世界の神話は悪魔の歴史 | 天然記録

 

 

2009年12月発行

↑より抜粋
 

レプティリアンの血統は
シュメール帝国(紀元前5千~紀元前2千)と
バビロン(現在イラク、紀元前2千~紀元前1600)
から出ています。
エジプト文明もインダス文明も
発祥の原点はシュメールです。
両文明ともシュメール帝国の一部と考えていい。
さらには、シュメール帝国の支配はイギリス諸島を含む
ほとんどの地域にまで及んでいたのです。
ムー(レムリア)の先進的な知識がインダスを経由して
ひとたびシュメールにもたらされるや
シュメールが文明の中心になったのです。

イエスとマグダラのマリアの間に娘が出来て
イエスが磔(はりつけ)になると
マリアは娘を連れてパレスチナから逃げ
のちにフランスと呼ばれる地にたどり着いた。

この血統を引き継いでいるのが
ヨーロッパ随一の名家メロヴィング
だというデタラメが
本「レンヌ・ル・シャトーの謎」や
「ダ・ヴィンチ・コード」になり
映画になって大いに受けました。

これこそレプティリアンお得意の
真実から眼をそらせる情報操作。
確かにメロヴィング家の王は強大な力を持つ
レプティリアン混血種だったのは
間違いありませんが、イエスもマグダラのマリアも
実際には存在していないのです。

メロヴィング家は5から8世紀にかけて
現在のフランスからドイツにあたる地域を支配し
魔術王、司祭王と呼ばれていました。
これはエジプトのファラオや
他のレプティリアン混血種の王家と同じです。
司祭王とはレプティリアン混血種であって
かつ先進知識を持っている者を意味しています。

メロヴィング家は
シカンブリアン・フランクと呼ばれる部族の王家で
これが後にフランク族になり
フランスの語源になったのです。
次がよーく記憶すべき重要な史実です。
メロヴィング家の始祖とされ
紀元前11世紀に死んだフランシオは
大洪水時のレプティリアン混血種の英雄
ノア(シュメール人は別の名で呼んでいた)
の子孫を名乗っていました。

フランク人は自らを
「ニューマージュ(契約の民)」と称していたし
エジプト人も自らを選ばれた者と信じて
神々と契約を結んでいました。
この考え方が後に同じく
シュメールとバビロンに由来する
ユダヤ教に受け継がれるわけです。
この「選ばれし者」という思想は
世界各地に見られ、レプティリアンの神々との
遺伝関係を示していることに他ならないのです。

メロヴィング家(フランク族)の
足跡をたどっておきましょう。
シュメール→トロイ(現在のトルコ)
→コーカサス→フランス
トロイの王子の名がパリスにちなみ
フランスの首都はパリと。

シカンブリアン・フランク族は
一時期ドナウ川西岸に定住し
スキタイ(強大な遊牧国家を建設したイラン系民族)
となって、ローマ人から「純血の民」と呼ばれていました。
伝説では、メロヴィング朝の創始者
メロヴィクスは爬虫類人の血を引いていて
それがヨーロッパ各地の王族をはじめ
権力と影響力を持つ多くの連中に受け継がれたといいます。

なお、メロヴィング家の紋章は
蜂蜜、蜂蜜の巣、百合型紋章
(フルール・ド・リス)です。

 


 

 

これはトロイを建設した
ダルダノスの孫にトロスがいて
国名のトロイはこのトロスにちなんだこと。
トロスの子孫を自称する一族としては
こんな由縁のシンボルを
紋章として採用するのは当然でしょう。

また、トロスはフランス語でトロワですが
レプティリアン混血種にとって
重要な意味を持つ数字「3」ですので
三位一体を象徴する百合型紋章は
納得できる紋章ということになります。

もうひとつヨーロッパの王室名家には
ハプスブルク家がありますが
やはりメロヴィングとの接点があります。
トロイ戦争の主役を務めたスパルタ人
(シュメール人)はトロイからフランスに移動し
ロレーヌ地方に住み着いたのです。
この地は長きに渡って
レプティリアン混血種エリートの活動拠点になり
その中心がハプスブルク家だということです。

メロヴィング家の血筋はとうの昔に途絶えている
とされていますがとんでもない。
そのレプティリアン混血種の遺伝子は
西ローマ帝国皇帝カール大帝の力によって
現在のフランスからドイツにあたる地域を支配し続けました。

 



ルドルフ2世らハプスブルク家皇帝の領邦を象徴する紋章と二頭鷲の意匠

 

神聖ローマ帝国の「双頭の鷲」

 

ロシアの国章「双頭の鷲」

 

 

このカール大帝の先祖にアレクサンダー大王がいます。
今日の主要なレプティリアン混血種の家系
(アメリカ大統領や要人の大半)は
すべてアレクサンダーの血を引いています。
アレクサンダーは、大洪水後に地中海やエーゲ海で
活躍したヴァイキングの子孫。
紀元前323年、33歳で没するまで
軍事力でかつてのシュメール帝国の広大な領域
(エジプト、メソポタミア、インド)
を掌握(しょうあく)しました。

「大蛇の息子」アレクサンダーにちなみ
エジプトに作った都市アレキサンドリアは
「大蛇の息子の都」と呼ばれます。
なぜアレクサンダーが大蛇の息子と言われるかというと
父親が大蛇の神アモンとされているからです。

 

それでは、後に途轍もないレプティリアン的殺戮や
混乱をグローバルレベルで世界中に撒き散らす
キリスト教会を創設した、ローマ帝国とは一体何なのか?
これもきちんと把握する必要があります。

伝説によれば「ローマ」と名づけたのは
双子の弟レムスと一緒に
テベレ川の岸に捨てられていたロムルスです。
父はマルスですが
マルスはシュメールのマルドック
バビロンの二ムロドに相当します。

マルドックは、シュメールタブレットによれば
アヌンナキ(シュメールの神々)の
主任科学者エンキの息子ということになっています。
ここでエンキと二ムロドがつながりますね。
で、ロムルスとレムスが支配者の座を巡って争い
レムスを殺したロムルスが
自国をローマと名づけたということです。

別伝では
前出のメロヴィング家の先祖トロイ家の血統が
ローマ帝国をも支配したとあります。
トロイ戦争の英雄
アンキセス王子と女神アフロディーテ
(バビロンではセミーラミスないしイシュタル)
の息子アエネアスが
トロイを略奪されたあと当地に流れ着き
それがローマになったというのです。

別の神話によればロムルスとレムスに
アエネアスの血を伝えたのが
母アフロディーテだとも。
そしてアエネアスの子の孫ブルータスが
紀元前1103年イギリス諸島に上陸し
その地を新たにブリテン
住民をブリトンと名づけ、後にロンドンとなる
ニュートロイなる都市も築いているのです。

以上、ローマ建国に関する神話伝承を紹介してきましたが
どれほどの真実が含まれているかは分かりませんが
その多くは象徴的なものでしょう。
いずれにせよ、その文化と後に登場した帝国は
まぎれもなく、バビロンの再来でした。
レプティリアン社会であり、その姿勢は
「見る-欲する-征服する」です。

その象徴がコロセウムです。

 


 

 

何百万という人間や動物が
観客の「娯楽」のために殺されました。
ローマ帝国は
レプティリアン混血種の影響をさらに拡大させる一方で
シュメール帝国の出身者に同族結婚の場を提供したのです。

 

つづく