令和3年10月31日施行の衆議院議員総選挙は合憲である。
令和3年10月31日施行の衆議院議員総選挙当時、公職選挙法(令和4年法律第89号による改正前のもの)13条1項、別表第1の定める衆議院小選挙区選出議員の選挙区割りは、憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったということはできず、上記規定が憲法14条1項等に違反するものということはできない
選挙無効請求事件
【事件番号】 最高裁判所大法廷判決/令和4年(行ツ)第103号、令和4年(行ツ)第98号、令和4年(行ツ)第104号、令和4年(行ツ)第116号、令和4年(行ツ)第122号、令和4年(行ツ)第128号、令和4年(行ツ)第132号
【判決日付】 令和5年1月25日
【判示事項】 令和3年10月31日施行の衆議院議員総選挙当時、公職選挙法(令和4年法律第89号による改正前のもの)13条1項、別表第1の定める衆議院小選挙区選出議員の選挙区割りは、憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったということはできず、上記規定が憲法14条1項等に違反するものということはできない
【掲載誌】 LLI/DB 判例秘書登載
主 文
本件各上告を棄却する。
各上告費用は各上告人らの負担とする。
理 由
上告代理人升永英俊ほかの各上告理由について
1 本件は、令和3年10月31日施行の衆議院議員総選挙(以下「本件選挙」という。)について、別紙2記載の各選挙区の選挙人である上告人らが、衆議院小選挙区選出議員の選挙(以下「小選挙区選挙」という。)の選挙区割りに関する公職選挙法の規定は憲法に違反し無効であるから、これに基づき行われた本件選挙の上記各選挙区における選挙も無効であるなどと主張して提起した選挙無効訴訟である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
(1) 公職選挙法は、衆議院議員の選挙制度につき、小選挙区比例代表並立制を採用しており、衆議院議員の定数は465人とされ、そのうち289人が小選挙区選出議員、176人が比例代表選出議員とされている(4条1項)。小選挙区選挙については、全国に289の選挙区を設け、各選挙区において1人の議員を選出するものとされ(同法13条1項、別表第1。以下、後記の改正の前後を通じてこれらの規定を併せて「区割規定」という。)、比例代表選出議員の選挙(以下「比例代表選挙」という。)については、全国に11の選挙区を設け、各選挙区において所定数の議員を選出するものとされている(同法13条2項、別表第2)。総選挙においては、小選挙区選挙と比例代表選挙とを同時に行い、投票は小選挙区選挙及び比例代表選挙ごとに1人1票とされている(同法31条、36条)。
衆議院議員選挙区画定審議会設置法(以下、後記の改正の前後を通じて「区画審設置法」という。)2条は、衆議院議員選挙区画定審議会(以下「区画審」という。)は、衆議院小選挙区選出議員の選挙区の改定に関し、調査審議し、必要があると認めるときは、その改定案(以下単に「改定案」という。)を作成して内閣総理大臣に勧告するものと規定している。
(2) 平成24年法律第95号(以下「平成24年改正法」という。)による改正前の区画審設置法(以下「旧区画審設置法」という。)4条は、区画審による改定案の勧告について、①1項において、統計法5条2項本文の規定により10年ごとに行われる国勢調査(以下「大規模国勢調査」という。)の結果による人口が最初に官報で公示された日から1年以内に行うものと規定し、②2項において、1項の規定にかかわらず、各選挙区の人口の著しい不均衡その他特別の事情があると認めるときは、これを行うことができると規定していた。そして、旧区画審設置法3条は、改定案の作成の基準(以下、後記の改正の前後を通じて「区割基準」という。)について、①1項において、改定案の作成は、各選挙区の人口の均衡を図り、各選挙区の人口のうち、その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が2以上とならないようにすることを基本とし、行政区画、地勢、交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならないと規定するとともに、②2項において、改定案の作成に当たっては、各都道府県の区域内の選挙区の数は、各都道府県にあらかじめ1を配当することとし(以下、このことを「1人別枠方式」という。)、この1に、小選挙区選出議員の定数に相当する数から都道府県の数を控除した数を人口に比例して各都道府県に配当した数を加えた数とすると規定していた(以下、この区割基準を「旧区割基準」という。)。
平成21年8月30日施行の衆議院議員総選挙(以下「平成21年選挙」という。)は、平成24年改正法による改正前の区割規定(以下「旧区割規定」という。)の定める選挙区割りの下で行われたものであるところ、同日における選挙区間の選挙人数の最大較差は1対2.304(以下、較差に関する数値は、全て概数である。)であり、選挙人数が最も少ない選挙区と比べて較差が2倍以上となっている選挙区は45選挙区であった。
平成21年選挙につき、最高裁平成22年(行ツ)第207号同23年3月23日大法廷判決・民集65巻2号755頁(以下「平成23年大法廷判決」という。)は、旧区画審設置法3条1項は投票価値の平等の要請に配慮した合理的な基準を定めたものであると評価する一方、同選挙時において、選挙区間の投票価値の較差が拡大していたのは、1人別枠方式がその主要な要因となっていたことは明らかであり、かつ、人口の少ない地方における定数の急激な減少への配慮等の視点から導入された1人別枠方式は、既に立法時の合理性が失われていたものというべきであるから、旧区割基準のうち1人別枠方式に係る部分及び同基準に従って改定された旧区割規定の定める選挙区割りは、憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたと判示した。そして、平成23年大法廷判決は、この状態につき憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえず、旧区割基準を定めた規定及び旧区割規定が憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものということはできないとした上で、事柄の性質上必要とされる是正のための合理的期間内に、できるだけ速やかに旧区割基準中の1人別枠方式を廃止し、旧区画審設置法3条1項の趣旨に沿って旧区割規定を改正するなど、投票価値の平等の要請にかなう立法的措置を講ずる必要があると判示した。
(3) 平成23年大法廷判決を受けて、平成24年11月16日、旧区画審設置法3条2項の削除及びいわゆる0増5減の措置(各都道府県の選挙区数を増やすことなく議員1人当たりの人口の少ない5県の選挙区数を1ずつ減ずる措置をいう。)を内容とする平成24年改正法が成立したが、同日に衆議院が解散されたため、同年12月16日施行の衆議院議員総選挙(以下「平成24年選挙」という。)は平成21年選挙と同じく旧区割規定の定める選挙区割りの下で行われた。
平成24年選挙につき、最高裁平成25年(行ツ)第209号、第210号、第211号同年11月20日大法廷判決・民集67巻8号1503頁(以下「平成25年大法廷判決」という。)は、同選挙時において旧区割規定の定める選挙区割りは平成21年選挙時と同様に憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったが、憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえず、旧区割規定が憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものということはできないとした上で、国会においては今後も平成24年改正法による改正後の区画審設置法3条(旧区画審設置法3条1項と同内容の規定)の趣旨に沿った選挙制度の整備に向けた取組が着実に続けられていく必要があると判示した。
(4) 平成24年改正法の附則の規定に基づく区画審の勧告を受けて、平成25年6月24日、0増5減の措置を前提に、選挙区間の人口の較差が2倍未満となるように17都県の42選挙区において区割りを改定することを内容とする同年法律第68号(以下「平成25年改正法」という。)が成立した。平成25年改正法による改正後の平成24年改正法によって区割規定が改正され、平成22年に行われた大規模国勢調査の結果によれば選挙区間の人口の最大較差は1対1.998となるものとされたが、同26年12月14日施行の衆議院議員総選挙(以下「平成26年選挙」という。)の当日においては、選挙区間の選挙人数の最大較差は1対2.129であり、選挙人数が最も少ない選挙区と比べて較差が2倍以上となっている選挙区は13選挙区であった。
平成26年選挙につき、最高裁平成27年(行ツ)第253号同年11月25日大法廷判決・民集69巻7号2035頁(以下「平成27年大法廷判決」という。)は、0増5減の措置における定数削減の対象とされた県以外の都道府県について旧区割基準に基づいて配分された定数の見直しを経ておらず、上記のような投票価値の較差が生じた主な要因は、いまだ多くの都道府県において1人別枠方式を定めた旧区画審設置法3条2項が削除された後の区割基準に基づいて定数の再配分が行われた場合とは異なる定数が配分されていることにあり、このような投票価値の較差が生じたことは、全体として平成24年改正法による改正後の区画審設置法3条の趣旨に沿った選挙制度の整備が実現されていたとはいえないことの表れというべきであるとして、平成25年改正法による改正後の平成24年改正法により改定された選挙区割りはなお憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったものといわざるを得ないと判示した。そして、平成27年大法廷判決は、同条の趣旨に沿った選挙制度の整備については、漸次的な見直しを重ねることによってこれを実現していくことも国会の裁量に係る現実的な選択として許容されていると解されるとし、上記の選挙区割りの改定後も国会において引き続き選挙制度の見直しが行われていること等を併せ考慮すると、平成23年大法廷判決の言渡しから平成26年選挙までの国会における是正の実現に向けた取組は、立法裁量権の行使として相当なものでなかったということはできず、憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえないと判示した。
(5) 平成25年改正法の成立の前後を通じて、国会においては、今後の人口異動によっても憲法の投票価値の平等の要求に反する状態とならないようにするための制度の見直し等について検討が続けられ、平成26年9月以降、有識者により構成される衆議院議長の諮問機関として設置された「衆議院選挙制度に関する調査会」において調査、検討等が行われた。
上記調査会は、平成28年1月14日、衆議院議長に対し、答申を提出した。同答申は、衆議院議員の定数を10削減して465人(小選挙区選出議員の定数につき6削減して289人、比例代表選出議員の定数につき4削減して176人)とする案が考えられるとした上、投票価値の較差の是正については、小選挙区選挙における各都道府県への議席配分方式が満たすべき条件として、比例性のある配分方式に基づいて配分すること、選挙区間の投票価値の較差を小さくするために各都道府県間の投票価値の較差をできるだけ小さくすること、各都道府県の配分議席の増減変動が小さいこと、一定程度将来にわたっても有効に機能し得る方式であることを挙げ、これらの条件に照らして検討した結果として、各都道府県への議席配分をいわゆるアダムズ方式(各都道府県の人口を一定の数値で除し、それぞれの商の整数に小数点以下を切り上げて得られた数の合計数が小選挙区選挙の定数と一致するようにする方式)により行うものとした。そして、同答申は、各都道府県への議席配分の見直しについて、制度の安定性を勘案し、10年ごとに行われる大規模国勢調査の結果による人口に基づき行うものとし、その中間年に行われる国勢調査の結果、選挙区間の人口の較差が2倍以上の選挙区が生じたときは、区画審において、各都道府県への議席配分の変更は行うことなく、上記較差が2倍未満となるように関係選挙区の区画の見直しを行うものとした。
(6) 前記(5)の答申を受けて、平成28年5月20日、衆議院議員の定数を10削減して465人(小選挙区選出議員の定数につき6削減して289人、比例代表選出議員の定数につき4削減して176人)とするとともに、各都道府県への定数配分の方式としてアダムズ方式を採用すること等を内容とする同年法律第49号(以下「平成28年改正法」という。)が成立した。
平成28年改正法による改正後の区画審設置法(以下「新区画審設置法」という。)4条は、区画審による改定案の勧告について、①1項において、平成32年(令和2年)以降10年ごとに行われる大規模国勢調査の結果による人口が最初に官報で公示された日から1年以内に行うものと規定し、②2項において、1項の規定にかかわらず、統計法5条2項ただし書の規定により大規模国勢調査が行われた年から5年目に当たる年に行われる国勢調査(以下「簡易国勢調査」という。)の結果による各選挙区の日本国民の人口のうち、その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が2以上となったときは、当該国勢調査の結果による人口が最初に官報で公示された日から1年以内に、これを行うものと規定する。そして、新区画審設置法3条は、区割基準について、①1項において、改定案の作成は、各選挙区の人口(最近の国勢調査の結果による日本国民の人口をいう。以下同じ。)の均衡を図り、各選挙区の人口のうち、その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が2以上とならないようにすることとし、行政区画、地勢、交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならないと規定するとともに、②2項において、同法4条1項の規定による勧告に係る改定案の作成に当たっては、各都道府県の区域内の選挙区の数は、各都道府県の人口を小選挙区基準除数(その除数で各都道府県の人口を除して得た数(1未満の端数が生じたときは、これを1に切り上げるものとする。)の合計数が小選挙区選出議員の定数に相当する数と合致することとなる除数をいう。)で除して得た数(1未満の端数が生じたときは、これを1に切り上げるものとする。)とすると規定し(アダムズ方式)、③3項において、同法4条2項の規定による勧告に係る改定案の作成に当たっては、各都道府県の区域内の小選挙区選出議員の選挙区の数は変更しないものと規定する(以下、この区割基準を含む上記各規定による選挙区の改定の仕組みを「新区割制度」という。)。
さらに、平成28年改正法は、アダムズ方式による各都道府県の選挙区数の変更が行われるまでの投票価値の較差是正のための措置として、附則2条1項において、小選挙区選出議員の定数を6削減することを前提に、新区画審設置法4条の規定にかかわらず、区画審において平成27年に行われた簡易国勢調査(以下「平成27年国勢調査」という。)の結果に基づく改定案の作成及び勧告を行うこととした。そして、同附則2条2項及び3項は、上記改定案の作成について、新区画審設置法3条の規定にかかわらず、各都道府県の選挙区数につき、選挙区数の変更の影響を受ける都道府県を極力減らすことによって選挙制度の安定性を確保する観点から、いわゆる0増6減の措置(平成27年国勢調査の結果に基づき、アダムズ方式により得られる選挙区数が改正前の選挙区数より少ない都道府県のうち、当該都道府県の人口を同方式により得られる選挙区数で除して得た数が少ない順から6都道府県の選挙区数を1ずつ減じ、それ以外の都道府県は改正前の選挙区数を維持する措置をいう。)を講じた上で、平成27年国勢調査の結果に基づく選挙区間の人口の較差が2倍未満となるようにし、かつ、次回の大規模国勢調査が実施される平成32年(令和2年)の見込人口に基づく選挙区間の人口の較差が2倍未満であることを基本とするとともに、各選挙区の平成27年国勢調査の結果による人口及び平成32年(令和2年)の見込人口の均衡を図り、行政区画、地勢、交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行うこととした。
区画審は、平成29年4月19日、内閣総理大臣に対し、0増6減の措置を講ずることを前提に、19都道府県の97選挙区において区割りを改めることを内容とする改定案の勧告を行った。これを受けて、平成29年6月9日、同年法律第58号(以下「平成29年改正法」という。)が成立し、同法による改正後の平成28年改正法によって区割規定が改正された(以下、同改正後(令和4年法律第89号による改正前)の区割規定を「本件区割規定」といい、本件区割規定の定める選挙区割りを「本件選挙区割り」という。)。
(7) 平成29年9月28日に衆議院が解散され、同年10月22日、本件選挙区割りの下で衆議院議員総選挙(以下「平成29年選挙」という。)が行われた。平成29年選挙当日における選挙区間の選挙人数の較差は、選挙人数の最も少ない選挙区(鳥取県第1区)と最も多い選挙区(東京都第13区)との間で1対1.979であり、選挙人数が最も少ない選挙区と比べて較差が2倍以上となっている選挙区は存在しなかった。
最高裁平成30年(行ツ)第153号同年12月19日大法廷判決・民集72巻6号1240頁(以下「平成30年大法廷判決」という。)は、平成29年選挙当時の本件選挙区割りについて、各都道府県への定数配分を人口に比例した方式の一つであるアダムズ方式により行うことによって選挙区間の投票価値の較差を相当程度縮小させその状態が安定的に持続するよう立法措置を講じた上で、同方式による定数配分がされるまでの較差是正の措置として0増6減の措置や選挙区割りの改定を行うことにより、選挙区間の選挙人数等の最大較差を縮小させたものであり、投票価値の平等を確保するという要請に応えつつ、選挙制度の安定性を確保する観点から漸進的な是正を図ったものと評価することができるとした。そして、平成30年大法廷判決は、平成29年改正法までの立法措置の内容やその結果縮小した較差の状況を考慮すると、平成29年選挙において、1人別枠方式を含む旧区割基準に基づいて配分された定数に変更がなくこれとアダムズ方式により各都道府県の定数配分をした場合に配分されることとなる定数を異にする都道府県が存在していることをもって本件選挙区割りが憲法の投票価値の平等の要求に反するということはできず、平成29年選挙当時には新区画審設置法3条1項の趣旨に沿った選挙制度の整備が実現されていたということができるから、平成28年改正法及び平成29年改正法による選挙区割りの改定等は、国会の裁量権の行使として合理性を有するというべきであり、平成27年大法廷判決が平成26年選挙当時の選挙区割りについて判示した憲法の投票価値の平等の要求に反する状態は、平成29年改正法による改正後の平成28年改正法によって解消されたものと評価することができるとし、平成29年選挙当時において本件選挙区割りは憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったということはできないと判示した。
(8) 令和3年10月14日に衆議院が解散され、同月31日、本件選挙区割りの下で本件選挙が行われた。本件選挙区割りの下では、令和2年に行われた大規模国勢調査の結果によれば選挙区間の人口の最大較差は1対2.096となり、本件選挙当日における選挙区間の選挙人数の較差は、選挙人数の最も少ない選挙区(鳥取県第1区)と最も多い選挙区(東京都第13区)との間で1対2.079であり、選挙人数が最も少ない選挙区と比べて較差が2倍以上となっている選挙区は29選挙区であった。
3(1) 憲法は、選挙権の内容の平等、換言すれば投票価値の平等を要求しているものと解される。他方、投票価値の平等は、選挙制度の仕組みを決定する絶対の基準ではなく、国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものであるところ、国会の両議院の議員の選挙については、憲法上、議員の定数、選挙区、投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとされ(43条2項、47条)、選挙制度の仕組みの決定について国会に広範な裁量が認められている。
衆議院議員の選挙につき全国を多数の選挙区に分けて実施する制度が採用される場合には、選挙制度の仕組みのうち定数配分及び選挙区割りを決定するに際して、憲法上、議員1人当たりの選挙人数ないし人口ができる限り平等に保たれることを最も重要かつ基本的な基準とすることが求められているというべきであるが、それ以外の要素も合理性を有する限り国会において考慮することが許容されているものと解されるのであって、具体的な選挙区を定めるに当たっては、都道府県を細分化した市町村その他の行政区画などを基本的な単位として、地域の面積、人口密度、住民構成、交通事情、地理的状況などの諸要素を考慮しつつ、国政遂行のための民意の的確な反映を実現するとともに、投票価値の平等を確保するという要請との調和を図ることが求められているところである。したがって、このような選挙制度の合憲性は、これらの諸事情を総合的に考慮した上でなお、国会に与えられた裁量権の行使として合理性を有するといえるか否かによって判断されることになり、国会がこのような選挙制度の仕組みについて具体的に定めたところが、上記のような憲法上の要請に反するため、上記の裁量権を考慮してもなおその限界を超えており、これを是認することができない場合に、初めてこれが憲法に違反することになるものと解すべきである。
以上は、衆議院議員の選挙に関する最高裁昭和49年(行ツ)第75号同51年4月14日大法廷判決・民集30巻3号223頁以降の累次の大法廷判決の趣旨とするところであって(上掲最高裁昭和51年4月14日大法廷判決、最高裁昭和56年(行ツ)第57号同58年11月7日大法廷判決・民集37巻9号1243頁、最高裁昭和59年(行ツ)第339号同60年7月17日大法廷判決・民集39巻5号1100頁、最高裁平成3年(行ツ)第111号同5年1月20日大法廷判決・民集47巻1号67頁、最高裁平成11年(行ツ)第7号同年11月10日大法廷判決・民集53巻8号1441頁、最高裁平成11年(行ツ)第35号同年11月10日大法廷判決・民集53巻8号1704頁、最高裁平成18年(行ツ)第176号同19年6月13日大法廷判決・民集61巻4号1617頁、平成23年大法廷判決、平成25年大法廷判決、平成27年大法廷判決及び平成30年大法廷判決参照)、これを変更する必要は認められない。
(2) 平成30年大法廷判決は、上記の基本的な判断枠組みに立った上で、平成29年選挙当時の本件選挙区割りについて、前記2(7)のとおり、選挙区間の投票価値の較差を相当程度縮小させその状態が安定的に持続するよう新区割制度が設けられた上、平成28年改正法の附則の規定により、0増6減の措置を前提に次回の大規模国勢調査が行われる平成32年(令和2年)までの5年間を通じて選挙区間の人口の較差が2倍未満となるよう本件選挙区割りが定められ、これにより同選挙当日における選挙区間の選挙人数の最大較差が縮小したことをもって、投票価値の平等を確保するという要請に応えつつ選挙制度の安定性を確保する観点から漸進的な是正を図ったものと評価し、このように、新区割制度及び本件選挙区割りから成る合理的な選挙制度の整備が既に実現されていたことから、いまだアダムズ方式による各都道府県への定数配分が行われておらず、1人別枠方式を含む旧区割基準に基づいて配分された定数に変更がなくこれとアダムズ方式により各都道府県の定数配分をした場合に配分されることとなる定数を異にする都道府県が存在しているとしても、憲法の投票価値の平等の要求に反する状態は解消されたものと評価することができると判示したものである。
本件選挙は、平成29年選挙と同じく本件選挙区割りの下で行われたものであるところ、その後、更なる較差是正の措置は講じられず、本件選挙当時には、前記2(8)のとおり、選挙区間の較差は平成29年選挙当時よりも拡大し、選挙人数の最大較差が1対2.079になるなどしていた。しかしながら、新区割制度は、選挙区の改定をしてもその後の人口異動により選挙区間の投票価値の較差が拡大し得ることを当然の前提としつつ、選挙制度の安定性も考慮して、10年ごとに各都道府県への定数配分をアダムズ方式により行うこと等によってこれを是正することとしているのであり、新区割制度と一体的な関係にある本件選挙区割りの下で拡大した較差も、新区割制度の枠組みの中で是正されることが予定されているということができる。このような制度に合理性が認められることは平成30年大法廷判決が判示するとおりであり、上記のような本件選挙区割りの下で較差が拡大したとしても、当該較差が憲法の投票価値の平等の要求と相いれない新たな要因によるものというべき事情や、較差の拡大の程度が当該制度の合理性を失わせるほど著しいものであるといった事情がない限り、憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至ったものということはできない。
そして、本件選挙当時における選挙区間の投票価値の較差は、自然的な人口異動以外の要因によって拡大したものというべき事情はうかがわれないし、その程度も著しいものとはいえないから、上記の較差の拡大をもって、本件選挙区割りが本件選挙当時において憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたものということはできない。
(3) したがって、本件選挙当時において、本件区割規定の定める本件選挙区割りは、憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったということはできず、本件区割規定が憲法14条1項等に違反するものということはできない。
各論旨は、憲法56条2項、1条、前文第1文前段等を根拠として、本件選挙は憲法の保障する1人1票の原則による人口比例選挙に反して無効であるなどというが、所論に理由のないことは以上に述べたところから明らかである。
4 以上の次第であるから、本件区割規定が本件選挙当時憲法に違反していたということはできないとした原審の各判断は、結論において是認することができる。各論旨はいずれも採用することができない。
よって、裁判官宇賀克也の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
裁判官宇賀克也の反対意見は、次のとおりである。
1 私は、多数意見と考え方を異にする点があるので、以下、その点について意見を述べておきたい。
現行憲法上、衆議院議員の選挙において、有権者には、単に形式的に同じ票数の投票権が付与されているにとどまらず、等価値の投票権が付与されていると考える。したがって、立法者は、1票の価値の較差がない状態をデフォルトとして制度設計しなければならないことになる。もっとも、憲法47条は、選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定めるとしており、投票価値の平等が絶対の基準になるわけではないことについては、私見も多数意見と異なるわけではない。すなわち、私見においても、投票権といえども公共の福祉による制約に服するので、完全に1対1の状態が実現できるわけではない。しかし、立法者は、1票の価値の不平等が、公共の福祉による制約としてやむを得ないことについて説明責任を負うことになり、投票価値の不均衡が、合理性を欠く制約によりもたらされていれば、違憲といわざるを得ない。私見によっても、選挙区を設けること自体は、それが合理的な理由に基づくものである限り、それによって1票の価値が完全に等しくならなくても、公共の福祉による制約として許容される。選挙区選挙は、全国区選挙と比較して、有権者が立候補者をよりよく知る機会を与えるものであり、また、当該選挙区に固有の問題が選挙の争点になり、それが有権者の投票に影響を与えることには合理性が認められるからである。そして、選挙区制度を採用する場合には、選挙区の範囲を設定するに当たり、地方公共団体の区画を考慮することも、それによって許容できないような投票価値の不均衡をもたらさない範囲では可能と考えられる。選挙区を設ける場合、必然的に選挙区間における人口の移動が生じ、区割規定の改正には、一定の時間を要するし、また、選挙制度の安定の要請から、区割規定の見直しを合理的な期間ごとに行う制度とすることも許容されると考える。
しかしながら、本件選挙区割りについては、公共の福祉の観点からの合理的な制約とは認め難い部分があったといわざるを得ないと思われる。すなわち、平成23年大法廷判決は、1人別枠方式とこれによる選挙区割りを違憲状態としているところ、本件選挙区割りでは、1人別枠方式を含む旧区割基準に基づいて配分された定数が変更されていない都道府県が相当数あり、その中には、平成27年国勢調査の結果によりアダムズ方式による定数配分が行われた場合に異なる定数が配分されることとなるものも含まれていたのである。私の立場からすれば、1人別枠方式を含む旧区割基準に基づいて配分された定数が変更されていない都道府県が相当数ある本件選挙区割りについては、1票の価値に不均衡が生ずるやむを得ない事情があるとはいえず、したがって、平成30年大法廷判決の多数意見と異なり、平成29年選挙時の本件選挙区割りは違憲状態を解消するものとはいえなかったと考える。そして、平成29年の公職選挙法改正後、国会において更なる較差是正措置が講じられないまま行われた本件選挙時の本件選挙区割りも、違憲状態を脱したとはいえないことになる。
2 当審は、(Ⅰ)定数配分又は選挙区割りが投票価値の較差において憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っているか否か、(Ⅱ)上記の状態に至っている場合に、憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとして定数配分規定又は区割規定が憲法の規定に違反するに至っているか否か、(Ⅲ)当該規定が憲法の規定に違反するに至っている場合に、選挙を無効とすることなく選挙の違法を宣言するにとどめるか否かという判断枠組みに従って審査を行ってきた。そして、こうした段階を経て判断を行う手法が採られてきたのは、憲法の予定している司法権と立法権の関係に由来するものと考えられると説明してきた。すなわち、裁判所において選挙制度について投票価値の平等の観点から憲法上問題があると判断したとしても、自らこれに代わる具体的な制度を定め得るものではなく、その是正は国会の立法によって行われることになるものであり、是正の方法についても国会は広い裁量権を有しており、上記の判断枠組みのいずれの段階においても、国会において自ら制度の見直しを行うことが想定されていること、換言すれば、裁判所が選挙制度の憲法適合性についての上記の判断枠組みの各段階において一定の判断を示すことにより、国会がこれを踏まえて所要の適切な是正の措置を講ずることが、憲法の趣旨に沿うというのである(平成25年大法廷判決、平成27年大法廷判決)。
確かに、裁判所において選挙制度について投票価値の平等の観点から憲法上問題があると判断したとしても、自らこれに代わる具体的な制度を定め得るものではなく、その是正は国会の立法によって行われることになるのはそのとおりであるが、違憲状態にあれば違憲であると判示したとしても、裁判所が具体的な制度を定めることになるわけではなく、その是正方法については、国会の立法に委ねられることに何ら変わりはないから、そのことが憲法の予定する司法権の限界を超えるとか、立法権の侵害になるということにはならないと考えられる。合理的期間が経過していないのに違憲であれば無効としてよいかという問題はあるが、それは上記(Ⅲ)の違憲判決の効力の問題として検討すればよいのであり、上記(Ⅱ)の段階が必要な理由にはならないと思われる。
したがって、当審が合理的期間論において考慮している事項は、国家賠償請求事件であれば、過失の有無の判断に際して検討が必要になるが、選挙無効請求事件であれば、選挙時点で定数配分又は選挙区割りが客観的に違憲状態にあった以上、それはすなわち公職選挙法の区割規定が違憲であるといってよいと考える。
憲法81条により違憲立法審査権を有する最高裁が違憲判決を出した場合、憲法99条により国会はそれを尊重する義務を負うが、違憲状態であるものの合憲という判決であれば、国会に対して、違憲状態を解消するように促す事実上の警告機能はあるとしても、違憲状態を解消する義務が国会に生ずるとまでいえるかは疑問である。
3 以上の私の考えによれば、本件区割規定が違憲である以上、憲法98条1項により本件選挙を無効とするのが原則ということになる。しかし、私は、公職選挙法204条の規定に基づく1票の価値の不均衡を争う訴訟は、本来、同条が予定していた訴訟でないにもかかわらず、投票権という国民主権の基本を成す権利について司法救済の道がないことは不合理であるから、同条の規定を形式的に利用して、実質的に、判例法としての基本権訴訟を創出したものと考えている。したがって、判決の在り方についても、一般の場合と異なり、司法府と立法府との役割分担を踏まえて、柔軟に判断することが例外的に許容されると考える。
平成23年大法廷判決後、平成24年改正法により、1人別枠方式を定める旧区画審設置法3条2項の規定を削除し、平成25年改正法で、選挙区間の人口の較差が2倍未満となるよう選挙区割りを改め、平成28年1月に「衆議院選挙制度に関する調査会」答申を受けて、平成28年改正法において、アダムズ方式による各都道府県の選挙区数の変更に伴う改定案の勧告を平成32(令和2)年以降10年ごとに実施される大規模国勢調査の結果に基づいて行い、大規模国勢調査が行われた年から5年目に当たる年に行われる簡易国勢調査の結果、人口の最大較差が2倍以上の選挙区が生じたときも較差が2倍未満となるよう選挙区割りの改定を行うこととされた。このように、次回の衆議院議員総選挙は、1人別枠方式の影響を排除した選挙区割りの下で行われることが見込まれる。さらに、平成28年改正法附則5条において、全国民を代表する国会議員を選出するための望ましい選挙の在り方については、公正かつ効果的な代表という目的が実現されるよう、不断の見直しが行われる必要があることを国会が宣明している。このように、国会が、漸進的ではあれ、投票価値の不均衡を縮小するための努力を重ねてきたこと、今後も不断の見直しを行うことを宣明していることは評価されるべきであり、このことに照らし、本件選挙については、無効とすることはせず、違法であることを宣言するにとどめるのが適当であると考える。
(裁判長裁判官 戸倉三郎 裁判官 山口 厚 裁判官 深山卓也 裁判官 三浦 守 裁判官 草野耕一 裁判官 宇賀克也 裁判官 林 道晴 裁判官 岡村和美 裁判官 長嶺安政 裁判官 安浪亮介 裁判官 渡邉惠理子 裁判官 岡 正晶 裁判官 堺 徹 裁判官 今崎幸彦 裁判官 尾島 明)
(別紙1)
1 大阪高等裁判所令和3年(行ケ)第2号選挙無効請求事件について同裁判所が令和4年2月3日に言い渡した判決
2 高松高等裁判所令和3年(行ケ)第1号選挙無効請求事件について同裁判所が令和4年2月1日に言い渡した判決
3 札幌高等裁判所令和3年(行ケ)第1号選挙無効請求事件について同裁判所が令和4年2月7日に言い渡した判決
4 名古屋高等裁判所令和3年(行ケ)第3号、第5号選挙無効請求事件について同裁判所が令和4年2月16日に言い渡した判決
5 仙台高等裁判所秋田支部令和3年(行ケ)第1号選挙無効請求事件について同裁判所が令和4年2月15日に言い渡した判決
6 福岡高等裁判所那覇支部令和3年(行ケ)第1号選挙無効請求事件について同裁判所が令和4年2月24日に言い渡した判決
7 福岡高等裁判所令和3年(行ケ)第2号選挙無効請求事件について同裁判所が令和4年2月21日に言い渡した判決
(別紙2)
滋賀県第1区から同第4区まで、京都府第1区から同第6区まで、大阪府第1区から同第19区まで、兵庫県第1区から同第12区まで、奈良県第1区から同第3区まで、和歌山県第1区から同第3区まで、徳島県第1区及び同第2区、香川県第1区から同第3区まで、愛媛県第1区から同第4区まで、高知県第1区及び同第2区、北海道第1区から同第12区まで、愛知県第1区から同第15区まで、岐阜県第1区から同第5区まで、三重県第1区から同第4区まで、秋田県第1区から同第3区まで、沖縄県第1区から同第4区まで、福岡県第1区から同第11区まで、佐賀県第1区及び同第2区、長崎県第1区から同第4区まで、熊本県第1区から同第4区まで、大分県第1区から同第3区まで