どうも!人生冒険家MacKです。
前回からのつづきです。
仕事を引退してちょうど一年。
私は自分のこれまでの人生をじっくり振り返って、
いろいろな新しいことに挑戦をして、
沢山旅に出て、
沢山本を読んで、
自分自身と向き合ってきました。
私は自分の中心の部分に
新たに生まれたものをあることに気付きました。
1年間でやってきた様々なことが
一本の線で繋がっていたことに気付きました。
それがはっきり見えたのでした。
私が私に伝えていたこと。
それは
健康を最優先にしなさい
「そんなの当たり前でしょ」
と思われるかもしれません。
そうです。
ごくごく当たり前のことです。
でもちょっと違うんです。
私の中に新しく見えたもの
それは
【これからの人生は “健康” を最優先事項に置いて生きていかなければならない】
ということでした。
なぜこの景色が見えるようになったのか
これからの人生の、全ての土台には
自分が健康である必要がある。
という条件があることが見えたからです。
例えば、
家族との生活
(家族と過ごせる期間)
将来訪れる介護
(介護する / 介護される)
年金受給額と相続税
(お金の損得)
旅行に行ける回数や場所
(不自由のない身体)
日々の生活
(行動快適性)
ストレスやメンタル
(病気リスク / 未来型思考)
老いと自信
(自己肯定感)
やりたいこと
(人生の余裕)
寿命
(プライスレス)
仕事をしていた時は、この景色が全く見えませんでした。
私は健康について、無縁の人生を過ごしていたからです。
タバコは18歳から42歳まで24年間も吸っていました。
お酒はあまり飲むほうではありませんが、
とにかく甘いものやジャンクフードを食べ続けてきました。
睡眠も充分には取らず、
24時間体制で仕事を優先してきた日常生活。
デスクワークが中心だったので
当然運動も皆無でした。
幸いなことに、これまで大きな病気になったことはありませんが、
最近の健康診断では再検査項目がありました。
悪玉コレステロール値=189
正常範囲が 60〜119 ですので、
血管内が超ドロドロということのようです
自分の身体を放置し過ぎました(汗)
Apple創業者のスティーブ・ジョブスは
最後に病室でこんなメッセージを残しました。
あなたの代わりに
病気になってくれる人を
見つけることは出来ない。
物質的な物はなくなっても、
また見つけられる。
しかし、
一つだけなくなってしまったら、
再度見つけられない物がある。
人生だよ。
命だよ。
手術室に入る時、
その病人はまだ読み終えてない本が
1冊あったことに気付くんだ。
「健康な生活を送る本」
仕事一筋
一代で世界一の時価総額の会社を作り
巨万の富を得た成功者は
わずか56歳、すい臓がんで亡くなりました。
すい臓がんは【見つかった時点でアウト】
位置的に手術が困難で最も完治が難しいガン
5年後の生存率は10%以下と言われているガンです。
私の祖父と父もすい臓がんでした。
すい臓がんはDNAに刻まれて
子供に遺伝しやすいと言われています。
そのため、私は学生の頃から、
自分の寿命を60歳と考えて生きてきました。
この年齢は父が亡くなった年齢です。
あと11年。
これまでずっと
自分の寿命を60歳と想定して生きてきました。
しかし、
これは健康のことを何も考えずに生活をした場合なのではないかと気付きました。
私には今、とてもありがたいことに自由な時間があります。
「仕事を引退して景色が180度変わった」という表現は、
自分の人生は60歳で終わる人生ではなくなったのかもしれない。
61歳かもしれないし、62歳かもしれないが、予定よりちょっと終点の遠い、新しい列車に乗っているのかもしれない。
ということに気付いたことでした。
これから食生活や身体に対する考え方を大きく改善し、
もしその結果としてこの先の人生が変わったとしたら、、、
一人では何処にも行けず
周りの人のお世話になって介護を受け
窓の奥の同じ景色を毎日見続ける未来ではなく、
ピンピンコロリ
ギリギリまで元気に暮らして
最後にコロっと死んでいく人生に変わるかもしれません。
私の母方の祖父は、
ピンピンコロリを実行したような人でした。
いつも笑っていて、
いつも元気に外を出歩いて、
いつもタバコを吸っていました。
90歳を越えても年齢を感じさせない
信じられないパワーを持っていました。
父も祖父も、もうこの世にはいませんが
私の年齢(現在49歳)の時、どんなことを考えて生きていたのか
なんだか先人からのお告げが聞こえるような景色でもあります。
仕事を引退して見えた新しい景色。
それは今後の寿命と真っ向から向き合い
自分の身体を24時間ハンドリングし続けていかなければならない
という景色でした。
つづく