教えてくれて当たり前
やってくれて当たり前
聞いてくれて当たり前


わからないのだから
出来ないのだから
弱いのだから




色々な理由があるが
いつの間にか
相手からしてもらうことに
当たり前だと思ってしまってはいないか?



身近なところでは
ご飯を作ってもらって当たり前
稼いでくるのが当たり前
といったところだろうか



母親が家庭を切り盛りし
父親は外で働く

今までもこれからもそういった家庭はあるだろう


体力や器用さ、思考回路、体の作り
そういう男女の特徴から生まれた役割だからだ
男が外で戦い
女が産み育てる
それは自然の摂理だった

しかし
今や必ずしもそうとは言えない

命を宿し産むという事は女性しか出来ないが
労働も家事も育児も
男女の垣根はない


子供がご飯を作ることもある
父親が掃除をすることもある
母親がが1番遅く帰ることもある


現代のライフは色とりどりだ


だからこそ
ありがとうを忘れてはいけない



家族や友達
親しい人達には特に
やってもらって当たり前という事はない


自分がやってあげることは
自分の意思で決めたことだから
見返りは求めない当たり前のことだ


公共施設で掃除してくれる人
お店で物を売ってくれる人
仕事を教えてくれる人

お金をもらっているのだから
それをする事はその人には当たり前のことだが

やってもらう私達にとっては
当たり前ではないのだ


美味しいご飯をありがとう
育ててくれてありがとう
優しくしてくれてありがとう



日々繰り返す
自分へ注がれる愛情は
自然すぎて気づかなくなって

それが途切れた時
不満を感じてしまう



愛情は無限ではない
心が乾けば
愛も干からびる



自分だってそうだろう

ただ1度休んだだけで

なぜやってくれないのと
不満げにされたら悲しみを感じるだろう

いつも頑張っているのに
ただ1度だけで
今までの頑張りが無になってしまうなら

頑張り続けられるだろうか?






時折、傲慢になってしまう自分へ

戒める言葉ではなく感謝の言葉を



ありがとうは魔法だ


言われた人よりも
言った自分に帰ってくる魔法だ




傲慢の影を感じたら
呪文を唱える
ありがとう