もやしでなくいやしです。それもいやしいいやしはやめましょうというお話です。
ネット空間を泳いでいると、もう奥さんすごいんですから、帰らないでくださいよ(落語家、先代の林家三平です、ど~もすいません)、なんたっていやしいやしがもやしのようにアヘアヘ生えて…癒しを求める人、あの手この手で癒しを提供する自称癒しのプロ(笑)、あからさまなカネ儲けの人等々溢れ反っていて、癒しのバーゲン会場、大安売りでもうびしょびしょなんですから。うん?何がびしょびしょ?意味不明…
癒しは探さなくても身近にあります。それと気づかないのです…
いやしは受けとるものではなく、あたえるものでもなく、結果として起きている現象です。それを職業としておカネをとっていやしてあげるのはいやしいです。いやらしいいやしいいやしです。
いやしは見る聞く触る想う気配を感じる育てる養う賄うことによって跳ね返って来る結果です。誰もが美味しいと感じる旨味豊富な果実です。
癒してる、癒されてると気づかないのが癒しの果実です。
予想を超える結果が反ってきて、もて余すこともあります。
癒しに一方通行はありません。双方向のお互い様ですから、求めても出会えず、出会えてももらうだけ…ちょうど神社に願掛けするように、お礼参りに参拝する人って珍しいですよね。
求めずとも出会えていることはいっぱいあると思いますが、気づかないことが多々あるでしょう。
癒しと愛は違います。
愛には一方通行があります。施す、与える、見返りを求める、恩を着せる、自己陶酔。
癒しは、癒している、癒されていることさえわからないこともあります。
そこにある、いるだけでいいのです。