リバースモーゲージ制度の利用拒否を理由とする生活保護停止の適法性 生活保護停止決定処分等取 | 法律大好きのブログ(弁護士村田英幸)

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リバースモーゲージ制度の利用拒否を理由とする生活保護停止の適法性

 

 

              生活保護停止決定処分等取消請求控訴事件

【事件番号】      東京高等裁判所判決/令和2年(行コ)第234号

【判決日付】      令和3年8月25日

【掲載誌】        LLI/DB 判例秘書登載

 

       主   文

 

 1 本件控訴を棄却する。

 2 控訴費用は,控訴人の負担とする。

 

       事実及び理由

 

(略称は原判決の例による。)

第1 控訴の趣旨

 1 原判決を取り消す。

 2 処分行政庁が平成28年10月13日付けでした生活保護法62条3項に基づく生活扶助・介護扶助・医療扶助を同月4日以降停止する旨の生活保護停止決定を取り消す。

第2 事案の概要

 1 事案の要旨

 控訴人は,被控訴人から生活保護法による保護を受けていた者である。

 処分行政庁は,控訴人が自宅として所有する土地及び建物を担保に生活資金の貸付けを行う要保護世帯向け不動産担保型生活資金貸付制度(いわゆるリバースモーゲージ制度。本件制度。)の利用を指導又は指示されたのに,これに従わなかったとして,生活保護法62条3項に基づき,控訴人に対する保護(生活扶助,介護扶助及び医療扶助)を停止する本件処分を行った。

 控訴人は,本件処分が違法であると主張して,その取消しを求めた。

 原審は,控訴人の請求を棄却したところ,控訴人が請求の認容を求めて控訴した。

 2 当事者の主張等

 関係法令等,前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要等」の2及び3ならびに「第3 争点及び争点に関する当事者の主張」に記載のとおりであるから,これを引用する。

 (1)5頁2行目の末尾に「等」を,6行目の「処分行政庁は,」の次に「生活保護法27条に基づき」を,16行目の「処分行政庁は,」の次に「生活保護法62条3項に基づき」をそれぞれ加える。

 (2)5頁21行目の末尾に行を改めて以下を加える。

 「ク 県社協は,令和3年4月22日付けで,対象不動産の評価額が500万円を下回り,本件制度の対象とはならないことを理由に,控訴人らの上記キの申込みを不承認とする決定をした(甲9)。」

 (3)6頁11行目の「原告らが」から12行目の「応じなかった」までを「控訴人らにその利用を促すなどして,必要な指導又は指示を行ったにもかかわらず,控訴人らがこれに従わなかった」に改める。

 (4)7頁8行目の「しなかった」の次に「ばかりか,本件制度の不公平性,償還時担保割れのリスクなどの問題点や,なぜわずか500万円の資産価値で本件制度の対象とされるのか,なぜ65歳以上が対象とされるのか,本人の意向は無視されてよいのかなどの根源的な疑問に何ら回答しなかった」を加える。

 (5)7頁14行目の末尾に「本件建物より築年数も短く,見た目も良好な建物が平成26年6月に競売により178万8000円で売却されたことがあり,その単価(1平方メートル当たり1万8245円)を本件建物に当てはめると,401万円程度となる。控訴人は,この事実を処分行政庁に指摘していた。にもかかわらず,処分行政庁は,鑑定も行わず,近隣の相場を調べるなどの調査すら行うことなく,一方的に本件制度の利用を控訴人に促した。そして,後に県社協が行った鑑定により,本件建物の評価額が500万円を下回ることが判明し,本件制度の利用の申込みが不承認とされたのである。」を加える。

 (6)7頁16行目の末尾に「したがって,処分行政庁の指導又は指示に従わなかったことを理由とする本件処分は違法である。」を加える。

第3 当裁判所の判断

 当裁判所も,控訴人の請求は理由がないと判断する。その理由は,次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第4 当裁判所の判断」に説示するとおりであるから,これを引用する。

 1 10頁18行目の「述べた。」の次に「これに対し,被控訴人の職員は,市街化区域への編入の件は決定されている事項ではない,本件制度の利用開始の後,仮に編入の決定があり,本件不動産の資産価値が大幅に上昇したならば,再評価を行う可能性もある,生活保護法4条1項(補足性の原則)にあるとおり,利用可能な資産や能力等がある場合,それを生活保護よりも優先して活用することが求められていることを理解してもらいたい,控訴人らだけをターゲットにしているわけではなく,さいたま市岩槻区内でも本件制度を活用している保護世帯があるなどと説明した。(乙14の29)」を加える。

 2 15頁11行目から12行目にかけての「事情がある」を「事情があり,被保護者の意に反してこれを強制するものと認められる」に,13行目の「違法になると解される。」を「違法となり,被保護者はその指導又は指示に従う義務を負わないというべきである。」にそれぞれ改める。

 3 16頁17行目の「できる。」を「できるから,本件制度の利用に関する指導又は指示が上記処理基準に沿うものである限り,これに従わないことを理由とする保護の変更,停止又は廃止は,保護の実施機関の裁量の範囲を逸脱又は濫用するものとはいえず,適法であると考えられる。」に改める。

 4 16頁18行目の「検討すると,」の次に「上記1(1)(2)(4)の各認定によれば,」を加え,21行目の「応じなかった」を「従わなかった」に改め,22行目の「沿ったものであり,」の次に「保護の実施機関の裁量の範囲を逸脱又は濫用するものではなく,」を加える。

 5 17頁4行目の「交付し」を「交付したこと,また,前記1(1)セのとおり,本件制度が生活保護法4条1項所定の補足性の原則によるものであることを平明に説明した上,控訴人らだけをターゲットとしているわけではなく,さいたま市岩槻区内にも本件制度を利用している保護世帯があることのほか,本件制度の利用開始の後,仮に本件不動産の資産価値が大幅に上昇した場合には再評価を行う可能性もあることなどを説明したこと,さらに」に改める。

 6 17頁8行目の「資料」の次に「や説明に納得していたか否かはともかく,その内容」を加える。

 7 17頁12行目の「鑑みれば,」の次に「被保護者(控訴人ら)が上記鑑定評価を強く希望している場合であっても,」を加え,14行目の「いえない。」の次に「控訴人は,後に行われた県社協の鑑定評価において本件不動産の評価が500万円を下回り,本件制度の利用申込みが不承認とされた点を問題としているが,これは,本件制度において要保護者からの申込みの後に鑑定評価を行うものとされていることから当然に生じ得る結果であって,固定資産税評価額を基に本件制度を利用するよう指導又は指示することを不合理とする理由とはならない。」を加える。

 8 17頁18行目の「主張するが」を「主張する。しかし,控訴人の主張するような体調不良や介護疲れといった事情があったとしても」に改め,20行目の「回答しており」から23行目の「できないので」までを「回答していること(前記1(1)シ)からみて,本件制度の利用の申込みをすることが著しく困難であったとはいえず,他にそのように認めるに足りる証拠はない。したがって」に改める。

 9 18頁2行目の「また」を「本件制度に関する指導又は指示が繰り返し行われたからといって,直ちにその許される限度を超えた執拗なものということはできない。むしろ」に改め,6行目の「指導」の次に「又は指示」を加え,7行目の「取らせようとした」を「取らせようとして高圧的な言動等に及んだ」に改める。

第4 結論

 以上によれば,控訴人の請求は理由がないから棄却すべきであり,これと同旨の原判決は相当であって,本件控訴は理由がない。

    東京高等裁判所第20民事部

 

 

生活保護法

(実施機関)

第十九条 都道府県知事、市長及び社会福祉法(昭和二十六年法律第四十五号)に規定する福祉に関する事務所(以下「福祉事務所」という。)を管理する町村長は、次に掲げる者に対して、この法律の定めるところにより、保護を決定し、かつ、実施しなければならない。

一 その管理に属する福祉事務所の所管区域内に居住地を有する要保護者

二 居住地がないか、又は明らかでない要保護者であつて、その管理に属する福祉事務所の所管区域内に現在地を有するもの

2 居住地が明らかである要保護者であつても、その者が急迫した状況にあるときは、その急迫した事由が止むまでは、その者に対する保護は、前項の規定にかかわらず、その者の現在地を所管する福祉事務所を管理する都道府県知事又は市町村長が行うものとする。

3 第三十条第一項ただし書の規定により被保護者を救護施設、更生施設若しくはその他の適当な施設に入所させ、若しくはこれらの施設に入所を委託し、若しくは私人の家庭に養護を委託した場合又は第三十四条の二第二項の規定により被保護者に対する次の各号に掲げる介護扶助を当該各号に定める者若しくは施設に委託して行う場合においては、当該入所又は委託の継続中、その者に対して保護を行うべき者は、その者に係る入所又は委託前の居住地又は現在地によつて定めるものとする。

一 居宅介護(第十五条の二第二項に規定する居宅介護をいう。以下同じ。)(特定施設入居者生活介護(同項に規定する特定施設入居者生活介護をいう。)に限る。) 居宅介護を行う者

二 施設介護(第十五条の二第四項に規定する施設介護をいう。以下同じ。) 介護老人福祉施設(介護保険法第八条第二十七項に規定する介護老人福祉施設をいう。以下同じ。)

三 介護予防(第十五条の二第五項に規定する介護予防をいう。以下同じ。)(介護予防特定施設入居者生活介護(同項に規定する介護予防特定施設入居者生活介護をいう。)に限る。) 介護予防を行う者

4 前三項の規定により保護を行うべき者(以下「保護の実施機関」という。)は、保護の決定及び実施に関する事務の全部又は一部を、その管理に属する行政庁に限り、委任することができる。

5 保護の実施機関は、保護の決定及び実施に関する事務の一部を、政令の定めるところにより、他の保護の実施機関に委託して行うことを妨げない。

6 福祉事務所を設置しない町村の長(以下「町村長」という。)は、その町村の区域内において特に急迫した事由により放置することができない状況にある要保護者に対して、応急的処置として、必要な保護を行うものとする。

7 町村長は、保護の実施機関又は福祉事務所の長(以下「福祉事務所長」という。)が行う保護事務の執行を適切ならしめるため、次に掲げる事項を行うものとする。

一 要保護者を発見し、又は被保護者の生計その他の状況の変動を発見した場合において、速やかに、保護の実施機関又は福祉事務所長にその旨を通報すること。

二 第二十四条第十項の規定により保護の開始又は変更の申請を受け取つた場合において、これを保護の実施機関に送付すること。

三 保護の実施機関又は福祉事務所長から求められた場合において、被保護者等に対して、保護金品を交付すること。

四 保護の実施機関又は福祉事務所長から求められた場合において、要保護者に関する調査を行うこと。

 

 

(指導及び指示)

第二十七条 保護の実施機関は、被保護者に対して、生活の維持、向上その他保護の目的達成に必要な指導又は指示をすることができる。

2 前項の指導又は指示は、被保護者の自由を尊重し、必要の最少限度に止めなければならない。

3 第一項の規定は、被保護者の意に反して、指導又は指示を強制し得るものと解釈してはならない。

 

(指示等に従う義務)

第六十二条 被保護者は、保護の実施機関が、第三十条第一項ただし書の規定により、被保護者を救護施設、更生施設、日常生活支援住居施設若しくはその他の適当な施設に入所させ、若しくはこれらの施設に入所を委託し、若しくは私人の家庭に養護を委託して保護を行うことを決定したとき、又は第二十七条の規定により、被保護者に対し、必要な指導又は指示をしたときは、これに従わなければならない。

2 保護施設を利用する被保護者は、第四十六条の規定により定められたその保護施設の管理規程に従わなければならない。

3 保護の実施機関は、被保護者が前二項の規定による義務に違反したときは、保護の変更、停止又は廃止をすることができる。

4 保護の実施機関は、前項の規定により保護の変更、停止又は廃止の処分をする場合には、当該被保護者に対して弁明の機会を与えなければならない。この場合においては、あらかじめ、当該処分をしようとする理由、弁明をすべき日時及び場所を通知しなければならない。

5 第三項の規定による処分については、行政手続法第三章(第十二条及び第十四条を除く。)の規定は、適用しない。

(費用返還義務)

第六十三条 被保護者が、急迫の場合等において資力があるにもかかわらず、保護を受けたときは、保護に要する費用を支弁した都道府県又は市町村に対して、すみやかに、その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならない。

 

 

 

 

生活保護停止決定処分等取消請求事件

【事件番号】      さいたま地方裁判所判決/平成30年(行ウ)第34号

【判決日付】      令和2年10月7日

【掲載誌】        LLI/DB 判例秘書登載

 

       主   文

 

 1 原告の請求を棄却する。

 2 訴訟費用は原告の負担とする。

 

       事実及び理由

 

第1 請求

   処分行政庁が平成28年10月13日付けでした生活保護法62条3項に基づく生活扶助・介護扶助・医療扶助を同月4日以降停止する旨の生活保護停止決定を取り消す。

第2 事案の概要等

 1 事案の概要

   本件は,生活保護法による保護を受けていた原告が,自宅として所有する土地及び建物を担保に生活資金の貸付けを行う要保護世帯向け不動産担保型生活資金貸付制度(リバースモーゲージ制度。以下「本件制度」という。)の利用を指導・指示されたがこれに応じなかったとして,処分行政庁から,保護を停止する処分(以下「本件処分」という。)を受けたため,これを不服として,被告に対し,本件処分の取消しを求める事案である。

 2 関係法令等

   別紙関係法令等のとおり

 3 前提事実(当事者間に争いがないか,括弧内に掲げる各証拠又は弁論の全趣旨により認められる事実)

  (1)当事者等

   ア 原告は,昭和22年○月○○日生まれの女性である。

   イ 亡A(以下「亡A」という。)は,昭和16年○○月○○日生まれの男性であり,原告の夫である。

   ウ 被告は,処分行政庁の所属する普通地方公共団体である。処分行政庁は,生活保護法19条4項及びさいたま市福祉事務所長事務委任規則により,さいたま市長から生活保護法27条,62条3項等の規定による事務等を委任された者である。

  (2)保護の開始

   ア 処分行政庁は,亡Aの保護の申請に基づき,平成23年6月2日,亡A及び原告(以下,亡A及び原告を併せて「原告ら」ということがある。)につき,同年5月16日に遡って保護の開始を決定した(乙7,8)。

   イ 原告らの自宅建物(2棟。以下,2棟併せて「本件建物」という。)及びその敷地(以下「本件土地」といい,本件建物及び本件土地を併せて「本件不動産」という。)は,原告が所有していた(乙10)。

  (3)要保護世帯向け不動産担保型生活資金貸付制度(本件制度)

    本件制度は,自宅を所有する要保護状態(本件制度を利用しなければ生活保護の受給が必要であると保護の実施機関が認めた状態をいい,既に生活保護を受給している場合を含む。)の高齢者世帯に対し,自宅(土地及び建物)を担保に生活資金の貸付けを行うことによって,世帯の自立を支援し,生活保護制度の適正化を図ることを目的とした制度であり,埼玉県社会福祉協議会(以下「県社協」という。)が実施主体として貸付けを行う。本件制度の概要は,下記のとおりである。(乙6,9,18)

         記

   ア 制度の仕組み

    (ア)自宅を担保として,毎月の生活資金の貸付けを行う。

    (イ)推定相続人は,担保となる自宅を相続できない可能性がある。

    (ウ)借受人が死亡した後,原則として,その自宅を売却して貸付金の返済に充てる。

   イ 貸付対象・貸付方法

    (ア)対象世帯

      借入申込者及び同居の配偶者が原則として65歳以上であり,要保護状態にある世帯。

    (イ)対象不動産

      評価額が500万円以上の居住用不動産であり,借入申込者が単独で所有しているものであって,住宅ローン等の担保になっていないもの。

    (ウ)貸付限度額

      不動産評価額の7割程度

    (エ)貸付月額

      福祉事務所が定めた貸付基本額以内(原則として,生活扶助基本額の1.5倍から収入充当額を控除した額)

    (オ)貸付期間

      貸付元利金が貸付限度額に達するまでの期間

    (カ)貸付利率

      3パーセント以内で年度ごとに県社協が定めた率

   ウ 返済方法

    (ア)契約終了

      借受人が死亡したとき又は県社協若しくは借受人が貸付契約を解約したとき

    (イ)返済期日

      借受人死亡時又は契約解約時

    (ウ)返済方法

      借受人死亡による契約終了の場合は,借受人の相続人が貸付元利金を県社協に返済する。契約解約の場合は,借受人が貸付元利金を県社協に返済する。上記により返済されない場合は,県社協が根抵当権を実行する。

   エ 貸付金交付までの流れ

     福祉事務所が借入相談者を要保護状態と判定した場合は,さいたま市社会福祉協議会(以下「市社協」という。)に借入申込みを行うよう指導する。借入申込者が市社協に借入申込書を提出すると,県社協は借入申込書を受理し不動産評価(保護の実施機関,県社協及び市社協の職員の立会いの下,不動産鑑定士による現地鑑定を実施する。)を行い,同評価に基づき貸付の可否を決定する。貸付決定後,県社協は借入申込者と貸付契約を締結し,担保不動産に根抵当権を設定する。登記手続完了後,県社協は借受人に貸付金を交付する。

  (4)本件処分に至る経緯

   ア 本件建物の平成27年度の固定資産税評価額は合計158万7500円であり,本件土地の同年度の固定資産税評価額は728万3117円であった(乙10)。

   イ 処分行政庁は,原告らに対し,本件制度の利用手続を進めるよう口頭及び文書(乙11)による指導・指示を行ったが,原告らはこれに応じなかった。

   ウ 処分行政庁は,平成28年2月2日,原告らに対して同月15日に弁明の機会を付与することとした(乙14の32)。

   エ 原告らは,平成28年2月15日,さいたま市岩槻福祉事務所を訪れた。原告は,亡Aの介護等のため本件制度について考えられなかった旨などを記載した弁明書(乙12)を提出した。

   オ 原告は,平成28年9月29日,被告の職員に対し,本件制度の利用について消極的である旨述べ,本件制度の利用に応じなかった。

   カ 処分行政庁は,平成28年10月13日付けで,原告らにつき生活保護法による保護を同月4日以降停止する処分(本件処分)をした(甲1)。

   キ 原告らは,平成28年10月20日,被告の職員に対し,「要保護世帯向け不動産担保型生活資金借入申込書」及び本件制度の利用のために必要な書面を提出した。これによって,処分行政庁は,同年11月1日付けで,原告らに対する保護を再開した。(乙21の2,弁論の全趣旨)

  (5)本件処分後の経緯

   ア 亡Aは,平成28年12月20日付けで,埼玉県知事に対し,本件処分の取消しを求めて審査請求をした(甲3)。

   イ 亡Aは,平成29年12月1日,死亡した。

   ウ 埼玉県知事は,平成30年3月29日付けで,上記審査請求を棄却する裁決をした(甲4)。

  (6)本件訴えの提起

    原告は,平成30年9月26日,本件訴えを提起した。

第3 争点及び争点に関する当事者の主張

   本件の争点は,原告らが,本件制度を利用することを内容とする処分行政庁の指導又は指示に従わなかったことを理由として,処分行政庁が原告らに対する保護を停止したことの適法性である。

  (被告の主張)

  (1)原告は,本件制度の利用が可能であったのであるから,保護の補足性(生活保護法4条1項)に照らして本件制度を利用して本件不動産を活用しなければならない。処分行政庁は,原告らが本件制度の利用が可能であり,利用を促したにもかかわらずこれに応じなかったことから,口頭及び文書による指導並びに弁明の機会の付与を経て本件処分を行ったものであり,本件処分は適法である。

  (2)原告は,被告の職員が必要な説明を行っていなかった旨主張するが,被告の職員は,原告に対し,補足性の原則から本件制度の利用が必要であることを繰り返し説明してきた。原告の質問に対しては,その場で回答できるものはその場で回答し,回答できないものは後日調査を行うなどの対応をしてきた。県社協や市社協の職員とともに原告らの自宅を訪問して説明を行うこともしてきた。それにもかかわらず,原告は,被告の職員に対して似たような質問を繰り返すなどして本件制度の利用を先延ばしにしてきた。このような状況において,処分行政庁が本件制度の利用のための手続を行うよう指導し,原告がこれに従わなかったことを理由に保護を停止した本件処分は適法である。

  (原告の主張)

  (1)以下のとおり,原告には本件制度の利用を拒むことにつき正当な理由がある。

   ア 亡Aは動脈瘤など複数の病気で要介護度5であり,原告も乳がんで入院し手術を受けたほか亡Aの介護疲れでうつ病を発症していた。原告は,心身ともに疲弊し,理解力が後退しており,本件制度の利用を考える余裕がなかった。

   イ 原告は,被告の職員に対し,生活保護を受けなくなった場合の水道料金,介護保険料,介護費用,医療費等の自己負担額について説明を求めたのに,被告の職員は,これを説明しなかった。原告において,上記の点に関する不安が解消されない限り,本件制度を受け入れ難いのは当然である。しかしながら,原告の不安や疑問を解消するに必要十分な資料の提示や説明はされていなかった。

   ウ 被告の職員は,本件制度が設けられた目的について説明しなかった。本件不動産の鑑定評価額も説明しなかったので,原告において,本件不動産に500万円以上の担保価値があるのかどうかも不明なままであった。

  (2)また,本件制度の利用を拒む原告に対し,執拗に指導を行い本件制度の利用を強制することは,生活保護法27条に反する。

第4 当裁判所の判断

 1 認定事実

   前記前提事実,証拠(掲記のもののほか,甲6,8,乙19,証人B,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

  (1)口頭による指示に至る経緯

   ア 被告の職員は,平成23年6月27日,原告らの自宅を訪れ,原告らに対し,原告が翌年,本件制度の適用対象となる65歳になるためその際は本件制度の活用を考慮に入れるよう述べた(乙14の2)。

   イ 被告の職員は,平成23年12月8日,原告らの自宅を訪れ,原告に対し,市社協において本件制度の詳細について説明を受けるよう述べた(乙14の6)。

   ウ 被告の職員は,平成24年3月19日,原告らの自宅を訪れ,原告に対し,市社協において本件制度について説明を受けるよう述べた(乙14の7)。

   エ 被告の職員は,平成24年4月23日,原告らの自宅を訪れ,原告に対し,本件制度の活用について指導し,市社協において説明を受けるよう述べた。原告は,乳がんのため入院する予定であり,退院後に進めていきたいと述べた。(乙14の9)

   オ 被告の職員は,平成24年10月10日,原告らの自宅を訪れ,原告に対し,市社協において原告の長女とともに説明を受けるよう述べた。原告は,やらなければならないことは分かっているが,せめて長女の体調が落ち着いてからにしてほしいと述べた。(乙14の13)

   カ 被告の職員は,平成25年4月17日,原告らの自宅を訪れ,原告に対し,本件制度について説明し,市社協において説明を受けるよう述べた。原告は,亡Aから目が離せないので外出が難しく,余裕ができたら市社協に行ってみたいと述べた。(乙14の15)

   キ 被告の職員は,平成25年10月9日,原告らの自宅を訪れ,原告に対し,本件制度について説明し,相続人である長男と長女の了解を得る必要がある旨述べた。これに対し,原告は,長男とは連絡が取れないと述べ,被告職員は,長女に本件制度について話し,長男のことについても相談するよう述べた。(乙14の17)

   ク 被告の職員は,平成26年4月11日,原告らの自宅を訪れ,原告に対し,本件制度について説明した。原告は,本件制度について長女に話をしている旨及び長男は精神的な遅滞があるなど手続等を理解できるような知力ではないと思う旨述べた。被告の職員は,市社協に相談し借入申込みの手続を行うよう指導した。原告は,亡Aの介護でなかなか時間が取れないと述べ,被告職員は,亡Aのショートステイの利用時などを利用して市社協に相談に行くよう指導した。(乙14の18)

   ケ 被告の職員は,平成26年10月30日,原告らの自宅を訪れ,原告に対し,本件不動産は本件制度の対象であること,貸付後,生活保護は廃止されるが状況によっては再度生活保護となることもあり得ること,貸付以前の保護費は返還対象とならず,原告が死亡した場合に亡Aが貸付契約を承継することは可能であること,原告及び亡Aの死亡後に償還がされなければ抵当権が実行され長女及び長男らは本件不動産を相続することができないこと等を説明した。原告は,手続についてある程度は理解でき,手続は進めていってもらって構わない旨述べた。被告の職員は,原告に対し,「要保護世帯向け不動産担保型生活資金制度とは」と題する書面(乙18)及び同意書を交付した。同「要保護世帯向け不動産担保型生活資金制度とは」には,本件制度の目的,概要,貸付対象・貸付方法,返済方法,貸付金交付までの流れ等(前記前提事実(3))が記載されていた。(乙14の20)

   コ 被告の職員は,平成27年4月24日,原告らの自宅を訪れ,原告に対し,本件不動産は本件制度の対象であり具体的な手続を進める旨及び後日県社協の職員とともに再訪する旨述べた。原告は,本件制度の利用を拒否する旨は述べなかった。(乙14の23)

   サ 被告の職員は,平成27年8月5日,原告に架電し,県社協の職員から本件制度について説明させてほしいと述べた。原告は,亡Aの容態が悪く長女の離婚のことで家庭がごたごたして精神的に参っているとして,説明を延期するよう求めるとともに,前任の担当職員が本件制度の利用をいきなり伝え,話を進めたことについて不満を述べた。(乙14の25)

   シ 被告の職員は,平成27年8月20日,原告が通院していた医院の医師から,原告の病状等を聴き取った。同医師は,原告は,長女の家庭の状態等に起因するプレッシャーや周りからの不安による不安障害であり,現在月1回通院しているが,街のクリニックで見てもらってもいいレベルである旨述べ,また,原告が本件制度を利用することの可能性について,契約行為も全くできないことはない旨等述べた。(乙14の26,同15)

   ス 被告の職員は,平成27年10月1日,原告に架電し,契約行為に問題はないと医師から聴取したと述べたが,原告は,本件制度の適用は待ってもらいたいと述べ,被告の職員の更なる説明に対しても,本件制度の利用を承諾しなかった。(乙14の27)

   セ 処分行政庁は,ケース診断会議を開催し,原告に対して生活保護法27条1項に基づき口頭による指示を行うこととし(乙14の28),被告の職員は,平成27年11月4日,原告らの自宅を訪れ,原告に対し,本件制度の利用について口頭で指示を行った。原告は,内容を理解した旨述べ,同月末までに県社協の職員の訪問を受け本件制度に関する説明を受けると約束したが,本件不動産一帯が市街化区域に編入され資産価値が上がる可能性があり,資産価値が上がった後の方が長く貸付けを受けられるのではないか,亡Aの病状が悪いため話を聞いている余裕がない,なぜ資産を持っている原告らだけターゲットにしているのかなどと述べ,本件制度を利用したくないと述べた。(乙14の29)

  (2)文書による指示に至る経緯

   ア 被告の職員は,平成27年12月3日,原告に架電したところ,原告は,県社協の職員による訪問は受け付けられないと述べた(乙14の29)。

   イ 処分行政庁は,ケース診断会議を開催し,原告らに対して生活保護法27条1項に基づき文書による指示を行うこととし(乙14の30),被告の職員は,平成27年12月25日,原告らの自宅を訪れ,本件制度の利用手続を進めること及び正当な理由なく本件制度の活用を忌避しないことを指示する旨記載した書面(乙11)を差し置いた。被告の職員は,同日,原告に対し,上記書面の内容を説明して,本件制度の活用を指示し,また,平成28年1月中に県社協の職員から本件制度の説明を受けるよう指示した。(乙14の31)

  (3)弁明の機会付与に至る経緯

   ア 被告の職員は,平成28年2月1日,原告に架電し,県社協の職員による訪問を受け入れ本件制度の活用について話を聞いてもらいたいと述べたところ,原告は,亡Aの状態が悪く介護に疲れている,原告はうつ病を発症しており話を聞くことができないため亡Aが死ぬまで待ってもらえないかと述べた。(乙14の31)

   イ 被告の職員は,平成28年2月1日,亡Aのケアマネージャーに対し,亡Aの病状を問い合わせた。同ケアマネージャーは,亡Aは要介護度5であるが完全な寝たきりではなく自力歩行も可能である旨,がんはあるが進行性のものではないためすぐにでも生死に関わるような状態ではない旨,気管切開や排尿管理のためカテーテルを挿入しており原告が管理している旨,原告が介護疲れを訴えているため施設入所等を検討するよう提案したことはあるが受け入れられなかった旨,現状で施設等を検討するならば対応できるのは療養型の病院等になると思う旨等を回答した。(乙14の31)

   ウ 処分行政庁は,平成28年2月2日,ケース診断会議を開催し,原告らに対して同月15日に弁明の機会を付与することとした(乙14の32)。

   エ 原告らは,平成28年2月15日,さいたま市岩槻福祉事務所を訪れた。原告らがその時提出した弁明書(乙12)には,「昨年の二月頃から精神的に大きなダメージを受け心療内科に通院夫の介護でも在宅医療での私の技術面や精神的な面において辛い毎日が続き今回の土地の担保の借金の事についてまで考える気持がついていけませんでした。誰に相談する事もできず以前からの職員の方々の威圧的な言葉にとっても嫌な思い反発を感じました。それ以后も現在まで夫の病気の悪化ですべてが苦しい毎日が続き今日に致りました。多分これからも呼び出し等にすべてハイと言える状況にあるとは思えません。もう少し身体障害者大変な介護をかかえる年寄に対しやさしい物の言い方や対応をしてもらえないでしょうか。リバースモーゲージの事は話を進めてもらって結構です。が何も分からない人間にとっては不安も一杯です。いつもいつも疑われて信用されていない感じがして不愉快でした。こちらは精一杯真面目にやっています。お役所はミスなく不正なくやってくれるでしょうか?介護の事は経験した事がない人は何も理解できないと思います。どうか以上の事よく考えてよろしくお願い申し上げます。」と記載されていた。原告は,同日,同月25日に原告らの自宅において県社協の職員から本件制度について説明を受けると述べた。(乙14の33)

  (4)本件処分に至る経緯

   ア 被告の職員は,平成28年2月25日,県社協の職員及び市社協の職員とともに原告らの自宅を訪れた。原告は,県社協の職員から本件制度について説明を受け,保護を抜けたとしてどれほどの負担があるのか確認したい,水道料金,介護保険料,介護の費用,医療費など平成27年中に保護を適用しなかったとしていくら自己負担になるのか表にして示してほしいと述べた。被告の職員は,平成28年3月29日に再訪するまでに資料を用意すると述べた。(乙14の34)

   イ 原告は,平成28年3月29日,被告の職員に架電し,亡Aの病状が思わしくなく病院に連れて行くため自宅訪問はキャンセルしたい,病状が安定するまでは待ってほしいと述べた(乙14の36)。

     被告の職員は,平成28年3月25日までに,平成26年12月から平成27年11月までの水道料金の額を記載した資料(乙16の1),同年の介護請求額,公費請求額,上限額及び同年度の原告ら一人当たりの介護保険料を記載した資料(乙16の2)並びに同年の亡A及び原告の各医療費及びそのうちの自己負担額を記載した資料(乙16の3)を作成していたが,原告らの自宅を訪問する予定がなくなったため,上記資料を原告らの自宅に郵送した(証人B1-5)。

   ウ 亡Aは,平成28年4月4日,前立腺肥大の治療のため入院し,同月14日,退院した(乙14の37)。

   エ 被告の職員は,平成28年5月12日,原告らの自宅において原告と面談し,亡Aの病状について聴き取り,本件制度の利用を促した(乙14の37)。

   オ 被告の職員は,平成28年5月26日,県社協の職員及び市社協の職員とともに原告らの自宅を訪れた。原告は,本件制度の内容について質問し,県社協の職員は,本件制度について説明し利用を促した。原告は,亡Aの看護などで本件制度の利用は考えられない,少し待ってくれないかと述べた。被告の職員は,状況は理解できるが相当な資産を所有している受給者をこのままにすることは困難であり,原告ら世帯に経済的な不安はなく,借入れが終わった後はまた生活保護を適用する余地もあると説明した。(乙14の37)

   カ 被告の職員は,平成28年6月27日,原告らの自宅を訪れた。原告は,平成27年度の本件制度の適用件数や本件制度の内容について質問し,本件制度の内容が書かれた書面が必要だと述べた。被告の職員は,本件制度の内容について説明し,本件制度の適用件数については後日回答すると述べた上,平成28年6月28日,本件制度の内容を記載したパンフレットを原告に送付した。(乙14の39)

   キ 被告の職員は,平成28年7月26日,原告に架電したところ,原告は,原告だけを狙って困らせようとしていると述べた(乙14の39)。

   ク 被告の職員は,平成28年9月29日,原告に架電したところ,原告は,本件制度の利用について消極的である旨述べた。原告は,なぜ本件制度を利用しなければならないのか,原告ら世帯だけを狙っているのではないかと述べた。被告の職員は,資産活用や補足性の原則を説明し,福祉事務所は受給者全員の土地・家屋を調査しており,本件制度利用可能者には同時並行で利用を指導している旨述べた。(乙14の40)

   ケ 処分行政庁は,平成28年10月4日,ケース診断会議を開催し,亡Aが末期がんであり,原告が亡Aの介護を行っているという事情はあるが,本件制度の申込書を提出することはできるとし,同日をもって原告らに対する保護を概ね3か月間停止することとし,停止期間が経過した場合は保護廃止とするが,本件制度の手続書類を県社協に提出するなどした場合は保護を再開することとした(乙14の41)。

   コ 処分行政庁は,原告らに対し,平成28年10月13日付けで,本件処分を通知した(甲1)。

 2 本件処分の適法性について

  (1)本件処分は,原告らが本件制度を利用することを内容とする生活保護法27条1項に基づく指導又は指示に従わなかったことを理由として,生活保護法62条3項に基づき,生活保護を停止する本件処分をしたものである。

    生活保護法27条1項は,保護の実施機関は,被保護者に対して,生活の維持,向上その他保護の目的達成に必要な指導又は指示をすることができる旨定めるところ,これは,生活保護制度の機械的運用を避け,個々の被保護者の実情に即して実施機関が被保護者に対して働きかけることにより,被保護者の自立を助長し,生活保護法の目的を達成することを目的とする趣旨であると解される。そして,このような指示指導やそれに係る義務違反に対する生活保護の停止等は,被保護者又はその世帯の個別事情を考慮した上で,その自立を助長するために行われるものであることからすると,その必要性の有無の判断や具体的な内容の決定は,被保護者の生活の経過等を把握している保護の実施機関の合理的な裁量判断にゆだねられていると解される。

    他方,被保護者は,生活保護法27条1項の指導又は指示に従う義務を負い(同法62条1項),被保護者が同義務に違反したとき,保護の実施機関は,保護の停止等を行うことができる(同法62条3項)ことからすると,上記指導又は指示は,被保護者に対し不利益な内容を含むということができる。このことに加え,生活保護法27条2項が,同指導又は指示は,被保護者の自由を尊重し,必要の最小限度にとどめなければならない旨定め,同条3項が,同条1項の規定は,被保護者の意に反して指導又は指示を強制し得るものと解釈してはならない旨定めていることに鑑みると,同指導又は指示が,保護の目的達成のために必要最小限のものといえない場合や,同指導又は指示が被保護者にとって客観的に実現が著しく困難なものである等の事情がある場合には,保護の実施機関の裁量の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法になると解される。

  (2)本件において,被告の職員が原告らに対し,本件制度の利用手続を進めるよう指導又は指示をしたのは,「生活保護法による保護の実施要領について」昭和36年4月1日厚生省発社第123号各都道府県知事・各指定都市市長宛厚生事務次官通知(乙3),「生活保護法による保護の実施要領について」昭和38年4月1日社発第246号各都道府県知事・各指定都市市長宛厚生省社会局長通知(乙4)および「生活保護法による保護の実施要領の取扱いについて」昭和38年4月1日社保第34号各都道府県・各指定都市民生主管部(局)長宛厚生省社会局保護課長通知(乙5)等の処理基準に沿ったものと解されるところ,これらの処理基準は,要保護者が本件制度の利用が可能な不動産を所有する場合について,本件制度を利用することで資産を活用することとし(乙4第3の1(1),2(1)),本件制度の説明を受けその利用を勧奨されてもなお利用を拒む世帯に対して保護を廃止する(乙5第3問21)旨定める。これは,いわゆる補足性の原理を定め,利用し得る資産等をその最低限度の生活の維持のために活用することを保護の要件とする生活保護法4条1項に基づくものと解される。

    そして,本件制度が被保護者の所有する不動産を担保に生活資金の貸付けを行うことによって当該不動産の担保的価値を被保護者の最低限度の生活の維持のために活用することができる制度であることからすると,上記処理基準は同項の趣旨に沿うものとして合理性があるということができる。また,本件制度を利用した場合,被保護者が当該不動産に引き続き居住できることや,貸付けを返済することで被保護者又はその親族が担保権を消滅させ,完全な所有権を回復できること,本件制度に係る貸付金だけでは最低限度の生活が維持できないような状況に至った場合には,改めて生活保護を受けることが考えられること等からすると,本件制度の利用を指導又は指示することは,最低限度の生活を維持するために必要最小限のものであるということができる。さらに,本件制度の利用に係る処分行政庁の指導又は指示に従わなかった者に対する保護を停止しても,同人がその後,再考し,本件制度を利用した場合には保護を再開することができるので,保護の停止が不合理であるということはできない。

    したがって,上記処理基準は合理性があるということができる。

  (3)以上を前提に本件処分について検討すると,原告は,本件制度の対象となる本件不動産を所有しており,被告の職員から,本件制度について繰り返し説明を受け,その利用を促され,さらに,口頭による指示及び文書による指示を受けたにもかかわらずこれに応じなかったのであるから,本件処分は,前記処理基準に沿ったものであり,適法と考えられる。

  (4)これに対し,原告は,被告の職員は本件制度の目的を説明しておらず,また,本件不動産の鑑定評価額を説明せず,生活保護を受けなくなった場合の水道料金,介護保険料,介護費用,医療費等の自己負担額についても説明がされなかったことから本件制度の利用を受け入れなかったとしても正当な理由がある旨主張する。

    しかしながら,前記1(1)ケのとおり,被告の職員は,原告に対し,本件制度の目的や概要が記載されていた「要保護世帯向け不動産担保型生活資金制度とは」と題する書面(乙18)を交付し,前記1(4)イのとおり,被告の職員は,水道料金の減免額,介護費用,介護保険料,自己負担となった場合の医療費等につき資料を作成して原告らの自宅に郵送しており,前記1(4)オのとおり,貸付契約の終了後も生活保護を受ける余地がある旨説明していたことが認められ,原告がこれらの資料を理解することが困難であったというべき事情は見出せない。また,本件制度を利用するに当たって,担保権を設定する不動産の鑑定評価は要保護者からの申込後に行うものとされているところ(前記前提事実(3)エ),不動産鑑定士による鑑定評価を行うためには費用を要することに鑑みれば,申込みに先立ち鑑定評価を行うことは合理的とはいえず,固定資産税評価額を基に本件制度を利用するよう指導・指示することが不合理であるとはいえない。したがって,本件制度の利用に係る指導及び指示が,原告にとって,客観的に実現が著しく困難なものであるということはできない。

  (5)また,原告は,原告自身の体調不良等や亡Aの介護疲れで,理解力が後退しており,本件制度の利用を考える余裕がなかった旨主張するが,原告が通院していた医院の医師は原告の病状は本件制度の利用に支障がある程度のものではない旨回答しており(前記1(1)シ),原告の主張は前提を欠くのみならず,原告が主張する事情は,原告が本件制度の理由を決断するに至らなかった事情を述べるものにすぎず,これによって,本件制度の利用が,客観的に実現が困難であったと認めることはできないので,原告の主張は採用できない。

  (6)なお,原告は,被告の職員が,本件制度の利用を拒む原告に対し,執拗に指導を行い本件制度の利用を強制した旨主張する。

    しかしながら,前記のとおり,被保護者に本件制度の利用を求めることは生活保護法の趣旨に沿うものであり,また,被保護者は,生活保護法27条1項に基づく指導又は指示に従う義務を負うことからすると,被告の職員が原告に対し,繰り返し説明をし,本件制度の利用を指導したことは,原告の義務違反による保護の停止等を避けるためであったということができる。また,被告の職員は,原告に対し,本件制度の利用開始を指導したにとどまり,本件制度の利用開始の手続を実際に取らせようとした形跡はうかがわれない。したがって,被告の職員が,原告に対し本件制度の利用を強制したということはできない。

  (7)そして,ほかに,本件処分に関し,処分行政庁に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があったと認めるに足りる証拠はない。そうすると,本件処分は適法であり,原告の主張は採用することができない。

第5 結論

   以上によれば,原告の請求には理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

    さいたま地方裁判所第4民事部

        裁判長裁判官  倉澤守春

           裁判官  大竹 貴

           裁判官  矢崎達也