所有権移転仮登記に後れて目的物件につき権原を取得し占有を開始した第三者と本登記経由以前の不法占有を理由とする仮登記権利者に対する損害賠償責任
土地所有権移転本登記手続等請求事件
【事件番号】 最高裁判所第3小法廷判決/昭和52年(オ)第589号
【判決日付】 昭和54年9月11日
【判示事項】 所有権移転仮登記に後れて目的物件につき権原を取得し占有を開始した第三者と本登記経由以前の不法占有を理由とする仮登記権利者に対する損害賠償責任
【判決要旨】 甲が所有権移転仮登記を経由している乙所有の土地について、丙が乙からの代物弁済を原因として所有権移転登記を経由して占有を開始したのちに、甲が右仮登記に基づく本登記を経由した場合でも、丙は右本登記経由の時以前の時点における占有については甲に対し不法行為を理由とする損害賠償責任を負担することはない。
【参照条文】 不動産登記法7-2
【掲載誌】 最高裁判所裁判集民事127号451頁
判例タイムズ399号116頁
金融・商事判例585号10頁
判例時報944号52頁
金融法務事情921号34頁
不動産登記法
平成十六年法律第百二十三号
第六款 仮登記
(仮登記)
第百五条 仮登記は、次に掲げる場合にすることができる。
一 第三条各号に掲げる権利について保存等があった場合において、当該保存等に係る登記の申請をするために登記所に対し提供しなければならない情報であって、第二十五条第九号の申請情報と併せて提供しなければならないものとされているもののうち法務省令で定めるものを提供することができないとき。
二 第三条各号に掲げる権利の設定、移転、変更又は消滅に関して請求権(始期付き又は停止条件付きのものその他将来確定することが見込まれるものを含む。)を保全しようとするとき。
(仮登記に基づく本登記の順位)
第百六条 仮登記に基づいて本登記(仮登記がされた後、これと同一の不動産についてされる同一の権利についての権利に関する登記であって、当該不動産に係る登記記録に当該仮登記に基づく登記であることが記録されているものをいう。以下同じ。)をした場合は、当該本登記の順位は、当該仮登記の順位による。
X(被上告人)は、訴外Aに対する債権の担保として同人所有の土地につき停止条件付代物弁済契約を締結し、所有権移転登記を経由したが、そののちY(上告人)は右土地につき占有権原を取得し、右土地の占有を開始した。
その後右土地の所有権を取得したXがYに対し本登記手続に対する承諾と土地不法占有を理由とする損害賠償を請求したのが本件である。
本件の問題は、右損害賠償請求の本登記実行以前の時期におけるYの土地占有にも向けられている点である。
すなわち、仮登記に基づいて本登記がされた場合にその対抗力が仮登記の時まで遡及するかどうかについては遡及説と不遡及説の対立があり、近時の学説は、ほとんど一致して不遡及説をとる(我妻・物権法107頁、於保・物権法上78頁、幾代・不登法(旧版)166頁、杉之原・不登法110頁等)のに対し、判例は遡及説をとる(大決大13・8・2民集3巻467頁以下の多数の大審院判例、最二小判昭31・6・28民集12巻375頁等。不遡及説に立つことを明言するものとして大阪高判昭40・12・16高民集18巻572頁)。
しかし、遡及説をとることによつて直ちに本件のYのような後順位権利者の占有は本登記経由時から仮登記権利者の所有権取得の時点まで遡つて違法となり、これについて損害賠償請求義務が生ずることになるということはできない。
後順位権利者の占有は本登記がされるまでは適法なのであるから、これを遡つて違法とすることは法的安定を甚しく害するものといわなければならないからである(最高一小判昭36・6・29民集15巻1764頁に対する川添調査官の解説-同年度最判解説260頁-参照)。
本判決は、対抗力遡及の問題には触れずに、右のような違法の遡及は認め難いとの理由によつて、本登記経由以前の時期の占有につき本登記経由を条件として損害金支払義務を認めた原判決を破棄し、右時期の占有について損害金支払義務を否定した。
このように解すると、後順位権利者は、仮登記権利者に対する本登記承諾義務の履行を怠ることによつてそれだけ目的物件の占有による利益を収得できることになるという弊害を生ずることも考えられるが(幾代・不登法(新版)391頁以下、仲江「仮登記の効力と本登記手続」不登講座II総論(2)234頁以下参照)、これについては義務不履行ないし不当抗争に対する責任を追求するという方法によつて対応することも可能であろう。
主 文
被上告人の本訴請求中上告人に対し昭和三九年九月一四日以降別紙目録(一)記載の各土地につき被上告人が同目録(二)記載の仮登記に基づく本登記を経由するまでの期間について右土地の賃料相当額の金員の支払を求める請求を右本登記手続の完了を条件として認容した部分につき、原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。
前項の被上告人の請求を棄却する。
上告人のその余の上告を棄却する。
訴訟の総費用は第一、二、三審を通じてこれを一〇分し、その一を被上告人の、その余を上告人の各負担とする。
理 由
上告代理人前田外茂雄の上告理由三について
原審の確定した事実関係のもとにおいて、被上告人が遅くとも別紙目録(一)記載の各土地(以下「本件土地」という。)につき同目録(二)記載の仮登記(以下「本件仮登記」という。)に基づく本登記手続を求める訴訟において勝訴の確定判決を得た時に本件土地の所有権を取得したものとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
その余の上告理由について
原審の確定したところによれば、上告人は、訴外谷本猛の所有していた本件土地につき、被上告人が停止条件付代物弁済契約に基づく本件仮登記を経由したのちに谷本との間の代物弁済契約に基づいて所有権移転登記を経由し、遅くとも昭和三九年九月一四日までにこれを占有するに至つたものであるところ、被上告人が本件土地の所有権を取得したのは、前記本登記手続請求訴訟の判決の確定した日であることが記録上明らかな昭和四二年四月八日であるというのである。以上の事実関係に基づき、原審は、被上告人において将来右本登記手続を完了することを条件として、被上告人が本件土地の所有権を 得する以前の昭和三九年九月一四日以降右本登記経由までの期間についても、上告人が被上告人に対し右土地の賃料相当額の損害金の支払義務を負うものと認めたのであるが、右は、被上告人の土地所有権取得の時期より以前の期間についてその損害金請求を認容する点ですでに是認し難いものであるのみならず、被上告人が右停止条件付代物弁済契約に基づき本件土地の所有権を取得し本件仮登記に基づく本登記を経由しても、これによつて、上告人は遡つて右本登記以前の権原に基づく土地占有につき被上告人に対し不法占有者としての損害賠償責任を負うものではないから、原審はこの点においても法令の解釈適用を誤つたものというべきであつて、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は右の限度において理由があり、原判決の右部分は破棄を免れず、更に第一審判決中前記期間につき上告人に賃料相当額の損害金の支払を命じた部分は取消を免れない。被上告人の前記期間についての損害金請求は、失当として棄却すべきものである。
よつて、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、三八四条、九六条、九二条に従い、識判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。