マンションの専用部分での住宅以外の利用を禁止しているマンション管理規約の趣旨及び目的等に照らして、専用部分を障害者グループホームとして利用することが、上記マンション管理規約の規定に違反し、区分所有法6条3項、1項の区分所有者の共同の利益を侵害する行為に該当し、かつ原告による本件の訴訟提起等が法令等の規定する不当な差別に該当しないと判断して、原告が請求していた被告による障害者グループホームとしての利用の停止及び提訴に要した弁護士費用等の支払を認めた事案
共同利益背反行為の停止等請求事件
【事件番号】 大阪地方裁判所判決/平成30年(ワ)第5280号
【判決日付】 令和4年1月20日
【判決要旨】 1 マンションの専有部分をグループホームとして使用することは、「区分所有者は、その専有部分を住宅として使用するものとし、他の用途に供してはならない」という同マンションの管理規約に反する行為であって、区分所有法6条1項の「区分所有者の共同の利益に反する行為」に該当すると認められるから、マンションの管理組合は、同法57条1項に基づき、専有部分をグループホーム事業の用に供する行為の停止を求めることができる。
2 マンション管理組合が被告に対して専有部分をグループホーム事業の用に供する行為の停止を求め、本訴を提起する旨の決議をしたことは、障害者差別解消法8条1項の「不当な差別的取扱い」および障害者基本法4条1項の「障害を理由」とする「差別」に該当するものとして違法無効とはならない。
【参照条文】 建物の区分所有等に関する法律6-1
建物の区分所有等に関する法律6-3
建物の区分所有等に関する法律57-1
建物の区分所有等に関する法律57-4
建物の区分所有等に関する法律26-4
障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律8-1
障害者基本法4-1
【掲載誌】 判例タイムズ1505号203頁
金融・商事判例1647号32頁
判例時報2541号14頁
LLI/DB 判例秘書登載
【評釈論文】 銀行法務21 890号71頁
事案の概要
本件は,マンション管理組合の管理者である原告が,マンションの住戸を賃借している被告に対して,被告が当該住戸を障害者グループホームとして利用していることが,マンションの専有部分を住宅以外の用途に利用することを禁止しているマンション管理規約の規定に違反しており,これにより区分所有者の共同の利益を侵害していると主張して,①建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という。)57条4項,1項に基づき,当該住戸をグループホームとして利用することを停止するよう求めるとともに,②マンション管理規約に基づき,提訴に要した弁護士費用等合計85万0430円及び遅延損害金の支払を求めた事案である。
建物の区分所有等に関する法律
(区分所有者の権利義務等)
第六条 区分所有者は、建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をしてはならない。
2 区分所有者は、その専有部分又は共用部分を保存し、又は改良するため必要な範囲内において、他の区分所有者の専有部分又は自己の所有に属しない共用部分の使用を請求することができる。この場合において、他の区分所有者が損害を受けたときは、その償金を支払わなければならない。
3 第一項の規定は、区分所有者以外の専有部分の占有者(以下「占有者」という。)に準用する。
4 民法(明治二十九年法律第八十九号)第二百六十四条の八及び第二百六十四条の十四の規定は、専有部分及び共用部分には適用しない。
(権限)
第二十六条 管理者は、共用部分並びに第二十一条に規定する場合における当該建物の敷地及び附属施設(次項及び第四十七条第六項において「共用部分等」という。)を保存し、集会の決議を実行し、並びに規約で定めた行為をする権利を有し、義務を負う。
2 管理者は、その職務に関し、区分所有者を代理する。第十八条第四項(第二十一条において準用する場合を含む。)の規定による損害保険契約に基づく保険金額並びに共用部分等について生じた損害賠償金及び不当利得による返還金の請求及び受領についても、同様とする。
3 管理者の代理権に加えた制限は、善意の第三者に対抗することができない。
4 管理者は、規約又は集会の決議により、その職務(第二項後段に規定する事項を含む。)に関し、区分所有者のために、原告又は被告となることができる。
5 管理者は、前項の規約により原告又は被告となつたときは、遅滞なく、区分所有者にその旨を通知しなければならない。この場合には、第三十五条第二項から第四項までの規定を準用する。
(共同の利益に反する行為の停止等の請求)
第五十七条 区分所有者が第六条第一項に規定する行為をした場合又はその行為をするおそれがある場合には、他の区分所有者の全員又は管理組合法人は、区分所有者の共同の利益のため、その行為を停止し、その行為の結果を除去し、又はその行為を予防するため必要な措置を執ることを請求することができる。
2 前項の規定に基づき訴訟を提起するには、集会の決議によらなければならない。
3 管理者又は集会において指定された区分所有者は、集会の決議により、第一項の他の区分所有者の全員のために、前項に規定する訴訟を提起することができる。
4 前三項の規定は、占有者が第六条第三項において準用する同条第一項に規定する行為をした場合及びその行為をするおそれがある場合に準用する。
主 文
1 被告は,別紙物件目録記載2及び3の専有部分の建物をいずれもグループホームとして使用してはならない。
2 被告は,原告に対し,85万0430円及びこれに対する平成30年6月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
主文第1項及び第2項同旨
第2 事案の概要
本件は,マンションの管理組合の管理者である原告(提訴時においてはC,口頭弁論終結時においてはA)が,社会福祉法人である被告に対し,被告が賃借したマンションの専有部分の建物をグループホームとして使用することは,区分所有者は専有部分を住宅として使用するものとし,他の用途に供してはならない旨を定めたマンションの管理規約の規定に違反し,建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という。)6条3項が準用する同条1項所定の区分所有者の共同の利益に反する行為に該当するとして,同法57条4項が準用する同条1項に基づき,上記専有部分の建物をグループホーム事業の用に供する行為の停止を求めるとともに,上記管理規約によって定められた違約金として,調停費用,訴訟費用等の合計85万0430円及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成30年6月23日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者
ア 原告は,別紙物件目録記載1の1棟の建物(以下「本件マンション」という。)の区分所有者全員により構成される区分所有法3条前段所定の団体であるg管理組合(以下「本件管理組合」という。)の理事長であり,同法25条1項所定の管理者である。(弁論の全趣旨)
イ 被告は,居宅介護支援事業等の公益事業を行うことにより高齢者や障害者に対する福祉サービスを提供することを目的とする社会福祉法人であり,本件マンションの専有部分である別紙物件目録記載2の建物(以下「m号室」という。)及び同目録記載3の建物(以下「n号室」といい,m号室とn号室を合わせて「本件各住戸」という。)の各区分所有者から本件各住戸を賃借して占有している。(争いのない事実,乙9)
(2) 本件各住戸の使用状況等
ア 本件マンションは,昭和63年9月17日に新築された地下1階,地上15階建ての区分所有建物であり,建築延面積は1万8687.18平方メートルである。1階の9戸の専有部分(延床面積567.78平方メートル)は店舗であり,2階から15階までの251戸の専有部分(延床面積1万4641.96平方メートル)は全て住戸である。(甲1の1・2,甲2,3,10,11,弁論の全趣旨)
イ 被告は,遅くとも平成15年8月11日から現在までn号室(床面積56.11平方メートル)において,遅くとも平成17年9月2日から現在までm号室(床面積56.21平方メートル)において,それぞれ,障害者グループホーム(以下「本件グループホーム」という。)を運営し,入居者に対し,①入浴,排せつ及び食事等の介護,②整姿,整容に必要な援助及び助言,③日中生活上及び夜間生活における介護及び助言,④健康の維持増進に必要な介護及び助言,⑤日中活動の場等との連絡,調整及び移動支援,⑥余暇活動及び社会参加支援,⑦緊急時等の対応及び介護,⑧金銭管理又は財産管理等に必要な援助及び相談支援,⑨住居家事援助,⑩前各項に附帯する必要な介護及び相談支援といった福祉サービスを提供している。なお,m号室には,平成17年9月2日に2名,平成21年2月13日に1名が入居し,現在,合計3名が上記サービスを利用している。n号室には,平成15年8月11日に1名,平成18年2月27日に1名,同年7月31日に1名が入居し,現在,合計3名が上記サービスを利用している。(甲11,乙1の1~3,乙2の1~3,乙9,弁論の全趣旨)
(3) 本件マンションの管理規約の変更等
ア 本件管理組合が定めた管理規約(以下「本件管理規約」という。)12条1項は,「区分所有者は,その専有部分を住宅として使用するものとし,他の用途に供してはならない。」と規定している。(甲1)
イ 本件管理組合は,平成28年,o消防署から,本件マンション内の住戸のうち福祉施設が運営されている本件各住戸には自動火災報知設備の設置が必要であるとの指摘を受けた。本件管理組合は,被告に対し,同年6月1日付け書面により,本件各住戸において福祉施設を運営することは本件管理規約12条1項に違反するとして,平成29年5月31日までに本件各住戸から退去するよう求めた。被告は,本件管理組合に対し,平成28年7月7日付け書面により,本件各住戸の使用は本件管理規約に違反しないとして,上記要求に応じない旨を通知した。(甲5,6,32)
ウ 本件管理組合は,平成28年11月19日,通常総会を開催し,本件管理規約に専有部分を民泊に供することの禁止(本件管理規約12条の2),専有部分をシェアハウスに供することの禁止(同12条の3),専有部分をグループホームに供することの禁止(同12条の4)及び専有部分を特定防火対象物となる用途に供することの禁止(同12条の5)の各規定を追加する旨の議案の審議を行った。その結果,上記各議案は,いずれも,区分所有者及び議決権の各4分の3以上の賛成により可決された。上記改正後の本件管理規約の定め(抜粋)は,別紙管理規約のとおりである。(甲1の1・2,甲38)
エ 本件管理組合は,被告に対し,平成29年6月21日付け書面により,本件各住戸の使用を速やかに停止するよう求めた。被告は,本件管理組合に対し,同年7月6日付け書面により,本件各住戸の使用は本件管理規約に違反しないとして,上記要求に応じない旨を通知した。(甲7,8)
(4) 訴訟提起等に関する決議
ア 本件管理規約68条1項は,「区分所有者または占有者が建物の保存に有害な行為その他の管理または使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をした場合またはその行為をするおそれがある場合には,区分所有法第57条から第60条までの規定に基づき必要な措置をとることができる。」と規定し,同条2項は,「前項,法令,規約または使用細則もしくは総会の決議の違反者に対し,訴訟等の法的措置によることとした場合,その者に対して弁護士費用その他の法的措置に要する費用について実費相当額を請求することができる。」と規定している。(甲1の1・2)
イ 本件管理組合は,平成30年4月21日,臨時総会を開催した。この臨時総会において,被告に対して本件各住戸をグループホームとして使用する行為の停止を求めて訴訟を提起すること並びに民事調停の申立てに要した下記の弁護士費用等及び本件訴訟の提起に要する下記の弁護士費用等を請求することの承認を求めることを内容とする「共同利益背反行為の停止請求訴訟に関する件」と題する議案の審議が行われた。同議案は,賛成組合員数168名,賛成議決権数182個,反対組合員数3名,反対議決権数3個,棄権組合員数4名,棄権議決権数4個となり,区分所有者及び議決権の過半数の賛成で可決された(以下「本件決議」という。)。(甲9)
(ア) 民事調停に要した弁護士費用等
a 着手金 16万2000円
b 印紙代 6500円
c 郵券代 530円
d 登記事項証明書代 600円
(イ) 訴訟提起に要する弁護士費用等
a 着手金(依頼時) 21万6000円
b 報酬金(終了時) 43万2000円
c 実費 印紙代,郵券代等(数万円程度)
2 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(被告が本件各住戸をグループホームとして使用することが本件管理規約12条1項に違反する行為であるかどうか)