神仏霊場巡り 『赤穂大石神社』 (兵庫県赤穂市) | たまやんの神社仏閣見聞録

たまやんの神社仏閣見聞録

主に神社・仏閣巡りの日記です。
国宝、文化財、御朱印など、見たり、聞いたり
頂いたり、たまに食レポ、気楽に楽しんでます。

1月8日に兵庫県は福崎町まで行ったのですがくるま。R、その日は和歌山

へ帰宅おうちし翌日9日再び、兵庫県西部、赤穂市へ走りましたくるま。R。数年

かけて関西の神社・仏閣約150か所を巡ってきた「神仏霊場巡拝の道」納経帖

も満願数珠まであと4か所なんですが、今回はその中で最も自宅おうちから

遠かった赤穂市の「赤穂大石神社」神社へと向かいますくるま。R

 

二日続けて「山陽道」高速道路を走りますくるま。R。「相生市」標識入る所です。

ここまで和歌山那智の滝から近畿道高速道路、中国道高速道路を乗り継いで2時間

余りでした。平均90キロくらいの省エネガソリン走行?ですニコちゃん①

 

赤穂ICインターで下車して赤穂市内を走りますくるま。B

初めて来る町晴れ。ではカーナビ人工衛星があると助かりますSkype

 

一本道に迷うことなく自宅おうちから約3時間で

赤穂大石神社神社に到着!

 

【参道】山道

参道山道には「赤穂義士四十七士」侍

の像が並んでいました驚き顔

 

【堀部安兵衛像】侍

「高田の馬場の決闘」戦うで名を馳せた

四十七士随一の剣客刀

 

【大石主悦(ちから)】侍

大石内蔵助武士の長男微笑み顔

 

【大石内蔵助像】武士

「大石良雄」、赤穂藩筆頭家老。

忠臣蔵の主人公的人物。忠義の人微笑み顔

 

江戸時代江戸は旧赤穂城内城にあった大石邸内田舎に小さな祠

を設けて密かに祀られていたそうですが、明治33年になって

から時の政府に創建が公に認められたとの事です微笑み顔

 

【義芳門(正門)】凱旋門

昭和17年、二大忠臣義士義と言われる「楠木正成」兜

「大石内蔵助」サムライ、その一人、楠木正成兜を祀る神戸の

湊川神社神社の神門凱旋門を移築したもの驚き顔

 

これは「浅野家」侍の家紋ですね微笑み顔

 

こちらは「大石家」サムライの家紋ですなニコちゃん①

 

凱旋門をくぐりますと左右に「恵比須様と大黒様」えべっさんがおられます

こちらは「大黒様」えべっさん。開運招福、なでなでしました手

 

【参道】道

写真青空の写真では閑散とした感じにみえますが、当日は平日

にもかかわらず、わりと参拝者てで賑わってましたSkype

 

【拝殿】神社て

主祭神は「大石内蔵助良雄以下赤穂義士四十七士」侍

 

「水みくじ~」M*新年y’s

 

【義士宝物殿】京都国立博物館

大石内蔵助サムライの「太刀」刀などありましたニコちゃん①

 

《刃傷、松の廊下》斬る

「殿中でござる、殿中でござる・・・」武士

浅野内匠頭侍を止めに入った旗本の「梶川頼照(与惣兵衛)」武士

この人、実はこの事件の17年前に起こった「若年寄稲葉正休」

と「大老堀田正俊」の殿中刃傷斬るにも居合わせたそうです微笑み顔

 

《浅野内匠頭長矩侍 即日切腹》斬る

享年35歳。辞世の句「風さそふ 花よりもなほ 

我はまた 春の名残を いかにとやせん」桜

無念の句ですくやしい

 

昼行灯、大石サムライ

京都において遊興にふけるお酒

 

元禄15年12月14日夜空、吉良邸討ち入り戦う

 

物置の中に身を潜めていた、

「吉良上野介」武士、討ち取られる斬る

 

泉岳寺Templeの亡き主君「浅野内匠頭」武士

墓前お墓に「吉良の首」生首を供えるて

 

「一文字流し」札【モノノ怪】

「脂肪が溶けて消えて下さい」にこにこ

「消えるかい!」130

 

【大石内蔵助像】サムライ

 

【石碑】石碑

 

【心響石】石

叩くと「ええ音」音量設定鳴りました♪

 

【船の形をした石~】宝石

 

なるほど、そうでしたか!Skype

 

【義士木像奉安殿】田舎

浅野内匠頭、四十七士など49体の像が置かれていますニコちゃん①

 

【大絵馬】絵馬

 

【御朱印】納経帖御朱印

神仏霊場兵庫11番「赤穂大石神社」筆

 

赤穂大石神社神社のすぐ近くには、旧赤穂城跡城がありました。

こちらには、あとでまた来る事にしまして・・・ニコちゃん①

 

先に「花岳寺」Templeへ行く事にしましたくるま。B

 

ではまた次回に次