バンドがまだ続いていた頃に
介助の仕事を始めて。
全くの未経験で
障害をもつ方の在宅の介助をしている。5年か6年が経ったけれど。
映画の「ジョゼと虎と魚たち」の
存在は大きかったかも。
ジョゼが魅力的だったのもある。
たとえば自分がジョゼに感情移入しているのか妻夫木くんに感情移入しているのか
わからなかったし。
自分は
ジョゼを選ぶだろうか?とか
ジョゼはこのあとどんな日々を生きていくのかな?とか
いろいろ刺さっていたのだったとおもう。
確かめよう
と
思ったかもしれない。
それから頭でっかちな自分を
介助っていうダイレクトな生活とか人との関わりのところに投げ込んで
スジを通したかったのもある。
あとは
個人的に
自分自身が
社会においては
とっくに壊れたものであるように
かんじていたことも関係しているかもしれない。
社会に適合し続けられる気が
一貫して、しない
っていう事実があった。
それらを
混ぜ合わせたい
なにか
見いだしたい
っていう
気持ちがあった。
まあまあまあまあまあ
そんなのって
きっと
まったく身勝手な
妄想に他ならない。
とはいえ
的外れでも
なかったと
今は思っています。
ようやく
混ざり始めたのかもしれませんね。
弱さやら悲しさも見て
さあ
その先に
あるいは強さも希望も見当たらないかもしれないよ。
でも
無力のちからが
あるんじゃない?
ないかな?
わたしは
ぼんやり
感じ始めているようだ。
それを
丁寧にたしかめたい。