選民思想はカルト教 13 | 天然記録

 

2025年5月31日発行

 

↑より抜粋

 

ダーウィン進化論が、西洋世界に登場したのは
1850年代から70年代。

この時期は
日本の歴史では幕末から明治初頭に照応する。

明治日本の国家指導者と、洋学エリートインテリ階級は
一もニもなく、西洋最新流行の、この進化論を受け入れ

それを金科玉条(きんかぎょくじょう)
絶対の真理として、小中高大学を通じて
日本国民の意識に注入した。

それを批判する、それを疑いの目で見るなどは
もっとも厳重なタブーとされた。

しかし、あの有名な
「シオン長老の議定書」(第2節)には

「ダーウィン進化論と、二ーチェ哲学は
我々がゴイム(家畜人)を騙すために仕掛けた罠の一部である。」

と明記されている。

この「議定書」が、大正9(1920~)、10年
初めて日本にもたらされた時

「我々」とは国際ユダヤであり
これは、イスラエル建国の父、ヘルツルによって主催された
1897年「第一回シオニスト会議」の産物であると
解された。

しかしその後、研究調査を続けてゆくと
国際ユダヤの背後にひそむイルミナティ

ないしは、シオン修道院という秘密結社が
この文書の発行元であるとの説も見えてきた。

「イルミナティ」とは何者か。

それは、1776年5月1日
ババリアの元イエズス会士
ヴァイスハウプト教授(ユダヤ)が
設立したという。

これも皮相な俗説ないし
ある種の情報かく乱にすぎなかったことが判明する。

イルミナティは、超古代エジプト
オシリス、イシス、ホルス、トトという名の
エジプトの神々にさかのぼるという。

フリーメーソンは
1717年に、ロンドンで創立されたという。
しかし、これも意図的なニセ情報であった。

フリーメーソンの表向きの教義によれば
彼らの首長、ないしは崇拝の対象は
「宇宙の大棟梁(とうりょう)(アーキテクト)」であるという。

アーキテクトは、建築家、設計者、計画者、首謀者。

そして、ザ・アーキテクトは
造物主(つくりぬし)のことだという。

従って、彼らの自称するところによれば
フリーメーソンの起源は
アーキテクトによる天地創造の時に由来する。

もちろんこれは
「旧約聖書」「創世記」のお話に符号する。

英語で表現する限りにおいて
造物主には二系統の言葉が用意されている。

一つ目は、ユダヤ教(創世記)のザ・クリエイター。

二つ目は、フリーメーソンのザ・アーキテクト。

ここには、微妙な違いが認められる。

クリエイターは
天地・宇宙・動物・植物・人間の
創造者のイメージだとすれば

アーキテクトは
例えば、エジプト、ギザの大ピラミッドを
連想させられる。

19世紀初頭、ロゼッタ石の解説に始まる
欧米エジプト学(考古学)の学説によれば

ギザの大ピラミッド群は、概(おおむ)ね5千年前

古エジプト王朝の3人のファラオ
クフ王、カフラー王、メンカウラー王が
建設したものだという。

もちろんこれは大嘘である。

大ピラミッドは
人間の王が作ったものではなく、異星人が建てた。

5千年前でなくて、その何千年も前。

ゼカリア・シッチンは
2万2千年くらい前と推定している。
その用途は、異星人(アヌンナキ)の
宇宙船発着用施設の一つであるという。

異星人の地球関与説を認めない立場を採れば
こんな話はもちろん、一笑に附する価値すらない
気違いの妄想、奇矯 ( ききょう ) な
浮説(ふせつ)にすぎないであろう。

現在レバノン領土内、シリアの首都
ダマスカスの北にある、バールベック神殿遺跡には
一つがおよそ千トンもの巨石が使われている。
そしてそれは、8千年前のものだという。
(バールベックとは「ベカー高原のバアル」という意味)




現代アカデミズムの定説では
その頃の人類は、狩猟採集原始社会段階にあり
最尖端(さいせんたん)部分でも
ごく初歩的な遊牧牧畜と、素朴な農業がせいぜいであった。

その次元の古代人が、千トンの巨石を切り出して運び
バールベックに据え付けるなどという事はあり得ない。

20世紀の現在でさえ
千トンの石を処理する能力を人類は保有しない。

シッチンによれば、バールベックも
ギザの大ピラミッドと組み合わされた
異星人の宇宙船発着用施設の一つであるという。

これは、現時点では仮説だが
にもかかわらずこの理論は、大きな顔をして
尊大に振る舞う、アカデミズムの白痴(たわけ)学者ども

自説に都合の悪い事実は一切見ない
存在そのものを抹殺する真実の敵の
現実から遊離した、デタラメデマ嘘八百よりも
はるかによく事実を説明できる。

フリーメーソンの、ザ・アーキテクトの名前は
まさに、大ピラミッド、バールベック神殿

そして、ほとんど一夜にしてメソポタミアの人間が
住み難い沼沢地帯を、一大灌漑(かんがい)農地に仕立て上げ

その上に都市文明、その他一連の
超古代文明を建設した異星人にこそふさわしい。

フリーメーソンの崇拝するGodは異星人である。

しかし、フリーメーソンは
ユダヤ教、キリスト教とは、別の系統の組織である。

ユダヤ教もキリスト教会も
自分たちの崇拝するGodが
異星人である事を固く否定する。

ユダヤ教、キリスト教会、いずれもその内部には
一般信者に全く知られることのない
極秘の最高中枢部が存在する。

すなわち、この秘密結社がイルミナティであり
異星人に直結した、異星人の
地球人類管理飼育作戦の機関であったのだ。

この秘儀奥議を知らされる者の数は
極めて少ないであろう。

だからこそ、巨大なピラミッド構造を有する
超古代以来、連綿(れんめん)と続く秘密結社が
彼ら異星人と、その手先たちにとって必須とされたのである。

そこでは、秘密の保持は
何重にも積み重ねられた仕組みと
内部の秘密を漏らさないという、死の誓約によって保証される。

それを破った場合は、確実に殺害される。

この「秘密結社」の原基形態およびその中核は
概(おおむ)ね、3千数百年前
シュメールとエジプトに発する。

それは「ブラザーフッド・オブ・スネイク」
(蛇の秘密結社)として知られる。

イルミナティはその直系である。

アーサー・デーヴィッド・ホーン博士
および、ルネ・アンドリュー・ブーレイは
問題の異星人が、爬虫類人であるという説を立てて
それを綿密に実証した。

さらにその先。

それでは、太古の昔に地球に飛来して
一大植民地帝国を建てたという
その爬虫類人的異星人は、その後どうしたのか。

彼らは地球を離れ去ったのか。
それとも、地底にでも潜ったのか。
ないし、そのいずれかでもないのか。
あるいは、彼らはある日、再び地球に帰還するのか。

英国のデーヴィッド・アイクは
「大いなる秘密」(1999年)という大著で
あえてこの超巨大な難問に踏み込んだ。

西洋欧米人が、この種の問題に直面する時
ユダヤ、キリスト教の呪縛を断ち切ることが先決である。

ユダヤ教の邪悪さを批判する
「まじめな」「良心的な」キリスト教徒は多くはいないけれど
ほんの少々、今でも出現しないわけではない。

けれども、イエスないし
イエス・キリストの呪縛 (じゅばく)から逃れることは
西洋人にとっては至難の業のようだ。

「キリスト」とは、メシア(救い主)という
ヘブライ語のギリシャ語訳である。

ウィリアム・ブラムリーも
A・D・ホーン博士のような、卓越(たくえつ)した人々すら
イエス実在説を受け入れており
イエス・キリストの呪縛ないし、罠から完全に解放されていない。

「世界の16人の十字架にかけられた救い主たち」
(カージー・グレイヴス 1875年)
これも重要な著作である。

さらに、片々(へんぺん)たる小冊子であるにもかかわらず

イエス・キリストと、その12使徒、そして
「新約聖書」全体、およびキリスト教会そのものが

ローマ帝国の有力な貴族集団の創作・捏造・でっち上げ
人類史上最大のペテンであることを論証した

A・ロイヒリンの「新約聖書の本当の著者」(1979年)
も、ここで不可欠の著作として挙げておかなければならない。

キリスト教会の自称するところによれば
初代ローマ法王は、イエス・キリスト12使徒の長
「聖ペトロ」であるという。

ローマ法王歴代表なるものは
初代聖ペトロ(西暦67年、または64年)から
第264代現ヨハネ・パウロ二世に至るまで連綿と続く。

その歴代表では、初代ペトロが67年(または64年)
そしてすぐに同じ67年には
第2代聖リヌスが登場することになっている。

「ペトロはローマで殉教(じゅんきょう)した。」

というのであろう。

これは、単なる歴史の一挿話(いちそうわ)などではない。

それは、キリスト教会2000年の起点・原点であり
核心であり、土台石であり、大黒柱であるとされる。

天地創造した、唯一人格神・造物主の
ただ一人の息子にして、父なる神Godと
全く同格の神Godたるイエス・キリストが

12使徒の長ペトロに、教会を建てることを命じた。

かくしてペトロから代々
ローマ法王は造物主と、その独り子にして同格のGod
イエスの地上における代理人の権限を行使するという。

もしも「初代ローマ法王ペトロ」
という前提が崩れるような事があれば

キリスト教会の全教義は
一瞬のうちに瓦解(がかい)するであろう。

「カトリック教会は

使途シモン・ペトロによって創建された
と主張しているが、それは嘘である。

魔術師シモンは
バビロニア宗教のペトロ位階(いかい)の僧侶であった。
彼はペトロ位階の魔術師シモンであった。

カトリック教会の
原点原核たるローマ教会を作ったのは
12使徒の一人として挙げられているペトロではなく
この魔術師シモン・ペトロである。

「新約聖書」の中の
「ペテロがローマに行った」という観念は
西暦4世紀に初めて出現して、キリスト教徒に説教されたのである。

今、カトリック教会は、使徒ペテロが
クラウディウス皇帝(西暦41-54年)
の時代にローマに行き

そこで勢力を張っていた魔術師シモンを打倒して
ローマ教会の司教となり、西暦68年まで統治した。

そしてその年に
彼は、バチカンの丘で十字架にさかさ磔(はりつけ)
にして殺された、などと信者に教えている。

「新約聖書」によれば
キリストは、ペトロに割礼(かつれい)を受けた者たち
(イスラエルの民)への布教 (ふきょう)を命じ
パウロには、非ユダヤ人への布教を命じた。

と述べている。

(割礼とは、男性器もしくは女性器の一部を切開あるいは切除)

パウロが、ローマの人への手紙を書いたのであって
ペトロではない。

パウロは、彼(パウロ)が
キリスト教会を創立するために
ローマに向けて旅行中であると言っており
それは西暦55年か56年のことである。

つまり、その頃まだ
ローマにキリスト教会は始まっていなかったのだ。

にもかかわらず
カトリック教会は、その10年も前に
ペトロがローマ布教を開始していたと主張する。」

(カルヴィン・C・バーギン著
ユダヤ・キリスト教のペテン)

初代ローマ法王ペトロ、それが真っ赤な嘘である。

従って、そのあとの歴代ローマ法王の系図も
その正統性なるものが、そもそも成り立たない。

それこそ架空現実であり、幻影である。

アベラード・ロイヒリンは
「新約聖書の本当の著者」(1979)で

「新約聖書」全巻は
西暦60年代から140年にかけて
ローマ帝国、有力貴族の一員ペソ族が書いたものである
との説を立てた。

史上有名な、ストア派哲学者にして
ローマの政治家「セネカ」も協力したという。

さらに、ユダヤの貴族でありながら
ローマに降伏し、ローマ帝国皇帝に厚遇(こうぐう)され
「ユダヤ古代誌」「ユダヤ戦記」などの古典的著作を書いた
「ヨセフス」も実は「ペソ一族の筆名」であるという。

ロイヒリンは、ユダヤ人の立場から
ユダヤ教徒が、キリスト教徒に改宗(かいしゅう)
する事に反対して、この小冊子を出版している。

この説を採るとすれば、イエス・キリストも
その12使徒も、イエスの十字架上の死も

そのあとの復活も、パウロの回心なるものも
「使徒行伝」も「ヨハネの黙示録」も
ことごとく虚構である。

となる。

「あの魔術師シモンは
クラウディウス皇帝の時代、西暦45年にローマに来た。

そして、彼の魔術的力は、極めて強烈であったので
ローマ人に甚大(じんだい)な印象を与えた。

そして彼は、Godとして崇拝され
テベレ川にかかっている、2つの橋の中間地点に
「神聖なるGodシモン」という碑文(ひぶん)のある
彼の像が建てられた。

クラウディウス皇帝の時代には
元老院(げんろういん)と、皇帝の許可なしに
ある人間をGodとして、像を建てることは禁止されていた。

魔術師シモンの影響力は、極めて強大であったので
建立(こんりゅう)の許可は与えられた。

そしてそれは
西暦152年の時点でも存在したことが確認されている。」
(ユダヤ・キリスト教のペテン)

この魔術師シモンの宗教は、要するに
シュメール、バビロニアの宗教そのものであった。

そしてそれが、キリスト教、カトリック教会の
教義と典礼(てんれい)儀式の内実となったという。

バーギンによるこの説明は非常によく腑に落ちる。

 

 

つづく