ルノアール贋作・古伊万里事件
売買代金返還等請求事件
【事件番号】 東京地方裁判所判決/平成22年(ワ)第37045号
【判決日付】 平成24年7月26日
【判示事項】 一 陶磁器の売買につき要素の錯誤が認められた事例
二 絵画の売買につき売買契約における売主の信義則上の義務違反による不法行為の成立が認められた事例
【参照条文】 民法95
民法709
【掲載誌】 判例時報2162号86頁
【評釈論文】 現代消費者法22号76頁
民法
(錯誤)
第九十五条 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
2 前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。
3 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。
一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。
二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。
4 第一項の規定による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。
主 文
一 被告有限会社ギャラリー乙山は、原告から別紙陶磁器等目録記載番号一ないし五、七ないし一九、二一ないし三七、三九ないし五四、五六ないし六四の各「品名」欄記載の各陶磁器等の交付を受けるのと引換えに、原告に対し、上記各陶磁器等に対応する同目録記載の各「認定額」欄記載の金員を支払え。
二 被告有限会社ギャラリー乙山は、原告に対し、三三〇〇万円及びこれに対する平成二二年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を被告丙川松夫と連帯して支払え。
三 被告丙川松夫は、原告に対し、四二九七万五一〇〇円及びこれに対する平成二二年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を、うち三三〇〇万円及びこれに対する平成二二年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員は被告有限会社ギャラリー乙山と連帯して支払え。
四 原告のその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用はこれを二〇分し、その一を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。
六 この判決は、一ないし三項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
被告らは、原告に対し、連帯して四五六三万二一〇〇円及びこれに対する平成二二年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、原告が、美術品の販売等を行う被告有限会社ギャラリー乙山(以下「被告会社」という。)の代表者として被告丙川松夫(以下「被告丙川」という。)が原告に対して著名な収集家のコレクション由来の古伊万里等であると告げて販売した陶磁器等九八点及び著名な画家(藤田嗣治及びピエール=オーギュス・ルノワール)作の絵画であるとして販売した絵画二点が、著名なコレクション由来のものではなかったり、贋作等の市場価値のないものであったりしたと主張し、①被告会社に対し、選択的に、(ア)陶磁器等及び絵画のうち一点(ルノワール作)について自由に返品に応ずるとの返品特約、(イ)陶磁器等及び絵画二点について詐欺取消し又は錯誤無効、(ウ)絵画二点について消費者契約法に基づく売買の取消し、債務不履行解除又は不法行為に基づく損害賠償として、売買代金相当額合計のうち四五六三万二一〇〇円及びこれに対する被告会社に対する訴状送達の日の後である平成二二年一〇月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、②被告丙川に対し、原告に対する欺もう等の不法行為による損害賠償として同額及びこれに対する不法行為の後で被告丙川に対する訴状送達の日の翌日である平成二二年一〇月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める事案である。
これに対し、被告らは、原告の主張を争うとともに、被告会社は、原告主張の返品特約、詐欺取消し、錯誤無効、消費者契約法に基づく取消し、債務不履行解除のいずれかが認められる場合には、これによる原状回復を商品の返還と引換えに行うとの引換給付の判決を求めている。
一 前提となる事実(証拠等を付記したもの以外は、当事者間に争いがない。)
〈編注・本誌では証拠の表示は一部を除き省略ないし割愛します〉
(1) 当事者
ア 原告(昭和一四年生)は、平成一八年一〇月にその経営を子に譲るまで、長年旅行会社の経営を行ってきた者である。
イ 被告会社は、日本、フランスの絵画、彫刻、陶器、ガラスの販売や美術品の鑑定等を主な事業とする特例有限会社である。
被告丙川(昭和二二年生)は、「丁原松夫」の名称も使用する美術商で、被告会社の代表取締役である。
(2) 陶磁器等の売買
被告会社の代表者としての被告丙川は、原告に対し、平成二〇年二月二一日から平成二一年四月一六日にかけて、別紙陶磁器等目録の番号一ないし五、七ないし一九、二一ないし三七、三九ないし五四、五六ないし六四の各「品目」及び「品名」欄記載の陶磁器等を販売した(同目録記載のとおり、一度に複数の陶磁器等を販売したものがある。なお、同目録の番号六、二〇、三八、五五及び六五の各陶磁器等については、被告らにおいて販売の事実を特定できないなどとしてその売買の事実等を争っている。以下、売買について争いのある陶磁器等の存在は別として、被告会社から原告に対して販売された陶磁器等を総称して「本件陶磁器等」と、本件陶磁器等の売買を総称して「本件陶磁器等売買」という。また、その売買価格については、同目録の「売買価額についての被告らの認否」欄記載(「○」が原告主張の売買価格を認めるもの。「×」が同価格を否認する。)のとおり争いがあるものがある。)。
(3) 絵画の売買(その一)
被告会社の代表者としての被告丙川は、原告に対し、平成一九年三月一六日、藤田嗣治(以下「フジタ」という。)作による真正な絵画であると説明し、別紙絵画目録記載一の絵画(以下「本件絵画一」という。)を八〇〇万円で売却し、原告はその代金を支払った(以下、同売買を「本件絵画一売買」という。)。
(4) 絵画の売買(その二)
被告会社の代表者としての被告丙川は、原告に対し、平成二〇年六月二六日、ピエール=オーギュスト・ルノワール(以下「ルノワール」という。)作による真正な絵画であると説明し、別紙絵画目録記載二の絵画(以下「本件絵画二」という。)を二五〇〇万円で売り渡し、原告はその代金を支払った(以下、同売買を「本件絵画二売買」という。)。
(5) 消費者契約法四条二項に基づく取消し及び債務不履行解除の意思表示
原告は、被告会社に対し、平成二三年三月一八日の本件第四回口頭弁論期日において、消費者契約法四条二項に基づき本件絵画一売買及び本件絵画二売買を取り消す旨の意思表示及びこれらの売買を債務不履行による解除する旨の意思表示をした(記録上明らかな事実)。
二 争点
(1) 本件陶磁器等売買における被告丙川による欺もう行為又は原告の錯誤の有無(争点一)
(2) 本件陶磁器等売買の対象及び各陶磁器等の価格(争点二)
(3) 本件絵画一売買における被告丙川による欺もう行為等又は原告の錯誤の有無(争点三)
(4) 本件絵画二売買における被告丙川による欺もう行為等又は原告の錯誤の有無(争点四)
(5) 本件陶磁器等売買及び本件絵画二売買における返品約定の有無(争点五)
(6) 本件絵画一売買及び本件絵画二売買について消費者契約法四条二項の適用の有無(争点六)
(7) 本件絵画一売買及び本件絵画二売買についての債務不履行解除の成否(争点七)
(8) 被告丙川の不法行為の成否(争点八)