私は

小中学校のころは

めちゃ大人しくて

勉強しなくても

テストで点数とれて

クラスで上位チームで

一目置かれるような

存在でした。





へへっ

 





 

が、

高校に入ったら

いきなり赤点で

早くも自分の小ささを

感じました。

よくある井の中のパターン

 

 




そんな私には

"あの時の栄光"

みたいな感覚があって

人より秀でた自分になりたい願望

強かったです。

 



 

大学で

アウトドアにハマって

その特異性で

目立ったのが

また嬉しかった。

そんなこんなで

人生で常に誰かと

自分を比べるクセが

強いのが私です。





 

 

クセがすごい

(画像お借りしました)

 





 

 

だから

自己受容という考え方に

触れた時に

すごく衝撃を受けました。

 

 




 

社会にいるときは

常に人と比べて

明るい or 暗い

面白い or 面白くない

気が利く or 気が利かない

優しい or 厳しい

を考えて

他人に対しても

何かしらジャッジをしていました。

 

 

 

私は

人に好かれたくて

明るくなろう!

面白くなりたい!

気が利くようになりたい!

優しくなりたい!!

社会でいいとされる

人間になることに

必死でした。

 

 



 

自分が思う自分は

暗くて

面白くなくて

大して人のことに興味なくて

冷たい


さらに言うと

顔がきもい

足が太い

とか

コンプレックスまみれで


それを埋めなきゃ、とか

何か誇れるものを作らなきゃ、に

必死で

がんばって走っているのに

いつまでも幸せに辿り着けない

謎のレーンにいました。

 

 

 



 

自己受容は

自己肯定とは違って

自分が思ういいところも

コンプレックスも

受け入れる

ということ

 

 

 

自分のことを暗いと思っているんだねぇ

自分のことを面白いと思わないんだねぇ

自分のことを冷たいと思うんだねぇ

自分の顔が嫌いなんだねぇ

自分の足が嫌なんだねぇ

 

でも

がんばって生きてくれてありがとうねぇ

毎日起きてくれてありがとうねぇ

時間通りに職場に行ってくれてありがとうねぇ

ごはん食べてくれてありがとうねぇ
 

 




これをしたときに

毎日自分が自分に

鞭打って生きていたんだなぁ

って気づいたんです。

 





人と比べることをしなかったら

自分はただただ

真ん丸な存在でした。






真ん丸になったとき

今まで生きてくれた自分や

出会ってくれた人たちに

とてつもない感謝の気持ち

温かい気持ちになって

自分が既に

幸せのレーンにいたことに

気づいたのです。

 

 



そうしたら

今まで褒めてもらえなくて

モヤモヤしてた

職場の人たちから褒められるようになったり

色んな人からプレゼントを

もらうようになったり


以前より何もしてないのに

周りの人たちから

与えてもらえるようになりました。

これは本当にすごい







欠乏感を埋めるために

挑戦してきた

色んなことは

もちろん幸せももたらしてくれましたが

自己受容して真ん丸な自分と

出会った先にあった

景色はまた違った色で

面白いです。

 

 


 

 

 

 


わたしはわたしのままでよかった

そう思えると人生に

ハッピーがどんどん増えていきますよ