イエス・キリストを崇拝するのは分かるけど
今生きている教祖様を崇拝する人達は
どうしてそんなに盲目になれるのか分からない
昔、同じ会社で2回、違う宗教に勧誘されたけど
2人共、教祖様べた褒めだった
ひとつの宗教は小さいから名前を忘れたけど
私より2歳年上の当時25歳の女性Oさん
ずっと悩んでいた
アトピーを触っただけで治してくれた人がいて
アトピーになった事はなかったけど
すごい人だとあまりに熱く語るので
健康教室があるからと誘われ、無料というので
興味本位で行ったら宗教だった
アトピーを触るだけで治した
すごいおじいさん教祖様ではなく
居たのは、どんな関係者か忘れたけど
高級腕時計をつけた成金みたいな
チャラい色のスーツ着た
中年の体格のいい浅黒い男の人が指導をしていた
健康教室なのに、スーツからして怪しかったけど
みんな迷える子羊のような人達が(10人もいなかったかな)
真面目にひとりでできる簡単なストレッチをやり
その後、その人のお話が40分くらいあり
なんの話か忘れたけど
真剣にその人のありがたい話を聞いていた
最後に、あったか靴下とか健康グッズを販売
だけど、高いのでほしいと思わず買わなかった
次は合宿があると誘われたけど断って
宗教のお誘いは2度と行かなかったけど
江■●介の地元でやるコンサートが
新聞で当たったと無料との事で誘われ行った
そのOさん、最初はやけに悩みを聞きたがるし
自分の不幸話を語るな~と思っていただけだけど
すべては宗教に勧誘するためだったと分かった
なんとなくOさん、引っかかる所があり
その場にいる人とは仲良くしているのに
いなくなると悪口言うし
時々嫌味な事私に言うし
それにとても口が上手く
おしゃべりですぐ人に言いそうだから
悩みを言わなくて良かった
出会ってすぐ悩みを聞きたがる人には要注意‼
勧誘された2人とも
この宗教に入ってから幸せになった
と言っていたけど、同じ悩みがある人同士で集まって
仲間が出来たから心の余裕のおかげなのでは?と思う
その後Oさん、借金まで作って貢いだ人と一緒になり
子どもが出来てつわりがひどく会社を辞め
1年経った頃、離婚しましたと連絡があり
好きで好きで何度も告白して
やっと結婚してくれて幸せと結婚した時言っていたのに
合コンしたいから誰か紹介してと
言っていた変わり身の早さ
子どもがいるので
男がいなくちゃ生きていけないんだと言っていた
結婚して離婚した相手はどこで知り合ったか聞いてないけど
10年くらいずーと憧れて好きだったらしく
そのあっけらかんさに
自分発信の身の上話をずいぶん聞いていたので
その中で聞かされた好きな人の
大好きさ加減はどこへ行ったんだ…と思った出来事
それ以来会ってない
以下7巻より
イエス・キリストのイメージとして
最も鮮明に浮かぶのはどのようなものだろうか?
アンケート調査によると
十字架に磔(はりつけ)された
イエス・キリストのイメージなのだ。
しかし磔の肖像は
正教やカトリックのどんな協会でも目にするものだ。
いったい誰がどんな目的で
そのようなオカルトな手法を考え出したのだろう?
はたしてイエス・キリスト自身は
この肖像がみんなの上に重くのしかかる
主要なものとなることを望んでいただろうか?
だが、我々なのだ。
まさに我々が、自分たちの意識で磔のイメージを
創造し続けてしまっているのだ。
気づいてほしい
我々が創造しているのは復活ではなく、磔の方なのだ。
磔がイメージされた像に口づけをしているのだ。
まさにこのように
私たちがキリストを十字架に架けたままにしているのだ。
これは最もシンプルなオカルトな手法であり
人間の集合意識のエネルギーを利用して
イメージを形成し続けているのだ。
我々がこのことを理解し
自分の意識でイエス・キリストを十字架から外すまで
彼はずっと十字架に架かったままだ。
すなわち、我々がオカルトの罠に
屈するのをやめるまでこれは続くのだ。
宗教をつくり出した当初から
神官たちは自分たちが考えたオカルトな儀式や教理を
全員にたたき込もうと懸命だった。
どんな宗教も、たとえ最も高潔で
善と品格を感じさせるものであっても
神官たちがつくり出した微妙なニュアンスが入った時点で
彼らにとって最強の武器になる仕組みなのだ
その仕組みを利用して
彼らはすべての民を支配下に置き
民が完全に自己崩壊するところまで
互いに争うようけしかけてきた。
このようなことが過去に起き
そして現在でも起き続けているのだ。
現在も多くの宗教において
オカルトな儀式や教理は存在する。
それらの真の意味や人類への作用の
度合いを知っているのは神官たちだけである。
無数の人々がイエス・キリストの磔を
意識の中に投影してしまうのは
オカルトな儀式があるからなのだ。
しかし、そのような投影をしてしまう人々
正確にはその人々の魂も
磔のイメージを投影し続ける限り
自身をずっと磔にしているということになるのだ。
集合意識による磔のイメージは
現代の人々の肉体に浸透してしまうほど強いものだ。
イエス・キリストの血が滴る傷は
時おり何人かの信者たちの身体に現れ
「生痕の謎」と呼ばれる。
多くの学者たちは、血の滴る傷
すなわち生痕は、精神的な病気であると見なしている。
私がそれにつけ加えるのならば
それは特定の人の病気ではなく
社会に巣くう病気なのであり
その第一の原因は、神官たちによって
根強く刷り込まれたオカルト儀式なのである。
それなのに、聖痕という現象について完全に解き明かすどころか
商魂たくましい人たちが聖痕を売り物にしてしまっているのだ。
人々が互いを殺し合うことも
君たちがテロリズムと名づけるものも
神官たちが無数の大小の宗教集団に
持ち込んだ教理による結果だ
人間の真の神なる生が地上ではなく
どこかの異なる次元にあるという教理を思いついたのは彼らだ。
神により創造された楽園は地球の外にある
というイメージを思いついたのは彼らなのだ。
この教理のおかげで、宗教の狂信者たちの間で
地上の生をないがしろにすることが発生しているのだ。
彼らはほんのちょっとした心理作用を受けただけで
いとも簡単に自身や他者を殺す覚悟ができてしまう。
今日起こっている戦闘とテロの発端を注意深く考えてみてほしい。
そうすれば、おぞましい教理の作用がはっきりと見てとれるだろう。
人々が自分で深く考えることをはじめ
見分けることを学ばない限り
宗教的教えや精神性を説こうとするいかなる師であっても
オカルト儀式や教理から人々を逃れさせることはできない。