おやじが
社会やら家庭環境から
受けた傷/ひずみ
を受け継いで
息子

うむ

しかしさ

わたしには
傷無視して
社会の仕組みにばりばり対応できるような
タフさはないから

それと向き合おうね
そのもろさ
無力さ
傷と。
(向き合うタフさはあるのかもよ)

しかしさあ

あんなにひねくれて
いても
壊れて
いても

連れ添ってくれた子もいたわけだものなあ
(遠い目)

思春期にさ
音楽や物語に逃げ込むにしても 最低限の屋根やら食べ物やら机やペンやラジオやらブラウン管やら
それは
親が用意してくれたものに違いないよなあ。

ヘロヘロで
ぐらんぐらんだろうが
破裂しなかったのは
やはり愛情は
あったのだろうなあ。

まあ

現時点
ただ生きるだけに
見えてるし
実際そうだとしても

向き合うことを
意識して暮らして
行くんじゃないかな。

そうありたいな。


そうあれるようにしよう。

そういうのにまつわる四方山話を
人としたいね。


そんなふうにしつつ
小さい声の音楽も
部屋でこっそり作りたい。