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5日(水)9:00〜16:00まで手術
「手術室に入ったあと、執刀医の先生から手術に携わるメンバーの紹介をしてもらってんけど、早口やし数が多過ぎるしで覚えられへんかったわ
」
「上を向いたまま麻酔を入れてもらって、あっという間に眠くなった。手術台には登ってないから、わたしが寝てから移動したと思う〜」
5日 術後(当日)
麻酔が切れたカピ子大暴れ
意識が戻り、手足が動いた事を確認後鎮静剤を投入
「麻酔が切れた後の事は覚えてないねん。」
「起きた時お母さんと埴輪パパが手を握ってて、眠たいから手を離して欲しいと思ってた。」
5日の夜中(当日)
術後はICUで過ごすため、ねこまたと埴輪一旦自宅へ帰る
「めっちゃお水飲みたかったけど、飲めなかった。」
「看護師さんが、湿らせた何かで口をしめらせてくれたけど、3回も吐いてしまった。それで、水を飲むのは諦めてん
」
めっちゃ苦しんだらしい。
6日(木)(術後1日)
早朝7時に、ねこまたはカピ子が滞在するICUへ到着。
カピ子はお薬の効果で眠っていたため、ねこまたはチラッとカピ子の顔を見てそのまま近隣施設(⚠️ネットカフェ)で待機。
その後スタッフステーション横の個室へ移動したので、午後2時にカピ子の元へ戻る。
①尿道カテーテル
②痛み止め入りの点滴
③強力な作用を持つ痛み止め
を装着したカピ子がお出迎え。
③を入れている間は、胃腸が動かないため絶食。
お水は飲んでも良い。
食いしん坊カピ子なのに、食べ物の話を聞くだけで吐きそうになるらしい。
個室なので、お泊まりもオッケーだ✨
夕方に病室へ現れた埴輪くんには自宅へ帰ってもらい、ねこまたお母さんはそのままカピ子の病室にお泊まりする。
急遽のお泊まり(本人の不安軽減のための措置)だったので、なーんも用意していなかったねこまたは、カピ子が用意していた入院グッズを借りた。
ローテーブルとソファーの向きを変えることで、簡易ベットになる仕組み
分厚いマット(レンタル布団)は気持ちが良くて、素晴らしい寝心地だった!
簡易ベットをカピ子のベットにピッタリつけて、手を繋いで眠った。
術後部分の痛み(強い痛み止めにより、抑えられている)よりも、長時間動かずにうつ伏せでいた事による床ずれ部分の痛みが気になったようだ。
自宅にいる猿くんの夜食は、帰宅した埴輪氏が使ったらしい。
めちゃくちゃボリューミーな野菜たっぷりカルボナーラ単品が、でっかい丼に山盛りで出て来る。
気合いで完食した猿氏、腹を壊す。
7日(金)(術後2日目)
ねこまたお母さんは、早朝5:30にカピ子と朝の挨拶をし、片道1時間半の自宅へと戻る。
この日からねこまたお母さんは仕事に復帰する。
息子猿くんと朝ごはんを食べ、猿くんを見送った後に仕事へと出発する。
不安であろうカピ子の病室には、休みをとった埴輪氏が早いうちに行くらしい。
ちなみに、ねこまたが出勤する時点で埴輪氏はぐーぐーと寝ていた。
そのまま寝坊に寝坊を重ね、午後4時まで寝ちゃったんだって埴輪。
カピ子の元へたどり着いたのは夕方17:30、、、、。
なんやそれ。
この日は、仕事を終えたねこまたお母さんがそのまま病室へ直行し、お泊まりする事にした。
ねこまたや埴輪氏がいる時は、元気が良さそうにみえるカピ子だが、ひとりぼっちの時はどうやら不安らしい。わりと頻繁に看護士さんを呼んでいるようだ。
しばらくの間、どなたかに付き添いお泊まりをしてもらいたいとの話がある。
「ベッドが狭いから俺は無理やわ」
「カピ子もお母さんの方が良いやろ」
というわけで、個室にいる間はねこまたお母さんが病院にお泊まりする事になった。
埴輪なお父さんは基本自宅に帰ってこないタイプなので、ねこまたお母さんが病院に泊まる間は、猿くんはポイズン教祖婆様のご自宅に泊まらせてもらう事になる。
「リハビリでベッドを起こして座る練習した〜」
8日(土)術後3日目
①ゼリーが解禁される!!
②カピ子、リハビリで数歩歩く。
③夕方埴輪氏がお見舞いに行く。
ねこまたお母さんは仕事終了後一度自宅に戻り、シャワーを浴びてカピ子の病院へ向かう。
ウィダーインゼリーを2つお土産に持って行き、喜んだカピ子はふたくちだけゼリーを飲む。
埴輪氏は病院から会社へと移動。
猿くんは爺婆の家で泊まる。
9日(日曜日)術後4日目
猿くんのスポーツクラブの遠征日(付き添いは埴輪氏)
朝の5時にカピ子に挨拶をつげ、AM6時30分に自宅に帰れるようにねこまた帰宅。猿くんと埴輪氏を見送り出勤。
カピ子は、夜中12時の痛み止めが切れる時間帯に一度目を覚ますも、その後は朝まで眠れるようになった。
寝相も、思っていたよりもよく動いている。
①リハビリで座って立つ練習をする。体調不良で歩くリハビリはお休み。
午後から、ポイズン教祖婆様とちょんまげ爺がカピ子のお見舞いに行く。
その後仕事を終えたねこまたが、職場から直でカピ子の病室へ。
疲れた。ほんまに疲れた。
へろへろねこまたは、この日はお泊まりはせずに、午後8時に病室を出て自宅へ帰らせてもらった。
片道高速1時間半が、地味に疲労感を蓄積させてくる、、、。
そして、色々予定が狂った猿くん(術前は、16歳カピ子の付き添いで泊まる想定は保護者も医者もしていなかった。)に、
「、、、なぁ、最初ってオカン病院に泊まる予定やったっけ??」
とつぶやかれる。
どうやら、ポイズン教祖婆様からの四六時中にわたる指示命令クソバイス攻撃で、彼の堪忍袋がはち切れそうになっているようだ。
猿くんとねこまたの2人は、静かに自宅で眠りについた。
10日(月)術後5日目
久方ぶりに母と息子2人で過ごす静かな朝の自宅へ、ポイズン教祖婆様がワイワイと入って来た。
猿氏、半泣きのような怒りを帯びたような表情で、
「なんなん??何の用なん??もう黙って!!」
とおっしゃる。
、、、、、カピ子の側わんの入院で、1番痛い思いをしたのはカピ子である事に間違いはないが、
、、、、1番理不尽に苦しい思いをしたのは猿君かもしれない、、、と思ふ。
脳みそが筋肉でできているねこまた兄
ちょんまげている爺様
おっさんボーイ弟
に引き続き、平均的一般的な人柄を待つ孫猿をもウンザリさせる、ポイズン教祖婆様トークの破壊力は、すごいものだなぁと改めて認識する。
心優しく真面目で一生懸命なタイプの婆様なのだけれど、口から出る言葉が全てU言葉であるが故に引き起こされるこの悲劇、、、、。
元凶はすべて、U言葉にあり!
と、ここに記そう。
めちゃくちゃ疲れが出始めた周りの人々と違い、
カピ子はどんどん回復している。
①個室→4人部屋へ移動
②食事を取り始める
③尿道カテーテル以外のチューブが抜ける
後半に続く