発信者情報開示請求事件で権利侵害の明白性が否定された例 発信者情報開示請求事件 東京地裁 | 法律大好きのブログ(弁護士村田英幸)

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発信者情報開示請求事件で権利侵害の明白性が否定された例

 

 

発信者情報開示請求事件

【事件番号】      東京地方裁判所判決/令和元年(ワ)第21776号

【判決日付】      令和2年1月29日

【掲載誌】        LLI/DB 判例秘書登載

 

 

判旨

 2 もっとも,インターネット上の掲示板には出所不明の虚言や流言飛語,単なる推測や噂話の類いが多数出回っていることは顕著な事実であり,その類いの投稿がされたとしても,直ちに社会的評価が低下するとはいえないところ,本件各投稿は,「E」がDであること,パワハラが日常であること,上司は日本語が理解できないことについて,何ら具体的な事実を摘示することなく,抽象的に指摘するにすぎないのであって,一般人の普通の注意と読み方を基準としても,単なる噂話や推測の域を出るものとはいえず,これによって原告の社会的評価が低下するとはいえない。

   以上によれば,本件各投稿によって原告の名誉権が侵害されたことが明らかであるとは認められない。

 

 

       主   文

 

 1 原告の請求を棄却する。

 2 訴訟費用は原告の負担とする。

 

       事実及び理由

 

第1 請求

   被告は,原告に対し,別紙発信者情報目録記載の情報を開示せよ。

第2 事案の概要

   本件は,原告が,電気通信事業を営む被告に対し,その電気通信設備を経由して送信され,不特定多数人の閲覧に供されるインターネットの電子掲示板に掲載された別紙投稿記事目録記載1及び2の各投稿(以下,それぞれ「本件投稿1」,「本件投稿2」といい,併せて「本件各投稿」という。)によって原告の名誉権が侵害されたとして,特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「法」という。)4条1項に基づき,発信者情報の開示を求めた事案である。

 1 前提事実

  (1)原告は,車の精密部品加工等の金属加工関係及び精密検査指導等の事業を行う有限会社である(甲5)。

    被告は,電気通信事業等を営む株式会社である(争いなし)。

  (2)本件各投稿は,「A」と称するインターネット上のウェブサイトの電子掲示板のうち,「B」の「C」の「D」というスレッドに投稿されたものである(甲1)。

  (3)被告は,法4条1項の開示関係役務提供者に当たり,別紙発信者情報目録記載の発信者情報を保有している(争いなし)。

 2 争点及びこれに関する当事者の主張

   本件の主たる争点は,本件各投稿によって原告の名誉権が侵害されたことが明らかであるといえるか(権利侵害の明白性)であり,これに関する当事者双方の主張は,次のとおりである。

 (原告の主張)

  (1)本件各投稿は,IPアドレスの同一性や時間的近接性から一体のものとして理解されるところ,本件投稿1は,群馬県内の雑談掲示板の「D」という表題のスレッドに「E」と投稿するものであって,群馬県内には原告以外に上記に該当する会社はないから,一般の読者の普通の注意と読み方によれば,本件投稿1が原告を対象としていることが特定される。

  (2)そして,本件投稿1は「D」というスレッドに原告の名称を投稿するものであり,さらに,これに続く本件投稿2は「パワハラは,日常。上司日本語理解出来ない。」と投稿するものであって,これらの各投稿により,原告が従業員に対して長時間労働,高いノルマ等を強要し,威圧的な嫌がらせといったパワハラも毎日のようにあり,しかも,低賃金な会社であって,原告の管理職の立場にいる者は,日本語も理解できないほど部下の言うことを理解しないという事実が摘示されている。

    したがって,本件各投稿は,原告の社会的評価を低下させるものといえる。

  (3)原告は,従業員に対して長時間労働や高いノルマを強要することはなく,パワハラ等のハラスメントもなく,従業員の給与も適正に支給している。原告の管理職も部下の言うことを理解し,共に勤務しやすい環境を作っている。したがって,本件各投稿は,虚偽の事実を摘示しており,かつ,公益目的もないことは明らかであって,本件各投稿に違法性阻却事由はない。

  (4)以上によれば,本件各投稿が原告の名誉権を侵害することは明らかであるといえる。

 (被告の主張)

  (1)IPアドレスは有限であって,近接した日時の異なる者の投稿に対して同じIPアドレスが付与されることもあるから,本件各投稿についても別々に評価すべきである。

    そして,本件投稿1は,「E」と記述するだけの投稿であって,原告の名称である「有限会社X1」と一致する文字は「□」だけであり,原告を投稿対象としていることが特定されるとはいえない。また,本件投稿2は,投稿対象が記載されていないし,どの投稿を受けて投稿されたのかが分かるような「〈〈○○」といった記述はないから,原告に対する投稿か否かは判然としない。

  (2)本件投稿1は,「D」というスレッドに投稿されたものではあるが,会社名の一部が記述されているにすぎず,同社をDであると明確に評価したものではないし,Dであることを示す具体的な事実や根拠は一切記述されていない。

    そして,本件投稿2には,「パワハラは,日常。上司日本語理解出来ない。」と記述されているところ,その内容は極めて抽象的なものにすぎないし,他にこれを裏付ける具体的な事実や根拠は示されていない。

    また,インターネット上の掲示板における投稿は匿名でされることもあって,その信用性は著しく低いと言わざるをえず,一般の閲覧者が当該投稿に書き込まれているとおりの印象を抱くとは考え難い。

    そうすると,本件各投稿は,原告の社会的評価を低下させるものとはいえない。

  (3)仮に,本件各投稿が原告の社会的評価を低下させるとしても,パワハラが社会問題化している昨今の風潮からして,これに関する事実の摘示は公共の利害に関するものであり,専ら公益目的を図るためのものといえる。

    そして,本件各投稿の内容からすれば,原告に詳しい人物が投稿していると考えられるから,投稿の内容が真実であるか,又は,真実と信じるについて相当な理由があるというべきである。

    したがって,本件各投稿には,違法性阻却事由の存在をうかがわせる事情がないとはいえない。

  (4)以上によれば,本件各投稿によって原告の名誉権が侵害されたことが明らかであるとはいえない。

第3 当裁判所の判断

 1 前記前提事実のとおり,本件投稿1は,群馬県富岡市の雑談掲示板の「D」というスレッドに「E」と投稿するものであるところ,原告の主張によれば,群馬県内には原告以外に上記に当てはまる会社はないというのであり,その主張を前提とすると,一般人の普通の注意と読み方によれば,上記投稿が原告を指すものであると理解できなくもない。

   そして,本件投稿2は,「パワハラは,日常。上司日本語理解出来ない。」と投稿するものであるところ,これが本件投稿1に続いて投稿されていることからすれば,「E」に関する投稿と解するのが自然である。

 2 もっとも,インターネット上の掲示板には出所不明の虚言や流言飛語,単なる推測や噂話の類いが多数出回っていることは顕著な事実であり,その類いの投稿がされたとしても,直ちに社会的評価が低下するとはいえないところ,本件各投稿は,「E」がDであること,パワハラが日常であること,上司は日本語が理解できないことについて,何ら具体的な事実を摘示することなく,抽象的に指摘するにすぎないのであって,一般人の普通の注意と読み方を基準としても,単なる噂話や推測の域を出るものとはいえず,これによって原告の社会的評価が低下するとはいえない。

   以上によれば,本件各投稿によって原告の名誉権が侵害されたことが明らかであるとは認められない。

 3 よって,その余について判断するまでもなく,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

    東京地方裁判所民事第35部

           裁判官  能登謙太郎