A級戦犯とは「平和に対する罪」を犯した者と書いてあるが、具体的には侵略戦争を起こした者のことである。ん?ちょっと待て。侵略戦争なんてどこの国もやってるだろう、と誰もが思うはずだ。しかもそれが裁かれるべき罪として規定されたのは、何と第二次大戦の後である。さらには何をもって侵略戦争と決めるのかについての具体的な言及はない。戦争はすべからく戦争当事者のどちらかの侵略行為であって、なぜ日本人だけがその理由で裁かれたのかということについて、歴史は沈黙している。
結局のところ、事後法によって、しかも本来裁かれることの無い理由で裁かれた人をA級戦犯と呼ぶとしか考えられない。当時欧米が所有していた植民地はどうやって欧米の物になったのか。それは侵略戦争で所有されるに至ったのではなかったのか。世界を全て欧米で分割した後に侵略戦争を行うと罪になるのか。植民地を持った欧米の全ての国は植民地の独立後、A級戦犯として裁かれないのか。第2次大戦後チベットと内蒙古を侵略した中国は、A級戦犯として裁かれないのか。竹島を侵略し島民を殺して不法占拠した韓国はA級戦犯として裁かれないのか。38度線を越え、韓国に侵入した北朝鮮はA級戦犯として裁かれないのか。なぜ日本だけが裁かれ、しかも今日もたくさんの国から非難され続けなければならないのか、ということに対して、具体的に適切に答えられる人はいないだろう。
A級戦犯とは特殊な極悪人ではなく、他の国でもいる、ある意味普遍的な、単に戦争というものを始めた人という人の中で、奇妙なことにそれを犯罪として唯一日本に対してのみ適用された人を指す。日本は現状の憲法九条で、国際紛争を解決する手段としての戦争を放棄しており、かつ侵略戦争を起こしたという理由で裁かれた者を出した国として、侵略戦争を起こした全ての国に対して、つまり植民地を持っていた欧米諸国、中国、韓国、北朝鮮、その他侵略戦争を行った全ての時代の為政者、軍司令官をA級戦犯として告発するべきだと考える。模擬裁判でも構わない。裁判の体裁を整え、判事、検察、弁護士を揃えて、証拠に基づいて裁判を行うべきだ。漠然と日本だけが極悪であったという謝った認識を変えるべき時が来ていると思う。それが不当な裁判に抗議することなく、従容として刑に服した先人たちに対する礼儀だ。歴史を直視していないのは世界の方だ。日本は世界最古の国として、歴史に対して責任がある。最も古い国家に対して歴史を忘れたなどと言わせるべきではない。日本は反省すべきことは反省するが、歴史の全てを恥じ、後ろめたく思う必要はない。日本に求められた反省を謙虚に受け止め心から反省しつつ、同じ罪を犯した他の国、歴史に対して、同等の反省を促すことことが、世界に対して責任ある態度と言うべきだ。戦犯が正しく戦争犯罪人だとすれば、日本に対して行われたのと同じ日本を含めた全ての国の戦争犯罪人に対して、遡及法によってその責任を追及し反省を促すべきだ。そしてその促された反省に対して世界が反感を憶え、反論を行うのであれば、実際に裁かれた日本のA級戦犯に対する態度と評価を世界に対して改めるよう促すべきと考える。逆に世界がそれぞれの侵略戦争を反省し、評価を改めたその時は、日本もまた靖国神社から彼らA級戦犯を分祀し、別の祀り方をするべきだと思う。
A級戦犯とは特殊な極悪人ではなく、他の国でもいる、ある意味普遍的な、単に戦争というものを始めた人という人の中で、奇妙なことにそれを犯罪として唯一日本に対してのみ適用された人を指す。日本は現状の憲法九条で、国際紛争を解決する手段としての戦争を放棄しており、かつ侵略戦争を起こしたという理由で裁かれた者を出した国として、侵略戦争を起こした全ての国に対して、つまり植民地を持っていた欧米諸国、中国、韓国、北朝鮮、その他侵略戦争を行った全ての時代の為政者、軍司令官をA級戦犯として告発するべきだと考える。模擬裁判でも構わない。裁判の体裁を整え、判事、検察、弁護士を揃えて、証拠に基づいて裁判を行うべきだ。漠然と日本だけが極悪であったという謝った認識を変えるべき時が来ていると思う。それが不当な裁判に抗議することなく、従容として刑に服した先人たちに対する礼儀だ。歴史を直視していないのは世界の方だ。日本は世界最古の国として、歴史に対して責任がある。最も古い国家に対して歴史を忘れたなどと言わせるべきではない。日本は反省すべきことは反省するが、歴史の全てを恥じ、後ろめたく思う必要はない。日本に求められた反省を謙虚に受け止め心から反省しつつ、同じ罪を犯した他の国、歴史に対して、同等の反省を促すことことが、世界に対して責任ある態度と言うべきだ。戦犯が正しく戦争犯罪人だとすれば、日本に対して行われたのと同じ日本を含めた全ての国の戦争犯罪人に対して、遡及法によってその責任を追及し反省を促すべきだ。そしてその促された反省に対して世界が反感を憶え、反論を行うのであれば、実際に裁かれた日本のA級戦犯に対する態度と評価を世界に対して改めるよう促すべきと考える。逆に世界がそれぞれの侵略戦争を反省し、評価を改めたその時は、日本もまた靖国神社から彼らA級戦犯を分祀し、別の祀り方をするべきだと思う。