昔、ちあきなおみという女性歌手がいました。
もう三十年以上前のことですが、突然表舞台から姿を消して、以来テレビ、ステージから遠ざかり、新曲を出すこともありません。
まるで神隠しにあったような…
隠れた理由は、愛する夫(俳優)の死です。それ以外に原因はないように思います。
ちあきなおみさんは「喝采」「矢切の渡し」等ヒット曲を連発していた、当時人気実力を兼ね備えた歌手でした。
以後、ちあきなおみさんの消息が知れたのは、スーパーの買い物袋を下げた写真が週刊誌に掲載されたり、さらに時間が経ってから、何処か名も知れぬ場所で歌を歌っているという記事を読みました。一時、友人宅に身を寄せているようなことも書いてありました。
今は、夫の墓のある都内の寺の近くのマンションに住んでいるとか…
身勝手な言論報道の自由権利を振りかざして土足で上がり込んで来るようなマスコミですが、当時のマスコミにはまだ良心が残っていたのでしょうか、それ以上の報道は自粛していたようです。それとも彼女の隠れんぼが上手なのでしょうか?
その後、テレビで特集が組まれたり、アルバムがリリーされたりしていますが、今も隠れたままです。
それにしても、彼女はなぜ隠れたままなのでしょうか?愛する夫の死を乗り越えられていないのでしょうか?人前で歌を歌う心境になれないのでしょうか?
夫の死と歌の活動を休止したこととは別の理由があるのでしょうか?
もしかしたら、夫がちあきさんの心の中にあり続けているのか、ちあきさんが亡き夫の中に生き続けているのか、共に2人の時間を邪魔されたくないのでしょう…
記憶の中の夫ではなく、まるで今も夫が実在しているような…生活。もしかして夫の命日の墓参りも夫と一緒だったりして…
夫の死後、すでにちあきさんは、この世に在って身体を離れることで生きながらえることを会得し、身体を離れた夫と共に在ることを実感しているのかもしれません。
これは、きっと亡くなった夫の手引きがないと出来ないことなので、自分の死後、あまりに嘆き悲しむ妻を見ていて、生きていた時と同じように寄り添っているのかもしれません。
死後の有り様は生きている者にとっては未知ですが、死んだ者が遺した者にやってはいけない手助けのように思います。御法度の行為です。
ちあきなおみさんは、私よりつ四つくらい年上ですが、後期高齢者になった今でも心は閉じたまま、ひっそり何処かで歌っていたら歌声を聴きたい…そんな歌手です。
ちあきなおみさん、もういいかい?
…………………………寝てしまったの?
もう、みんな帰ってしまったよ。
さあ一緒に帰ろう。
何処へ?
この世へ。
生きながらあの世に居たのでは、死んだ時、あの世に行けないですよ…