取締役を辞任したがその旨の登記等が未了である者と商法二六六条ノ三所定の責任の有無 損害賠償 | 法律大好きのブログ(弁護士村田英幸)

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取締役を辞任したがその旨の登記等が未了である者と商法二六六条ノ三所定の責任の有無

 

 

              損害賠償請求事件

【事件番号】      最高裁判所第3小法廷判決/昭和33年(オ)第370号

【判決日付】      昭和37年8月28日

【判示事項】      取締役を辞任したがその旨の登記等が未了である者と商法二六六条ノ三所定の責任の有無

【判決要旨】      取締役を辞任したがその旨の登記等を経ていない者は、商法二五八条によりなお取締役としての権利義務を有するとされる場合、又は辞任したにもかかわらず取締役として対外的又は内部的な行動をあえてした場合でなければ、右の者がなおも取締役であると信じて当該会社と取引した第三者に対しても、同法二六六条ノ三所定の責任を負わない。

【参照条文】      商法12

             商法266の3

【掲載誌】        最高裁判所裁判集民事62号273頁

             金融・商事判例778号22頁

 

 

会社法

(登記の効力)

第九百八条 この法律の規定により登記すべき事項は、登記の後でなければ、これをもって善意の第三者に対抗することができない。登記の後であっても、第三者が正当な事由によってその登記があることを知らなかったときは、同様とする。

2 故意又は過失によって不実の事項を登記した者は、その事項が不実であることをもって善意の第三者に対抗することができない。

 

(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)

第四百二十三条 取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この章において「役員等」という。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

2 取締役又は執行役が第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。以下この項において同じ。)の規定に違反して第三百五十六条第一項第一号の取引をしたときは、当該取引によって取締役、執行役又は第三者が得た利益の額は、前項の損害の額と推定する。

3 第三百五十六条第一項第二号又は第三号(これらの規定を第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取引によって株式会社に損害が生じたときは、次に掲げる取締役又は執行役は、その任務を怠ったものと推定する。

一 第三百五十六条第一項(第四百十九条第二項において準用する場合を含む。)の取締役又は執行役

二 株式会社が当該取引をすることを決定した取締役又は執行役

三 当該取引に関する取締役会の承認の決議に賛成した取締役(指名委員会等設置会社においては、当該取引が指名委員会等設置会社と取締役との間の取引又は指名委員会等設置会社と取締役との利益が相反する取引である場合に限る。)

4 前項の規定は、第三百五十六条第一項第二号又は第三号に掲げる場合において、同項の取締役(監査等委員であるものを除く。)が当該取引につき監査等委員会の承認を受けたときは、適用しない。

 

 

 

       主   文

 

 本件上告を棄却する。

 上告費用は上告人の負担とする。

 

       理   由

 

 上告代理人田中染吉の上告理由第一点について。

 まず、論旨中主要と認められる部分を要約すれば、株式会社の平取締役にも代表取締役の業務の執行を監視する任務があり、また、取締役は辞任するもその退任の登記があるまでは、対外関係においては取締役としての責を免れないものと解すべきところ、訴外東京山一株式会社(以下、山一会社と略称する)の取締役であった被上告人は、辞任による退任の登記前においては、山一会社の代表取締役山上健夫の行為を監視すべき任務があったにかかわらず、悪意又は重過失によりその任務を怠り上告人に損害をこうむらしめたのであるから、商法二六六条の三の規定により右損害を賠償する責を免れないものである。しかるに、原判決が、被上告人は取締役としてなんらの職務を行わず、また、この点につき懈怠のないものであるから、同条による責任はない旨判示したのは、商法の右規定ならびに一二条の解釈適用を誤った違法があるというにある。

 よって、案ずるに、昭和二五年の改正後の現行商法は、株式会社の業務の執行は取締役会の決するところによる旨を規定するとともに、会社の代表はとくに選任された代表取締役のみがこれを行うものとしているところからみれば、個々の取締役は、商法に特別の規定がある場合を除いては、取締役会の一員として、取締役会の審議ないし決議を通じて会社の業務に関与する権利義務を有するに過ぎないものと解するほかはない。しかし、他面において、取締役は、すべて、委任に関する規定に従い善良な管理者の注意をもって事務を処理すべき責任を有し、かつ、会社のため忠実にその職務を遂行する義務を負うばかりでなく、原則として、取締役会を招集する権限を有し、また会社の業務を執行すべき代表取締役及び支配人の選任及び解任は取締役会の決するところによるものとされていることなどにかんがみれば、個々の取締役は、取締役会の審議ないし決議を通じて代表取締役、支配人らの業務の執行を監視すべき権利義務を有するものと解するのが相当である。したがって、取締役が悪意又は重過失により右監視義務を怠ったことにより第三者に損害をこうむらしめた場合には、商法二六六条の三の規定による損害賠償責任を免れないものというべきである。

 次に、取締役の右損害賠償責任と商法一二条の規定との関係を考えてみるに、商法二六六条の三の規定は、職務の執行につき悪意又は重過失のある取締役を対象とするものであるから、辞任により退任した取締役は、商法二五八条の特別規定によりなお取締役としての権利義務を有するものとせられる場合を除いては、取締役としての職務をなんら有しないこととなる関係上その者に対し、商法二六六条の三を適用する余地はもはやないものといわなければならない。もっとも、商法一二条によれば、取締役の退任は、その登記及び公告をしなければ、善意の第三者に対抗しえないのであるから、取締役が退任したにかかわらず、その退任の登記、公告前、なお積極的に取締役としての対外的又は内部的な行動を敢えてした場合においては、その行為により損害をこうむった善意の第三者は、登記、公告がないためその退任を自己に対抗しえないことを理由に、右行為を取締役の職務の執行とみなし、商法二六六条の三の規定によりその損害の賠償を求めることはこれを容認しなければならないであろう。しかしながら、退任により取締役の権利義務をなんら有しなくなった者が、職務行為と認めるべき行為を行わないのは当然かつ正当なことであるから、なんらの行為を行わなかったことをもって任務懈怠ということはできない。したがって、この場合においては、退任の登記、公告の前であっても、その者に対し商法二六六条の三の規定を適用することのできないことは自明の理であると解される。

 これを、本件についてみるに、原審が確定したところによれば、被上告人は昭和二七年六月三〇日山一会社の取締役を辞任し(同年八月二九日退任の登記がなされた)、同年七月一五日被上告人に代り訴外丹野秀威が取締役に就任したが、被上告人は当時会社の運営にはなんら関係するところがなく、同年八月二三日の本件乙手形の支払についても山一会社の取締役としてなんらの職務を行ったものとは認められないというのであり、右によれば、被上告人は辞任し後任取締役の選任がなされた後は、山一会社の取締役としての権利義務を有せず、また、前記のごとく取締役としての行為をなんら行わなかったのであるから、被上告人には、取締役としての任務、ことに前示監視義務の懈怠はなく、したがって商法二六六条の三による損害賠償責任を負うべき筋合はないこと、前に説示したところに照し明らかである。原判決のこの点に関する判示は、やや簡に失したきらいがないではないが、結局、以上説示したところと同趣旨と解されるので、正当としてこれを肯認するに足る。論旨は、ひっきよう、独自の見解の下に原判決を論難するものであり、採用することをえない。

 なお、上告人は、論旨のその余の部分において、被上告人が代表取締役である訴外山一商事株式会社の本件乙手形取得に関する種々の事情を述べて原判決を論難するところがあるが、右は、上告人が原審において主張しない事実又は原判示に副わない事実を前提とするものであって、ひっきよう、原審が適法にした事実の認定又は法的判断を非難するに帰し、すべて採用に価しない。

 同第二点について。

 所論は、結局(一)乙手形金の取得が被上告人と山上との共謀によるものとは認められず、また、(二)上告人が甲手形金相当の損害を受けているものとは認められないとした原審の判断を非難するものと解されるが、右(一)の共謀の事実を認めるに足る証拠がないとの原審の認定はこれを肯認するに足り、また、原審の右(二)の判断もこれを肯認しえないではない。論旨は、いずれも採用し難い。

 同第三点について

 原判決及びその引用する第一審判決ならびに本件記録に徴するも、上告人が原審において所論のごとき主張をしたことはこれを明認し難い(昭和三〇年一〇月一五日付準備書面中に所論のごとく解される主張のあることは認められるが、右主張に関する部分は、第一審及び原審の口頭弁論において陳述されていない)。よって、所論は、原審において主張せず、したがって原審の判断を受けなかった事項を問題とするものであり、適法な上告理由とは認め難い。

 よって、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

最高裁判所第三小法廷