宅地建物取引業者の説明義務10 第10章 環境的瑕疵 | 法律大好きのブログ(弁護士村田英幸)

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役に立つ裁判例の紹介、法律の本の書評です。弁護士経験32年。第二東京弁護士会所属21770

第10章 環境的瑕疵

 

1 騒音

 

東京高判昭和53年12月11日判時921号94頁

閑静な場所であることを条件に不動産仲介業者に仲介を依頼しその仲介により土地建物を買受けたところ当時すでに周辺には開発計画があってその後開発が進んだため閑静な場所でなくなったことを理由として買主に対する仲介業者の過失による債務不履行責任を認めた事例

 

福岡地判平成3年12月26日判時1411号101頁

1 騒音被害を伴うマンションについて、これを新築分譲した売主に債務不履行(不完全履行)があると認めたものの、財産的損害の証明を欠くことを理由に、賠償請求を退けた事例

2 マンション住民の鉄道騒音被害について、これを新築分譲した売主の不法行為責任を肯認したうえ、慰謝料の支払を命じた事例

 以上の事実からすると、本件マンションは、25デシベルの遮音性能を有するサッシが使用されているものの、通常人が騒音を気にしない程度の防音性能を備えているものとは認められない。よって、被告は前記債務の本旨にかなった履行をしたものとはいえない。

 3 してみると、本件マンションの価格は、十分な防音性能を欠くことによって下落し、原告らは下落した価額に相当する損害を被ったものであり、被告は、原告らに対し、右債務不履行から生じた右損害を賠償する責任があるが、その各下落額を認めうる的確な証拠はないから、被告に対し、瑕疵担保責任もしくは債務不履行責任に基づいて財産的損害の賠償を求める原告らの各請求は、結局、失当というほかはない。

 4 請求原因2について判断するに、前記のとおり、被告会社のセールスマンは、本件マンションの販売に当たって、誇大とまでは言えないにしても、被告会社作成のパンフレットに従ってその防音性能を保証する発言をしたこと、原告らは、これを信用し、騒音は気にならないものと思い本件マンションを購入したことがそれぞれ認められる。ところが、前記のように、本件マンションは、十分な防音性能を欠き、それにより、原告らは不眠、不快感といった被害を受けている。そして、被告会社は、本件マンションの売り主なのであるから、防音性能の程度を知っていたか少なくとも知りうべきだったというべきである。

 してみると、被告は、故意または過失により、原告らに対し、不眠、不快感といった精神的損害を与えたものであり、その損害を賠償する責任を負うというべきである。

 5 前記のような原告らのマンションと鉄道線路との位置関係、騒音の程度、その影響の程度、前記のとおり被告の債務不履行により原告らが財産的損害を被っていること等諸般の事情を斟酌すれば、右精神的損害を慰謝する額は、原告原田については金25万円、その余の原告らについては各金15万円と認めるのが相当である。

 

浦和地川越支判平成9年9月25日判時1643号170頁

土地付建物の売買において、売主である宅地建物取引業者には、買主に対し、建物所在地周辺の航空機騒音について告知する義務はないとされた事例

 確かに、右認定の事実によれば、右航空機騒音は、環境庁の基準値を超えており、公害として、原告らに本件土地付建物の利用上一定の支障を及ぼすことは否定できない。しかし、被告のような宅地建物取引業者が売主となる場合、宅地建物取引業者は、取引物件の権利関係ないし法令上の制限や取引条件については、宅地建物取引業法35条所定の重要事項として、専門的立場から調査し買主に説明ないし告知すべき義務を負っているが、本件のような公害問題については、同条所定の説明義務の対象となっておらず、宅地建物取引業者が専門的知識に基づき説明ないし告知すべき事項とはいえない。もっとも、宅地建物取引業者は、事柄によっては、専門的知識に基づき説明ないし告知すべき事項ではなくとも、その職務が誠実性を要求される面からして買主に告知すべき義務を負う場合もあるといえるが、本件のような航空機騒音については、原告らとしては、被告から告知されなくとも、事前に調査し現地を確認する課程で本契約締結に至るまでに当然気付くべき事柄であり、本件土地建物が横田基地からかなり離れており、基地周辺の騒音は本件当時既に社会問題化して公知の事実となっており、本件土地付建物周知においては、騒音の程度も1日のうちのごく限定された時間で、その受け止め方にも個人差のあることを考慮すると、被告が本件土地付建物契約締結に当たり本件航空機騒音の存在を意図的に隠したとか、原告らが被告に購入物件の紹介を依頼するに当たり、その点について特に注文をつけたとかの特段の事情を認めるに足りない本件においては、本件航空機騒音について、被告が原告らに対し告知すべき法律上の義務があったとまではいえない。

  したがって、被告は、原告らに対し、不法行為または債務不履行上の責任を負わない。

 

2 迷惑施設

 

東京地判平成11年1月25日判時1675号103頁

マンションを分譲、販売した宅建業者が高速道路の排気塔等の環境悪化が懸念される施設が計画されていることを告知しなかったことが、錯誤、詐欺、告知義務違反に当たらないとされた事例

告知義務の点からみても、本件道路の施設である本件換気塔及び本件トンネル出人口は嫌悪施設であるが、前記認定事実によれは、本件道路計画は、本件売買契約締結当時において、原案が策定された段階にとどまり、計画決定すらされていないこと、同計画によれば、本件換気塔及び本件トンネル出入口は本件マンションから500メートル以上離れた位置に建設される予定の施設であること、環境アセスメントの実施前の段階であるために、右施設が周辺の環境、道路事情に及ぼす影響も不明であることに照らせば、本件売買契約に際して、被告には本件道路計画を告知する義務があったとはいえない。したがって、被告営業社員が原告に対し本件道路計画を告知しなかったことをもって、欺もう行為にあたるということはできない。

 

松山地判平成10年5月11日判タ994号187頁

宅地取引において隣接地の高架道路建設計画を告知しなかったことにつき、宅地建物取引業者である売主及び仲介業者の損害賠償義務が認められた事例

1 Xの夫である亡Aは、Y1を仲介者として、不動産業者のY2から本件土地を買い受け、木造平屋建の自宅を新築した。

ところが、その南側隣接地に県道バイパス工事として高さ約8メートルのコンクリート擁壁造の高架道路が建設され、日照、通風等の被害を被ることになった。

  亡Aの訴訟承継人であるXは、宅地建物取引業者であるY1及びY2に対し、高架道路建設計画を告知しなかったことにつき、仲介業者であるY1には不法行為責任が、売主であるY2には債務不履行等の責任あるとして、土地、建物の減価等による損害賠償請求に及んだ。

  2 本判決は、本件土地の売主であるY2に対しては、高架道路建設計画を知悉していながら右事実を買主に説明しなかったのは不動産取引業者として重大な義務違反であるとして、債務不履行責任を認め、Y1に対しても、宅地建物取引業者として本件土地売買の仲介をするにつき、容易に知り得た高架道路建設計画の調査を怠った過失があるとして、不法行為責任を認めた。

  3 次に、本判決は、Xの損害について、不動産鑑定士による鑑定結果に基づき、土地につき日照・通風等による減価損10パーセント、建物につき機能的、経済的減価損38パーセントの物的損害を認め、さらに、精神的損害として200万円の慰謝料を認めた。

 不動産業者の債務不履行等による損害賠償の範囲は、物的損害に限られないが、財産権が侵害された場合には、それに基づく物的損害が賠償されれば通常精神的苦痛も同時に慰謝されたとみられ、それによって慰謝されない精神的苦痛が残存するという特段の事情がある場合に慰謝料請求権が認められることになる(大審院以来の判例で、最判昭35年3月10日も、これを肯定している。塚本「財産権侵害と慰藉料」『裁判実務大系(15)』363頁)。

 

3 マンションの眺望

 

東京地判昭和49年1月25日判タ307号246頁

マンションの売主はその分譲に際し、買主に隣地の利用計画について調査告知する義務を信義則上負担しているか(消極)

 

東京地判昭和58年12月27日判タ521号151頁

被告は「コープ野村本八幡」売出しの際には、本件隣接地の利用態様について、何らかの公共施設の用地として使用されるという極めて抽象的なことしか知らなかったと認められるのみならず、〈証拠〉によれば、被告が本件隣接地に「保健センター」が建築されるのを知ったのは昭和55年2月であったと認められる。これらの事実からすると、前記2の1の(2)の(1)で認定したとおり、当時、被告が、原告らに対し、本件隣接地について、単に公共施設用地であるとの説明のみを行ったことは適切であったということができ、被告に説明義務違反があると解することはできない。

 

札幌地判昭和63年6月28日判時1294号110頁

マンションの売主等に対する日照、通風、眺望の享受についての保証特約違反、契約締結準備段階の信義則上の義務違反及び隣接マンションの態様についての説明義務違反等に基づく損害賠償請求が認められなかった事例

 

東京地判平成2年6月26日判タ743号190頁

海浜のリゾート・マンションにおいて、付近にその後別の建築物が建築されてその眺望等が阻害されるに至った事案につき、マンションまたはその売買過程に、錯誤、詐欺、隠れた瑕疵、不法行為があったことを理由とする代金返還ないし減額の請求がいずれも排斥された事例

 1、本件は、眺望権の喪失を理由とする売買代金返還請求事件であり、舞台は千葉県御宿町の2階建リゾートマンション「御宿シーハイツ」である。

 原告Xらは昭和55年に、建築・不動産販売業者であるYから、右マンションの区分所有権及び敷地所有権の持分を購入したのであるが、昭和58年に至って、その東南方向に新たに14階建の別のリゾートマンションができ、Xらのマンションの眺望、日照は大きく損なわれるに至った。

  そこでXらがマンション売買契約の無効または失効を主張して、代金の返還を求めたのであるが、具体的には、契約時にYは、「シーハイツ」は御宿最後の高層マンションで、今後は町の条例規制により4階建以上の高層リゾートマンションが立つことはなく、その眺望、日照は将来とも維持できる。

と説明し、Xらはこれを信用して契約に至ったのであるのに、右説明は虚偽であったから、(1)錯誤により無効、(2)詐欺を理由に取り消した、または(3)環境瑕疵(瑕疵担保責任にいう瑕疵の謂である)がある、というものである。

また予備的に、Yの虚偽の説明に基づく(4)不法行為または(5)環境瑕疵を理由として、マンション価格の下落分の損害賠償を求めた。

  Yは、眺望・日照が障害された事実は認めたが、Yの責任に関する主張を争い、特に、契約時に、「今後建築規則の強化によって本件マンション付近には高層建築物は建築できなくなる」と言ったことはあるが、Xらのいうような説明をしたことは否認した他、時効・除斥期間を援用したので、時効の中断・除斥期間の経過も争点となった。

  2、判旨は事実認定において、Yからマンションの販売を委託されていたA会社がXら主張のような説明をしたこと及びXらに錯誤のあったことを認めたが、眺望・日照は、独占的・排他的に支配できるものとしての法的利益の対象ではなく、周辺の状況の変化によって変容、制約を受けざるを得ないものであるから、マンション売買代金の中に権利としての眺望権、日照権が含まれているものではなく、仮に含まれているとしても、将来の変化を前提としたものに過ぎないから、これは意思表示の錯誤ではなく、動機の錯誤であり、その旨の表示がなされていたとはいえないので、錯誤無効の主張は採用できない、とした。

  また建築規制の展望については、販売社員の説明に事実に反する点があったことは認めたが、販売社員に欺罔の故意が認められないとして、詐欺の主張を退け、またYが販売時に眺望・日照の将来的な保証をしたとは認められず、眺望・日照は私人が保証できるものでもないとして、隠れた瑕疵があったとの主張も退けた。

  また不法行為の点については、Xらのいう減価は別のマンションが建設されたことによるもので、販売社員が建築規則について誤った説明をしたことによるものではなく、また販売社員に欺罔の故意はなく、眺望の利益が不安定なものであることからすれば、説明の誤りとXらの損害との間には相当因果関係はない、とされ、結局Xらの請求は全部棄却となった。

  およそ眺望を売り物にしたリゾート・マンションで、買主が右眺望権の確保を前提に売買に応じたものであることにつき、売主は契約時にこれを認識できたであろうとは認められない、というあたりの判示は議論を呼びそうである。

 

東京地判平5年11月29日判時1498号98頁

リゾートマンション買受後、隣接して建築された別のリゾートマンションにより眺望を阻害されたことを理由とする、買主の売主に対する眺望の良好性に関する保証特約違反、契約締結過程における信義則上の告知義務違反、詐欺または錯誤に基づく売買代金返還等の請求がいずれも排斥された事例

 

大阪地判平5年12月9日判タ888号212頁

眺望を売り物にしてマンションを分譲したマンション業者が、右眺望を阻害するマンションの建築を容認しつつ、隣接地を他のマンション建設業者に売却した行為が、マンション購入者に対する不法行為にあたるとして、損害賠償請求が一部認容された事例

 一 マンション分譲業者Yは、Xらに本件マンションを販売する際、マンション各室からの眺望をセールスポイントとし、その眺望を阻害する建物が建築されるおそれはないと説明したため、Xらはこれを信頼して購入した。

 他方、Yは、本件マンションの南側隣接地をすべて取得し、Xらの右信頼を確実に保証できる状況となっていたが、Xらへの本件マンション売却後、建築制限条項を付してこれをAに売却した。

その後Aが右南側隣接地に5階建てのマンション(以下「南側マンション」という。)を建築したため、本件マンションからの眺望が阻害されるに至った。そこで、XらがYに対し、YがAに南側隣接地を売却したことが不法行為にあたるとしたうえ、本件マンション各室からの眺望が阻害されたことにより、Xら建物の財産的価値のうち、購入代金額の2割に相当する金額が喪失したなどと主張して、右財産的な損害、慰謝料等の支払い等を請求したのが本件である。

  二 本判決は、前記事実を前提として、Yは信義則上、南側隣接地に本件マンションからの眺望を阻害する建物を建築しない義務を負い、前記建築制限条項の存在から、Yが右義務を認識していたことが推認され、Yがこのような建物を建築することは、右信義則上の義務に反してXらに対して違法な行為になるが、加えて、これと同視される行為をすることもXらに対する関係で違法となる旨判示したうえで、(1)Yは、南側隣接地をAに売却する際、分譲販売で採算がとれる販売面積などから、Aが前記建築制限条項に違反して現在の高さの南側マンションを建築するのを予測できたにも拘わらず南側隣接地をAに売却したこと、(2)XらがAを相手方として南側マンション建築の差止を求めた仮処分事件において、YがXらに前記建築制限条項を公にするなどの協力をすれば、Aが南側マンションの建築を強行することができなかった可能性が高いのに、これを承知の上で協力しなかったことから、結局、Yは、Aに対し、Aが本件マンションからの眺望を妨げる南側マンションを建築するのを容認して南側隣接地を売却したと解すべきであり、これはY自身が南側隣接地に本件マンションの眺望を阻害する建物を建築するのと同視でき、Xらに対する違法な行為であるとした。

  そして、Xらのうち、眺望阻害がないとされた4名を除く18名(建物の数としては14軒)について、1軒あたり150ないし250万円の財産的損害と弁護士費用の支払いをYに命じた(慰謝料請求については認めなかった。)

 

東京地判平成10年9月16日判タ1038号226頁

マンションの売買の仲介人及び売主の従業員らが、買主に対し、マンションの住民の同意がなければ隣地に建物が建築されることはなく、将来も本件建物の日照は確保されると説明していたことは、結果的に虚偽の説明であり、買主に対する関係で説明義務違反であると評価せざるを得ず、仲介人及び売主は、いずれも使用者責任を負う。

1 Xらは、Y1(不動産業者)所有のマンション居室をY2の仲介により購入した。その際、Y1Y2の従業員は南西側の隣接地に建物が建築される計画があるという事実を認識していたのにもかかわらず、本件マンションの南西側からの日照は将来にわたって確保される旨の虚偽の説明をした。その結果、Xらは、その説明を信用して前記売買契約を締結したのであるが、その後、隣接地に建物が建築され、日照が阻害される状態となった。そこで、Xらが、Yらに対し、説明義務違反を理由とする不法行為またはその従業員の説明義務違反を理由とする使用者責任に基づく損害賠償として売買代金・諸費用、住宅口ーン利息、弁護士費用を請求したのが、本件訴訟である。

 すなわち、本判決は、(1)本件マンション居室売買契約及びこれに至る経過、隣接地に建物が建設されるに至る経過について詳細に事実認定をした上、Yらの従業員は、「本件マンションの区分所有権者の承諾がなければ隣接地上に建物を建築することはできないので、本件マンションの日照は確保される」旨の説明をしたが、この説明はいずれも結果的に虚偽であり、説明義務違反と評価されるべきところ、Yらの業務の執行について行われたものであり、Yらは使用者責任を負うとし、(2)本件売買契約は、Xらの錯誤により無効であるから、支払額全額(売買代金・諸費用、住宅ローン利息、弁護士費用)が損害となる旨判示したのである。

 3 マンション居室の売買契約後隣接地に建物が建設され日照が阻害された場合において、売主たる不動産業者と不動産仲介業者の従業員が買主に対して、隣接地に建物が建築されず日照は確保される旨の説明をしていたときには、説明義務違反となり、売主及び仲介業者は買主に対して使用者責任を負うとされたケースである。

本判決は、マンション居室の売主・仲介業者の説明義務違反を理由としている点、その説明が積極的な虚偽である点、損害につき売買代金・諸費用、住宅口ーン利息、弁護士費用をすべて認容している。

 

大阪地判平成11年2月9日判タ1002号198頁

原告が被告からマンションを購入した際、近隣に公衆浴場があり、その煙突の存在と排煙の流入について説明しなかったことは債務不履行に当たらないとされた事例

1 本件は原告が被告との間でマンション(以下「本件マンション」という。)の1室(以下「本件建物」という。)について、売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結したところ、本件マンションの近隣に公衆浴場(沢の湯)があり、その煙突(以下「本件煙突」という。)の存在及び排煙の流入について、被告が本件売買契約締結の際に説明をしなかったことが債務不履行に該当するとして、本件売員契約を解除したうえで支払った手付金の倍額の損害賠償を求めている事案である。

2 本件の争点は、本件売買契約において、本件煙突の存在及び排煙の流入について被告は原告に対し、説明をすべき義務を負っているか否かという点である。本判決はまず、本件売買契約において、本件建物が居住用であることから、居住者の生命、身体の安全及び衛生に関する事実は説明義務の対象となると解されるが、それらの事実は多種多様であり、その影響の程度も千差万別であり、したがって、右事実のうちから一定範囲の事実に限定して説明義務を課すべきあり、その基準については、通常一般人がその事実の存在を認識したなら居住用の建物としての購入を断念すると社会通念上解される事実とするのが合理的であるとしたうえで、本件煙突から本件建物への排煙の流入の事実とそれが居住者に対していかなる影響を及ぼしているかについて検討した結果、本件煙突から排出される煙が本件マンションへ流入していることは認められるが、排出される煙のうちどの程度が流入しているかは不明であり、また、本件煙突から排出される煙にいかなる成分が含まれ、その量がどの程度であり、このことにより本件建物の居住者に対して、健康上どのような影響を及ぼしているかも不明であり、他方、本件煙突が本件マンションの南西側角から20メートル離れていること、常時多量の煙を排出しているわけではないこと、公衆浴場は嫌悪施設ではなく、むしろ、利便を提供する施設という側面は否定できないことを併せ考えてみると、通常一般人が本件煙突が存在し、その排煙の流入の可能性についての情報を得ていないとしても、社会通念上その事実を知ったなら本件建物の購入を断念するほどの重要な事実とまでは評価できないと認めるのが相当であるとした。

 

東京地判平成11年2月25日判時1676号71頁

マンションの分譲、販売業者(宅建業者)が南側隣接地に建物の建設計画があることを知っていた場合には、マンションの購入者に売買契約上の付随義務として重要事項である建物の建設計画の告知義務を負うとされた事例

 

東京高判平成11年9月8日判タ1046号175頁

マンション購入後その南側隣地に高層マンションが建築されることになった場合、右マンションの購入を勧誘した不動産業者に告知義務違反の債務不履行責任が認められた事例

 1 Xは、平成8年1月当時、横浜市港北区日吉本町のアパートに居住し、日本油脂に勤務していたものであるが、定年退職後は、郷里から母を呼び寄せて1緒に暮らすためマンションの購入を希望していたところ、不動産会社であるYの営業社員に横浜駅から歩いて数分という距離にある「クリオ横浜1番館」の904号室(以下「本件建物」というこの購入を勧められたため、同月16日、Yから本件建物を代金4303万1000円で買受ける旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、同日までに手付金430万円を、同年2月20日までに中間金430万円を、それぞれ支払った。

  ところが、その後、本件建物の南側隣地に11階建マンションが建築されることが判明し、右マンションが建設されると日照が著しく制限されることになるため、Xは、本件売買契約においては、YがXに対し相当長期間にわたり本件建物の南側隣地にマンションなどが建たないことを保証する旨の特約(以下「本件特約」という。)があったとしたうえ、右特約は履行不能になったとして本件売買契約を解除して手付金430万円の返還を求めるとともに、本件売買契約の錯誤無効による手付金相当額の返還を、または契約締結上の過失に基づき手付金相当損害金の支払を、それぞれ求めた。

  2 1審は、(1)本件売買契約においては、明示であれ黙示であれ、本件特約が存在していたと認めることはできない、(2)XとYとの間で、本件建物の南側隣地に相当期間は建物が建たずに日照が確保されるとのX主張の動機が、本件売買契約の当然の前提となっていたとか、条件となっていたと認めることは困難である、(3)Yの担当者が相当期間高層建物は建たないと断定的に説明したことを認めるに足りる証拠はなく、右担当者は、Xからの質問を受けて、南側隣地にいずれ建物が建つにしても直ぐには建たないとの見通しを述べたにとどまり、本件売買契約にあたって、Yの宅地建物取引主任者がXに対し、重要事項説明書に基づいて、将来周辺空地に中高層建物等が建築されることによって日影等の環境変化が生じる恐れのあることを説明していることも併せると、右担当者が右のように述べているといって、直ちにYに説明義務違反が生じるとはいえない、などと判断し、Xの本訴請求を棄却した。

  3 これに対し、本判決は、(1)本件売買契約は南側隣地に建物が建たないことを保証する旨の特約が存在していたと認めることはできない、(2)本件建物の南側隣地に相当期間建物が建たずに日照が確保されるとのXの動機が本件売買契約の当然の前提あるいは条件となっていたとは認められない、とした1審の判断を是認したが、(3)Yの担当者は、Xに対し、個人的見解と断りながらも、南側隣地の所有者は大蔵省なので、しばらくは何も建たないし、建てられるとしても変な建物は建たないはずである旨説明し、Xをして、南側隣地に建物が建築されることはなく、本件建物の日照が確保される旨の期待を持たせて本件建物の購入を勧誘し、Xをして本件建物を購入させたものであるから、Yには、南側隣地に中高層マンションが建築される可能性やこれによって日照・通風等が阻害される可能性があることを告知すべき義務の違反があったと判断してYの損害賠償責任を肯認し、1審判決を変更したうえ、本訴請求を一部認容した。

 

大阪地判平成11年12月13日判時1719号101頁

同一の所有者の所有に係る広大な土地に18棟のマンションが建設された場合において、右マンションの建設、販売を行った右所有者の関連会社、事業提携会社につき北側マンションの購入者に対する眺望に関する説明義務違反が否定された事例

 

大阪高判平成11年9月17日判タ1051号286頁

建築前のマンション売買交渉において売主が居室からの眺望についてした説明が建築完成後の状況と異なるときは、買主は契約を解除できるとした事例

 1 控訴人はマンションの完成前に、6階西端の603号室を買い受ける契約をした。本件マンションの西方に2条城がある。603号室は6階西端に存し、南向きにベランダが、西に向いて窓がある。

 被控訴人ら(売主と販売代理人)の作ったパンフレットでは、上階からは2条城の眺望が広がると記載されていた。販売代理人の担当者は控訴人の質問に対し、本マンションの6階は西隣のビルより高いから、603号室の西窓からの視界は通っていると説明した。

  ところが、マンションが完成してから見ると、603号室は西隣のビル(5階建)本体よりは高いものの、その屋上のクーリングタワーが本件マンション603号室西窓のすぐ前にあり、西窓からの2条城への視界が大きく妨げられていた。それで控訴人は売買契約を解除したが、売主は手付金を返還しなかった。

  2 原審京都地裁は契約解除、不法行為を理由とする控訴人の請求を棄却した。その理由は、原判決理由2を参照されたいが、控訴人は西窓からの眺望は重視していなかったし、都会における眺望の阻害は受忍せざるを得ないとの認識にたつようである。それに対し、本判決は、控訴人は眺望を重視していたことを理由としている。

  3 完成前のマンションの売買においては、買主は目的物を現物で確認できないから、それについての情報をよりよく把握している売主は、正確な情報を買主に提供することが要求されるとするのが本判決の判示するところである。

 

東京地判平成13年11月8日判時1797号79頁

1 マンションの南側の敷地にあった平屋建ての建物が取り壊され、2階建ての建物が建築、販売された場合について、マンションの分譲業者、販売媒介業者による建物の建築に関する説明義務違反が認められ、マンションの1階、2階の専有部分を購入した区分所有者等に対する損害賠償責任が肯定された事例

2 右2階建ての建物により日照等の被害が生じた場合について、右建物の敷地を右分譲業者から購入し、右建物を建築した建築業者の右分譲業者等との共同不法行為責任が肯定された事例

確かに、被告東葉建宅は、本件不動産自体の調査のみならず、周辺環境についても調査し、区画整理事業の存在及び公園の建設までは確籾している。しかし、当時、既に本件擁壁の設置は決定されていたこと、公園の建設があらゆる場合に環境を向上させるとは限らず、区画整理事業や公園の建設に伴い本件不動産周辺の竹・雑木が伐採される可能性があることは容易に想像できること、公園の具体的な建築内容を把握しなければ、周辺環境への影響の有無はわからないことなどを考慮すれば、本件において、原告の本件不動産の購入動機・目的を知り、購入決定の事情も知っていた被告東葉建宅が、区画整理事業及び公園の建設の事実を把握したにとどまり、その内容の1環である本件擁壁の設置についての調査に至らず、この点についての説明を欠くに至ったことは、仲介契約上の調査義務ないし説明義務に違反したものというべきである。

 

札幌地判平成16年3月31日LLI/DB 判例秘書登載

被告らが建築し販売した15階建てマンションの高層階の区分所有者である原告らが、被告らが新たに同マンション南側に近接して15階建てマンションを建築したのは、信義則上眺望を害さないよう配慮すべき義務に違反するなどと主張して、被告らに対し提起した損害賠償請求の一部が認容された事例

 

福岡地判平成18年2月2日判タ1224号255頁

眺望に関する説明義務違反を理由にマンション販売契約が解除された事例

 1 本件は、XがYに対し、新築マンションを売り渡す契約をしたがYが代金の支払をしないとして、約定の違約金428万円の請求をしたところ、Yは、Xがマンションの眺望について事実と異なる説明をしたとして、消費者契約法による取消し、債務不履行(説明義務違反)による解除、損害賠償を主張して、手付金100万円の返還、オプション工事代金96万3690円、慰謝料100万円の支払を求める反訴を提起した事案である。

  本件マンションは、海の側の敷地に「全戸オーシャンビューのリビングが自慢です」として販売されたものであり、完成予想図には、海側に電柱その他何らの障害物も記載されていなかった。ところが、実際に出来上がってみると、Yが購入した301号室の海側ベランダの前数メートルのところに、電柱が立っており、その電柱から3本の送電線がベランダに沿って水平に走っていたものである。Xの販売員は、301号室と電柱、送電線の位置関係を認識しておらず、したがって、Yから301号室と501号室で眺望に違いがあるか尋ねられたのに対し、ベランダからの眺望に違いはない旨説明したことなどから、Yは301号室を購入したものであった。

  主たる争点は、301号室の販売について、電柱や送電線の存在、これによる眺望への影響について、Xに説明義務違反があったといえるかどうか、というものである。

  判決は、居室からの眺望をセールスポイントとして、建築前のマンションを販売する場合においては、眺望に関係する情報は重要な事項ということができるから、可能な限り正確な情報を提供して説明する義務があるというベきであるとして、本件においては、眺望をセールスポイントとして販売していたものであり、電柱及び送電線による眺望の阻害は小さくないのであるから、これを具体的に説明すべき義務があったとして、説明義務違反を理由とするYからの契約解除を認めた。

  2 眺望権を巡る裁判例について論じた最近の論考として、伊藤茂昭ほか「眺望を巡る法的紛争に係る裁判上の争点の検討」判タ1186号4頁がある。マンション売買の当事者間で眺望が問題となって損害賠償請求が認容された裁判例としては、大阪高判平11年9月17日判タ1051号286頁がある。

 

大阪地判平成20年6月25日判タ1287号192頁

超高層マンションの高層階の専有部分を購入した原告らが、分譲業者である被告らに対し、被告らが同マンション分譲後に約82.5m離れた場所に別の超高層建築物を建設した結果、専有部分からの眺望が悪くなったと主張して、眺望に関する説明義務違反等に基づく損害賠償を求めた事案について、原告らは被告らから重要事項説明を受けるなどして同所に超高層建築物が建設される可能性があることを知っていたなどの事実関係の下では、被告らに上記説明義務違反等はないとされた事例

 1 本件は、超高層マンションの高層階の専有部分を購入した原告らが、分譲業者である被告らに対し、被告らが近隣に別の超高層建築物を建設した結果、眺望が悪くなった等と主張して、債務不履行または不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。

  2 眺望の法的利益性に関するリーディングケースである東京高決昭51.11.11判タ348号213頁は、「このような利益もまた、1個の生活利益として保護されるベき価値を有しうるのであり、殊に、特定の場所がその場所からの眺望の点で格別の価値をもち、このような眺望利益の亨受を1つの重要な目的としてその場所に建物が建設された場合のように、当該建物の所有者ないし占有者によるその建物からの眺望利益の亨受が社会観念上からも独自の利益として承認せられるべき重要性を有するものと認められる場合には、法的見地からも保護されるべき利益であるということを妨げない。」としつつ、「右の眺望利益に対し、その侵害の排除またはこれによる被害の回復等の形で法的保護を与えうるのは、このような侵害行為が、具体的状況の下において、右の利益との関係で、行為者の自由な行動として一般的に是認しうる程度を超えて不当にこれを侵害するようなものである場合に限られるものと解すべき」であって、「眺望利益なるものが騒音や空気汚濁や日照等ほどには生活に切実なものではないことに照らして、その評価につき特に厳密であることが要求されるといわなければならない。」と判示している。

 3 本件で問題となったのは、被告の1社が大阪市の中心部に建てた超高層マンションである。付近に同種の超高層建築物がなかったことから、パンフレット等でも眺望がセールス・ポイントの1つとして分譲されていたが、被告らが東側近隣地に別の超高層マンションを建築した結果、眺望が遮られた(両者の間隔は約82.5メートル)。

  しかしながら、本判決は、被告らが分譲に際して「東側近隣地は開発予定であり、本マンションの眺望、日照条件、交通量等に変化が生じる場合がある」旨の重要事項説明を行っていたほか、高層建築物が建つかのような看板等が設置されており、原告らもこれを見るなどして高層建築物が建つ可能性を認識していたはずであること、他方、被告らにおいて「将来も東側近隣地に高層建築物が建つことはない」と誤信させるような勧誘・説明を行っていた事実は認められないことなどを認定して、原告らの主張する法的に保護されるベき眺望利益は認められないとした。

  なお、この点、札幌地判平16.3.31は、本件と似た事案(札幌市の中心部で、同じ業者が、約40メートル離れたところに新たなマンションを建て、眺望を害したというもの)で、眺望をセールス・ポイントとしていたことを強調して損害賠償を認めており、本判決とは異なる結論となっている。