五感診療の達人 | オバサン、52歳からのオートバイ挑戦日記

オバサン、52歳からのオートバイ挑戦日記

夫のオートバイといっしょに、出会ったこと、感動したこと、書いています。
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2023年2月6日 月曜日


毎土曜日

 

歌のレッスンのあと

 

先生とランチして、

 

 

おしゃべりするのが、

 

習慣だった、

 

 

先生とは、

 

いろんなこと、

 

おしゃべりした、

 

 

中学生のころ

 

戦争の疎開先、香川で、

 

鉄砲の玉が

 

頬をかすめたとか、

 

 

 

高3の時、

 

大学受験前に

 

眼の難病になり、

 

毎日、眼球注射し、

 

痛かったこと、

 

 

留学の帰国中、

 

大切なヴァイオリン、

 

失くしたこと、

 

 

岡山第九を歌う市民の会に入り、

 

ベートーヴェンの第九合唱されたこと、

 

 

 

大学病院の心臓内科医として定年後

 

60歳から個人クリニックを開院することにしたら、

 

周囲の猛反対にあったこと、

 

 

 

などなど、

 

 

 

先生のクリニックは、

 

素敵な池に面した高台にある、

 

 

 

水鳥を眺めつ、

 

ドライフルーツ入りパンと

 

野菜ジュースで

 

ランチしつつ、

 

 

私は質問した、

 

「猛反対にあったのに、なぜクリニックを開院されたのですか?」

 

「大学病院の診察は、一日に何人も詰め込まれたスケジュールで動くから、患者さんひとりに対する診察時間はとても短く、丁寧な診察ができなかったのです。なので私個人で、クリニックを開いて、ひとりひとりの患者さんに、もっともっと寄り添った診察をしたいと思ったからです。」

 

 

先生の医療信念は

 

聴診器と問診・視診・触診・聴診の

 

五感診療である、

 

 

先生に出会ったころの私は、

 

身体は元気だが、

 

 

夫を突然失って、

 

毎日、毎日、

 

自分を責めて、

 

心はボロボロだった、

 

 

 

先生と歌って、

 

ランチするうちに、

 

私の心は

 

元気になり、

 

未来を見るようになった、

 

 

二輪免許取って、

 

ジムカーナで練習し、

 

 

オートバイで

 

青森まで行った頃、

 

 

先生はこう言った、

 

「利子さん、僕は最近忙しくなったからね、歌の練習ができなくなったんだ、歌の個人レッスンをいままでありがとう。」

 

 

あの時は、

 

先生のお言葉通り

 

受け取めたけど、

 

でも今は違う、

 

 

 

先生は、

 

私の心が、

 

元気になるまで、

 

寄り添ってくれたんだ、

 

 

 

突然、

 

天国の階段、

 

登ってしまわれた、

 

先生、

 

 

 

たくさんの愛を

 

ありがとうございました。

 

 

さわやま先生