納税者が租税特別措置法26条1項の規定により事業所得の金額を計算し確定申告をした場合と国税通則法 | 法律大好きのブログ(弁護士村田英幸)

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納税者が租税特別措置法26条1項の規定により事業所得の金額を計算し確定申告をした場合と国税通則法23条1項1号による更正の請求の許否

 

 

              通知処分取消請求事件

【事件番号】      最高裁判所第3小法廷判決/昭和60年(行ツ)第81号

【判決日付】      昭和62年11月10日

【判示事項】      納税者が租税特別措置法26条1項の規定により事業所得の金額を計算し確定申告をした場合と国税通則法23条1項1号による更正の請求の許否

【判決要旨】      納税者が租税特別措置法26条1項の規定により事業所得の金額を計算し確定申告をした場合には、たとえ実際に要した必要経費の金額が右規定による必要経費の金額を超えるため納付すべき税額が多くなったとしても、納税者としては、そのことを理由として国税通則法23条1項1号による更生の請求をすることはできない。

【参照条文】      租税特別措置法26

             国税通則法23-1

【掲載誌】        訟務月報34巻4号861頁

             最高裁判所裁判集民事152号155頁

             判例タイムズ654号121頁

             金融・商事判例793号3頁

             判例時報1261号54頁

 

国税通則法

(更正の請求)

第二十三条1項 納税申告書を提出した者は、次の各号のいずれかに該当する場合には、当該申告書に係る国税の法定申告期限から五年(第二号に掲げる場合のうち法人税に係る場合については、十年)以内に限り、税務署長に対し、その申告に係る課税標準等又は税額等(当該課税標準等又は税額等に関し次条又は第二十六条(再更正)の規定による更正(以下この条において「更正」という。)があつた場合には、当該更正後の課税標準等又は税額等)につき更正をすべき旨の請求をすることができる。

一 当該申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従つていなかつたこと又は当該計算に誤りがあつたことにより、当該申告書の提出により納付すべき税額(当該税額に関し更正があつた場合には、当該更正後の税額)が過大であるとき。

 

 

租税特別措置法

(社会保険診療報酬の所得計算の特例)

第二十六条1 医業又は歯科医業を営む個人が、各年において社会保険診療につき支払を受けるべき金額を有する場合において、当該支払を受けるべき金額が五千万円以下であり、かつ、当該個人が営む医業又は歯科医業から生ずる事業所得に係る総収入金額に算入すべき金額の合計額が七千万円以下であるときは、その年分の事業所得の金額の計算上、当該社会保険診療に係る費用として必要経費に算入する金額は、所得税法第三十七条第一項及び第二編第二章第二節第四款の規定にかかわらず、当該支払を受けるべき金額を次の表の上欄に掲げる金額に区分してそれぞれの金額に同表の下欄に掲げる率を乗じて計算した金額の合計額とする。

二千五百万円以下の金額

百分の七十二

二千五百万円を超え三千万円以下の金額

百分の七十

三千万円を超え四千万円以下の金額

百分の六十二

四千万円を超え五千万円以下の金額

百分の五十七

 

 

 

       主   文

 

 原判決を破棄する。

 被上告人の本件控訴を棄却する。

 原審及び当審における訴訟費用は被

 上告人の負担とする。

 

       理   由

 

 上告代理人藤井俊彦、同宮崎直見、同有本恒夫、同田邊安夫、同亀谷和男、同小澤義彦、同林勘市、同庄司勉、同験馬国夫、同岡崎長、同相馬正明の上告理由について

 一 原審の適法に確定したところによると、(1)被上告人は、耳鼻咽喉科医を業とする者であるが、昭和五四年分の社会保険診療報酬に係る事業所得の計算に当たり、租税特別措置法(以下「措置法」という。)二六条一項の規定を適用したうえ、総所得金額を四二三〇万〇九八七円、税額を一八二九万五〇〇〇円とする確定申告をした、(2)その後、被上告人は、昭和五五年七月九日、社会保険診療報酬につき取引実績を基礎とする収支計算の方法によつて計算すると、総所得金額は三六八三万〇三一九円、税額は一五〇一万二四〇〇円になるとして、上告人に対し更正の請求をした、(3)これに対し、上告人は、確定申告に際して選択した措置法二六条一項の計算方法を後日他の計算方法に変更することは許されず、更正の請求ができる場合に当たらないとして、被上告人に対し、更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件処分」という。)をした、というのである。

 被上告人は、本訴を提起し、本件更正の請求は国税通則法(以下「通則法」という。)二三条一項一号により許される場合に当たり、更正をすべき理由がないとした本件処分は違法であるとして、その取消しを求めたところ、第一審は、本件処分に違法はないとして被上告人の請求を棄却したが、原審は、措置法二六条一項の規定に基づき必要経費を計算して確定申告をしたところ、これが現実の必要経費より過少で、そのため措置法の規定に基づいて算出した税額が所得税法の原則たる収支計算の方法により算出した税額より過大となつた場合には、通則法二三条一項一号所定の「当該計算に誤りがあつた」ものとして更正の請求が許されるべきであると判断して、第一審判決を取り消し、被上告人の請求を認容した。

 二 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。

 措置法二六条一項は、医師の社会保険診療に係る必要経費の計算について、実際に要した個々の経費の積上げに基づく実額計算の方法によることなく、一定の標準率に基づく概算による経費控除の方法を認めたものであり、納税者にとつては、実際に要した経費の額が右概算による控除額に満たない場合には、その分だけ税負担軽減の恩恵を受けることになり有利であるが、反対に実際に要した経費の額が右概算による控除額を超える場合には、税負担の面から見る限り右規定の方法によることは不利であることになる(ただし、税負担の面以外では、記帳事務からの解放などの利点があることはいうまでもない。)。もつとも、措置法の右規定は、確定申告書に同条項の規定により事業所得の金額を計算した旨の記載がない場合には、適用しないとされているから(同法二六条三項)、同条項の規定を適用して概算による経費控除の方法によつて所得を計算するか、あるいは同条項の規定を適用せずに実額計算の方法によるかは、専ら確定申告時における納税者の自由な選択に委ねられているということができるのであつて、納税者が措置法の右規定の適用を選択して確定申告をした場合には、たとえ実際に要した経費の額が右概算による控除額を超えるため、右規定を選択しなかつた場合に比して納付すべき税額が多額になつたとしても、納税者としては、そのことを理由に通則法二三条一項一号に基づく更正の請求をすることはできないと解すべきである。けだし、通則法二三条一項一号は、更正の請求が認められる事由として、「申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従つていなかつたこと又は当該計算に誤りがあつたこと」を定めているが、措置法二六条一項の規定により事業所得の金額を計算した旨を記載して確定申告をしている場合には、所得税法の規定にかかわらず、同項所定の率により算定された金額をもつて所得計算上控除されるべき必要経費とされるのであり、同規定が適用される限りは、もはや実際に要した経費の額がどうであるかを問題とする余地はないのであつて、納税者が措置法の右規定に従つて計算に誤りなく申告している以上、仮に実際に要した経費の額が右概算による控除額を超えているとしても、そのことは、右にいう「国税に関する法律の規定に従つていなかつたこと」又は「当該計算に誤りがあつたこと」のいずれにも該当しないというべきだからである。このように解しても、納税者としては、法が予定しているとおり法定の申告期限までに収支決算を終了してさえいれば、措置法二六条一項所定の概算による経費控除の方法と実額計算の方法とのいずれを選択するのが税負担の面で有利であるかは容易に判明することであるから、必ずしも納税者に酷であるということはできないし、かえつて右のように所得計算の方法について納税者の選択が認められている場合において、その選択の誤りを理由とする更正の請求を認めることは、いわば納税者の意思によつて税の確定が左右されることにもなり妥当でないというべきである。

 したがつて、右と異なる見解に立つて本件処分を違法とした原審の判断は、通則法二三条一項一号の規定の解釈適用を誤つたものというべきであり、右の違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点を指摘する論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上によれば、本件処分に違法はないとした第一審判決は正当であつて、被上告人の控訴は棄却されるべきものである。

 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。