Walker, et al. 2012. Discussion Paper Formal subdivision of the Holocene Series/Epoch: a Discussion Paper by a Working Group of INTIMATE (Integration of ice-core, marine and terrestrial records) and the Subcommission on Quaternary Stratigraphy (International Commission on Stratigraphy). J. Quaternary Sci., Vol. 27(7) 649–659 (2012) メモ

 

※ 考古学ではなく地質学的見地からの完新世区分

 

1. 要旨

  • INTIMATE(Integration of Ice-core, marine and Terrestrial records)と、ICS(国際層序委員会 / International Commission on Stratigraphy)の小委員会のSQS(第4紀層序小委員会 / Subcommission on Quaternary Stratigraphy)との共同ワーキンググループで、Holocene(完新世)の細分について議論したものの、結論は出ず(Inconclusive)。

  • 近年の第4紀研究の進展(特に更新世/完新世境界、更新世の細分)をベースに再検討が求められている。本Discussion Paperはその再検討のための敲き台
 
 
  • Walker等は、本Discussion PaperでHolocene(完新世)の細分について以下を提案;
  1. Early-Middle Holocene境界 / 8200 BP
  2. Middle-Late Holocene境界 /  4200 BP
  3. 上記2境界の模式地(GSSP / Global Stratotype Section and Point)を設定

 

 

  • 本Discussion Paperの提案に対し世界各地から同意が寄せられた場合、このHolocene細分案がSQS小委員会 ⇒ ICS 経由でIUGS(国際地質科学連合 / International Union of Geological Sciences)へ提出され、正式に批准される。
 
 
※ 2018年7月13日にIUGSにより、完新世(Holocene)を 前期完新世、中部完新世、後期完新世に細分する国際境界模式層断面と断面上のポイント(GSSP/ Global Boundary Stratigraphy Section and Point)が選定され、新たな国際年代層序表が発表されている。
 
 
2. 背景・経緯

2-1. 1977年、INQUA(国際第四紀学連合)会議@バーミンガム・英国; 

  • Holocene(完新世)の細分について各国のエキスパートを招待し議論。
  • 世界を21のエリアに分け、Holocene(完新世)細分の可能性について3カテゴリーにグループ分けした;
  1. 第1グループ;情報が無いもしくは少なすぎてHolocene(完新世)の層序細分が出来ない地域(オーストラリア、ニュージーランド、南アメリカ、日本)。
  2. 第2グループ;詳細な情報・データはあるものの、推測される環境変化が場所・時間とも多様過ぎて時間層序を設定できない地域(米国、南カナダ、アフリカ熱帯雨林帯、近東、英国)
  3. 第3グループ;炭素同位体層序で時間層序が規定可能な地域(北欧、カナダ北極海沿岸、アルプス、ロシア、中央欧州)
 
  • 時間層序区分に a)地層模式地、b)推定される気候変動、C)炭素同位体によるDating の3手法を検討するものの、いずれも良い指針と成り得ず
  • 残念ながら本会議ではHolocene(完新世)細分の提案を断念
 
 
 
2-2. 2010年代のHolocene(完新世)時間層序の再検討
  • 科学技術の進歩により再検討が有効となった
  1. 数十年単位での利用可能なデータの蓄積;グリーンランドや南極大陸の氷床コア、年輪年代測定、海底コア、泥炭層堆積物、湖沼年縞データ、Speleothem(鍾乳洞窟内生成物)など。これらの情報は1977年INQUA WG会議時にはなかった。
  2. 陸海ともにHolocene(完新世)地域データの蓄積。これによりHolocene(完新世)細分の信頼度、地域限定 or 半球 or グローバルなのかが検討可能。
  3. より信頼度の高く詳細な時間層序の確立が可能;AMS、較正暦年代法、U-Th蛍光反応Dating、 年輪年代測定法、年縞・氷床コアデータ。加えてテフラ層序の整備、磁気年代法、両極を対比可能とする氷床中のガス対比
  4. 更新世-完新世境界の決定法を完新世の細分に応用可能(GSSP@1492.45m NGRIP2氷床コア = 11.7ka b2k)
  5. 更新世を4ステージに区分

 

 

 

3. Holocene(完新世)の公式層序細分案

3-1. Early-Middle Holocene境界

 
 
  • 本寒冷イベントをEarly‐Middle境界とした理由は以下;

3-1-①. グリーンランド氷床コアに記録された低18O酸素同位体が示す急激な寒冷化(Fig-1)。同時に氷厚の薄化(Rasmussen et al.,2007)、重水素(deuterium)過剰、顕著な大気中メタンの激減(グローバル)とその後に生じるCO2増加。ECM(電気伝導率測定)から推定される活発な火山活動。NGRIP1コアの深度1228.67mの薄層に含まれる高い蛍光反応物質はアイスランド起源の火山物質の影響(Fig-2)。

 

 

3-1-②. 8.2 kaイベントは、多くの気候に関する記録で検知されている(花粉分析、湖沼堆積物、;ユスリカやミジンコ群集、 2011); 湖水酸素同位体データ、鍾乳洞二次生成物(石筍等)、外洋浮遊性有孔虫。 左記資料から世界中で検知された同期した寒冷化現象(150年±30年)

 

 

3-1-③. 見出された世界の8.2kaイベントの記録

  • 最も強く記録されているのは北極海周辺。
  • 他にも世界各地(オマーン、イエメン、中国、ブラジルの鍾乳洞 (Fleitmann et al., 2007; Cheng et al., 2009); 熱帯アフリカの湖沼堆積物 (Gasse, 2000)やチベット台地(Zhang & Mischke, 2009); 地中海での花粉分析 (Magri & Parra, 2002; Peyron et al., 2011); 東部アフリカの氷床コア(Thompson et al., 2002); シベリアの花粉分析 (Velichko et al., 1997); 北西太平洋の海底堆積物 (Hua et al., 2008)でも認知されている(Fig.3)。 
  • 南大西洋のトリスタン・デ・クンハ群島内のナイチンゲール島の花粉および地化学データ (Ljung et al., 2007)で確認された短期間の湿度上昇現象は、南大西洋上の偏西風(South Atlantic westerlies)の強化、あるいは、大西洋の両極天秤メカニズムの結果生じた海面温度の上昇によるものと推定される(Broecker, 1998)。 左記後者(Bipolar Mechanism)については、モデル・シミュレーションにおいて8.2kaの寒冷化イベント時に南大西洋および南氷洋において温暖なレスポンスが発生していることを再現している (Wiersma et al., 2011).

南大西洋トリスタン・デ・クンハ群島内のナイチンゲール島

 

 

 

Bipolar Seesaw Mechanism

 

 

 

Wiersma et al., 2011の8.2kaイベントのモデル・シミュレーション。南半球で温度上昇(赤色)現象を再現。

 

 

  • 8.2kaイベントは、東南極の湖沼堆積物中にも記録されている( Cremer et al., 2007)。

Cremer H, Heiri O, Wagner B, et al. 2007. Abrupt climatic warming in East Antarctica during the early Holocene. Quaternary Science Reviews 26: 2012–2018.

 

 

  • ニュージーランド北島 Pupuke湖の湖底堆積物でも8.2kaイベントを確認(Augustinus et al., 2008). 

 

 

 

3-1-④. 8.2kaイベントが文明へ及ぼす影響

  • 北アフリカ、南および南東ヨーロッパ、近東など北大西洋の海面水温の寒冷化に伴う乾燥現象が生じた地域での定住および狩猟採集民に影響が出ている(Weninger et al., 2006; Gonza´lez-Sampe´riz et al., 2009; Mercuri & Sadori, 2011). 
  • 地中海沿岸ヨーロッパで、本8.2kaイベントは、Mesolithic– Neolithic transition (中石器時代から新石器時代への移行期)と一致する (‘neolithization’: Berger and Guilaine, 2009)。 また、南東ヨーロッパ、アナトリア、キプロスおよび近東地域では、Early farmersの移動拡散のトリガーとなっている (Weninger et al., 2006).  

Weninger B, Alram-Stern E, Bauer E, et al. 2006. Climatic forcing due to the 8200 cal yr BP event observed at Early Neolithic sites in the eastern Mediterranean. Quaternary Research 66: 401–420.

 

 

  • フィンランド国内の中石器時代の尖頭器(Point)作成技法の継承・変遷から、8.2kaイベント時の漁獲量の低下が北部狩猟採集民の南下を促し、文化・社会の融合・変化が生じている (Manninen & Tallavaara, 2011)。

Finland中石器時代尖頭器の形成過程を検討。北部と南部で同系統のOblique Pointが発掘されている。

北部のOblique Pointsの方が南部よりも古い。また、南部への頒布は8.2kaイベント以降に起きている。

 

 

Finlandにおける中石器時代のOblique Pointsの形成過程は、最終氷期の氷床で隔てられていた北部沿岸に出現。Holoceneの温暖期に僅かに南部北側に伝搬(A)。 8.2kaイベントを境に急激に南部Finlandに浸透(B)。その後南部を越えてさらに南方に流布された(D)。 これより、8.2kaイベントによる急激な寒冷化で漁獲量減となり北部狩猟民が南部に移動、その際にOblique Pointsの技術も南部に広まった。

 

 

 

上述したグリーンランド氷床コア分析(GISP / NGRIP1 / GRIp / DYE-3)や世界中で確認された8.2kaイベントより、完新世(Holocene)の前期と中期を分ける境界に、この8.2kaイベントを提案したい。