(飲み物買ってきた)


そうそう。

こないだの土曜日の
そもそも
会話のなかに生じた
妙な隙間から
この闇に似た不安定さがひっぱりだされて
いまも
わりと
露わになっているかんじなのだけども。

たとえば
その土曜日に
場所を近所の飲み屋さんに移して
しゃべっているときに
友達のひとりが

「いやあ、まあきっといつか合う人、見つかるよ」
って言ってくれるのだけれども
(実際、その友達は良い人を見つけて一緒に居るわけだけどもね)
なんか

そんな

気は
ちっとも
しないなあ

とか
やさぐれてみながら。

やー

でも
まさに
この晩に
自分の『明確にややこしい絡み合う暗部』みたいなのを
発見してしまったところなので
なおさら

そんな
気楽なスタンスに
なれなかったりしますし、

かといって

「OK、ひとりで生きるしかねえ」

腹をくくれるわけでもなくってねぇ。

うむ。

ええと

これから先のさ

暮らしは暮らしで
いいんだけども

これを、
この感覚
「ややこしい繊細さ(まがい)」
をですよ

隠して行くわけには
いかねーなあ

と思うわけで

なんか
そうそう
「誰かとふいに出会って」
とか
調子のいいこと言ってるときでもないので

やたらと
気が遠くなるかんじですよね。



(ちょっと酔っ払ってきたか)






ほんとになんの予定もない3連休をこしらえて

土日月とお休みなんですけどね。

この書きかけの
一連の文章(もしくは手紙のようなもの)を
どうしようかと
思いのほか
気にしながら

結局 頭痛くなるほど眠って

深夜ラジオ聴いて
終わってまた眠ったり
していましたよまったく。

さっき
日曜日の21時を回った頃、

狙いすまして
23時まで開いている吉祥寺のセイユー(西友)に行ってきました。

はい。

世の中の大型連休とすれ違うような気分で向かいました。

そういう感覚が好きなんだな。
(逆説的な「好き」なんじゃないのかしら?)
たぶんそうかも。


雑多なものも買ったりして楽しかったです。

小さいシャベル(スコップ?)や
麦茶入れるようなプラスチックの(横にしても大丈夫な)容器や
箸と箸箱や、
弁当箱代わりのレンジOKのタッパーウェア(ちなみにうちにはレンジないけどね)や
猫のカリカリや
あとは
食料品もろもろ買って帰宅したんですよ。

連日の眠り過ぎで
頭がうっすら痛いです。

お風呂も入ったけれどなんだか
まだ
気持ちもちょっとこわばってるかもしれません。

気持ちの温度が低い。

(ゆらゆら帝国のライブを部屋に流しております)

なんだろうなあ

とりあえず
今は
連日の真ん中にいるのに

とくに自由なわけでも
楽しいわけでも
幸福感にあふれるわけでもない

ぜんぜんない。

でも
これが
ひつようだったような
気がしているのは
ほんとう。


しかしね

ここまで書いてきてさあ?


『希望はありません』って
書いて
終わるわけには
いかないんです。

なんでだろ

そう思う。


ちょっと飲み物

買いに行こうか

なんならすこしアルコール入れるのも
いいね

行こう。

そんで
続きを

書こうきっと。








うむ。

なるほど

いままでも

自分自身がめんどくさいと感じてきていたけれども

こんなにも有機的に
(有機的にじゃねぇよ)
絡み合って
(こんがらがって?)
そうね
いよいよ繊細なかんじ
なんだとは
思ってなかったかもなあ。

なんとなくぼかして

まあ普通だろう

みたいなことにして
収めてきた気がしますよ。


うーむ

これまでの

今に至る年月には

それでも
そこに
刺激を与えるというか

なにかをましにする機会というのは
あって、
活かそうとしてきたつもりであるわけです。


世界一周の船旅に参加してみたり

仙台の実家から九州に引っ越して同棲したり

東京出てきてひとり暮らししたり

彼女にふられてから自分で曲をまた作り始めたり

カセットテープでどんどん作品集作ったり

自分でライブしたり

バンド組んでみたり

ヘルパーの仕事を始めたり


さて。


今は

どうなんだろう。


去年やっていた
さまざまな(自分にとっては新しい)トライアル、
そういうのが
無に帰って、


今も

疲れのなか

がっかりのなかに

いるんだろうと思う。

そう

今年はじつは
自分でも
ぞっとするほど

(それこそ仕事に支障がでる寸前の)

体感したことのないイライラや衝動がずっとつきまとっていたのでね

「新しくどんどん動く」とかそんな余裕がある状況じゃないのは明らかで

はい。

「休まないと壊れる」っていう感覚を
ひしひし感じながらの最近だったりしたわけだものなあ。