原判決及び第一審判決の判示は,被告人に対する業務上横領の犯罪事実の判示として具体的に明確でなく,審理不尽,理由不備の違法あることは免れず,この違法は判決に影響を及ぼすべき法令違反であって,原判決及び第一審判決を破棄しなければ著しく正義に反するとした事例
業務上横領罪
第章 最高裁判所第3小法廷判決/昭和29年(あ)第597号
昭和31年4月10日
【判示事項】 原判決及び第一審判決の判示は,被告人に対する業務上横領の犯罪事実の判示として具体的に明確でなく,審理不尽,理由不備の違法あることは免れず,この違法は判決に影響を及ぼすべき法令違反であって,原判決及び第一審判決を破棄しなければ著しく正義に反するとした事例
【判決要旨】 農業協同組合参事として組合員に対する金員の貸付けにつき包括的権限を有している者が組合員に対して制度上認められている仮払金名義により金員を貸出す行為が業務上横領の罪を構成するとする理由として、仮払金の制度、定款の規定等を審理することなく、単に「農業協同組合法並びに組合の定款の定めるところに準拠することなく、且つ正規の貸出手続によらないで、その業務上保管に係る組合公金を擅に仮払金名義で支出して……融通したことを認めるに充分であるから……なお組合の公金を不法に領得したものということができる」とするのは、審理不尽、理由不備の違法あることを免れない。
【参照条文】 刑法253
刑事訴訟法411
刑事訴訟法413本文
農業協同組合法42
【掲載誌】 最高裁判所裁判集刑事113号5頁
刑法
(業務上横領)
第二百五十三条 業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、十年以下の懲役に処する。
刑事訴訟法
第四百十一条 上告裁判所は、第四百五条各号に規定する事由がない場合であつても、左の事由があつて原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。
一 判決に影響を及ぼすべき法令の違反があること。
二 刑の量定が甚しく不当であること。
三 判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があること。
四 再審の請求をすることができる場合にあたる事由があること。
五 判決があつた後に刑の廃止若しくは変更又は大赦があつたこと。
農業協同組合
第四十二条 組合は、参事及び会計主任を選任し、その主たる事務所又は従たる事務所において、その業務を行わせることができる。
② 参事及び会計主任の選任及び解任は、理事会の決議によりこれを決する。
③ 参事については、会社法第十一条第一項及び第三項、第十二条並びに第十三条の規定を準用する。
会社法
(支配人の競業の禁止)
第十二条 支配人は、会社の許可を受けなければ、次に掲げる行為をしてはならない。
一 自ら営業を行うこと。
二 自己又は第三者のために会社の事業の部類に属する取引をすること。
三 他の会社又は商人(会社を除く。第二十四条において同じ。)の使用人となること。
四 他の会社の取締役、執行役又は業務を執行する社員となること。
2 支配人が前項の規定に違反して同項第二号に掲げる行為をしたときは、当該行為によって支配人又は第三者が得た利益の額は、会社に生じた損害の額と推定する。
主 文
原判決及び第一審判決を破棄する。
本件を熊本地方裁判所に差戻す。
理 由
弁護人天野幸太の上告趣意について。
論旨は原判決が憲法三八条三項に違反すると主張するけれども、犯罪事実を認定するにあたっては、補強証拠は事実の全部に亘って存することを必要とせず、白自の真実性を保障するに足るものである以上、犯罪事実の一部分については自白のみで認めて差支えないこと、当裁判所の判例(昭和2三年(れ)第七七号、同24年五月一八日大法廷判決)の示すとおりであるから、右の論旨は理由がない。論旨はまた原判決が憲法三一条に違反すると主張するけれども、その実質は単なる訴訟手続違背を主張するに過ぎないから、この論旨もまた理由がない。
しかし職権をもって調査すると、原判決が維持した第一審判決は、被告人は本件「農業協同組合の参事として同組合の運営事務一切を掌っていたものであるが同組今会計主任穂永続と共謀の上同組合の為に業務上保管中の金員から檀に」橋本2郎及び田中保に対し各判示の日時に判示金額を貸付け、「以て業務上横領したものである」と判示している。原判決も、被告人は「農業脇同組合法並びに判示組合の定款の定めるところに準拠することなく、且つ正規の貸出手続によらないで、その業務上保管に係る組合公金を擅ままに仮払金名義で支出して、」判示両名に対し、「判示のごとく融通したことを認めるに充分であるから、右橋本2郎は判示組合の組合員であること及び田中保に対しては同人の申出により被告人等において短期間の融通で、回収は確実であるごとく信ぜしめられて貸付けた事情にあることが窺い得られること所論のとおりであるとはいえ、なお組合の公金を不法に領得したものということができることは言を俟たないところ」である、と判示している。
ところで業務上横領の罪が成立するためには、殊に滑石村農業協同組合員である橋本2郎に対する貸付行為については、その貸付行為が法令並に定款上認められる範囲外であり、且つ被告人の権限外であることが証拠によって認定されなければならない。
しかるに当時の組合長であった北岡勇太郎は第一審公判の証人として、農業協同組合の参事の権限を問われて、「組合及び組合長を代理して全権限を委任されています」と答え、また橋本2郎が組合員である旨の証言をしている。このように広い権限を有し、従て、貸付けの権限を有していた被告人が借り出しの資格ある橋本に対し、制度上認められている仮払金名義により、貸出してもなお業務上横領の罪が成立するというがためには、仮払金の制度とは如何なるものであったか? 組合の定款の如何なる規定に背いたか? 等を審理して具体的に明確にしなければならない。原判決並びに第一審判決のように、漫然と、「判示組合の定款の定めるところに準拠することなく」「正規の貸出手続によらないで」又は「擅ままに」貸出した、というだけでは、業務上横領の犯罪事実の判示として具体的に明確でなく、審理不尽、理由不備の違法あることを免れない。しかしてこの違法は判決に影響を及ぼすべき法令の違反であって、原判決並びに第一審判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。
よって刑訴4一一条一号、4一三条本文に則り、原判決及び第一審各判決を破棄し、本件を第一審裁判所に差戻すこととし、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
検察官 馬場義続出席