職場へ行こうとする姿を、映画や本、ドキュメンタリーなどでたくさん見てきました。
それが今、自分の身にも起こりそうになっていることに、「ここまで来たか」という思いです。
辞めた実感がないというか、頭で理解できていないというか。
目の前で起きたことが現実なのか、それとも自分の勘違いなのか、頭が判断できないのです。
目の前にある餞別の品も、目に入りません。
朝礼で挨拶したことも、夢だったのか現実だったのか区別がつきません。
明日、間違えて出社しないようにと、自分に言い聞かせています。
まさか、本当に会社へ向かう前には気づくだろうと信じていますが、自分がいつ、どうなってしまうのか分からないんだと感じる週末でした。


