「あいつはまだ、人のままあの仕事をしようとしとる(笑)」



これは、非常に品のない下っ端社員たちの会話の一部であるが、私はこの言葉が結構好きなのである照れ



会社員生活も10年を超えると上司が何をしているかくらいはだいたいはわかるもので、同時にその仕事に求められる素養のようなものも少しくらいはわかっているつもりだ。



したがって、たとえ組織的にはヒエラルキーが下であろうとも上司がその器に達しているか、あるいは達する可能性があるかくらいはもちろん上司の許可もなく勝手に選定できるのが下っ端の本分というものである。



念のため断っておくが、私のこれはくだらんゴシップや己の承認欲求を満たすことが目的で無意味に組織を乱すことを楽しんでいる、いわゆる愉快犯的行為ではない。


断じて、違う。


おちゃらけて話しているが

それだけはきちんと線引きをしておいてほしい。



現場が正常に機能するためのガーディアン的な行動だと考えてもらって差し支えない。ひいては会社のためなのだよキミ(誘導尋問かなニヒヒニヒヒニヒヒ)いや、ホントに、マジで😭💔信じて🤣



というわけで

そこのところは、


どうぞ、よろしくニヤニヤ





この手の話をすると、じゃああなたが出世してやればいい、とか上に立って組織を変えればいい、みたいな結論になると思うのだが、一周回って…もう「そんな時間はねぇ!」だなんてハッキリいってしまってもバチは当たらないんじゃないかってくらい世の中の変動は激しく、早くなっていると思う。



そういった観点から冒頭のような言葉が出たわけだが、「変化」を促すにはいつの時代も「常識」をブチ壊さなければならない。つまり、人であっては人に情が沸いて、どうしても決断が鈍るのだ。



もちろんこれは、ただの比喩表現だが


私は「人をやめられなかった」し「人でいたいと思った」。



これが何を意味するのかというと…


例えば、「革命家」の思想をギリギリ理解することが…たとえ出来たとしても今後、自身の手でその革命を推し進めていくことは出来ないのだと、その時点でわかってしまったのだ。


変革には少なからず犠牲を伴う。

私はそれに手を染めることから逃げている…。





人には種類がある。


「変われる奴」と「変われない奴」だ。



極端な思考なので、すでに参考にすらならないと思うが私の体験談だ、私は結局どうすればよかったのだろう。たぶん一生忘れない。




私の基本思考は実は「温厚」である(信じられるか?)、そこに外界的思想である「競争」の概念をあとからねじ込まれた。だから「競争」に勝つことが基本的には正解であると私は教わってきた。もちろんそれが自分のためでありその思想を押し付けることも相手にしても正解だったはずだ。


以前までは…。



この考えのもと、若い頃の私は一生懸命に仕事をした。「若気の至り」という最大のブーストを利用した破壊行為も当時の私を奮い立たせる重要な役割りを果たしていた。そしてそんなことを続けていれば当然、「孤独」と向き合う必要性も出てくる。勝ち続ければそれは、もはや必然だ。





あるとき、


全部が嫌になった。


私は結局、「変われなかった」のだろうか、それともこれが正解だったのか。いや、正解にしてやろうっていうのがイマなんよ。



ちょっとそうやって前を向けたからウジウジしながらでも、まだ頑張れる。私は人のまま、人に優しく生きていこうと思う。



ありがとうございました爆笑爆笑爆笑