福岡飲酒運転3児死亡事故・刑法(平成19年改正前)208条の2第1項前段にいう「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」の意義
危険運転致死傷,道路交通法違反被告事件
【事件番号】 最高裁判所第3小法廷決定/平成21年(あ)第1060号
【判決日付】 平成23年10月31日
【判示事項】 1 刑法(平成19年法律第54号による改正前のもの)208条の2第1項前段にいう「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」の意義
2 飲酒酩酊状態にあった被告人が直進道路において高速で自動車を運転中,先行車両に追突し,死傷の結果を生じさせた事案につき,被告人はアルコールの影響により前方を注視してそこにある危険を的確に把握して対処することができない状態にあったとして,危険運転致死傷罪が成立するとされた事例
【判決要旨】 1 刑法(平成19年法律第54号による改正前のもの)208条の2第1項前段の「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」とは,アルコールの影響により道路交通の状況等に応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態をいい,アルコールの影響により前方を注視してそこにある危険を的確に把握して対処することができない状態もこれに当たる。
2 飲酒酩酊状態にあった被告人が直進道路において高速で普通乗用自動車を運転中,先行車両の直近に至るまでこれに気付かず追突し,その衝撃により同車両を橋の上から海中に転落・水没させ,死傷の結果を発生させた事案において,追突の原因が,被告人が先行車両に気付くまでの約8秒間終始前方を見ていなかったか又はその間前方を見てもこれを認識できない状態にあったかのいずれかであり,いずれであってもアルコールの影響により前方を注視してそこにある危険を的確に把握して対処することができない状態にあったと認められるときは,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させたものとして,危険運転致死傷罪が成立する。
(2につき補足意見,反対意見がある。)
【参照条文】 刑法(平19法54号改正前)208の2-1前段
【掲載誌】 最高裁判所刑事判例集65巻7号1138頁
事案の概要
1 本件は,いわゆる福岡飲酒運転3児死亡事故の上告審決定であり,刑法208条の2第1項前段(平成19年法律第54号による改正前のもの。以下同じ。)の危険運転致死傷罪の構成要件である「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」で自動車を走行させたか否かが争われた事案である。
危険運転致死傷罪に係る公訴事実の要旨は,被告人は,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態で,夜間,海上の直線道路を時速約100kmで自動車を走行させたことにより,自車を先行車両に追突させ,その衝撃により先行車両を海中に転落・水没させ,先行車両に乗車していた幼児3名(1歳ないし4歳)を死亡させ,その両親にもけがを負わせたというものであった。被告人はこのほか道路交通法違反(救護・報告義務違反)の事実でも起訴された。
平成二十五年法律第八十六号
自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律
(危険運転致死傷)
第二条 次に掲げる行為を行い、よって、人を負傷させた者は十五年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期懲役に処する。
一 アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為
二 その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為
三 その進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させる行為
四 人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為
五 車の通行を妨害する目的で、走行中の車(重大な交通の危険が生じることとなる速度で走行中のものに限る。)の前方で停止し、その他これに著しく接近することとなる方法で自動車を運転する行為
六 高速自動車国道(高速自動車国道法(昭和三十二年法律第七十九号)第四条第一項に規定する道路をいう。)又は自動車専用道路(道路法(昭和二十七年法律第百八十号)第四十八条の四に規定する自動車専用道路をいう。)において、自動車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の前方で停止し、その他これに著しく接近することとなる方法で自動車を運転することにより、走行中の自動車に停止又は徐行(自動車が直ちに停止することができるような速度で進行することをいう。)をさせる行為
七 赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為
八 通行禁止道路(道路標識若しくは道路標示により、又はその他法令の規定により自動車の通行が禁止されている道路又はその部分であって、これを通行することが人又は車に交通の危険を生じさせるものとして政令で定めるものをいう。)を進行し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為