ドイツ証券事件
地位確認等請求事件
【事件番号】 東京地方裁判所判決/平成25年(ワ)第27229号
【判決日付】 平成28年6月1日
【判示事項】 被告との間で労働契約を締結していた原告が,被告からの解雇の意思表示を受けたものの,同解雇は無効であるとして,被告に対し,解雇通告月の翌月から判決確定まで月額給与の支払等を求めた事案。
裁判所は,本件労働契約において職種制限の合意が成立していると認められることから,原告を他職種に配転する等の解雇回避措置を検討しないことが解雇無効になるものではないとし,被告主張の解雇事由が存在することから,本件解雇には客観的合理性及び社会通念上の相当性があると認められるとし,被告の解雇の意思表示により原告は被告社員の身分を喪失したとして,原告の請求をいずれも棄却した事例
【掲載誌】 LLI/DB 判例秘書登載
労働契約法
(解雇)
第十六条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
主 文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 原告は,被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は,原告に対し,平成24年4月以降本判決確定の日に至るまで毎月22日限り1か月あたり金305万8926円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みに至るまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
本件は,被告との間で労働契約を締結していた原告が,被告から解雇の意思表示を受けたものの,当該解雇は無効であるとして,被告に対し,原告が労働契約上の権利を有することの確認を求める(請求の趣旨1)とともに,平成24年4月から本判決確定の日まで,毎月22日限り月額給与305万8926円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金(請求の趣旨2)の支払を求める事案である。
2 前提事実(以下の事実は,当事者間に争いがないか,掲記の証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実である。)
(1) 当事者
被告はA銀行(以下「A」ともいう。)グループの在日証券業務を行う日本法人の証券会社である。(争いがない)
原告(昭和35(1960)年○月○○日生)は,昭和63(1988)年から平成6(1994)年までB証券会社のマネージャーとして,先物及びオプション部門を担当し,同年から平成8(1996)年までC及びDでアソシエート・ディレクターとして,金融派生商品トレーディング及びセールスを担当し,同年から平成13(2001)年までEでは,リスクマネージャーとして,マーケットリスクを,バイスプレジデントとして裁定取引部門を各担当し,同年から平成16(2004)年7月まで,Fで,バイスプレジデントとして,ヘッジファンドクライアントに対するリスクマネジメントソリューションの提供に関与するなど,被告に入社するまでの間,多種多様な金融商品を取り扱った経験があり,セールスの仕事以外にトレーダー,モデリングなどのヘッジファンドのコンサルティングの仕事も経験し,日本以外に米国,ロンドン,シンガポール及び香港の市場で勤務した経験があった。(甲8の3,乙12,原告本人1頁及び23頁から25頁まで)
(2) 労働契約の締結
ア 原告は,被告の前身であるY1証券会社東京支店(甲1)との間で,平成16(2004)年7月13日,下記の労働条件で期間の定めのない労働契約を締結した(以下「本件労働契約」という。)。(甲2,証人G4頁,5頁及び9頁,証人H1頁)
記
職種:Y1証券会社東京支店のグローバル・マーケッツ部門におけるヘッジファンド・セールスパーソン(営業として担当する客が主に海外のヘッジファンドである職種。金融に関する知識及び運用手法など高度な手法を用いるヘッジファンドの顧客を受け持つ。)
タイトル:ディレクター(6つあるタイトルの中で上から2番目。マネージングディレクターに次ぐ位置。),等級2(8つあるグレードの中で上から2番目)
一般条項:会社は,原告を会社の東京の事務所の所属に留める限り,原告の同意を得て,原告を他の部門,事務所またはA銀行グループ内の他の会社またはグループ関連会社への転勤・出向させる権利を留保する。
勤務場所:□□内の会社のオフィスまたはその他東京都内の会社のオフィス
賃金:①月例賃金:基本給 年俸2000万0400円
住宅手当115万円(月額)
毎月年俸の1/12を末日締め当月22日払い
その他手当の支給あり
②裁量賞与:業績により支給される。
イ 本件労働契約は,平成18(2006)年1月,Y1証券会社東京支店から被告に引き継がれた。その後,基本給額及び手当額の変更があり,解雇される直前の平成24(2012)年3月の月例賃金合計額は,305万8926円(基本給月額183万3400円,福利厚生補助金合計26万8166円,通勤費1万3860円,住宅手当89万2500円,退職金前払金5万1000円)であった。
上記住宅手当は,賃貸住宅の家賃にかかわらず全額支給されるものとして定められており,原告が住宅手当よりも低額の家賃の住宅を選択したとしても,被告は,住宅手当を全額支払うものとされていた。(甲3の1から甲5まで)
ウ 被告は,原告に対し,裁量賞与として,平成17(2005)年度分については,翌年2月に約7200万円を,平成18(2006)年度分については,翌年2月に約1億6000万円を,平成19(2007)年度分については,翌年2月に約1億0800万円を,平成20(2008)年度分については,翌年2月に約1000万円を,平成21(2009)年度分については,翌年2月に約500万円を各支払った。(弁論の全趣旨)
(3) リーマンショック
平成20(2008)年9月,アメリカ合衆国の投資銀行であるリーマンブラザーズが破綻し,世界的な金融危機が発生した。(証人G6頁)
(4) 退職勧奨及び本件解雇に至る経過
ア 被告は,平成22(2010)年12月2日,原告に対し,退職勧奨を行ったが,原告は退職勧奨に応じなかった。被告は,同日以降,原告の就労を免除しながらも,賃金を支払続けた。(争いがない)
イ 原告は,平成23(2011)年9月に米国に帰国して以降,現在に至るまで米国に居住しており,仕事には就いていないが,自らトレーディングをするなどして生計を立てている。(原告本人43頁及び44頁)
ウ 被告は,平成24(2012)年3月7日,原告に対し,就業規則48条2項及び同条4項に該当するとして,同年4月6日をもって解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。(争いがない)
エ 被告と原告は,上記退職勧奨から本件解雇までの間,合意退職案について協議を続けていたが,退職金の額について折り合わず(退職勧奨中,被告は,原告に対し,4500万円(プラスアルファ)の退職金を提案していたが,原告は,9000万円以下では退職合意はできないと伝えていた。),本件労働契約を合意解約するには至らなかった。(乙1の1から5まで,証人H9頁,甲12,甲40)
(5) 被告の就業規則(甲7)
第9条 配属
社員の所属部署および職務は,会社が決定する。会社は,必要に応じて社員の所属および職務を変更することができる。
第48条 解雇
次の各号の一に該当する場合,会社は社員を解雇する。
① 疾病などにより就業が不可能もしくは困難になったとき
② 社員の労働能力が著しく低下したとき,または勤務成績が不良で改善の見込みがなく,就業に適さないと会社が認めたとき(以下「本件規定」という。)
③ 事業の継続が困難になったとき
④ その他,前各号に準ずるやむを得ない事由があるとき
(6) 訴訟提起
原告は,本件解雇からおよそ1年半が経過した平成25年10月16日,本件訴訟を提起した。(当裁判所に顕著)
3 争点
本件の争点は,本件解雇の有効性である。