船舶賃借人の地位
修理代金等請求訴訟事件
【事件番号】 徳島地方裁判所判決/昭和27年(ワ)第105号
【判決日付】 昭和28年5月18日
【判示事項】 船籍港外において船長が第三者と船舶修繕契約を締結した場合と当該船舶の賃借人の右契約についての責任(肯定)
【掲載誌】 下級裁判所民事裁判例集4巻5号745頁
【評釈論文】 別冊ジュリスト15号36頁
別冊ジュリスト34号10頁
別冊ジュリスト42号36頁
主 文
被告は原告会社に対し金十四万九千八百十六円及び内金七万三千三百五十九円については昭和二十七年六月七日から内金七万六千四百五十九円については昭和二十八年二月一日から孰れも完済まで年六分の割合による金員を附加して支払え。
被告は原告八田に対し金四万八千三百十五円及び之れに対し昭和二十七年一月六日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を附加して支払え。
其の余の原告の請求を棄却する。
訴訟費用は全部被告の負担とする。
この判決は原告会社において被告会社に対し金五万円、原告八田タキ子において被告会社に対し金一万六千円の担保を供するときは仮りに執行することが出来る。
事 実
原告訴訟代理人は被告は原告徳島造船産業株式会社(以下単に原告会社と称する)に対し金十四万九千八百十六円及び内金七万三千三百五十九円に対する昭和二十七年六月七日より支払済まで内金七万六千四百五十九円に対する昭和二十八年二月一日より支払済まで各年六分の割合による金員を附加して支払え、被告は原告が第八紀洋丸に対し前記債権につき船舶債権者の先取特権あることを確認せよ。なお被告は原告八田タキ子に対し金四万八千三百十五円及び之れに対する昭和二十七年一月六日から支払済まで年六分の割合による金員を附加して支払え、訴訟費用は全部被告の負担とするとの判決並びに担保を条件とする仮執行宣言を求め、その請求原因として、
第一、原告会社は被告会社に対し
昭和二十六年九月頃被告が訴外紀洋水産株式会社所有にかかる第八紀洋丸を賃借していたところ、同船の船長川西政威から昭和二十六年九月末日迄原告の造船場に同船舶を上架し滞船させて呉れとの依頼を受けた、そして依頼の趣旨は右九月末日までの間に右船舶の修理を依頼するか又は何分の措置を採る、との約束のもとに原告は右船長の依頼にもとずき右第八紀洋丸を原告の造船場に上架して滞船させた。しかるに被告は前叙約束を無視して何等の措置を採らず放任して遂に今日に至つた。そこで原告は造船場を塞がれ他船を上架出来ず勿論造船にも障害を来たし、夫れがため損害を蒙むるに至つた。そしてその損害は第八紀洋丸は総屯数三一屯三五であり上架料金三千円とそのほか、滞船料一屯につき一日金十円であるから(是れは原告会社の料金規程によつて決まつている)一日の滞船料金三百十三円五十銭である。その滞船期間昭和二十六年九月十日から昭和二十七年十二月末日迄四百七十八日間金十四万九千八百十六円以上(実は金十四万九千八百五十三円である)となるのである。しかし右上架料金三千円と滞船料については当事者間特に契約を結んだ訳合では無かつたが、原告は商人として商法第五百十二条に照し原告の営業行為であるから所定料金即ち報酬を請求する権利があると述べた。又右第八紀洋丸は船籍港和歌山市であるが原告会社主張の徳島港は船籍港外であるから船長川西の行為は被告の代理人として被告は責任を負うべきである。仮りに代理権が無いとしても商法によれば代理権なきことを知らない善意の原告に対し代理権なきことをもつて原告に対抗出来ぬものであると述べ、原告は被告の抗弁に対し、被告と船長川西との内部関係は原告は不知である又原告は発電機及びスクリユーを取り外したことなく、多分盗難に罹つたものである。又スクリユーの時価は金五万円が相当であると述べた。
第二、原告八田タキ子は被告会社に対し、
原告は飲食営業者であるが昭和二十六年八、九月頃被告が賃借している第一紀洋丸の船長、船員、及び被告会社社員(紀伊水産株式会社所有船舶)等が飲食したる代金残金四万八千三百十五円について支払をしないところ、被告会社はその支払については被告の社員や船長がしかも船舶修理中に修理に関連して滞船した間に、飲食したものであつて、且つ被告の名において注文を受けたものであるから商法第七百十三条第七百十四条に基き被告は責任があると述べた。(立証省略)
被告訴訟代理人は被告会社は原告会社に対し金六万五千九百六十四円を支払え、(原告請求の第一紀洋丸修繕費に当る金額である)、其の余の原告等の請求は孰れも之れを棄却する、との判決を求め、その答弁として、第一、原告会社に対する答弁。被告会社は昭和二十六年八月頃訴外川西政威から同人が海底曳網漁業を営むにつき、被告会社に対し所要船舶を提供されたいとの申込にもとずき被告は訴外紀洋水産株式会社から第八紀洋丸其の他の船舶を賃借して、之れを右川西政威に提供し同人は之れを航海して、専ら漁業に当つた。そして利益は被告と折半する約束であつた。しかるに昭和二十六年八月二十一日右川西は第八紀洋丸を徳島に曳航し一旦原告に修繕を依頼したが損傷甚だしかつたため修繕することを中止した、又被告は川西との共同漁業も赤字続きの為め損失を招き昭和二十六年十一月二日本事業を中止した。右の如き事情であつて第八紀洋丸は修繕せず第七紀洋丸を修繕したが、その船舶の修繕は川西と原告との間の契約であつたが、被告は徳義上事業の利益折半の趣旨から第七紀洋丸修繕費をも半額被告が負担することとしたが結局は右川西は支払能力が無かつたので、遂に被告は止むを得ず修繕費全部金六万五千九百六十四円を弁済することとしその支払方法として約束手形をもつて支払をした。又第一紀洋丸は難破して行衛不明である而して同船舶の修繕につき関知せぬ。次に滞船料については、被告は何等約束したことなく又この第八紀洋丸は修繕したことはないから速かに引取るべきであつたが第七紀洋丸に関する修繕費用不払の為め、是れが修繕代金支払いを終るに至るまで同船舶を引き取ること自体を見合わせているに過ぎない、したがつて滞船を依頼したものでない、よつて滞船料を支払う義務はない。
したがつて第八紀洋丸に対しては原告の債権につき優先権を認むべき理由はない、尚仮りに被告において滞船料支払の責任ありとするも、右第八紀洋丸備え付けの百十馬力スクリユー時価金十万円及び発電機時価金七万円をそれぞれ原告が勝手に取り外し処分した、よつてその損害賠償責任を負う可くその損害金十七万円をもつて被告の責任額滞船料を本訴において相殺する。次に第二、原告八田の請求に対する答弁。右八田の請求は全部否認する被告会社は昭和二十六年八月二十一日より同年九月十六日までの修理期間中徳島滞在船員の員数は延百七十六名であり当時之れに対し金四万八千四十八円の食料費等を支給し来た即ち一日当り金二百七十三円を食費として支給し来たものであつて本件は恐らく川西政威はじめ船員等が勝手に飲食したものと思う只昭和二十六年十月二十二日被告会社社員飯田永輔が徳島に出張せる際川西政威の立場を考え同人の為め金八千円を立換え支払うたことがあつたのみであると述べた。
理 由
原告を代表する法定代理人中林幸吉の供述により真正に成立したと認める甲第一号証の一、二、三、並びに右中林幸吉の供述を綜合して考察するに被告は訴外紀洋水産株式会社所有の第八紀洋丸を賃借し、船長川西政威其の他の船員を乗組ましめ海底曳網漁業に従事中右船長の依頼に基き原告は昭和二十六年八月二十一日右第八紀洋丸を修理の為め原告会社の造船場に上架し滞船させたこと及び昭和二十七年十二月末日に至る間四百七十八日間そのまま滞船させていたことを認めるに足る、然るところ原告会社においては業務規程により上架料は金三千円滞船料は一屯一日金十円を要求することの定めある業務規程に基き常時商取引をしていることを確認し得られる。しかるところ、本船舶は屯数三一屯三五であり、前叙一日の料金率により計算すれば滞船料は金十四万九千八百五十三円であるところ(此の点被告は明らかに争わず)原告は本訴において総合計中から金十四万九千八百十六円を請求するものなることの事情を知るに十分である、然るに被告は原告と直接斯る契約を為したることなきにより原告は是れを契約当事者(船長川西政威に対し)に請求すべきであると抗弁するにより、これを案ずるに被告が船舶賃借権者であることは自ら之れを認めるところであつて、船舶の賃借人は商行為を為す目的をもつて賃借船舶を航海の用に供したるときは船長が船舶利用に関して為したる事項につきその責に任ずべきであるから被告は自ら契約せざることを理由として、その責を免がれ得ざるところである、而して本件第八紀洋丸が船籍港和歌山から出発して海底曳網漁業に従事していたところ破損の為め堪航能力の欠損を生じ之れを補充する為め修繕を施すにつき原告造船場に上架し、滞船したものであるから、斯ることは船舶の利用に関して為したる事項であり且つ航海に必要なる行為であるから、船籍港外徳島港において為したる船長の右行為につき仮令被告が直接契約に干与せずと雖も、被告はその責を免がれ得ざるものである然らば被告は原告に対し金七万三千三百五十九円については遅滞に附せられた昭和二十七年六月七日から及び金七万六千四百五十九円については遅滞以後の昭和二十八年二月一日から孰れも商事法定利率による年六分の遅延利息を附加して支払う義務あるものとする。そして被告の相殺の抗弁は、之れを認めるに足る何等の資料が無いから、採用するに由も無い、よつて被告の相殺抗弁は之れを排斥する。次に原告請求の船舶債権者の先取特権の有無につき案ずるに凡そ先取特権は法律の規定により一定の債権につき認められたる特定財産より優先弁済を受ける権利にして一定の債権発生の事実が先取特権取得の原因となつて発生するにより、当事者の意思は之れを問う必要はないから、この趣旨に基き本件債権発生の事実を検討するに、本件債権は船舶修繕費用とは異り又最後の港における船舶の保存費とも異なる、其の他商法第八百四十二条に該当する船舶債権者の先取特権と認められる債権でないからこの点原告の先取特権確認の請求は之れを排斥する。
次に原告八田の請求であるが、原告本人八田タキ子の供述により真正に成立したものと認める甲第二、第三、第四号証並びに右本人の供述を綜合すると、被告が賃借し訴外川西政威が船長として乗り組み底曳漁業の目的で航海中船籍港外徳島港において修繕した際船長、其の他の乗組員が飲食した食料代金残金四万八千三百十五円あることを認めることが出来る。而して右飲食代が船舶修繕中に修繕に関連して滞船した間の第一紀洋丸の船長並びに船員等の必要なる船舶の食料に関する債権であるか否かにつき案ずるに、共同訴訟の原告徳島造船産業株式会社の請求原因として主張した「被告が第一紀洋丸を賃借して之れを川西に提供し昭和二十六年九月十七日より事業を開始した」との事実を被告は認めて争わず又右共同訴訟においては「当時第一紀洋丸の舷内、氷室、肋骨、其の他の修繕費金六万五千九百六十四円の支払義務を是認している」から第一紀洋丸の修繕は是れ等の点から見て之れを認めておるものと謂える、即ち前叙原告八田の請求は、第一紀洋丸の修繕に関連して要した船長其の他の船員の為めの船舶の食料に関する債権であることを認められるにより、船舶の賃借人たる被告は商行為を為す目的をもって、その船舶を航海の用に供したのであつて、その利用に関する必要な修繕に関し徳島港に入港し滞在中に要した費用即ち食料であるから原告の請求は理由がある。然るところ被告は第七紀洋丸を修繕したけれども第一紀洋九は修繕しなかつたと抗弁するのみで何等反証が無いから、被告の抗弁は採用せぬ。よつて之れを認容し、被告は附遅滞以後の商事法定利息年六分の遅延利息を附加して支払う義務あるものとする。
よつて各原告の請求はその範囲において理由あるをもつて之れを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用し、主文の通り判決する。
(裁判官 武市忠治)