理想論を語ることは簡単だ

尊敬されるような
自制心と寛大さと慈愛に満ちた
綺麗事を並べればいい

それを実行するのがとても難しいが。


嫌なことをされた時に
「何かあったのかな?」と相手を気遣うとか
穏便に嫌であることを伝えるとか
仕方ないなぁと許すとか

色々と方法はあるが

実際は
かわいそうな人だなぁとか
顔には出さないが嫌悪するとか
思い切り顔に出す
同じように嫌な態度で返す

報復というか仕返しというか恨みというか…
とにかく
二度と関わるものかと嫌悪したり
面と向かって言い合いしたり
哀れむという上からの目線などでごまかして
処理する事が多いのではないだろうか





子供の対応
大人の対応

どちらも共に悩みは尽きない




子供の対応というのは
争いが目立ったり態度に出すという事から
目の敵にされたり、いい人なんだけどね…と
憐まれたりする


こういう人は純粋で正義感が強いのに
汚れた感情やグレーゾーンの曖昧さや
自分の心とも向き合わずにいる為
何に対して怒りを感じるのか分からず


嫌な態度の人=攻撃していい人
と見なしてしまい怒りを増幅させていく


更に向上心もプライドも高いので
憐まれることに対しても腹が立つ

味方すら助けてくれないと
敗北感を感じて
更に怒りと悲しみが膨れ上がる




なぜそのような態度を取られるのか

自分の非は汚い部分なので
見ないようにしているから
「相手が悪いのに
        なぜ自分が変わらなければならないのか」
「なぜ誰もわかってくれないのか」
「なぜ皆正そうとしないのか」
という感情のループに飲み込まれてしまう



みんなも嫌な思いをしている
みんなも文句を言っている
みんなも困っている

みんなの為という大義名分も怒りを増長させる



そんな時はやはり周りを変えようとと
大騒ぎして、自己主張をするよりも先に
「自分は何が許せないのか」
考えてみるのが近道だ


ずるいのが許せないのなら自分はしない

サボるのが許せないのならサボれない方法を探す

嘘をつくのが許せないのなら自分の信用を強化する


そうやって先回りで対応することは
負けることではない


不快な思いをせずして勝ちに行く
そういう賢さを身につける方がずっと楽なのだ



個人的には
面と向かって言う人の方が
陰で言いふらすような人よりも
付き合いやすい


子供っぽいのかもしれないが裏表がなく
感情がわかりやすいので安心なのだ


しかし
特に社会人ともなると
怒りを心に秘めたり、流したりして
相手にしない事が大人の対応とされる


余計なことは言わず波風立てず
相手の顔を立てる
主張せず縁の下の力持ちでいる


そういう事が真から身についているならば
とても格好良くて憧れるが



本当は腹が立っているのに
大人の対応が出来る人は爆発しないように

特に
相手を下に見たり馬鹿にして
気にしないふりをしているのなら
思った以上にストレスを感じているので
今までの自分が一瞬で崩れてしまわないよう
発散の手段を身につけてほしい

怒りを長引かせないやり方で



損な役回りだと感じているなら
断り方を考えておくとか
負担が大きければ解決出来る人に相談するとか
思い切って別の場所に移るとか
何か対策を考えるべきだ



大人の対応ができる人は
思慮深く人付き合いが上手い分
重宝されるが

自分の悲鳴にだけは注意しておかないと
心も身体も壊れてしまう


どうせ無駄ならやってみた方がいい
やらない時間も無駄なのだから





綺麗事かもしれないが
思い続けていればそれは真になるかもしれない
理想的な自分になれるかもしれない



そうやって少しずつでも
自分の中に綺麗を溜めて
毎日を過ごして行きたい