内部統制の有効性の評価等を引き受けた監査法人に債務不履行はないとされた事例
損害賠償請求事件
【事件番号】 東京地方裁判所判決/平成30年(ワ)第21246号
【判決日付】 令和2年6月1日
【判示事項】 内部統制の有効性の評価等を引き受けた監査法人に債務不履行はないとされた事例
【判決要旨】 当該事実関係の下では、原告会社および原告グループ会社の内部統制の有効性評価および原告の株式評価を行うことを内容とする契約上ないしこれに基づく受任業務の性質上、被告監査法人が、原告のある子会社名義のゆうちょ銀行の貯金口座の残高証明書または通帳の原本を直接確認する義務を負うものとは認められない。
【参照条文】 民法(平成29年法律第44号による改正前)415
【掲載誌】 金融・商事判例1604号42頁
【評釈論文】 銀行法務21 865号69頁
民法
(債務不履行による損害賠償)
第四百十五条 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
2 前項の規定により損害賠償の請求をすることができる場合において、債権者は、次に掲げるときは、債務の履行に代わる損害賠償の請求をすることができる。
一 債務の履行が不能であるとき。
二 債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
三 債務が契約によって生じたものである場合において、その契約が解除され、又は債務の不履行による契約の解除権が発生したとき。
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は、原告に対し、4976万1600円及びこれに対する平成30年7月26日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は、複数の子会社を有する原告が、監査法人である被告に対して原告及びその複数の子会社の経理の調査確認等を委任するとの契約において、被告が子会社の金融機関口座の残高証明書又は通帳の原本を直接確認する義務を負い、かつ、これを怠っていたにもかかわらず、上記確認を実施した旨の誤った報告を平成26年9月1日にしたため、当時原告の従業員であった者による原告及び子会社等からの横領行為を原告が覚知することができず、その後も横領被害が続いたと主張して、被告に対し、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、同日以降の横領被害額4976万1600円(平成28年1月31日までの横領被害総額1億5203万3000円から平成26年8月31日までの被害額1億0227万1400円を控除した額)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成30年7月26日から支払済みまで平成29年法律第45号による改正前の商法514条に基づく商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実
(1) 当事者
ア 原告は、玩具、自動販売機の製造、販売及び輸出入等を目的とする株式会社である(甲1)。
被告は、財務書類の監査又は証明及び財務に関する調査若しくは立案をする業務を目的とする監査法人である(甲2)。
イ 原告は、平成26年6月30日の時点で、株式会社B(以下「B社」という。)、株式会社C、株式会社D(以下「D社」という。)、株式会社Eの親会社であった(争いがない。以下、上記子会社4社を併せて「原告グループ会社」という。)。
原告は、平成28年3月頃、香港法人F(以下「F社」という。)の持分を有していた(甲13)。
ウ 甲野太郎(以下「甲野」という。)は、平成26年頃、原告の経理課に所属していた従業員であって、平成23年から同26年にかけてB社の監査役の地位にあった者である。甲野は、原告及び原告グループ会社の経理を任され、平成26年頃、原告及び原告グループ会社の代表印(実印)及び銀行印を全て保管していた。(甲25(1ないし3頁))
(2) 原告と被告の間の準委任契約
ア 原告は、被告との間で、遅くとも平成26年6月に、原告を委任者、被告を受任者とする準委任契約を締結し(委任事務の具体的な内容に争いがある。以下、この契約を「本件契約」という。)、同年7月中旬から同年8月上旬にかけて、被告の会計士が原告から資料を入手し、検討するなどの方法で調査業務を行った。被告は、その調査結果として、「内部統制の有効性評価と改善点」と題する書面(以下「本件報告書」という。)及び企業評価算定書(以下「本件算定書」という。)を作成し、同年9月1日頃、原告にこれを交付した。(甲3、4、乙8、10の1、乙12)
本件契約に係る契約書は作成されていない。また、同契約は、財務諸表を対象として、被告が監査意見を表明することを請け負う契約(いわゆる監査契約)ではない。(争いがない)
イ 被告は、本件契約に係る委任事務の履行に当たり、ゆうちょ銀行のB社名義の貯金口座(以下「本件口座」という。)について、甲野が提出した通帳のコピーに表れた預金残高とB社の会計帳簿上の金額が合致しているかを照合するにとどめ、同口座の残高証明書又は通帳の原本を確認してB社の会計帳簿上の金額と合致しているか否かを照合する作業は行わなかった(争いがない)。
(3) 本件報告書について
本件報告書には、以下の趣旨の記載が存在する(甲3)。
ア 内部統制の有効性評価の方法(2頁)
(ア) 内部統制の有効性評価の方法は、特に販売業務管理、購買業務管理及びそれらに関連して財務関係の管理状況の確認を行った。これは、「ウォークスルー」という手法で実施する。
ウォークスルーとは、売上及び購買(仕入)の主要取引について、各子会社において例えば、売上であれば注文(受注)から現預金として回収するまでの1つの取引を追いながら、内部統制手続を調査確認する手法である。すなわち、誤謬(≒間違い)や不正取引が起きにくい調査確認体制となっているかを確認する作業である。
(イ) 預金の残高確認について、「ほぼグループ会社全件銀行口座にしまして、直接残高確認を実施いたしました。(原文引用)」
イ (株)X全般について(13、14頁)
(ア) 預金口座の管理
今回の調査で、各社の取引先の金融機関に残高確認を実施したが、回収できなかったものが複数あった。その主な原因は、①代表者名が異なる、②住所が異なる、③届出印が異なる、④取引がない(支店違いで発送)となっている。預金口座について、届けている内容と現状の整理を実施することが必要と思う。
(イ) 預金帳簿残高と金融機関残高の不一致
平成26年6月30日時点の原告の預金帳簿残高について、金融機関に残高確認を実施したところ、一部不整合が生じていた。
不整合の主な内容としては、①外貨預金の換算替えを月次で実施していないこと、②受取利息をタイムリーに処理していないこと、③会計処理が遅れて、あるいは漏れていることが挙げられる。
このように、不整合は、銀行残高確認状の検証により判明することになる。年度末の決算処理の際は、必ず銀行残高との照合の手続をとることが必要である。
特に、頻度の多い銀行預金口座は、遅れや漏れを防止するためにも、月次で帳簿残高と金融機関残高(通帳残高など)の照合をし、整合性の調査確認手続を構築することが望まれる。
ただ、原告及び原告グループ会社は現金商売的な要素が大きく、キャッシュ管理がかなり細かく量が多いため、職務権限を明確にし、作業する人とそれを確認する人を分ける必要があるが、D社を除くグループ全体を俯瞰した時に、管理部のマンパワーが足りないと言える。
(ウ) ファームバンキングシステムの権限設定
原告管理部で利用しているファームバンキングシステムについて、データの登録権限と承認(実行)権限を同一のユーザーが所有しており、かつ、当該ユーザーは会計システム上での伝票起案も実施可能な状態となっている。これらの権限を同時に有する場合、当該権限を使用した不正が生じた場合に発見できない、若しくは発見が遅れるリスクが高い状態にあるといえる。
これらの権限は明確に分離することが望ましいと考える。
(4) 本件算定書について
本件算定書には、以下の記載が存在する(甲4)。
ア 本件算定書の目的(1頁)
本件算定書は、原告の株式評価を行うことを目的としている。
イ 評価の手続(2頁)
(ア) 原告及び原告グループ会社の平成26年6月30日における合計残高試算表、売上債権仕入債務、銀行残高を「直接確認の手続きを行い(原文引用)」、主要勘定明細等の内容を検討した。
(イ) 平成26年7月中旬から8月上旬にかけて、丙川夏彦会計士(以下「被告代表者」という。)以下4人の公認会計士が、原告から業務委託に必要と認められる資料を入手し、検討を行った。
(ウ) 原告は、いわゆるホールディングカンパニーであり、原告グループ会社の管理会社である。
原告グループ会社については、インカムアプローチが有効と考える。資産の評価については、若干の建物や土地等の不動産と原告グループ会社の株式等の評価が業務の中心となった。
ウ 業務委託の前提及び責任の限定(3頁)
(ア) 本件算定書の結論は、信頼性の保証や意見の表明とは関係がない。
(イ) 入手した資料の正確性、完全性について、勘定明細等の入手した資料は正確かつ完全なものであると仮定している。
(5) 甲野による横領の発覚
平成28年1月頃、甲野が、原告及び原告グループ会社等から、数年間にわたり、金員を横領していたことが発覚した(甲25、26の4。以下、甲野による一連の横領行為を「本件横領」という。)。
甲野は、平成30年1月19日頃、原告代理人に対し、平成28年1月31日までに1億5203万3000円を横領したこと、平成26年8月31日までにそのうち1億0227万1400円を横領したことを認め、その差額が4976万1600円になる旨の書面を提出した(甲11)。
(6) 被告から原告に対する返金
被告は、原告に対し、平成28年2月2日、本件契約の報酬金324万円(税込)を返金するとともに、原告から受任した本件契約外の会社に関する企業評価等の委任契約に係る報酬金(税込)及び実費の合計額220万2900円を返金した(総合計544万2900円。甲14、乙10の1、2)。
2 争点
(1) 被告が原告に対し、本件契約の債務不履行責任を負うか否か
ア 被告が、本件契約に基づき、本件口座の残高証明書又は通帳の原本を直接確認する義務を負うか否か
イ 被告が、原告に対し、本件報告書及び本件算定書において、金融機関口座の預金残高の確認について誤った報告をしたか否か
(2) 原告に生じた損害の有無及びその数額
(3) 過失相殺の可否