医科大学の主任教授の講師に対する研究の価値及び教育活動を一切否定するような発言,大学からの退職を | 法律大好きのブログ(弁護士村田英幸)

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医科大学の主任教授の講師に対する研究の価値及び教育活動を一切否定するような発言,大学からの退職を迫られているように受け取られる発言,討論会から排除する発言は,指導としての適切さを欠き,違法であるとして,主任教授の不法行為責任が認められた事例

 

東京地方裁判所判決平成19年5月30日

損害賠償請求事件

医科大学教授(損害賠償)事件

【判示事項】 医科大学の主任教授の講師に対する研究の価値及び教育活動を一切否定するような発言,大学からの退職を迫られているように受け取られる発言,討論会から排除する発言は,指導としての適切さを欠き,違法であるとして,主任教授の不法行為責任が認められた事例

【参照条文】 民法709

【掲載誌】  判例タイムズ1268号247頁

 

道法

(不法行為による損害賠償)

第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

(財産以外の損害の賠償)

第七百十条 他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。

 

       主   文

 1 被告は,原告に対し,5万5000円及びこれに対する平成15年6月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

  2 原告のその余の請求を棄却する。

1 Xは,平成15年当時,Z医科大学の講師であり,解剖学教室に所属していたが,同年5月22日の月例教室会議において,主任教授であるYから,Xの研究の価値及び教育活動を一切否定するような発言をされ,また,同年6月19日の教室会議において,Xを討論会から排除する旨の発言をされた。

  そこで,Xは,Yの上記発言等は,Xに対する「指導」に名を借りた悪質なアカデミック・ハラスメント行為であって不法行為を構成するとし,これによりXは,重大な精神的苦痛を被ったと主張し,Yに対して,慰謝料500万円と弁護士費用50万円の賠償を求めた。

  これに対し,Yは,Xに対する言動は,解剖学教室の主任教授であるYが,10年余りも形態学的研究を怠ってきたXに対し,同教室の教員として当然行うべき職務である形態学に関する実験及び研究を行うよう直接注意,指導したものであって,主任教授の職務命令として社会的相当性を有する行為であり,何ら違法性を有するものではない,などと主張した。

  2 本判決は,大学の主任教授の講師に対する指導であっても,指導される側の人格権を不当に侵害してはならず,その指導が社会通念上の相当性を逸脱した場合には違法となり,不法行為を構成するとした上,Yは,Xに対し,Xの研究の価値及び教育活動を一切否定する発言をしたほか,大学からの退職を迫られるように受け取られる発言をし,また,月例教室会議に代わる討論会からXを排除する旨の発言をしたのであるから,主任教授の指導としての適切さを欠き,Xの人格権を侵害しているとして,Yの不法行為責任を肯認した。

  しかし,本判決は,Yの上記発言等はXに対する指導の趣旨であったこと,XはYの発言に対し適宜反論していたこと,XがYに対して反抗的な態度をとったため,Yの発言が過激化したこと,XとYとの間にはこれまでトラブルといえるようなものはなかったこと等を総合考慮すると慰謝料の額は5万円,弁護士費用は5000円とするのが相当であるとし,Yに対して5万5000円の支払を求める限度で,Xの本訴請求を認容した。

  3 近時,大学等においては,アカデミック・ハラスメント,すなわち,教授等の権威的または優越的地位にある者が,その優位な立場や権限を利用し,または逸脱して,その指導等を受ける者の研究意欲及び研究環境を阻害する結果となる,教育上不適切な言動,指導または待遇が重大な教育問題となっているところ,大学や研究機関では,アカデミック・ハラスメントを防止するための様々な対策が講じられているが,いまなお大学や研究機関という閉鎖的空間を隠れ蓑として陰湿なアカデミック・ハラスメントが行われているといわれており,本件もその1事例である。