バンドがまだ続いていた頃に

介助の仕事を始めて。

全くの未経験で
障害をもつ方の在宅の介助をしている。5年か6年が経ったけれど。

映画の「ジョゼと虎と魚たち」の
存在は大きかったかも。

ジョゼが魅力的だったのもある。

たとえば自分がジョゼに感情移入しているのか妻夫木くんに感情移入しているのか
わからなかったし。
自分は
ジョゼを選ぶだろうか?とか
ジョゼはこのあとどんな日々を生きていくのかな?とか

いろいろ刺さっていたのだったとおもう。


確かめよう

思ったかもしれない。

それから頭でっかちな自分を
介助っていうダイレクトな生活とか人との関わりのところに投げ込んで

スジを通したかったのもある。

あとは
個人的に
自分自身が
社会においては
とっくに壊れたものであるように
かんじていたことも関係しているかもしれない。

社会に適合し続けられる気が
一貫して、しない
っていう事実があった。


それらを
混ぜ合わせたい

なにか
見いだしたい
っていう

気持ちがあった。


まあまあまあまあまあ

そんなのって
きっと
まったく身勝手な
妄想に他ならない。


とはいえ

的外れでも
なかったと

今は思っています。

ようやく
混ざり始めたのかもしれませんね。


弱さやら悲しさも見て

さあ
その先に

あるいは強さも希望も見当たらないかもしれないよ。

でも
無力のちからが

あるんじゃない?

ないかな?

わたしは
ぼんやり
感じ始めているようだ。


それを
丁寧にたしかめたい。






おやじが
社会やら家庭環境から
受けた傷/ひずみ
を受け継いで
息子

うむ

しかしさ

わたしには
傷無視して
社会の仕組みにばりばり対応できるような
タフさはないから

それと向き合おうね
そのもろさ
無力さ
傷と。
(向き合うタフさはあるのかもよ)

しかしさあ

あんなにひねくれて
いても
壊れて
いても

連れ添ってくれた子もいたわけだものなあ
(遠い目)

思春期にさ
音楽や物語に逃げ込むにしても 最低限の屋根やら食べ物やら机やペンやラジオやらブラウン管やら
それは
親が用意してくれたものに違いないよなあ。

ヘロヘロで
ぐらんぐらんだろうが
破裂しなかったのは
やはり愛情は
あったのだろうなあ。

まあ

現時点
ただ生きるだけに
見えてるし
実際そうだとしても

向き合うことを
意識して暮らして
行くんじゃないかな。

そうありたいな。


そうあれるようにしよう。

そういうのにまつわる四方山話を
人としたいね。


そんなふうにしつつ
小さい声の音楽も
部屋でこっそり作りたい。








なんだろうね

もはや断片的でも

誰かが感情を出そうとしたり
形にしようとしたり隠そうとしたり
はみ出して見えてたり
見えてないのにはみ出してたり

それに立ち会うだけで

見てしまうだけで

涙でそうになるかんじがある。
(でてるし。)


ストーリーも
ドラマもなくても

断片、
声やら表情が
震えるだけで
わあ
と思う。

なんだろね


もはや
センチメンタルでもなくないかい?

感度がおかしいかも。

まるでもうすぐ死んでゆく生き物になった気分。

(あるいは逆で、死んで幽霊になっているうえで、まだこっち世界を見るのを許されているみたいな)