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知覧特攻の母 鳥浜トメ 孫 赤羽潤のブログ

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・・・知覧 特攻隊・・・

第七次航空総攻撃(昭和20年5月11日~5月20日)
陸軍士官学校57期生
第51振武隊隊長 荒木春雄大尉
21歳 陸士57期 宮城県出身
昭和20年5月11日 戦死




志願の特攻隊は、10代20代前半の方が中心で多くの方は独身でしたが、中には婚約をしていたり奥さんや子供がいた方もいました。愛する妻や子供を残し出撃するという事は断腸の思いだったでしょう。
第51振武隊隊長・荒木春雄大尉は結婚したばかりで新婚1ヶ月でした。奥さんの名前は「しげ子」です。

荒木春雄大尉が妻「しげ子」さんに宛てた遺書です。
「しげ子、元気なりや。
あれから1ヶ月たった。楽しき夢は過ぎ去って明日は敵艦に殴りこみ、ヤンキー道連れ三途の川を渡る。
振り返れば、俺は随分、お前に邪険だった。
邪険にしながら、後で後悔するのが癖だ。許しておくれ。
お前の行く先、長き一生を考えると断腸の思いがする。
どうか、心堅固に多幸にしてくれ。
俺の亡き後、俺に代わって父上に尽くしてくれ。
悠久の大儀に生きてこの国を、永く護らん」

荒木春雄大尉は5月11日午前6時30分に6人の部下と知覧基地から一式戦で飛び立たれました。
荒木春雄大尉は部下思いの若者で、一緒に飛び立つ隊員への深い愛情・信頼あったと聞いています。そして飛行服の左のポケットには何時も大切に妻、しげ子さんの写真をしまっていたそうです。
荒木春雄大尉は軍人の家系に育ち、明朗・豪快・技量優秀であり、それ以上に部下を想い、妻を愛する真の紳士だったという記録も残っています。

桜、散りゆけど
想いは、散らん

知覧特攻の母 鳥濱トメ 孫
赤羽 潤より