国会議員の期限付逮捕許諾 東京地方裁判所決定 昭和29年3月6日 勾留裁判に対する準抗告申立事件 | 法律大好きのブログ(弁護士村田英幸)

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国会議員の期限付逮捕許諾

東京地方裁判所決定

昭和29年3月6日

勾留裁判に対する準抗告申立事件

【判示事項】  国会議員の期限付逮捕許諾

【参照条文】  憲法50

        国会法33

        刑事訴訟法208

        刑事訴訟法429

【掲載誌】   判例時報22号3頁

 

憲法

第五十条 両議院の議員は、法律の定める場合を除いては、国会の会期中逮捕されず、会期前に逮捕された議員は、その議院の要求があれば、会期中これを釈放しなければならない。

 

国会法

第三十三条 各議院の議員は、院外における現行犯罪の場合を除いては、会期中その院の許諾がなければ逮捕されない。

 

刑事訴訟法

第二百八条 前条の規定により被疑者を勾留した事件につき、勾留の請求をした日から十日以内に公訴を提起しないときは、検察官は、直ちに被疑者を釈放しなければならない。

② 裁判官は、やむを得ない事由があると認めるときは、検察官の請求により、前項の期間を延長することができる。この期間の延長は、通じて十日を超えることができない。

 

第四百二十八条 高等裁判所の決定に対しては、抗告をすることはできない。

② 即時抗告をすることができる旨の規定がある決定並びに第四百十九条及び第四百二十条の規定により抗告をすることができる決定で高等裁判所がしたものに対しては、その高等裁判所に異議の申立をすることができる。

③ 前項の異議の申立に関しては、抗告に関する規定を準用する。即時抗告をすることができる旨の規定がある決定に対する異議の申立に関しては、即時抗告に関する規定をも準用する。

 

 

 

 

       主   文

 本件申立はこれを棄却する。

       理   由

 本件準抗告申立の要旨は

1、東京地方検察庁検察官河井信太郎は昭和29年2月16日衆議院議員Aに対し贈賄の被疑事実ありとして東京簡易裁判所に逮捕状を請求し、同裁判所裁判官向井周吉は同日内閣に逮捕許諾の要求書を提出したので、内閣はこれを衆議院に対し附議したところ、衆議院は昭和29年2月23日の本会議において議員Aを同年3月3日まで逮捕することを許諾するとの議決をし、内閣は右期限附許諾の通知を発した。よって向井裁判官は同年2月24日Aに対し逮捕状を発し該逮捕状は即日執行され、その後同月26日常井検察官の請求により東京地方裁判所裁判官井上文夫は同日Aに対して勾留状を発しこれが即日執行されAは引続き東京拘置所に拘束されている。

2、しかしながら憲法第50条国会法第33条は両議院に対し無条件に許諾権を与えているのであって許諾することも又これを拒否することも一に議院の裁量によるのであるから、議院は逮捕の請求をそのまま許諾することができると同時に期限をつけて許諾することもできる筈である。従て本件の如く期限附許諾があつた以上憲法は国家の最高法規として刑事訴訟法の規定に優越する効力を有するのであるから、検察官は昭和29年3月3日までの期限を附して勾留の請求をすべく、裁判官も亦同日までの期限を附した勾留状を発すべきであるにかかわらず何等期限を附さずになした本件勾留の裁判は不法であるからその取消を求めると謂ふのである。

 叙上要旨1に記載した事実は検察庁から取寄せた本件勾留に関する書類及び弁護人から疏明書類として提出された昭和29年2月23日附官報号外の記載によって明白である。

 よって衆議院の逮捕期間を制限してなした逮捕許諾が法律上有効なりや否やについて検討する。

 憲法第50条が両議院の議員は法律の定める場合を除いて国会の会期中逮捕されないことを規定し、国会法第33条が各議院の議員は院外における現行犯の場合を除いては会期中その院の許諾がなければ逮捕されないことを保障している所以のものは、国の立法機関である国会の使命の重大である点を考慮して、現に国会の審議に当っている議院の職務を尊重し、議員に犯罪の嫌疑がある場合においても苟も犯罪捜査権或は司法権の行使を誤り又はこれを濫用して国会議員の職務の遂行を不当に阻止妨害することのないよう、院外における現行犯罪等逮捕の適法性及び必要性の明確な場合を除いて各議院自らに所属議員に対する逮捕の適法性及び必要性を判断する権能を与えたものと解しなければならない。逮捕が適法にしてその必要性の明白な場合においても尚国会議員なるの故をもって適正なる犯罪捜査権或は司法権行使を制限し得るものではない。このことは院外における現行犯罪の場合には議院の許諾なくして逮捕し得るものとしていることによって明瞭である。

 かくの如く議院の逮捕許諾権は議員に対する逮捕の適法性及び必要性を判断して不当不必要な逮捕を拒否し得る権能であるから、議員に対しては一般の犯罪被疑者を逮捕する場合よりも特に国政審議の重要性の考慮からより高度の必要性を要求することもあり得るから、このような場合には尚これを不必要な逮捕として許諾を拒否することも肯認し得るけれども、苟も右の観点において適法にして且必要な逮捕と認める限り無条件にこれを許諾しなければならない。随って議員の逮捕を許諾する限り右逮捕の正当性を承認するものであって逮捕を許諾しながらその期間を制限するが如きは逮捕許諾権の本質を無視した不法な措置と謂はなければならない。正当な逮捕であることを承認する場合においても尚国会審議の重要性に鑑みて逮捕期間の制限を容認し得るならば、院外における現行犯罪の場合においても尚同様の理由によってその逮捕を拒否し又はこれに制限を加へてもよい訳であるが法律はこれを認めないのである。以上の理由により逮捕を許諾しながらその逮捕の期間を制限することは違法である。

 申立人は議院は議員の逮捕を許諾するも将又これを拒否するもその裁量に基く専権であるから、これを許諾する場合に逮捕の期間を制限することは部分的許諾として当然なし得られ有効であると主張するのであるが、逮捕許権はそのように恣意的に行使し得るものではない。

 憲法第50条及び国会法第33条等にいわゆる逮捕は刑事訴訟法所定の被疑者乃至被告人の逮捕勾引勾留等を汎称するものであるがこれらの逮捕、勾引、勾留がすべて憲法及び法律の規定に基いて執行されなければならないことは多言を要しない。法定の期間を超えてこれを勾留することは固より恣に法定期間を短縮して拘禁を解くことも許されないのである。固より立法機関である国会が法律をもって勾留の期間を変更することは可能であるけれども、特定の議員を勾留する場合に法律の規定を無視してその勾留期間を変更制限することはできない。即ち逮捕許諾権は逮捕を許諾するか或はこれを拒否するかそのいずれかを決定すべき権能であって、逮捕勾引勾留等に関する憲法及び法律の諸規定を無視してこれを執行すべきことを要求する権能ではないのである。

 申立人主張の如く憲法が刑事訴訟法に優位するものであることは云うまでもないが、そのことから直ちに憲法所定の議院の逮捕許諾権が刑事訴訟法の規定を無視した法的措置を要求し得る権能であると速断することはできない。議院の逮捕許諾があってはじめて刑事訴訟法所定の逮捕が可能となるのであるから逮捕許諾権は刑事訴訟法に優位する権能であると考へることも誤りである。議院の逮捕許諾権は憲法及び法律に定める手続によって逮捕することを許諾するか否かを決定する権能であって憲法及び法律に定める逮捕以外の方法により逮捕を許諾し又はこれを要求する権能ではない。本件Aの逮捕許諾においてその逮捕期間を制限した点は逮捕許諾権の本質を誤り刑事訴訟法を無視した法的措置を要求するものであって無効である。従って何等制限を附せず刑事訴訟法の規定に準拠してなした本件勾留の裁判は正当であり、これと反対の見解に立ち右裁判の取消を求める本件申立は理由がないから刑事訴訟法第432条第426条第1項によって主文のとおり決定する。

 昭和29年3月6日

   東京地方裁判所刑事第7部