市町村営土地改良事業の施行の認可と取消訴訟の対象
土地改良事業施行認可申請の適否決定処分の異議申立棄却処分の取消請求事件
【事件番号】 最高裁判所第1小法廷判決/昭和59年(行ツ)第318号
【判決日付】 昭和61年2月13日
【判示事項】 市町村営土地改良事業の施行の認可と取消訴訟の対象
【判決要旨】 市町村営土地改良事業の施行の認可は、取消訴訟の対象となる行政処分に当たる。
【参照条文】 行政事件訴訟法3-2
土地改良法96の2-1
土地改良法96-5
土地改良法10-1
【掲載誌】 最高裁判所民事判例集40巻1号1頁
事案の概要
一、八鹿町は、土地改良法(以下「法」という)96条の2第1項に基づき、被上告人兵庫県知事に対し、同町内の一部の地域を施行地域とする同町営土地改良事業の施行の認可を申請した。
被上告人は、法96条の2第5項ならびに8条1項および6項に基づき、昭和57年7月5日付で右申請を適当とする決定をし、同月20日その旨を公告するとともに、土地改良事業計画書の写を縦覧に供した。
上告人は、右施行地域内に土地を所有する者であるが、法96条の2第5項および9条に基づき、同年8月10日被上告人に対し、右決定に対する異議の申出をした。
被上告人は、同年9月25日付けで右異議の申出を棄却する旨の決定をした。
被上告人は、法96条の2第5項および7項ならびに10条に基づき、同月30日付けで右事業の施行の認可をし、同年10月12日これを公告した。
上告人は、右認可を取り消すとの裁判を求めて、本訴を提起した。
1・2審判決は、右認可は取消訴訟の対象となる行政処分に当たらないから、本訴は不適法として却下すべきであるとした。
これに対し、本判決は、右認可が行政処分に当たることを認めた。
行政事件訴訟法
(抗告訴訟)
第三条 この法律において「抗告訴訟」とは、行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟をいう。
2 この法律において「処分の取消しの訴え」とは、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(次項に規定する裁決、決定その他の行為を除く。以下単に「処分」という。)の取消しを求める訴訟をいう。
3 この法律において「裁決の取消しの訴え」とは、審査請求その他の不服申立て(以下単に「審査請求」という。)に対する行政庁の裁決、決定その他の行為(以下単に「裁決」という。)の取消しを求める訴訟をいう。
4 この法律において「無効等確認の訴え」とは、処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無の確認を求める訴訟をいう。
5 この法律において「不作為の違法確認の訴え」とは、行政庁が法令に基づく申請に対し、相当の期間内に何らかの処分又は裁決をすべきであるにかかわらず、これをしないことについての違法の確認を求める訴訟をいう。
6 この法律において「義務付けの訴え」とは、次に掲げる場合において、行政庁がその処分又は裁決をすべき旨を命ずることを求める訴訟をいう。
一 行政庁が一定の処分をすべきであるにかかわらずこれがされないとき(次号に掲げる場合を除く。)。
二 行政庁に対し一定の処分又は裁決を求める旨の法令に基づく申請又は審査請求がされた場合において、当該行政庁がその処分又は裁決をすべきであるにかかわらずこれがされないとき。
7 この法律において「差止めの訴え」とは、行政庁が一定の処分又は裁決をすべきでないにかかわらずこれがされようとしている場合において、行政庁がその処分又は裁決をしてはならない旨を命ずることを求める訴訟をいう。
土地改良法
(異議の申出)
第九条 当該土地改良事業に関係のある土地又はその土地に定着する物件の所有者、当該土地改良事業に関係のある水面につき漁業権又は入漁権を有する者その他これらの土地、物件又は権利に関し権利を有する者(以下「利害関係人」という。)は、前条第六項の規定による公告に係る決定に対して異議があるときは、同項に規定する縦覧期間満了の日の翌日から起算して十五日以内に都道府県知事にこれを申し出ることができる。
2 都道府県知事は、前項の規定による異議の申出を受けたときは、前条第二項に掲げる技術者の意見をきいて、同条第六項に規定する縦覧期間満了後六十日以内にこれを決定しなければならない。
3 第一項の異議の申出には、行政不服審査法(平成二十六年法律第六十八号)中審査請求に関する規定(同法第十八条第一項及び第二項並びに第四十三条を除く。)を準用する。
4 都道府県知事は、第二項の規定による決定が第七条第一項の規定による申請に係る土地改良事業計画又は定款に矛盾するものであるときは、同項の規定による申請を却下しなければならない。
5 第二項の規定による決定及び前項の規定による却下又はこれらの不作為については、審査請求をすることができない。
(国営土地改良事業計画及び都道府県営土地改良事業計画)
第八十七条 前条第一項の規定により申請に係る土地改良事業につき適当とする旨の決定をしたときは、農林水産大臣又は都道府県知事は(その決定に係る都道府県営土地改良事業の地域が二以上の都府県の区域にわたる場合にあつては、当該関係都府県の知事がその協議により)、それぞれ、その決定に係る国営土地改良事業又は都道府県営土地改良事業を行うため、土地改良事業計画を定めなければならない。
2 前項の場合には、第七条第三項及び第四項並びに第八条第二項及び第三項の規定を準用する。
3 第一項の土地改良事業計画は、これに基づいて施行される土地改良事業が第八条第四項第一号の政令で定める基本的な要件に適合するものとなるように定めなければならない。
4 第一項の土地改良事業計画において非農用地区域を定める場合には、その非農用地区域は第八条第五項各号に掲げる要件に適合することとなるように定めなければならない。
5 農林水産大臣又は都道府県知事は、第一項の規定により土地改良事業計画を定めたときは、その旨を公告し、二十日以上の相当の期間を定めて当該土地改良事業計画書の写を縦覧に供しなければならない。
6 第一項の土地改良事業計画についての審査請求に関する行政不服審査法第十八条第一項本文の期間は、前項に規定する縦覧期間満了の日の翌日から起算して十五日とする。
7 前項の審査請求については、行政不服審査法第四十三条の規定は、適用しない。
8 第六項の審査請求がされたときは、農林水産大臣又は都道府県知事は(その審査請求に係る都道府県営土地改良事業の地域が二以上の都府県の区域にわたる場合にあつては、当該関係都府県知事がその協議により)、第八条第二項に掲げる技術者の意見を聴いて、第五項に規定する縦覧期間満了後六十日以内にこれを裁決しなければならない。
9 国又は都道府県は、第六項の審査請求がないとき、又は審査請求があつた場合においてその全てについて前項の規定による裁決があつたときでなければ、当該土地改良事業計画による工事に着手してはならない。
10 第一項の土地改良事業計画による事業の施行については、審査請求をすることができない。
(土地改良区に関する規定の準用)
第九十六条 第九十五条第一項の規定により行う土地改良事業には、第四十七条、第五十条、第五十二条第一項から第五項まで、第八項及び第九項、第五十二条の二から第五十五条まで、第五十六条第二項、第五十七条から第五十七条の三まで並びに第六十三条の規定を準用する。この場合において、第五十二条第五項中「第五条第七項に掲げる権利を有する全ての者で組織する会議の議決を経なければ」とあるのは「第五条第七項に掲げる権利を有する全ての者の同意を得なければ」と、第五十三条の四第二項中「第五十二条第四項から第九項まで及び」とあるのは「第五十二条第四項、第五項、第八項及び第九項並びに」と、第六十三条第三項ただし書中「第六十条の規定による請求に基く地役権の対価の減額があつた場合には」とあるのは「その土地改良事業の工事の完了につき第百十三条の三第二項の規定による公告があつた日(換地処分に係る場合にあつては、第五十四条第四項の規定による公告があつた日)から起算して一年を経過した場合は」と読み替えるものとする。
(土地改良事業の開始)
第九十六条の二 市町村は、土地改良事業計画を定めて土地改良事業を行うことができる。
2 前項の規定により土地改良事業計画を定めるには、市町村は、あらかじめ、当該市町村の議会の議決を経て、土地改良事業の計画の概要(二以上の土地改良事業を併せて施行する場合には、その各土地改良事業に係る計画の概要及び農林水産省令で定めるときにあつては全体構成)を定め、その計画の概要(全体構成を定める場合にあつては、その全体構成を含む。)その他必要な事項を公告して、その事業の施行に係る地域内にある土地につき第三条に規定する資格を有する者の三分の二(二以上の土地改良事業を併せて施行する場合には、その各土地改良事業につき、その施行に係る地域内にある土地につき同条に規定する資格を有する者の三分の二)以上の同意を得、かつ、当該土地改良事業の施行に係る地域の全部又は一部をその地区の全部又は一部とする土地改良区があるときは、その土地改良区の同意をも得なければならない。
3 農用地造成事業等の施行を内容とし、又は内容の一部に含む第一項の土地改良事業計画を定めるには、市町村は、前項の規定による同意のほか、その農用地造成事業等に係る農用地造成地域内にある土地についての農用地外資格者についてその全員の同意を得なければならない。
4 第一項の場合において、その土地改良事業計画が農用地造成事業等の施行を内容とし、又は内容の一部に含むものであるときは、その農用地造成事業等については、第五条第五項及び第六条の規定を準用する。
5 市町村は、第一項の規定により土地改良事業計画を定める場合において、当該土地改良事業の施行に係る地域の全部又は一部をその地区の全部又は一部とする農業協同組合であつて土地改良事業をその事業とするものがあるときは、あらかじめ、その意見を聴かなければならない。
6 市町村は、第一項の規定により土地改良事業計画を定めたときは、遅滞なく、これを都道府県知事に報告しなければならない。
7 第一項の場合には、第五条第六項及び第七項、第七条第三項から第六項まで、第八条第二項及び第三項並びに第八十七条第三項から第十項までの規定を準用する。この場合において、第五条第六項及び第七項中「含めて第一項の一定の地域を定めるには」とあるのは「当該土地改良事業の施行に係る地域に含めるには」と、第七条第五項中「第一項の規定により申請をする者」とあるのは「市町村」と読み替えるものとする。
主 文
被上告人が昭和五七年九月三〇日付けでした八鹿町営土地改良事業の事業施行認可処分の取消請求に関する部分につき、原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。
右部分につき本件を神戸地方裁判所に差し戻す。
上告人のその余の上告を棄却する。
前項に関する上告費用は上告人の負担とする。
理 由
上告代理人大塚明、同神田靖司の上告理由一ないし三について
土地改良法は、八七条六項及び七項において、国営又は都道府県営の土地改良事業につき農林水産大臣又は都道府県知事が決定した事業計画についての異議申立てに関する行政不服審査法四五条の期間は当該事業計画書の縦覧期間満了の日の翌日から起算して一五日以内とすること、及び右異議申立てについては右縦覧期間満了後六〇日以内に決定しなければならないことを規定した上、八七条一〇項において、右事業計画に不服がある者は右異議申立てについての決定に対してのみ取消しの訴えを提起することができることを規定している。農林水産大臣又は都道府県知事の行う右事業計画の決定は、当該事業施行地域内の土地につき土地改良事業を施行することを決定するもので、公告すべきものとされていること(土地改良法八七条五項)、右公告があつた後において土地の形質を変更し、工作物の新築、改築若しくは修繕をし、又は物件を附加増置した場合には、これについての損失は、原則として補償しなくてもよいものとされていること(同法一二二条二項)、また、右事業計画が異議申立手続を経て確定したときは、これに基づき工事が着手される運びとなること(同法八七条八項)に照らせば、右事業計画の決定は、行政処分としての性格を有するものということができる。前記の土地改良法八七条六項及び七項は、右事業計画の決定が行政処分として行政不服審査法による異議申立ての対象となるものであることを当然の前提として、異議申立期間等の特則を定めるものであり、同条一〇項も、右事業計画の決定が本来行政処分として取消訴訟の対象となり得るものであることを当然の前提とした上、行政事件訴訟法一〇条二項所定のいわゆる原処分主義の例外として裁決主義を採用する立場から、右事業計画に不服がある者は右異議申立てについての決定に対してのみ取消しの訴えを提起することができるとしたものである。
そして、土地改良事業は、国営又は都道府県営であるか市町村営であるかによつて特別その性格を異にするものではないところ、市町村営の土地改良事業において、右に述べた国営又は都道府県営の土地改良事業における事業計画の決定に対応するものは、当該市町村の申請に基づき都道府県知事が行う事業施行の認可である。右事業施行の認可も、当該事業施行地域内の土地につき土地改良事業を施行することを認可するもので、公告すべきものとされ(土地改良法九六条の二第七項)、右公告があつた後における土地の形質の変更等についての損失は原則として補償しなくてもよいものとされており(同法一二二条二項)、右事業施行の認可があつたときは工事が着手される運びとなるのであつて、右の事業計画の決定と事業施行の認可とは、土地改良事業の一連の手続の中で占める位置・役割を同じくするのである。そうすると、右事業施行の認可も、行政処分としての性格を有し、取消訴訟の対象となるものといわざるを得ず、前記のように、国営又は都道府県営の土地改良事業における事業計画の決定が本来取消訴訟の対象となり得るものであることを当然の前提とした規定を置く土地改良法は、市町村営の土地改良事業における事業施行の認可についても、それが取消訴訟の対象となることを認めているものと解せざるを得ない。
もつとも、土地改良法は、右事業施行の認可について、前記の八七条六項、七項及び一〇項に相当するような規定は設けていない。しかし、これは、土地改良法が、立法政策上、右事業施行の認可の先行手続として行われる認可申請を適当とする旨の都道府県知事の決定につき、利害関係人の異議の申出を認め(九六条の二第五項及び九条一項)、右事業施行の認可については重ねて行政不服審査法による不服申立てをすることができないこととした(九六条の二第五項及び一〇条五項)ため、右事業施行の認可に関する取消訴訟については裁決主義を採用する余地がなくなつたことによるにすぎないのであつて、右事業施行の認可が取消訴訟の対象となることを否定するものではないと解すべきである。
以上のように、市町村営の土地改良事業に関し都道府県知事が行う事業施行の認可は、取消訴訟の対象となるものというべきであるから、八鹿町営土地改良事業に関し被上告人が行つた本件事業施行認可処分が取消訴訟の対象とならないとしてその取消しを求める訴えを却下した第一審判決及びこれを支持した原判決は、いずれも法律の解釈を誤つたものといわざるを得ず、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。第一審判決の引用する当裁判所昭和三七年(オ)第一二二号同四一年二月二三日大法廷判決(民集二〇巻二号二七一頁)は、土地区画整理法に基づく土地区画整理事業計画の決定に関するものであるから、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、右の違法を指摘する点において理由があり、その余の点について判断するまでもなく、原判決及び第一審判決は、本件事業施行認可処分の取消請求に関する部分につき、破棄又は取消しを免れず、右部分につき本件を神戸地方裁判所へ差し戻すべきである。
同四について
土地改良法九六条の二第五項及び九条一項に規定する異議の申出は、市町村営の土地改良事業に関し都道府県知事が事業施行の認可を行う前の段階において、利害関係人に異議を申し出る機会を与え、都道府県知事の監督権の発動を促す途を開いたものであつて、行政事件訴訟法三条三項にいう「審査請求、異議申立てその他の不服申立て」に当たらないから、都道府県知事が土地改良法九六条の二第五項及び九条二項の規定に基づき行う右異議の申出を棄却する旨の決定は、行政事件訴訟法三条三項にいう「裁決」に当たらないことが明らかである。また、右異議申出棄却決定は、利害関係者の法的地位に何ら影響を及ぼすものではないから、行政事件訴訟法三条二項にいう「処分」にも当たらないものというべきである(最高裁昭和五二年(行ツ)第七一号同年一二月二三日第二小法廷判決・裁判集民事一二二号七七九頁参照)。したがつて、右異議申出棄却決定は取消訴訟の対象となり得ないものというべきであり、本件異議申出棄却決定の取消請求に関する部分につき本件訴えを不適法とした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八八条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
最高裁判所第一小法廷