【訛ってます】なぜ茨城の田舎者の私が、英語と中国語を習得する事ができたのか。 -30ページ目

【訛ってます】なぜ茨城の田舎者の私が、英語と中国語を習得する事ができたのか。

周りが田んぼだけで、誰よりも外国人との接点を持てなく、縁のなかった私が、英語と中国語を話せるようになって、今では外国人の友だちに囲まれているのはどこか不思議ですよね?

こんにちは。


最近涼しくなって秋に近づいてますが、いかがお過ごしですか?



日は「英語力」の話をしたいと思います。



私たちの多くは、英語力=能力、資格、スコアと勘違いをされているようです。


確かに能力があればあるほど、”一見”有用であるように思えます。



しかし・・・考えてみてください。


能力があったとしても、自分が望むように使いこなし、楽しみ、人の役に立てるかは別ということです。



能力が高ければ高いほどいい、高みを目指さなくてはいけないという、


”メディアの洗脳”から目覚めなくてはならないのです。



実際TOEICが優秀で会社に入っても、英語に話せない人は多いそうです。


人事部は困り果てているようですが、頭がどうかしているとしか思えません。



だったら、少しずつ英語力をつけながら、


同時に話す機会を持ち、外国人と友達になれるスキルを身につけ、


早い時期で小さいことでも(日本の楽しい文化を伝えることでも)貢献して自信をつけたほうが、


将来的に(仕事でも生活面でも)豊かとなりうるのではないでしょうか?




そして、


英語力がついたから、外国人と話して自己満足しようウフフという、気持ち悪い欲求(エゴによる欲求)は捨て、


道案内とかで、自然に献身的に親切になれる人になれるだけで、十分だと感じています。



日本人はシャイで語学ができないけれど、親切だ、という外国人から好評を頂いている民族なのです。


さらにちょっと語学が出来て、堂々と話せたら、なんと外国人の人も自分も喜ばせられるでしょうか?



まとめ: 英語力は単なる能力とは限らず、外国人を救い、笑顔にできる力



ちょっとまとまらなくなりましたが、読んでくださってありがとうございました!