沖縄県知事署名等代行職務執行命令訴訟の最高裁大法廷判決・土地収用法36条5項所定の署名等代行事務 | 法律大好きのブログ(弁護士村田英幸)

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沖縄県知事署名等代行職務執行命令訴訟の最高裁大法廷判決・土地収用法36条5項所定の署名等代行事務の機関委任事務該当性

 

 

              地方自治法151条の2第3項の規定に基づく職務執行命令裁判請求事件

【事件番号】      最高裁判所大法廷判決/平成8年(行ツ)第90号

【判決日付】      平成8年8月28日

【判示事項】      土地収用法36条5項所定の署名等代行事務の機関委任事務該当性

             2 日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法(以下「駐留軍用地特措法」という。)3条の規定による土地等の使用又は収用に関して適用される場合における土地収用法36条5項所定の署名等代行事務の主務大臣

             3 職務執行命令訴訟における司法審査の範囲

             4 駐留軍用地特措法と憲法前文、9条、13条、29条3項

             5 沖縄県における駐留軍用地特措法の適用と憲法前文、9条、13条、14条、29条3項、92条

             6 使用認定が無効である場合に駐留軍用地特措法14条、土地収用法36条5項に基づく署名等代行事務の執行を命ずることの適否

             7 使用認定に取り消し得べき瑕疵がある場合に駐留軍用地特措法14条、土地収用法36条5項に基づく署名等代行事務の執行を命ずることの適否

             8 沖縄県内の土地を駐留軍の用に供するためにされた使用認定にこれを当然に無効とするような瑕疵があるとはいえないとされた事例

             9 土地収用法36条2項が土地所有者等の立会いを求めている趣旨

             10 駐留軍用地特措法14条、土地収用法36条5項に基づく署名等代行事務の執行の懈怠を放置することにより著しく公益を害することが明らかであるとされた事例

【判決要旨】      1 土地収用法36条5項所定の署名等代行事務は、都道府県知事に機関委任された国の事務である。

             2 駐留軍用地特措法3条の規定による土地等の使用又は収用に関して適用される場合における土地収用法36条5項所定の署名等代行事務の主務大臣は、内閣総理大臣である。

             3 地方自治法151条の2第3項の規定による職務執行命令訴訟においては、裁判所は、主務大臣の発した職務執行命令がその適法用件を充足しているか否かを客観的に審理判断すべてきである。

             4 駐留軍用地特措法は、憲法前文、9条、13条、29条3項に違反しない。

             5 内閣総理大臣の適法な裁量判断の下に沖縄県内の土地に駐留軍用地特措法を適用することがすべて許されないとまでいうことはできず、同法の同県内での適用が憲法前文、9条、13条、14条、29条3項、92条に違反するということはできない。

             6 使用認定が無効である場合には、駐留軍用地特措法14条、土地収用法36条5項に基づく署名等代行事務の執行を命ずることは違法である。

             7 使用認定に取り消し得べき瑕疵があるとしても、駐留軍用地特措法14条、土地収用法36条5項に基づく署名等代行事務の執行を命ずることは適法である。

             8 駐留軍の用に供するためにされた使用認定の対象となった沖縄県内の土地が、沖縄復帰時において駐留軍の用に供することが日米両国間で合意された土地であり、その後における駐留軍の用に供された施設及び区域の整理縮小のための交渉によっても返還の合意に至らず、駐留軍基地の各種施設の敷地等として他の多くの土地と一体となって有機的に機能しており、駐留軍基地から派生する問題の軽減のための対策も講じられてきたなど判示の事実関係の下においては、同県に駐留軍基地が集中している現状や右各土地の使用状況等について沖縄県知事が主張する諸事情を考慮しても、右各土地の使用認定にこれを当然に無効とする瑕疵があるとはいえない。

             9 土地収用法36条2項は、土地調書及び物件調書が有効に成立する段階で、調書を土地所有者及び関係人に現実に提示し、記載事項の内容を周知させることを求めているものと解される。

             10 駐留軍用地特措法3条の規定により沖縄県内の土地を使用する手続において、沖縄県知事が同法14条、土地収用法36条5項に基づく署名等代行事務の執行を懈怠していることを放置することは、これにより著しく公益を害することが明らかである。(3、5、8につき補足意見がある。)

【参照条文】      土地収用法36-5

             地方自治法148-1

             地方自治法148-2

             地方自治法別表3

             日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法(以下「駐留軍用地特措法」という。)14

             地方自治法151の2-3

             行政事件訴訟法6

             駐留軍用地特措法3

             駐留軍用地特措法5

             駐留軍用地特措法1

             日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約

             憲法

             憲法13

             憲法29-3

             憲法14-1

             憲法92

             地方自治法151の2-1

             地方自治法151の2-2

             土地収用法36-2

【掲載誌】        最高裁判所民事判例集50巻7号1952頁

 

 

事案の概要

 国は、沖縄返還以来、日米両国間において駐留軍用地としてアメリカ合衆国に提供することが合意された沖縄県内の土地を同国に提供してきたが、平成8年3月31日及び平成9年5月14日に使用期限が満了する本件各土地について、その所有者との合意による使用権原の取得が見込めない状況にあっため、駐留軍用地特措法に基づく使用権原取得の手続を進めることとして、Xの使用認定を受けた。

本件各土地につき使用裁決の申請をするためには、駐留軍用地特措法14条により同法3条に基づく土地等の使用又は収用に関して適用される土地収用法の定めるところに従い、土地調書及び物件調書(以下「土地・物件調書」という。)を作成して、これを裁決申請書に添付しなければならないものとされている(同法36条1項、40条)。

ところが、本件各土地の所有者らは、現地における立会いを求めるなどして、土地・物件調書の成立に必要とされる同法36条2項所定の立会い又は土地・物件調書への署名押印を拒否し、さらに、本件各土地の所在地の市町村長も同条4項所定の立会い及び土地・物件調書への署名押印を拒否したため、那覇防衛施設局長は、Yに対し、駐留軍用地特措法14条、土地収用法36条5項に基づき、立会い及び土地・物件調書への署名押印の代行を申請したが、被告は、署名等の代行には応じられない旨の回答をした。

そこで、Xは、Yに対し、地方自治法151条の2第1、2項に定めるところに従って、土地収用法36条5項所定の事務(以下「署名等代行事務」という。)を執行するように勧告し、次いで、その旨の職務執行命令を発したが、Yは、右勧告及び命令に従わなかったため、Xは、地方自治法151条の2第3項に基づき、署名等代行事務の執行を命ずる裁判を求めて本件訴えを提起したものである。

 

 

 

機関委任事務(きかんいにんじむ)は、地方公共団体の首長(都道府県知事、市町村長)等が法令に基いて国から委任され、「国の機関」として処理する事務のことである。1999年(平成11年)の「地方分権一括法」の制定により廃止された。

 

機関委任事務とされた事務は、法的にはあくまで委任した「国の事務」であって、「地方公共団体の事務」とは観念されない。このため当該事務に関しては地方公共団体の条例制定権が及ばず、地方議会の関与も制限されていた。機関委任事務について国は包括的な指揮監督権を有し(通達も参照)、これを制度的に担保するものとして職務執行命令訴訟が存在した。国は、都道府県知事が機関委任事務の管理執行について違法や怠慢があった場合に、職務執行命令訴訟を経て主務大臣による代執行を行うことができるうえ、最終的には内閣総理大臣による知事の罷免が可能であった。ただし、実際にこの制度に基づいて知事が罷免された例はなく、公選による知事の身分を奪うことは不適当であるから、知事罷免制度については1991年の地方自治法改正により廃止された。

 

 

土地収用法

(土地調書及び物件調書の作成)

第三十六条 第二十六条第一項の規定による事業の認定の告示があつた後、起業者は、土地調書及び物件調書を作成しなければならない。

2 前項の規定により土地調書及び物件調書を作成する場合において、起業者は、自ら土地調書及び物件調書に署名押印し、土地所有者及び関係人(起業者が過失がなくて知ることができない者を除く。以下この節において同じ。)を立ち会わせた上、土地調書及び物件調書に署名押印させなければならない。

3 前項の場合において、土地所有者及び関係人のうち、土地調書及び物件調書の記載事項が真実でない旨の異議を有する者は、その内容を当該調書に附記して署名押印することができる。

4 第二項の場合において、土地所有者及び関係人のうちに、同項の規定による署名押印を拒んだ者、同項の規定による署名押印を求められたにもかかわらず相当の期間内にその責めに帰すべき事由によりこれをしない者又は同項の規定による署名押印をすることができない者があるときは、起業者は、市町村長の立会い及び署名押印を求めなければならない。この場合において、市町村長は、当該市町村の職員を立ち会わせ、署名押印させることができる。

5 前項の場合において、市町村長が署名押印を拒んだときは、都道府県知事は、起業者の申請により、当該都道府県の職員のうちから立会人を指名し、署名押印させなければならない。

6 前二項の規定による立会人は、起業者又は起業者に対し第六十一条第一項第二号又は第三号の規定に該当する関係にある者であつてはならない。

 

 

地方自治法

第百四十八条 普通地方公共団体の長は、当該普通地方公共団体の事務を管理し及びこれを執行する。

 

 

日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法

(この法律の目的)

第一条 この法律は、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定を実施するため、日本国に駐留するアメリカ合衆国の軍隊(以下「駐留軍」という。)の用に供する土地等の使用又は収用に関し規定することを目的とする。

 

(土地等の使用又は収用)

第三条 駐留軍の用に供するため土地等を必要とする場合において、その土地等を駐留軍の用に供することが適正且つ合理的であるときは、この法律の定めるところにより、これを使用し、又は収用することができる。

 

(土地等の使用又は収用の認定)

第五条 防衛大臣は、申請に係る土地等の使用又は収用が第三条に規定する要件に該当すると認めるときは、遅滞なく、土地等の使用又は収用の認定をしなければならない。

 

(土地収用法の適用)

第十四条 第三条の規定による土地等の使用又は収用に関しては、この法律に特別の定めのある場合を除くほか、「土地等の使用又は収用」を「土地収用法第三条各号の一に掲げる事業」と、「地方防衛局長」を「起業者」と、「土地等の使用又は収用の認定」を「国土交通大臣の行う事業の認定」と、「土地等の使用又は収用の認定の告示」を「国土交通大臣の行う事業の認定の告示」とみなして、土地収用法の規定(第一条から第三条まで、第五条から第七条まで、第八条第一項、第九条、第十五条の十四から第二十八条まで、第三十条、第三十条の二、第三章第二節、第三章の二、第三十六条第五項、第三十六条の二第四項、第四十二条第四項から第六項まで、第五章第一節、第八章第三節、第百二十五条第一項並びに第二項第二号、第四号及び第五号、第百三十九条から第百三十九条の三まで並びに第百四十三条第五号の規定を除く。)を適用する。

2 前項の規定による土地収用法の適用については、同法第十一条第一項、第三項及び第四項、第十四条第一項、第十五条の二第二項、第十五条の三、第十五条の五第一項、第十五条の八、第十五条の十一、第二十八条の三、第八十九条第一項及び第二項、第百二条の二第二項から第四項まで並びに第百四十三条中「都道府県知事」とあり、同法第十二条第一項及び第二項、第十四条第一項、第三十六条第四項、第三十六条の二第三項、第四十二条第二項及び第三項、第四十五条第二項、第四十七条の四第二項、第百二条の二第一項、第百十八条第二項及び第三項、第百二十八条並びに第百四十三条中「市町村長」とあり、同法第十四条第一項及び第三項中「当該障害物の所在地を管轄する市町村長」とあり、同法第十四条第一項中「当該土地の所在地を管轄する都道府県知事」とあり、同法第十五条第二項中「市町村長又は都道府県知事」とあり、同法第十五条の二第一項及び第十五条の七第一項中「当該紛争に係る土地等が所在する都道府県の知事」とあり、同法第三十六条の二第二項中「収用し、又は使用しようとする一筆の土地が所在する市町村の長」とあり、同法第四十二条第一項、第四十七条の四第一項及び第百十八条第一項中「当該市町村長」とあり、同法第四十五条第一項中「申請に係る土地が所在する市町村の長」とあり、並びに同法第百二十九条及び第百三十一条第二項中「国土交通大臣」とあるのは「防衛大臣」と、同法第十一条第四項及び第十二条第二項中「公告」とあるのは「官報で公告」と、同法第十五条の二第二項中「当該紛争」とあるのは「あらかじめ当該申請に係る土地等が所在する都道府県の知事の意見を聴いた上で、当該紛争」と、同法第十五条の三中「収用委員会」とあるのは「前条第二項に規定する都道府県の収用委員会」と、「推薦するものについて」とあるのは「推薦するものについて、あらかじめ当該都道府県の知事の意見を聴いた上で」と、同法第十五条の八中「収用委員会」とあるのは「当該申請に係る土地等が所在する都道府県の収用委員会」と、「推薦する者について」とあるのは「推薦する者について、あらかじめ当該都道府県の知事の意見を聴いた上で」と、同法第三十六条第四項中「当該市町村の職員」とあるのは「防衛大臣が指名する者」と、同条第六項中「起業者又は起業者に対し第六十一条第一項第二号又は第三号の規定に該当する関係にある者」とあるのは「当該地方防衛局の職員、防衛省本省において内部部局の官房長及び局長以上の職若しくはこれに準ずる職にある職員、防衛省本省の官房及び局で土地等の使用若しくは収用に関する事務を所掌するものの職員又はこれらの職員の配偶者、四親等内の親族、同居の親族、代理人、保佐人若しくは補助人」と、同法第三十六条の二第三項、第四十二条第二項及び第百十八条第二項中「公告し」とあるのは「官報で公告し、政令で定めるところにより」と、同法第四十五条第二項中「二週間公告」とあるのは「官報に掲載するほか、政令で定めるところにより二週間公告」と、同条第三項中「第四十二条第三項、第四項及び第六項」とあるのは「第四十二条第三項」と、同法第四十七条の四第二項中「第四十二条第二項から第六項まで及び」とあるのは「第四十二条第二項及び第三項並びに」とする。

3 前二項に定めるもののほか、第一項の規定による土地収用法の適用に関し必要な技術的読替えは、政令で定める。

 

 

行政事件訴訟法

(機関訴訟)

第六条 この法律において「機関訴訟」とは、国又は公共団体の機関相互間における権限の存否又はその行使に関する紛争についての訴訟をいう。

 

 

日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約

第六条

 日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。

 前記の施設及び区域の使用並びに日本国における合衆国軍隊の地位は、千九百五十二年二月二十八日に東京で署名された日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定(改正を含む。)に代わる別個の協定及び合意される他の取極により規律される。

 

 

 

 

憲法

第二章 戦争の放棄

第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 

第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

 

第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

 

第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

② 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。

③ 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。

 

第二十九条 財産権は、これを侵してはならない。

② 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。

③ 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。

 

 

 

第八章 地方自治

第九十二条 地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。