1,改正
役員等のために締結される保険契約についても明文で新たに規定が設けられました。改正法430条の3がこれについて規定しています。
役員等のために締結される保険契約(役員等賠償責任保険契約)とは、いわゆるD&O保険のことであり、 会社が保険者との間で締結する保険契約のうち、役員等がその職務執行に関して責任を負うこと、または責任の追及にかかる請求を受けることに よって生ずることのある損害を、保険者が補填することを約するものであって、役員等を被保険者とするものをいいます(改正法430条の3第1項)。
役員が職務執行の結果、会社や第三者に対して責任を負うことになったような場合に、保険者が役員に生じた責任を補填するものです。
旧法下でも、役員等のために会社が保険契約を、保険料について会社負担で締結することは行われていました。会社役員賠償責任保険(D&O保険)は、優秀な人材を確保し、役員が過度の萎縮なく職務遂行するための保険として、広く普及しています。
役員等が損害賠償責任を負うのは、損害填補機能・違法抑止機能の2つがあり、保険は損害填補を阻害するものではないこと、 保険が犯罪行為や違法行為を認識しながら行為を行った場合は補償の対象にならないこと、から、双方の機能を害せず、会社負担で D&O保険を締結することは有効であるとされていました。
一方で、役員の利益となる保険の保険料を会社が負担することが利益相反取引にならないかなどから、取締役会の承認、社外取締役の承認等で一定の合理性・適法性の確保を行うべきであるとされていました。
今回の改正ではこのような解釈にゆだねられていた点について、明文で規定が設けられました(改正法第430条の3)。
2,株主総会の決議など
会社は、役員等賠償責任保険契約の内容を決定するには、株主総会の決議によらなければならないとされました(改正法430条の3第2項)。
取締役会設置会社の場合には取締役会により、役員等賠償責任保険契約の内容を決定することができます。
また、役員等賠償責任保険契約の締結に際し、356条1項2項、423条3項の利益相反の規定や民法108条の自己代理の規定の適用は排除されています(改正法430条の3第2項、第3項)。
3,適用除外
なお、役員等賠償責任保険契約からは、当該保険契約を締結することにより被保険者である役員等の職務の執行の適正性が著しく損なわれるおそれがないものとして法務省令で定めるものは除かれることになります(改正法430条の3第1項かっこ書)。
具体的には、役員等賠償責任保険契約の内容を決定するのに、株主総会(取締役会設置会社の場合は取締役会)の決議が必要とされました。なお、「役員等賠償責任保険契約」は、以下のように定義されており、括弧内の法務省令では、生産物賠償責任保険(PL保険)や企業総合賠償責任保険(CGL保険)といったタイプの保険(主に法人に生じる損害を填補する保険で役員は付随的に被保険者になっている性質のもの)、自動車賠償責任保険や海外旅行保険といったタイプの保険(役員自身に生じる損害を填補するものだが、役員の職務執行の適正性が阻害される懸念が小さいもの)が指定されています(具体的な規定は改正施行規則第115条の2)。このような法務省令の除外規定によって、D&O保険に相当するものが「役員等賠償責任保険契約」に該当します。
【改正法第430条の3第1項抜粋】
保険者との間で締結する保険契約のうち役員等がその職務の執行に関し責任を負うこと又は当該責任の追及に係る請求を受けることによって生ずることのある損害を保険者が塡補することを約するものであって、役員等を被保険者とするもの(当該保険契約を締結することにより被保険者である役員等の職務の執行の適正性が著しく損なわれるおそれがないものとして法務省令で定めるものを除く。第三項ただし書において「役員等賠償責任保険契約」という。)
また、「保険契約のうち役員等がその職務の執行に関し責任を負うこと又は当該責任の追及に係る請求を受けることによって生ずることのある損害を保険者が塡補することを約するものであって、役員等を被保険者とするもの」については、利益相反の規制は適用しないものとされました。新たな規律の対象となった「役員等賠償責任保険契約」のみならず、法務省令でその定義から除外されるPL保険なども、利益相反の規制の対象外となります。前者については新たな規律でカバーされますし、後者については類型的な利益相反性の低さや実務上の煩雑さの回避を考慮して、規制対象外であることが明記されました。
4,事業報告の記載事項
公開会社については、役員等賠償責任保険契約に関する一定の事項が事業報告の記載事項となります(改正施行規則第119条第2号の2、第121条の2)。