右左脳統合セラピスト・yuko -4ページ目

右左脳統合セラピスト・yuko

徒然なるままに
日々の気づきをシェアすることで
わかるわかる、とか
あ、この人わたしとおんなじこと考えてる、とか
あー、そうかも、たしかに。とか
そんな『場』を作っていけたらいいなぁ
と思って始めてみました。

{A2203E76-EEBD-4924-977B-EEA8436C3B8C}


訪問してくださって
ありがとうございます。

このBlogでは

◎自分自身の脳(心)とからだと
うまく付き合い

◎ 地球や人や自分自身と調和しながら
自由に人生をデザインし、

◎【真・善・美】が
豊かに創造される世界を
広げていく生き方がしたい人へ向けて

わたし自身の経験をもとにしたヒントや
日々の気付きをお届けしています。



ー感謝という言葉のワナー


さて、今日は誰もが知らずに陥る
ワナを隠し持つ、
「感謝」という言葉と

もう一度
正面から向き合って

「口先だけ人間」から卒業しましょう。


感謝なんて当たり前すぎて
読む価値なし、
自分には関係ない、

もしそう思われたなら
どちからかというと
そうでない人よりアブナイかも
しれませんので

そんなあなたこそ、
ぜひもう少し先まで読み進めることを
オススメします 笑

おそらく
読み終える頃には
これまでより一回りもふた回りも
魅力的に生きていける可能性を
手に入れることが出来ているはずです。

あくまでも人として美しく在りたい、
という想いがある場合は、ですし、
もちろん
それ自体、良い悪いの話ではありませんが。



さて、
前置きが長くなりましたが
そろそろ本題に入りましょう。


感謝とはなにか。。

そう、最も簡単に表現すると
「ありがとう」の気持ちを持つ
ということになります。よね。


でも実は、
ここに初めから
ワナが潜(ひそ)んでいることに
気付きませんか??


問題は
「気持ちを持つ」という部分です。



間違いではありません。

けれど、
大きなワナです。



前回記事

「望む未来を引き寄せる」
http://s.ameblo.jp/20151111/entry-12159075980.html

で言えば、
これはまず「イメージを描く」の部分であって
まだ未完成であるということを
知っておかなければなりません。

なぜなら
感謝は
「感謝する」という動詞に
ならなければ

つまり「行動で表現されなければ」
イメージの世界から飛び出して
現実世界に「創造」されることが
できないからです。


ここですでにドキッとされたなら
あなたはとても勘の鋭い方ですネ


生きていることに感謝する
衣食住が満たされていることに感謝する

今日も当たり前のように
日が昇ることに感謝する

などは、まず第一に
「そのことに意識を向ける」
ということが行動にあてはまる、
ともいえますが


もう一歩、よくよく
考えてみる必要があります。


まず、生きていることに感謝する
ことを具体的に行動で表すには、

なぜ生きていられるのかということに
意識を向ける必要があります。

すると、根本的には
カラダがあるから、
酸素があるから、
水があるから、

人間は生きていられる
ということが見えてきます。

すると
生きていることに感謝する、とはつまり

カラダに感謝する、
酸素に感謝する、
水に感謝する、

と言い換えることもできますよね。

さらっと読んでしまうと
なかなか腑に落ちないと思いますので

実際自分のカラダを目で見たり、
空気中の酸素を意識して吸ってみたり
手元にあれば
水を一口飲んでみて

あ、たしかに、、
と感覚的にも体感してみてくださいね。
この作業は思っている以上に重要です。


ぜひ先へ読み進める前に
画面から一度目を離して
「体感」する作業をしてみてください。



はい。ありがとうございました。



さて、これで少し具体的になりましたね。

でも、これではまだ
「感謝の気持ち」の段階に過ぎず、
その感謝を「行動化」できていないので
この世界に「感謝を創造」するまでには
至っていません。


この段階で、このこと、
つまりまだ
「感謝する」が未完成であるということを
しっかり自覚することは
とても大切なことです。


それでは
さらに細かく分解していくことで
感謝を
目で見ることが出来て
手で触れることのできる「カタチ」に
していきましょう。


まずカラダに感謝するとは
どういうことでしょうか。

カラダに向かって
「ありがとう」と声をかければ
いいのでしょうか。

カラダに対して
ありがとうの気持ちを持てば
それが「カラダへの感謝」に
なるのでしょうか。


ここまで読み進めてくださった
あなたなら、
もう分かりますよね。

これらはまだ頭の中にある
「イメージ」なだけで、
まだ現実世界に創造されていない
ということが。


あくまでもわたしの解釈では
ありますが

カラダに感謝する、とは
具体的に
「カラダを大切に取り扱うこと」です。

つまり
目や耳や鼻や口や皮膚から
カラダの中に入ってくるモノ
あるいは入れるものを
できるだけ「意図を持って選ぶ」ことや

筋肉や関節を動かして
循環が滞らないようにすることや

外側の傷んでしまっている部分
つまり 手荒れや肌荒れ、
その他、傷などのケアをすること

などが具体的な行動です。

これによって初めて
「感謝が具体的に創造された」
ということになるわけです。



では、酸素はどうでしょうか。
酸素に感謝する、とは
一体どういうことでしょうか。

そもそも酸素は
一体どこからやってくるのでしょう。


そう、植物が光合成することによって
地球上には酸素が満ちていますよね。

そして
すべての生き物は
酸素なくしていきることはできません。

今この瞬間、
酸素がなくなったら
わたしたちはどのくらい
生きられると思いますか。

ほんの数分です。

お風呂の中で水に顔をつけて
息を止めてみたことがありますか。

プールで潜水に挑戦したことがありますか。

あの状態です。
呼吸ができない環境、
酸素がない環境とは。

想像するだけで
息苦しくなりませんか。

つまり今まさに、こうして
当たり前に呼吸をして生きていられるのは
植物があるから、ということが
なんとなく体感できたのでは
ないでしょうか。


ここでもう一度
意図的に呼吸をしてみることで
酸素の必要性を「体感」
してみてくださいね。

くどいようですが、このように
「異次元」の情報同士を
意図的につなぐという作業は、
脳の認識にとって、とても重要です。



さて、
酸素に感謝する、ということは
植物の存在に感謝するということに
つながることがみえてきました。

けれど、まだこれも
イメージの段階、
気持ちを持っている段階なだけで
行動による創造は行われていません。

では
植物の存在への感謝を
具体的に行動で表現するためには
どうしたらよいのでしょう。

植林でしょうか。

木を切らないようにすることでしょうか。

確かに直接的で分かりやすい行動
ではありますが、
なかなか日常的にできることでは
ありませんよね。

ここでポイントなのは、
間接的に関わることもできる
ということを知っておくことです。

つまり
植物にとって住みよい環境を
整えることにつながるような選択を
日々の中で行っていくことが
できるということです。


さらに具体化すると、

水を汚さない洗剤を使うこと
土を汚さない方法で育てられた
食材を選ぶこと

環境に配慮しながら作られた
衣服や、道具や、化粧品やetc
を選ぶこと。


以上のように、意図を持って
日常で使う物を「選ぶ」ことで

間接的とはいえ
植物への感謝の気持ちを
「具体的に創造」することが
できるわけです。




では最後に、水への感謝は
どのように「行動化」していけばよいかを
考えてみましょう。


人の体は70%ほどが水、ということは
知っていることと思います。

おかしな例えですが
お好み焼きの生地の70%が水分だったら
もんじゃ焼きより さらに
ドロドロになりそうなものですよね。

でも、人間のカラダは
未完成の巨神兵のように 笑
ドロドロな状態なわけでは
ありません。

そういう意味でも
人間のカラダって
よくできていると思いませんか。

多少であれば、壊れても
余程のことがない限り
修理に出すまでもなく
勝手に治ってくれますし、

修理に出したとしても
最後はやはりそれ自体が持つ
「治癒力」によって治っていきますよね。

壊れたスマホは
ひとりでには直らないし、

履きつぶした靴も
勝手に代謝して
何日かできれいな素材に
入れ替わるなんてこと、
ないですものね。



話しを戻しましょう。

水への感謝を
具体的に行動化して
この世界に「感謝を創造」するために
わたしたちにできることは


循環を邪魔しない、ということです。


これではまだまだ抽象的で
すぐに行動に移せそうにないですね。

そもそも水は
どこからやってくるのでしょう。

地球は水の惑星とも言われるように
海の面積が陸地より断然多いですよね。

そしてこの海の水が蒸発し
雲になり
雨や雪になって陸地にも降り注ぎ
川となり

わたしたちが飲むことのできる「水」になり
お味噌汁や
スープや
コーヒーやお茶、
あるいはインスタントラーメンになり 笑

あるいは
あらゆる植物や生物が育つ段階で
そのいのちを育(はぐく)むわけですから

野菜や果物はもちろんのこと、

あらゆる料理、
パンやごはんや
お菓子やポテチやケーキのオオモトとなり、

陸地においてほんのひととき
植物や生物のカラダを通ったのち

あるものは地中にしみ込み、
あるものはまた海へと還ってゆく


これが、水なるものの正体の一部です。


この水の循環を邪魔しない、
とはどういうことでしょうか。


では、うまく流れない水は
どのような状態にある水でしょうか。


そうです。
汚れている水です。

飲むことのできない水、
体内に入ると
植物や生命のカラダに悪影響を与え、
その整った仕組みを壊してしまったり

植物や生物のカラダを通ったあと
土や別の水を汚してしまう水、


これらは
スムーズな循環を滞らせてしまい

あちらこちらで
不具合を引き起こしていきます。


ということは、
水に感謝する、を具体的に
行動で表現するならば、

日常生活の中で
できるだけ水を汚さない選択をすることが
わたしたちにできることです。


例えば、化学合成によって、
分解される
=自然界に存在するカタチに戻る
のに膨大な時間がかかる洗剤は

「いざ」というとき
(カレーのしみがついちゃった!とか)
以外は使わないようにする、とか


製造過程で
水質汚染に配慮している企業の製品を
できるだけ積極的に購入するようにする、
なども、すぐにできることのうちの一つです。

そのためにはまず、
いま身近にあるモノをぐるりと見渡してみて

一体それらが
どんな材料をどこから仕入れて
どんな環境で製造されてきたものなのか
「調べて」「選ぶ」ことが必要です。


少なくとも、まず
そういう視点で物を見てみるという
意識を持つこと、

これらも
「水への感謝」を具体的に行動化するという
よい例です。


できればここでも
情報をつなげるために、

一度画面から目を放し、
今すぐ手に取れるものに目をやり
よく眺め

何から作られたものなのか
どこからその材料は持ってこられたのか
どんな人がどんな環境で作ったのか

考えてみる、想像してみる、
あるいはスマホで調べてみる、

という作業を行ってみてくださいね。

カバンでも
ペンでも
手帳でも
もちろんスマホでもPCでも。



さて、以上のことから
逆に言えば、

これらの行動に配慮できていない
観念の世界にしか存在しない
「感謝の気持ち」だった場合、

それは「口先だけの感謝」であるという
ある意味で残念な事実が
お分かりいただけたのではないでしょうか。



どうですか。
振り返ってみて、ご自分の生き方は
「感謝している『つもり』」でしたか。

それとも
「感謝している」生き方でしたか。




さて、一番最初に戻ります。

「生きていることに感謝する」という
言葉によって表現された「感謝」を
順番に分解し、

とりあえず分かりやすい例として

=「カラダと酸素と水に感謝する」

=「カラダと酸素と水」に関わる(取り扱う)際の
具体的行動によって表現する

という一例を挙げてみましたが
いかがでしたでしょうか。




「頭の中で感謝している」だけで
行動が伴わないワナにハマっていた、
という現実に
はたと気づいてしまいましたか??

おめでとうございます。



少なくともわたしは、
以上のことに気づいた時、

自分が度々
口先だけの感謝であるにも関わらず
「感謝している」「感謝できている」
と思い込んできたことを自覚し
愕然としました。

そしてまた自覚できたことに安堵する自分も
同時に存在していました。



近年、感謝感謝という言葉が
あちらこちらで飛び交っていますが

少しキツめの言い方をすれば
「感謝」という言葉の乱用とも
言えるのかもしれません。


思えば、日本には
「不言実行」という言葉がありますよね。

昔の人も
言葉だけが一人歩きすることを
よくよく分かっていたのでしょうね。


せっかくですから
いま一度
自分が感謝したいと思っている
あるいは感謝しているつもりの
人やモノや状況などを
見直してみてはいかがでしょうか。

そしてイメージだけで
感謝しているつもりになっているものを
一つずつ「行動」に表すことによって
この世界に創造してみてはいかがでしょうか。




何事も いい、悪いではないということは
度々お伝えしてきています。

けれど、人として生きるにあたり
美しいか美しくないかという基準は
持っていてもよい指標なのではないかと
わたしは思っています。

もちろん、美しいの基準も
人それぞれかとは思いますが
これに関しては今回は省略させて
いただくとして、、。



最後に、、

よほど注意していないと
感謝を「体現する」ことは難しいものだ

と知っているだけでも
今この後からの生き方に
変化があるはずです。


体現する、とはまさに
カラダを与えられた人間のもつ特権である
「創造する」ことですから、

イメージの中にある
感謝という概念を
ぜひ、行動化=創造しながら
この世界を生きてみてはいかがでしょうか。



ただし、
人に対しても自分に対しても
「ねばならない」
とならないようにすることは
大切なポイントかもしれません。


疲れますからね 笑


けれどせっかくカラダを持って
生まれることができたのですから、

真・善・美というものは
こんなにもシンプルに「創造」できるのか、
ということを
ぜひ体感してみてください。

そして、イメージの世界にあるものは
あくまで「創造の前段階」であることを
ぜひ覚えておいてください。

もちろん、
イメージこそが創造の始まりであることも。

そして
わたしたちはカラダがあるから
具体的に「創造できるのだ」という
嬉しい事実も!




さて、今日もまた
感想や質問、
なんとなくのつぶやきなど
よろしければ お待ちしています。

コミュニケーションをとりながら
よりよい形で
経験のシェアをすることで

皆で一緒に、さらなる
自由と創造の世界へはばたいていきたい!

そしてこの世界が
もっともっと笑顔でいっぱいになるように、
と心から願っています。

それではまた。