新しい仕事は明後日に研修で来週から正式に開始。
今日は前の会社にクリーニングが仕上がった制服を返しに行ってきました。(てか郵送で良くね?さすがブラック)
1週間ぶりに久々の職場へ行ってみたら、改めて遠くて行くだけで疲れる…と感じました。
たった4ヶ月だったけど、よくこんな遠い距離を無遅刻無欠勤で通い続けてわれながらよく頑張ったものだ。
それはいいとしまして、次の職場へ研修時に提出する書類をまたしても母親が私に断りもなく勝手に盗み見したようです。(母親の目につかないところに置いておいたつもりですが何故かそういうとこだけ目ざとい)
それ以来またブツブツと「利用されるなよ…」「利用されてたまるもんか!」挙句の果てには何の関係があるのか分からないけど、長年お世話になってるケアマネジャーさんの文句まで言い始めようとしたもんだから、「うるさい!!」って言って遮ってやりました。
ほんっとに疲れる人だ。
私が仕事を変わる度に勝手に息子の書類を盗み見て1人で不安になるんです。
環境が変わるんだから実際に働くこっちの方がよっぽど不安だってのに、息子の気持ちより常に自分の感情が優先する人なんです。ウンザリする。
話しが反れるようで反れないのですが、そんな時に決まって私の頭に浮かぶ映画のワンシーンがあります。
日本映画「Cure」です。
ざっくりあらすじを説明しますと、萩原聖人演じる特殊な能力を備えた連続殺人犯とそれを追う刑事役の役所広司との息詰まる心理サスペンスです。
映画の中で萩原聖人は、その人それぞれが心の奥底に抱える負の感情を引き出して死に追いやるという邪悪な能力を持っていまして、刑事役の役所広司が負の感情を操られそうになりながらも彼を追い詰めていくのです。
役所広司の負の感情というのが、仕事に一生懸命になり過ぎるあまり放ったらかされた妻が精神を病んでしまい、異常行動を繰り返すことにあるのです。
広司は自責の念があるため表面上は妻に優しく接するものの、心の奥底には精神を病んだ妻との日々に疲れ果てて人生に喜びや楽しみを感じられないほどに心もすっかり乾いてしまっていて、いっそのこと一緒に心中した方が幸せになれるのではないかという自殺願望があるのです。それを萩原聖人に見抜かれてしまうわけです。
で、そんな映画のワンシーンに、仕事で疲れて遅くに帰宅した広司を出迎えた妻が「夕食用意できてるわよ」「私は先に寝るね」と言ってベッドルームに入っていくのですが、テーブルの上の綺麗にセッティングされたお皿の上にあったのはなんと!生のステーキ…
シュールです…
おそらくそんなことは日常茶飯事なんでしょう。その生のステーキを見て怒りやら哀しみやらの入り混じった感情からなんでしょうが、広司はステーキを取っ掴み壁に勢いよく投げつけるのです。
正直その映画の結末がどうだったかハッキリ覚えていないのですが、そのシーンだけは今でも強烈に印象に残っています。そのワンシーンだけで、以来、役所広司のファンになってしまったくらい演技が真に迫っていました。
で、何の話しだっけ??…
あぁそうだ。なぜそんなに強烈にそのシーンが私の頭に残っているのか考えてみますと、身内にそういう頭のおかしな人がいる場合、単なる怒りだけならまだしも、愛情があるからこそのやりきれない哀しみや虚しさという様々な感情が絡みあって心がかき乱されてしまうのです。
未調理のステーキをさも調理したかのように用意して先に寝るねと言った妻に「ありがとう、もう寝なさい」と優しい言葉をかけつつも、妻が居なくなったと思ったら、そのステーキを思いきり壁に投げつけた、あの複雑に入り混じった感情を見事に表現した役所さんの演技は本当に素晴らしかった。個人的に日本で一番の役者だと思います。
ん?…なぜか映画批評になってる。
話しの脱線し過ぎにも程がある!
と、とにかく…
母親が異常な行動、異常な発言をする度に役所広司が壁に向かってステーキを投げつけた場面がまさに母への愛情や怒り、哀しみの入り混じった私の感情と見事にリンクして頭をよぎるのです。
結局何が言いたいのいか自分でもよく分からず、ただ思いついたままに文を書いたらスッキリしたのか眠くなってきました。
尻切れトンボにも程があることは重々承知ですが、もう寝ることにします😴
母親を含めて私の家族には誰一人として精神的にマトモな人間はいません。
スピリチュアルの世界では、生まれる前の自分が自身の成長のために自分で親兄弟を選んで生まれてくると言われます。
でもね神様、もう充分経験させて頂いたんで次はもう結構ですよ。お腹いっぱいです。(なんなら生まれ変わらなくてもいいんですけどね…)
来世では多くは望みません。とにかく精神的に普通な家族のもとに生まれることを願いつつ眠りにつきたいと思います。
普通が一番だと思います。