正しいけど、正しくないこと。2
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■前回に続くテーマとなりますが、
世の中、言い訳をすると、言い訳すんな。
という反論が必ず返ってきます。
いくら、自分が正しいと思っていても、
大きな視点で見たら正しくないことが往々にしてあります。
今日も、前回に続き、正論=正解ではない。
という視点で、私なりの見解をお伝えします。
■私は色々な上司に仕えてきましたが、
この人は本当に最低な上司だな。
と思った上司の特徴をいうと、
部下の失敗や、成績の低さを、
部下の能力のせいにする上司です。
こんな上司は、本当に終わっていると思います。
なぜなら、
本来、部下の教育をふくめて上司の役割のはずなのに、
すべて丸投げして、部下が全て悪い。
と言ってしまうということは、
=自分の教育能力の低さを棚上げするに等しい行為だからです。
■これは最低の部類です。
ハッキリいって終わっています。
ですが、残念ながら、私もこんな上司と
長年付き合わざるを得なかった時期がありました。
組織に属するサラリーマンの宿命といっていいでしょう。
■私の体験談となりますが、
その「終わっている上司」を仮にBさんとしましょう。
そのBさんは、自分の上司に、
私のことを、以下のように報告していました。
「あいつはあまりにも仕事が遅い。そのくせ、勉強もろくにしない。
本当に向上心もないし、どうしようもありませんよ。」
ちなみに、私はこのBさんより10倍は勉強していましたし、
営業成績も上でした。
それだけに、この話を聞いたときは正直腹が立ちました。
■ただ1つだけ、私にも隙がありました。
確かにBさんが指摘するように、
1つ納期遅延を起こしそうになっていたのです。
「いやいや、普段は遅延なんてしません。今回だけです。」
なんて通用しません。ただの言い訳です。
こればかりは、わきが甘かったと反省しています。
■Bさんの上司も、その1点だけを聞いて、
確かにBの言う通りだなと、納得して私を責めてきました。
結果、私のモチベーションは下がりましたし
めちゃくちゃ腹が立ちました。
「こいつら、揃いもそろって何を見てんだと」
そこを腐らず踏みとどまるどころか、噴気したことは、
今でも自分の誇りです。(笑)
■話を戻しますが、
本来、会社に、人が集まって働く意味は、
相互補完の意思に基づくものです。
つまり、お互い、自分だけでは達成できないことを
相互に助け合い、より良い成果を生み出すために、連携をすること、
これが会社という組織が1人以上になる理由です。
■この観点でいうと、
当時の部下であった私を追い落とそうと、
重箱の隅つつくような指摘していた「終わっている上司」こと、
Bさん。
部下だった私のモチベーションをさげるような
Bさんが行ったことは
会社全体で見たときに、正しいのでしょうか?
これは私の感情を抜きに考えても、
答えはやはりNOなのです。
■確かにこの「遅延」は許されることではないし、
指摘は正しいです。
・会社全体で生産性を落とすこと。
・部下に無駄なストレスをかけること。
この場合、陰でこそこそ部下の悪口を言わず、
正面から堂々と誠意をもって指摘を出すべきです。
■仮に私が、怒りに身を任せ、会社を退職したのならば、
本来得られるはずだった億単位の
売り上げを会社は失うことになっていました。
そして、私自身も、面白くない辞め方をしてしまうので
精神的にも苦痛だったことでしょう。
正しいけど、
正しくないこと。
残念ながら、今の日本企業は、
このようなBさんのような、理不尽を言う人であふれています。
社会人は誰しも、このような理不尽と戦わないといけません。
■そして、その戦いに打ち勝ってこそ、
本当の社会人生活が待っていると思います。
正しいけど、正しくないことを無くすこと。
結果として、離職率軽減、退職防止にもつながります。