カルロスゴーン・日産自動車・各金融商品取引法違反被告事件       各金融商品取引法違反 | 法律大好きのブログ(弁護士村田英幸)

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カルロスゴーン・日産自動車・各金融商品取引法違反被告事件

 

 

             各金融商品取引法違反被告事件

【事件番号】      東京地方裁判所判決/平成30年(特わ)第3350号、平成31年(特わ)第15号

【判決日付】      令和4年3月3日

【掲載誌】        LLI/DB 判例秘書登載

金融商品取引法24-1―1

 

(有価証券報告書の提出)

第二十四条1項 有価証券の発行者である会社は、その会社が発行者である有価証券(特定有価証券を除く。次の各号を除き、以下この条において同じ。)が次に掲げる有価証券のいずれかに該当する場合には、内閣府令で定めるところにより、事業年度ごとに、当該会社の商号、当該会社の属する企業集団及び当該会社の経理の状況その他事業の内容に関する重要な事項その他の公益又は投資者保護のため必要かつ適当なものとして内閣府令で定める事項を記載した報告書(以下「有価証券報告書」という。)を、内国会社にあつては当該事業年度経過後三月以内(やむを得ない理由により当該期間内に提出できないと認められる場合には、内閣府令で定めるところにより、あらかじめ内閣総理大臣の承認を受けた期間内)、外国会社にあつては公益又は投資者保護のため必要かつ適当なものとして政令で定める期間内に、内閣総理大臣に提出しなければならない。ただし、当該有価証券が第三号に掲げる有価証券(株券その他の政令で定める有価証券に限る。)に該当する場合においてその発行者である会社(報告書提出開始年度(当該有価証券の募集又は売出しにつき第四条第一項本文、第二項本文若しくは第三項本文又は第二十三条の八第一項本文若しくは第二項の規定の適用を受けることとなつた日の属する事業年度をいい、当該報告書提出開始年度が複数あるときは、その直近のものをいう。)終了後五年を経過している場合に該当する会社に限る。)の当該事業年度の末日及び当該事業年度の開始の日前四年以内に開始した事業年度全ての末日における当該有価証券の所有者の数が政令で定めるところにより計算した数に満たない場合であつて有価証券報告書を提出しなくても公益又は投資者保護に欠けることがないものとして内閣府令で定めるところにより内閣総理大臣の承認を受けたとき、当該有価証券が第四号に掲げる有価証券に該当する場合において、その発行者である会社の資本金の額が当該事業年度の末日において五億円未満(当該有価証券が第二条第二項の規定により有価証券とみなされる有価証券投資事業権利等又は電子記録移転権利である場合にあつては、当該会社の資産の額として政令で定めるものの額が当該事業年度の末日において政令で定める額未満)であるとき、及び当該事業年度の末日における当該有価証券の所有者の数が政令で定める数に満たないとき、並びに当該有価証券が第三号又は第四号に掲げる有価証券に該当する場合において有価証券報告書を提出しなくても公益又は投資者保護に欠けることがないものとして政令で定めるところにより内閣総理大臣の承認を受けたときは、この限りでない。

一 金融商品取引所に上場されている有価証券(特定上場有価証券を除く。)

(後略)

 

 

 

       主   文

 

 被告人Y1株式会社を罰金2億円に処する。

 被告人Y2を懲役6月に処する。

 被告人Y2に対し,この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。

 本件公訴事実中,平成30年12月10日付け起訴状記載の公訴事実第1及び第2の1ないし4並びに平成31年1月11日付け追起訴状記載の公訴事実第1及び第2の各事実について,被告人Y2は無罪。

 

       理   由

 

(罪となるべき事実)

 被告人Y1株式会社(以下「被告会社」という。)は,横浜市(以下略)に本店を置き,自動車等の製造等を目的とする会社であって,その発行する株券を株式会社東京証券取引所市場第一部に上場しているもの,被告人Y2(以下「被告人Y2」という。)は,被告会社において,平成21年(2009年)4月1日から平成24年(2012年)6月25日まで常務執行役員,同月26日から平成30年(2018年)11月22日まで代表取締役等であったもの,分離前の相被告人A1(以下「A1」という。 注、カルロス・ゴーン)は,平成20年(2008年)6月25日から平成29年(2017年)3月31日まで被告会社の代表取締役会長兼社長及び最高経営責任者,同年4月1日から平成30年(2018年)11月22日まで同社の代表取締役会長であったもの,B1(以下「B1」という。)は,平成19年(2007年)9月から平成31年(2019年)3月まで被告会社の秘書室長であったものであるが,

第1 A1及びB1は,共謀の上,被告会社の業務に関し,

 1 被告会社の平成23年(2011年)4月1日から平成24年(2012年)3月31日までの連結会計年度につき,同年6月28日,東京都豊島区(以下略)所在のC1株式会社事務所に設置された入出力装置から,開示用電子情報処理組織を利用するなどの方法により,さいたま市中央区新都心1番地1所在の関東財務局において,同財務局長に対し,A1の報酬,賞与その他その職務執行の対価として被告会社及びその主要な連結子会社から役員として受ける財産上の利益であって,当該連結会計年度に係るものが約18億9400万円であったにもかかわらず,同人の「総報酬」欄及び「金銭報酬」欄にいずれも9億8700万円と記載した有価証券報告書を提出し,

 2 被告会社の平成24年(2012年)4月1日から平成25年(2013年)3月31日までの連結会計年度につき,同年6月27日,前同様の方法により,前記関東財務局において,同財務局長に対し,A1の報酬,賞与その他その職務執行の対価として被告会社及びその主要な連結子会社から役員として受ける財産上の利益であって,当該連結会計年度に係るものが約20億2500万円であったにもかかわらず,同人の「総報酬」欄及び「金銭報酬」欄にいずれも9億8800万円と記載した有価証券報告書を提出し,

 3 被告会社の平成25年(2013年)4月1日から平成26年(2014年)3月31日までの連結会計年度につき,同年6月26日,前同様の方法により,前記関東財務局において,同財務局長に対し,A1の報酬,賞与その他その職務執行の対価として被告会社及びその主要な連結子会社から役員として受ける財産上の利益であって,当該連結会計年度に係るものが約19億4600万円であったにもかかわらず,同人の「総報酬」欄及び「金銭報酬」欄にいずれも9億9500万円と記載した有価証券報告書を提出し,

 4 被告会社の平成26年(2014年)4月1日から平成27年(2015年)3月31日までの連結会計年度につき,同年6月25日,前同様の方法により,前記関東財務局において,同財務局長に対し,A1の報酬,賞与その他その職務執行の対価として被告会社及びその主要な連結子会社から役員として受ける財産上の利益であって,当該連結会計年度に係るものが約22億1300万円であったにもかかわらず,同人の「総報酬」欄及び「金銭報酬」欄にいずれも10億3500万円と記載した有価証券報告書を提出し,

 5 被告会社の平成27年(2015年)4月1日から平成28年(2016年)3月31日までの連結会計年度につき,同年6月24日,前同様の方法により,前記関東財務局において,同財務局長に対し,A1の報酬,賞与その他その職務執行の対価として被告会社及びその主要な連結子会社から役員として受ける財産上の利益であって,当該連結会計年度に係るものが約22億8200万円であったにもかかわらず,同人の「総報酬」欄及び「金銭報酬」欄にいずれも10億7100万円と記載した有価証券報告書を提出し,

 6 被告会社の平成28年(2016年)4月1日から平成29年(2017年)3月31日までの連結会計年度につき,同年6月29日,前同様の方法により,前記関東財務局において,同財務局長に対し,A1の報酬,賞与その他その職務執行の対価として被告会社及びその主要な連結子会社から役員として受ける財産上の利益であって,当該連結会計年度に係るものが約24億0200万円であったにもかかわらず,同人の「総報酬」欄及び「金銭報酬」欄にいずれも10億9800万円と記載した有価証券報告書を提出し,

第2 被告人Y2は,A1及びB1と共謀の上,被告会社の業務に関し,被告会社の平成29年(2017年)4月1日から平成30年(2018年)3月31日までの連結会計年度につき,同年6月28日,前同様の方法により,前記関東財務局において,同財務局長に対し,A1の報酬,賞与その他その職務執行の対価として被告会社及びその主要な連結子会社から役員として受ける財産上の利益であって,当該連結会計年度に係るものが約24億9100万円であったにもかかわらず,同人の「総報酬」欄及び「金銭報酬」欄にいずれも7億3500万円と記載した有価証券報告書を提出し,

もってそれぞれ重要な事項につき虚偽の記載のある有価証券報告書を提出したものである。

(中略)

(事実認定の補足説明)

Ⅰ 本件の争点及び判断の構造等

第1 検察官の主張

 検察官は,平成30年12月10日付け起訴状に係る起訴(以下「本起訴」という。)及び平成31年1月11日付け追起訴状に係る起訴(以下「追起訴」という。)において,被告人Y2が,A1及びB1らと共謀の上,被告会社の業務に関し,平成22年(2010年)度(被告会社の事業年度は,その年の4月1日から翌年3月31日までであり,「平成22年度」とは平成22年4月1日から平成23年3月31日までの事業年度を指す。同年度以降の事業年度についても同様である。なお,平成22年度を「平成23年3月期」と表記することもあり,関係証拠にも同様の表記が見られるが,本判決では混乱を避けるため「平成●●年度」との表記で統一する。)から平成29年(2017年)度までの各連結会計年度につき,関東財務局長に対し,A1が被告会社及びその主要な連結子会社から役員(本件においては,取締役と監査役を前提とする。)の職務執行の対価として受ける報酬等(以下,まとめて「A1の報酬」という。)について「虚偽の記載」(金融商品取引法(以下「金商法」という。)197条1項1号)のある有価証券報告書を提出したと主張している(ただし,被告会社は,平成22年(2010年)度については起訴されていない。)。

 具体的には,検察官は,A1の報酬の中には,「取締役としての職務執行の対価として,支払われる金額は定まっているものの,支払を延期され,いずれ支払われるものとして管理されている未払の報酬」(検察官は,このような報酬を「未払報酬」と呼称し,有価証券報告書において当然開示すべきものとしている(論告1頁)。)があり,この「未払報酬」を含めた報酬額を有価証券報告書に記載して開示すべきであったのに,これを記載せずに既払分の報酬額しか開示しなかったことをもって「虚偽の記載」に当たると主張している(論告93~94頁)。そして,B1は,「裏報酬」である「未払報酬」の金額の記録及び管理の役割を担い,被告人Y2は,「裏報酬」である「未払報酬」の支払方法(支払名目)の検討及び整備の役割,いわば「裏報酬のローンダリング」を担っていたもので,被告人Y2が検討していた各種の支払方法等はA1の「未払報酬」を支払うためのものであった旨主張している(論告1頁)。

 なお,本判決において「未払報酬」と表記した場合は,検察官が定義づけた上記の報酬を指すものとする。他方,本判決において「未払の報酬」又は「未払となっている報酬」と表記した場合は,役員の職務執行の対価ではあるが,未だ支払われていない状態の報酬を指すものとする。これは,当該報酬について有価証券報告書に記載して開示すべきか否かに関わらない広い意味で用いるものであり,検察官主張の「未払報酬」とは異なるものである。

第2 弁護人の主張

 被告会社の弁護人は,A1,被告人Y2及びB1らが,共謀の上,被告会社の業務に関し,平成23年(2011年)度から平成29年(2017年)度までの各連結会計年度において,関東財務局長に対し,A1の報酬について「虚偽の記載」のある有価証券報告書を提出した事実が認められるとして,被告会社を対象とした本起訴及び追起訴に係る各公訴事実の内容について争っていない。

 他方,被告人Y2の弁護人は,A1の報酬について有価証券報告書に記載した金額のほかに記載すべき未払の報酬は存在しない(金商法上の開示義務を発生させるような未払の報酬に関する決定は存在しない)し,仮にA1とB1との間に有価証券報告書に本来記載すべき金額より低い金額を記載して提出する旨の共謀(意思連絡)があったとしても,被告人Y2との間にはそのような共謀はない旨主張するとともに,本件で被告会社が提出した有価証券報告書におけるA1の報酬に関する記載は,刑事罰の対象となる「虚偽の記載」に該当しない旨も主張し,被告人Y2は無罪であるとする(被告人Y2の弁護人の弁論1頁)。

 なお,上記の各主張の内容を踏まえて,「事実認定の補足説明」の項における以下の検討において,「弁護人」とは,特に断りのない限り被告人Y2の弁護人を指し,「弁論」として引用するものは,被告人Y2の弁護人の弁論要旨を指すこととする。

第3 本件の争点

 1 A1の開示すべき未払の報酬の存否

 前記第1及び第2の検察官及び弁護人の各主張を踏まえると,本件の争点として,まず,被告会社の取締役であるA1の報酬の中に有価証券報告書に記載して開示すべきであるのに開示されていない未払の報酬が存在するのか否かが問題となる。すなわち,「A1の開示すべき未払の報酬の存否」が本件の争点となる。

 なお,ここで言う「報酬」とは,企業内容等の開示に関する内閣府令(以下「開示府令」という。)において有価証券報告書に記載して開示すべきとされている役員の「報酬等」,すなわち「報酬,賞与その他その職務執行の対価としてその会社から受ける財産上の利益であって,最近事業年度に係るもの及び最近事業年度において受け,又は受ける見込みの額が明らかとなったもの」(開示府令15条1号(令和3年(2021年)11月の改正前のもの。以下同じ。)イに規定された有価証券報告書の様式である第三号様式においても準ずるものとされている有価証券届出書の様式である第二号様式の(記載上の注意)中の「コーポレート・ガバナンスの状況」のa(d))と同義である(甲10資料2,甲11資料2)。

 2 A1とB1との共謀の有無(虚偽記載有価証券報告書提出罪の成否)

 次いで,A1の開示すべき未払の報酬の存在が認められた場合,これを含む報酬額を有価証券報告書に記載せずに提出することについて,A1及びB1に認識があったか否か,更にはA1とB1との間で共謀があったか否か(「A1とB1との共謀の有無」)が問題となり,結論としてA1及びB1に金商法違反の罪(虚偽記載有価証券報告書提出罪)が成立するか否かを検討することになる。

 なお,同罪の成否を検討するに当たっては,本件において被告会社が提出した平成22年(2010年)度から平成29年(2017年)度までの各有価証券報告書(以下,まとめて「本件有価証券報告書」という。)に「虚偽の記載」があるのか否かが前提の問題となるので,この点についても検討する。

 3 被告人Y2とA1及びB1との共謀の有無

 さらに,A1とB1との共謀が認められ,両者について虚偽記載有価証券報告書提出罪の成立が肯定された場合に,「被告人Y2とA1及びB1との共謀の有無」が問題となる。そして,その前提として,被告人Y2に虚偽記載有価証券報告書提出罪の故意が認められるか否かが問題となり,更にその前提として被告人Y2がA1の開示すべき未払の報酬の存在について認識していたか否か(「A1の開示すべき未払の報酬に関する被告人Y2の認識の有無」)が問題となるが,この点が本件において最も重要な争点に当たると解される。

第4 本件の判断の構造等

 1 本件の証拠構造等

 検察官(論告2~3頁)及び弁護人(弁論3頁)が共に指摘するとおり,本件では,大規模な世界的自動車メーカー内の約10年間にわたる様々な活動や事象の中で蓄積された多数の資料や電子データが証拠として取り調べられているところ,これらの客観的な資料等が本件の事実関係を確定していく上で重要なものとなる。

 もっとも,多数の客観的な資料等をもってしても本件の事実関係の全てを明らかにできるわけではなく,特に関係者間の個別のやり取りや関係者の当時の認識等については,それに関わる関係者の供述によって認定せざるを得ない。そして,本件の関係者の供述の中でも,秘書室長としてA1の報酬の決定・管理等の業務の取りまとめを担当していたB1の供述は,「A1の開示すべき未払の報酬の存否」や「A1とB1との共謀の有無」の各争点に関しては,A1らとの具体的なやり取りについて証拠となるものであり,また,「被告人Y2とA1及びB1との共謀の有無」や「A1の開示すべき未払の報酬に関する被告人Y2の認識の有無」の各争点に関しても,A1及び被告人Y2らとの具体的なやり取りについて証拠となるものであるように,前記第3の各争点を検討する上で最も重要な証拠である。

 また,I1(以下「I1」という。)は,後述するとおり,被告人Y2が行っていた各種の支払方法等の検討等に関与していたことが認められることから,I1の供述も「A1の開示すべき未払の報酬に関する被告人Y2の認識の有無」について判断をする上で重要性を持っている。もっとも,I1は,A1の報酬の決定・管理等の業務の取りまとめを担当する立場にあったB1と比較すると,A1の報酬の決定手続への直接的な関与が認められないなど,本件への関与の程度はさほど強いものとはいえない。

 このように,本件は,多数の客観的な資料等から認定できる事実関係を基礎として,これにB1やI1らの供述によって認定できる事実関係を総合した本件の事実関係全体から前記第3の各争点を判断していく構造となっている。

 なお,本項における以下の検討において,関係者の「供述」とは,捜査段階での取調官に対する供述(供述調書)等の公判廷外のものと当公判廷におけるもの(証言)の双方を意味し,関係者の「証言」とは,当公判廷における供述のみを意味するものとする(ただし,被告人Y2の当公判廷における供述は「公判供述」と表記する。)。

 2 B1の供述の信用性

 前述したとおり,B1の供述は,前記第3の各争点を検討する上で最も重要な証拠であるが,本件では,B1が刑事訴訟法上の協議及び合意(同法350条の2ないし同条の15。以下,まとめて「協議・合意」と表記する。)の当事者であるという特有の事情があり,その信用性については特別の考慮が必要となる。

 関係証拠によれば,B1は,複数回の協議を経て,平成30年(2018年)11月1日,A1,被告人Y2及びI1と共謀して犯したとされる会社法違反被疑事件(ブラジルのリオデジャネイロ及びレバノンのベイルートの不動産物件の購入に関する特別背任)及び金商法違反被疑事件(平成21年(2009年)度から平成29年(2017年)度までの虚偽記載有価証券報告書の提出)について,検察官に対し,「①B1が保管する一切の資料を任意提出すること,②検察官の求めに応じて出頭し,取調べにおいて真実の供述をすること,③供述調書の作成のため必要な行為をすること,④証人として出頭・宣誓の上,証言を拒むことなく真実の証言をすること」を約し,他方,検察官は,B1に対し,「上記の各被疑事件について,B1に対して公訴を提起しないこと」を約し,検察官,B1及びB1の弁護人が連署した合意内容書面(甲147)を作成して合意が成立した(甲168)ことが認められる。

 上記のとおり,B1は,検察官による本件等に関する供述その他の証拠の収集等に協力することの見返りに,自身の被疑事件について,公訴を提起しないという検察官がB1に与え得る中で最もB1に有利な処分を受けている。この事実を踏まえると,B1は,自己に有利な取扱いを受けるため協議開始の当初から合意の成立に向けて自身の共犯者とされるA1及び被告人Y2の犯罪の立証に資する供述や証拠を提供することに努め,合意成立後においても協議の際に提供した供述等を維持したものと考えられる。そうすると,B1の供述は,有利な取扱いを受けたいとの思いから検察官の意向に沿うような供述をしてしまう危険性をはらんでいるものと考えられる。

 また,前述した本件の争点及び証拠構造を踏まえると,B1の供述は,主として共犯者とされるA1及び被告人Y2らとのやり取りに関して重要性を持つものであるから,A1に責任転嫁したり,被告人Y2を引き込んだりするという共犯者供述の危険性をもはらんでいるものと考えられる。

 加えて,B1の供述が,公訴提起に係る8連結会計年度及びその前後を含んだ約10年間もの長期にわたる多種多様な事実関係を内容とするものであるため,B1の記憶に減退や変容の可能性があることをも踏まえると,B1において記憶がない又は薄れている事項については,B1が検察官の意向に沿うような供述をしてしまう危険性がより高まるといわざるを得ない。

 そして,B1の供述に関する上記の各危険性は,検察官が指摘するB1の捜査・公判における真摯な供述態度等(論告55~58頁)によって払拭されるものとは到底いえない。

 以上によれば,B1の供述の信用性は,客観的な証拠や信用できる第三者の供述等といった裏付け証拠が十分に存在するなど積極的に信用性を認めるべき事情があるかという視点から慎重に検討すべきである。そして,直接の裏付け証拠がない供述部分については,供述した事項の性質・内容のほか,当該事項に関連するところの動かし難い事実関係に照らして供述内容が確かであるかという視点からより慎重に検討すべきである。

 3 I1の供述の信用性

  (1)I1の供述の信用性を判断する上での留意点

 前述したとおり,I1の供述も,前記第3の各争点を検討する上で重要な証拠であるが,B1と同様に協議・合意の当事者であり,その供述の信用性については特別の考慮が必要となる。

 関係証拠によれば,I1は,複数回の協議を経て,平成30年(2018年)10月31日,A1,被告人Y2及びB1と共謀して犯したとされる会社法違反被疑事件(ブラジルのリオデジャネイロ及びレバノンのベイルートの不動産物件の購入に関する特別背任)及び金商法違反被疑事件(平成21年(2009年)度から平成29年(2017年)度までの虚偽記載有価証券報告書の提出)について,検察官に対し,「①I1が保管する一切の資料を任意提出すること,②検察官の求めに応じて出頭し,取調べにおいて真実の供述をすること,③供述調書の作成のため必要な行為をすること,④証人として出頭・宣誓の上,証言を拒むことなく真実の証言をすること」を約し,他方,検察官は,I1に対し,「上記の各被疑事件について,I1に対して公訴を提起しないこと」を約し,検察官,I1及びI1の弁護人が連署した合意内容書面(甲148)を作成して合意が成立した(甲175)ことが認められる。

 上記のとおり,I1は,検察官による本件等に関する供述その他の証拠の収集等に協力することの見返りに,自身の被疑事件について,公訴を提起しないという検察官がI1に与え得る中で最もI1に有利な処分を受けている。この事実を踏まえると,I1は,B1と同様に,自己に有利な取扱いを受けるため協議開始の当初から合意の成立に向けて自身の共犯者とされるA1及び被告人Y2の犯罪の立証に資する供述や証拠を提供することに努め,合意成立後においても協議の際に提供した供述等を維持したものと考えられる。そうすると,I1の供述は,B1の供述と同様に,協議・合意に基づくものであることによる危険性をはらんでいるものと考えられる。

 また,前述した本件の争点及び証拠構造等を踏まえると,I1の供述は,本件において主として被告人Y2の言動に関して重要性を持つものであり,被告人Y2に責任転嫁するという危険性をもはらんでいるものと考えられる。

 加えて,I1の供述も,B1の供述ほどではないにしても,長期にわたる多種多様な事実関係を内容とするものであるため,I1の記憶に減退や変容の可能性があることも考慮する必要がある。

 以上によれば,I1の供述の信用性は,B1の供述の信用性と同様に,客観的な証拠や信用できる第三者の供述等といった裏付け証拠が十分に存在するなど積極的に信用性を認めるべき事情があるかという視点から慎重に検討すべきであり,直接の裏付け証拠がない供述部分については,供述した事項の性質・内容のほか,当該事項に関連するところの動かし難い事実関係に照らして供述内容が確かであるかという視点からより慎重に検討すべきである。

  (2)弁護人の主張についての検討

 弁護人は,I1には,被告会社とR2社(以下「R2」という。)の経営統合を阻止するために,R2の意向に沿って経営統合を進めようとしていたA1を被告会社から追い出すという真の目的があったこと,I1は,捜査段階に至るまで(社内調査等の段階では),本件有価証券報告書にA1の報酬に関する「虚偽の記載」があることを問題にしておらず,そのような不正があったとの認識がなかったとみられること等からすると,I1は,A1を失脚させるために本件の嫌疑を作り上げたと考えられる旨を主張する(弁論368~385頁)。

 関係証拠によれば,I1が,被告会社の監査役であったD2(以下「D2」という。)及び専務執行役員であったQ1(以下「Q1」という。)と共にA1の不正に関する社内調査に積極的に関与していた事情が認められる。また,I1がA1の解任等に関する検討をしていた事実も認められる。

 しかしながら,I1,D2及びQ1の各証言によれば,I1が協議・合意によって提供したA1の不正に関する情報は海外にある不動産物件に関するものが主たるものであったと考えられることに加え,A1の報酬に関する虚偽記載有価証券報告書提出の被疑事実については,協議の当初から合意の対象とされていたわけではなかったことからすると,I1が本件の嫌疑を作り上げた上で,検察官に対して本件を立件するように積極的に働き掛けていたとは考え難い。

 したがって,I1が被告会社の社内調査に関与していたとの事情は,I1の供述の信用性を判断する上で特段の考慮を要すべきものとはいえない。弁護人が指摘するI1の供述に関する種々の問題点は,その信用性を判断する過程において個々に検討すべき事項であると考えられる。

 4 当裁判所の判断の構造等

 前記2及び3のとおり,B1及びI1の各供述の信用性については慎重に検討すべきであるところ,検察官は,論告において,両名が協議・合意の当事者であることを踏まえて,ひとまず両名の供述を除外した上で,争いのない事実及び客観証拠から認定できる事実について分析・検討を行うとし(論告3頁),本件公訴事実については,争いのない事実及び客観証拠から認定できる事実のみをもってしても証明十分である旨主張している(論告54頁)。確かに,B1らの供述の信用性については慎重な検討を要するところ,争いのない事実及び客観証拠から認定できる事実のみをもって本件公訴事実を認定することができるのであれば,検察官が主張するような判断手法も採り得るものと思われる。

 しかしながら,協議・合意がなされた事件において,検察官が論告で行ったように,協議・合意によって得られた供述の信用性の検討をひとまずおいて,まずは争いのない事実及び客観証拠から認定できる事実のみに基づいて公訴事実が認定できるかどうかを検討しなければならないといった法的な拘束又は必然性はないように思われる。前記1でも言及したとおり,本件では,多数の客観的な資料等をもってしても本件の事実関係の全てを明らかにすることはできず,最重要証人であるB1らの供述なくしては争点判断の前提となる事実関係を確定できない構造となっている。検察官の論告は,同一の事実関係について,客観証拠に基づく分析とB1らの供述に基づく分析をそれぞれ行っているが,二つの分析を総合した主張が明確でないために,論旨が把握しづらくなっている嫌いがある。

 したがって,当裁判所は,本件の時系列に従って,まずは客観的な資料等や信用性に特段の問題がないと認められる関係者の供述によって認定できる事実関係(その大半は当事者間で争いのない事実関係といえよう。)を確認し,次いでB1らの供述の信用性を検討して当事者間で争いのある事実関係を確定した上で,前記第3の各争点についての検討を行うこととする。

Ⅱ 当事者間で争いのない事実関係

第1 本件の関係者の経歴等

 1 被告会社

  (1)被告会社の概要

 被告会社は,横浜市に本店を置く,自動車等の製造等を目的とする株式会社であり(乙53),国内外に多数の子会社や関連会社等を有し,これらの会社で構成される企業グループの中核企業として,世界各地において,自動車等の製造及び販売等の事業を行っている。被告会社の完全子会社かつ主要な連結子会社で,欧州等の海外子会社の株式を保有する持株会社として,オランダに本店を置くS2(以下「S2」という。)が存在する(甲60)。平成29年(2017年)度の被告会社の連結売上高は,約12兆円であった(甲1)。

 被告会社は,昭和26年(1951年)1月,その発行する株券を当時の東京証券取引所に上場し,昭和36年(1961年)10月以降は,東京証券取引所市場第一部に上場している(甲14)。平成30年(2018年)3月31日現在,被告会社の発行済み株式は,約42億2071万株であり(甲1),資本金の額は,約6058億円である(乙53)。

 被告会社の代表者は,本起訴及び追起訴時はJ1(以下「J1」という。)代表取締役社長であったが,令和元年(2019年)12月以降は,T2代表執行役社長である(乙53)。

  (2)R2との提携等

 被告会社の業績は,平成9年(1997年)度から3期連続で当期純損益がマイナスとなるなど低迷し,平成11年(1999年)度末には6800億円を超える当期純損失を計上するに至った(甲2)。

 このような状況を踏まえ,被告会社は,平成11年(1999年)3月,フランスに本店を置き,自動車等の製造等の事業を行っているR2との間で提携契約を締結し(甲2),これに基づいて,R2が被告会社の発行済み株式の40パーセント強を保有する一方,被告会社もR2の発行済み株式の約15パーセントを保有することとなった(甲1)。

 また,被告会社は,前記提携契約に基づいて,R2の役員及び従業員を被告会社の役員又は従業員として迎え入れることとなり,このうち,A1は,同年6月,R2から被告会社に派遣され,当時のU2(以下「U2」という。)代表取締役会長兼社長・最高経営責任者(CEO)に次ぐ役職である代表取締役・最高執行責任者(COO)に就任した(甲146)。

 なお,上記のR2と被告会社との間で締結された提携契約に基づく関係を,以下,「□□連合」又は「アライアンス」という。

  (3)被告会社の経営状況等

 被告会社は,A1の主導の下,平成11年(1999年)10月に平成12年(2000年)度連結当期純損益の黒字化等を内容とする3か年の経営再建計画(Y1リバイバル・プラン)を立てて経営再建を進めたところ,被告会社の業績は著しく回復し,その後も堅調な業績を上げるなど,経営再建がなされた(甲2)。

 また,被告会社は,前記提携契約に基づいて,R2との間で,購買,製造,物流,販売及び技術の各分野で提携を進めたほか,平成14年(2002年)3月,アライアンスを管理する会社として,オランダに本店を置くV2会社(以下「V2」という。)をR2と共同して設立した(甲2)。

 さらに,被告会社は,平成28年(2016年)5月,W2株式会社(以下「W2」という。)との間で資本参加を含む提携契約を締結し,同年10月,W2の発行済み株式の約34パーセントを取得した。これにより,W2は,□□連合に加わることとなった。

 2 被告人Y2

 被告人Y2は,Z2大学及びA3大学を卒業後,昭和56年(1981年)にアメリカ合衆国(以下「米国」という。)で弁護士資格を取得し,法律事務所に勤務した後,昭和63年(1988年)3月に,被告会社の系列会社で米国テネシー州にあったB3に入社し,労働関係,雇用,環境に関する仕事に携わり,同社が被告会社の子会社であるC3会社(以下「C3」という。)に合併された後の平成17年(2005年)10月に,C3の人事・組織開発担当の副社長(バイス・プレジデント)に就任した(甲146,被告人Y2第50回4~9頁)。

 被告人Y2は,平成20年(2008年)4月,被告会社の執行役員(コーポレート・バイス・プレジデント)に就任し,同年9月以降,被告会社のCEOオフィス(法務室及び秘書室等)の業務を所管した。被告人Y2は,平成21年(2009年)4月に被告会社のCEOオフィス等を担当する常務執行役員(シニア・バイス・プレジデント)に,平成24年(2012年)6月に代表取締役・常務執行役員に,平成26年(2014年)4月に代表取締役・専務執行役員(エグゼクティブ・バイス・プレジデント)にそれぞれ就任した後,平成27年(2015年)1月に専務執行役員を退任したものの(甲1),その後も代表取締役の職にあったが,平成30年(2018年)11月19日に本起訴に係る被疑事実により逮捕され,同月22日に代表取締役を解任され,平成31年(2019年)4月8日に取締役を解任された(甲1,146,乙53,被告人Y2第50回10~17頁)。

 3 A1

 A1は,フランスのD3大学及びE3学校工学部を卒業後,昭和53年(1978年)9月に世界的タイヤメーカーであるF3に入社し,その後,平成8年(1996年)10月にR2に入社し,R2の上席副社長に就任した(甲146)。

 A1は,被告会社とR2の前記提携契約に基づいて,平成11年(1999年)6月,被告会社の代表取締役・最高執行責任者に就任し,被告会社の業務全般を統括し,経営再建計画を実行して被告会社の再建に当たった。その後,A1は,平成12年(2000年)6月に代表取締役社長・最高執行責任者に,平成13年(2001年)6月に代表取締役社長・最高経営責任者に,平成15年(2003年)6月に代表取締役共同会長兼社長・最高経営責任者に,平成20年(2008年)6月に代表取締役会長兼社長・最高経営責任者に,平成29年(2017年)4月に代表取締役会長(最高経営責任者は退任)にそれぞれ就任した。この間,A1は,一貫して被告会社の代表取締役の地位にあり,Y1リバイバル・プラン以降も被告会社の経営計画の策定と実行を主導するなど被告会社の業務全般を統括していたが,平成30年(2018年)11月19日に本起訴に係る被疑事実により逮捕され,同月22日に代表取締役を解任され,平成31年(2019年)4月8日に取締役を解任された(甲1,146,乙53)。

 また,A1は,R2においても,平成17年(2005年)5月に取締役社長・最高経営責任者に,平成21年(2009年)5月に取締役会長・最高経営責任者にそれぞれ就任するとともに,V2においても,平成17年(2005年)4月に取締役社長兼会長に,平成29年(2017年)5月に取締役会長・最高経営責任者にそれぞれ就任し,R2及び□□連合の業務全般も統括していた(甲1,146)。

 さらに,A1は,平成28年(2016年)10月にW2が□□連合に加わったことを受けて,同年12月にW2の代表取締役会長に就任した(甲1)。

 4 B1

 B1は,昭和57年(1982年)4月に被告会社に入社し,主に人事関係の仕事を担当した。平成元年(1989年)から平成7年(1995年)まで,G3会社に勤務したが,同社においても人事関係の仕事を担当した(B1第3回1頁)。

 B1は,平成19年(2007年)9月に被告会社の秘書室長に就任し,A1や被告人Y2を含む被告会社の取締役や執行役員の報酬の決定・管理等の業務の取りまとめ等に当たっていた。その業務の一環として,A1の報酬の決定・管理に関する資料の作成・保管等を行っていた(甲15,B1第3回1~2頁)。

 B1は,平成31年(2019年)3月末で秘書室長を退任し,その後,人事本部付きとなった(B1第3回1頁)。

 5 I1

 I1は,イングランド及びウェールズの法廷弁護士の資格を有し,平成2年(1990年)に被告会社に入社し,翌年から平成20年(2008年)までH3会社において主に法務部門の仕事を担当した(I1第31回1頁)。

 I1は,平成20年(2008年)から被告会社の法務室において勤務するようになり,平成24年(2012年)にスイスにあるI3社の法務担当の副社長として出向した後,平成26年(2014年)4月に被告人Y2の後任として被告会社のCEOオフィス(法務室及び秘書室等)を担当する常務執行役員に就任し,さらに,平成27年(2015年)4月には専務執行役員に就任した(I1第31回1頁)。

 I1は,平成31年(2019年)にCEOオフィスの担当を外れ,その後,相談役に就任した(I1第31回1頁)。

第2 A1の報酬に関する諸事情

 1 被告会社における取締役の報酬の概要等

 被告会社の取締役の報酬は,株主総会の決議によって確定額金銭報酬と株価連動型インセンティブ受領権から構成されていた(甲1)。

 このうち株価連動型インセンティブ受領権とは,株価に連動する金銭受領権を対象者に付与し,一定の業績評価期間を終えると権利行使可能な権利数が確定し,その後,一定の期間を経れば,対象者が任意の時点で権利行使の意思表示をすることにより,権利行使時の株価と付与時の株価の差引額に権利行使する権利数を掛け合わせた額の金銭を受領することができるというものである。被告会社においては,業績目標に対するインセンティブを高める目的で,平成15年(2003年)に導入され,従業員のほか取締役も対象者となっており,権利行使可能な権利数が確定した時点で,権利数に公正価額(Fair Value)を掛け合わせた金額を株価連動型インセンティブ受領権の報酬額として有価証券報告書に記載して開示することとなっていた。株価連動型インセンティブ受領権は,英語表記の「Stock(Share) Appreciation Right」を略して「SAR」又は「SARs」と呼ばれるほか,被告会社におけるSARについては,特に「××(×× Employees’ Share appreciation Scheme)」と呼ばれていた(甲31)。

 また,本件当時(平成22年(2010年)から平成30年(2018年)までの間。以下「本件当時」とはこの期間を指す。)の被告会社における取締役の報酬については,株主総会で定めた取締役全体の報酬総額の上限額(平成20年(2008年)6月以降は29億9000万円(甲1,97,190))の範囲内で,(平成23年(2011年)6月の取締役会以降は)他の代表取締役との協議を前提に,各取締役に対する報酬の配分を取締役社長又は取締役会長であるA1に一任することとされていた(甲7,122,124ないし128)。

 本件当時,A1や被告人Y2ら被告会社の外国人の取締役や執行役員の報酬は,基本年棒(Annual Basic Salary, Annual Based Salary又はAnnual Base Salary。以下「ABS」という。)及び業績連動型報酬(Variable Compensation。以下「VC」という。)に,光熱費等の諸手当,被告会社において負担することが決められていた租税額分(手取額(ネット)を保証するために税額相当分を上乗せ(グロスアップ)するもの)やボーナス額等を加え,さらに,被告会社が実費を負担して支払先に直接支払うこととされていた「Other fringe benefit」と呼ばれる現物給付(以下,単に「現物給付」という。)の金額(当年度末にその実績額が判明する。)を加算して算定されていた(甲3,5,98)。

 2 A1の報酬に関する契約書等

 A1は,平成11年(1999年)に,被告会社の代表取締役・最高執行責任者に就任するに当たり,U2との間で報酬等に関する基本契約の合意書(「Agreement」と題する文書(甲99資料1))を作成し,それに署名した。これによると,A1の報酬は,基本報酬が年間1億1085万7856円(ネットの金額)とされ,他に業績に伴うパフォーマンス報酬が与えられ,更にストックオプションとして1000万株が付与されたほか,家賃や光熱費等が支給されることとなっていた(甲94)。

 その後,A1は,最高経営責任者に就任したことを踏まえて,平成14年(2002年)11月に,前記基本契約の修正合意書(「Amendment Agreement」と題する文書(甲99資料2))にU2と署名し,さらに,平成15年(2003年)3月にも,「Compensation package for A1 as CEO and President」と題する文書(甲99資料3)にU2と署名した。同文書によれば,A1の報酬のうちABSは,平成15年(2003年)4月1日をもって固定する一方,VCについては,業績の達成度に応じてABSの同額(「commitment(コミットメント)」を達成した場合)又は倍額(「target(ターゲット)」を達成した場合)とされていたが,平成18年(2006年)10月,A1は,当時の被告会社の秘書室長であったV1(以下「V1」という。)に対し,ABSのベースアップを要求し,それ以降,毎年度,ABSのベースアップがされるようになった(甲99)。

 その後,平成20年(2008年)度までは従前と同様であったが,平成21年(2009年)度以降,A1の報酬はABSに一本化されることとなった(甲15)。このようにA1の報酬がABSに一本化されたことにより,ABS及びそのベースアップ率が決定されれば,諸手当は毎年度ほぼ同額であり,税率も明らかであって,現物給付の額はさほど多額ではないことから,その年度の報酬額がほぼ算定できることとなった。

 なお,平成11年(1999年)度から平成13年(2001年)度までのA1の報酬は,年10億円を下回っていたが,平成14年(2002年)度以降は年10億円を超えており,平成15年(2003年)度から平成20年(2008年)度までの間は,概ね年14億ないし17億円程度であった(甲149)。

 3 平成19年(2007年)度以前のA1ら取締役の報酬の決定手続及び管理状況

 平成19年(2007年)度以前のA1ら取締役の報酬の決定手続は,例年2月から3月にかけて,A1が,A1以外の役員のABSのベースアップ率とVC算定の基礎となる業績達成率を決め,その後にA1自身のABSのベースアップ率等を決めてV1ら秘書室長に伝え,それに基づいて秘書室においてA1ら取締役の報酬額を算定し,取締役の報酬額の一覧表を作成してA1に提示し,A1が内容を確認して了承することによってA1ら取締役の報酬額が決定される流れとなっていた。そして,決定された報酬額に従って月次の報酬が支払われ(併せて「PAYROLL」という報酬明細書が交付されていた。),ABSとVCが記載された「Re: Notice of new salary for 20●●」と題する報酬通知書が作成され,A1が署名した上でA1ら取締役に交付されていた(甲95)。さらに,例年3月から4月にかけて,確定した現物給付の金額を踏まえてV1ら秘書室長がA1の報酬の総額をA1に報告していた(甲95,96)。

 なお,A1は,平成12年(2000年)6月に被告会社の代表取締役社長に就任してから平成30年(2018年)に本件で逮捕されて代表取締役を解任されるまでの間,一貫して被告会社の取締役社長又は取締役会長の地位にあったところ,上記の期間を通じて,他の代表取締役との間で,個々の取締役の報酬の具体的な金額等について協議することはなかったが,各取締役の報酬を決める前提となる各取締役の能力や業績等については,日頃から他の代表取締役との間で意見を交わしていた(甲84,87)。他方で,A1は,U2が取締役を退任した後,他の代表取締役との間で,A1自身の報酬について協議したことはなかった(甲84,87)。

 4 平成20年(2008年)度のA1の報酬の決定手続及び管理状況

 B1は,平成19年(2007年)9月に被告会社の秘書室長に就任しているところ,B1が秘書室長としてA1の報酬の決定・管理等の業務の取りまとめを担当するようになった平成20年(2008年)度のA1の報酬の決定手続及び管理状況は,前任のV1のやり方を踏襲した以下のようなものであった(甲15,43)。

 まずA1がB1に対しABSのベースアップ率とVC算定の基礎となる業績達成率について指示をし,それに基づいてB1ら秘書室職員において「FY2008 Compensation for(又はto) Mr.A1」と題する文書(以下,A1が自らの報酬額を決定するため又は実際に支払われた報酬額を確認するために作成された同様の書式の文書については,すべて「報酬計算書」と表記する。)を作成した。報酬計算書には,新年度の報酬額の案が記載されていたほか,A1が新年度の報酬額を決める上での参考資料として文書の左側に前年度の報酬額も記載されていた。A1は,報酬計算書に記載された新年度の報酬額の案を確認して了承することによって自身の新年度の報酬額を決定した。その後,B1ら秘書室職員において,ABSの金額を記載したA1名義の報酬通知書を作成し,これをA1に交付するとともに,上記のA1の決定に従って,A1に対し月次の報酬の支払がなされ,「PAYROLL」も交付されるなど,A1の報酬について管理がなされていた(甲15)。

 なお,平成20年(2008年)9月,リーマン・ブラザーズ社が経営破綻したことを契機にいわゆるリーマンショックが起きたところ,被告会社の経営状態も悪化し,同年度の期末の配当を無配としたため,A1は,取締役全員の報酬総額を低く見せるために,平成21年(2009年)3月,自身の報酬のうち3億8000万円を被告会社に一旦返金し,翌4月に同額の支払を受けた(甲41)。

 5 退職慰労金打切支給

  (1)退職慰労金打切支給制度の概要

 被告会社においては,取締役が退任するに当たって退職慰労金内規に従って退職慰労金を支給していたが,平成19年(2007年)6月の株主総会において,退職慰労金制度の廃止が決議された(甲1)。ただし,同株主総会において重任された取締役等に対しては,それまでの功労に報いるため,退職慰労金打切支給として取締役等退任時に金銭が支給されることとなり,それぞれの支給額が算定された。A1については44億4424万2398円が支給されることとなり,同月,A1自身にもその旨が通知された。そして,A1を含めた退職慰労金打切支給の対象者全員分の合計約65億3000万円が同年度内に費用計上された(甲40,83)。

  (2)スペシャルプレミアムの名目による支払

 平成20年(2008年)9月のリーマンショックにより為替スワップ取引で損害を受けて資金繰りに窮していたA1は,B1に対して,退職慰労金打切支給の一部の前払のような形で特別賞与を支払うことを求めた。B1は,上記のA1の求めに応じ,同月から同年12月にかけて3回にわたり,A1に対して,合計8億7000万円が「スペシャルプレミアム」の名目で支払われた(甲29,41)。

 6 被告会社における取締役の報酬に関する情報の管理等

 被告会社における取締役の報酬の決定及び支払等の管理は秘書室が所管しており,取締役であるA1の報酬の決定・管理等の業務も秘書室が行っていた。特にA1に対する具体的な報酬額は,A1から厳重な秘匿管理を要求されていたため,秘書室長のほか数名の秘書室職員の限られた者のみで管理され,基本的に被告会社の他の取締役や幹部職員らにも秘匿されていた(甲16)。

第3 有価証券報告書による役員報酬等の開示に関する内閣府令の改正

 1 有価証券報告書による開示規制の趣旨及び制度の概要

 金商法は,株式等の有価証券等を発行し,市場で流通させる上場会社等に対し,事業年度ごとに,会社の財務状況や事業内容等の情報を有価証券報告書等に記載して継続的に開示することを義務付けている(金商法24条1項)。その趣旨は,株式等の有価証券等の流通市場に参加する投資者に対し,上場会社等の側に遍在する会社の財務状況や事業内容等の情報を継続的に提供することによって,投資者がリスクを伴う有価証券等への投資を行うに際し,自己の責任において有価証券等の価値その他投資に必要な事項について判断すること(以下,単に「投資判断」という。)を可能にするとともに,真実の情報が知らされないことによる不測の損害を被るのを防ぐことにあり,有価証券報告書は,金商法の目的(金商法1条)である市場の健全化と投資者の保護を図るための主要な手段と位置づけられる。このように,継続開示規制の中心となるものが有価証券報告書であり,その記載内容は,金商法に基づく有価証券報告書等の開示書類に関する電子開示システムである「EDINET(エディネット)」等を通じて,広く投資者に公開されている。

 有価証券報告書の記載事項は,会社の経理の状況その他事業の内容に関する重要な事項その他の公益又は投資者保護のため必要かつ適当なものとして開示府令で定める事項である(金商法24条1項)。そして,開示府令15条1号イによれば,金商法24条1項により有価証券報告書を提出すべき内国会社は,第三号様式により同報告書を作成して提出しなければならないところ,同様式は,「第一部 企業情報」及び「第二部 提出会社の保証会社等の情報」から構成されており,前者の項目として「企業の概況」,「事業の状況」,「設備の状況」,「提出会社の状況」,「経理の状況」,「提出会社の株式事務の概要」及び「提出会社の参考情報」についての記載が義務付けられている。その中でも中核をなすのは,前記「経理の状況」の項目に記載される財務諸表その他の財務情報であるが,有価証券の価値はその証券を発行している会社における経営の適法性や効率性等によっても影響を受けるものであるため,その他の項目に記載される非財務情報も,投資者が投資判断を行う際の重要な要素の一つとなるものであり,社会の情勢に応じてその開示の拡充が図られてきた(甲141)。

 2 第三号様式の「提出会社の状況」に関する開示の拡充(開示府令改正の経緯)とその背景事情

  (1)企業統治(コーポレート・ガバナンス)に対する関心の高まり

 有価証券報告書による情報開示の拡充が図られてきた項目の一つが,前記「提出会社の状況」である。会社経営の適法性や効率性等を確保するためには,コーポレート・ガバナンスが機能していなければならないが,現実には,その機能不全に起因して国内外の会社の不祥事や不正会計の事案が続発し,国内外で多くの投資者が損害を被る事態が生じた。

 このような社会情勢を背景に,会社のガバナンスに対して社会の関心が集まるようになり,その強化を求める声が高まっていた。このような状況を踏まえて,平成11年(1999年)に経済協力開発機構(OECD)が,コーポレート・ガバナンス原則を発表し,各国政府に対してその強化のための施策の実施を求めた。同原則の「Ⅳ ディスクロージャーと透明性」の項には,コーポレート・ガバナンスの観点から適時かつ正確な情報開示が行われるべき重要事項が列挙されており,その中に「ボードメンバー及び主要役員とその報酬」が挙げられていた。これは,役員報酬の金額・内容や役員間での格差の大きさ等が,役員同士の力関係を反映するなど,会社のコーポレート・ガバナンスの状況を象徴的に表すものであり,投資者が投資判断を行う際の重要な要素の一つとなると考えられたからである(甲141)。

  (2)平成15年(2003年)の開示府令改正(コーポレート・ガバナンス項目の新設)

 前記コーポレート・ガバナンス原則の発表を受けて,日本でも,金融審議会において,コーポレート・ガバナンスに関する開示の在り方が議論され,平成14年(2002年)12月に,金融審議会から金融庁に対し,有価証券報告書にコーポレート・ガバナンスに関する事項について独立した項目を設けることが答申された。この答申を受けて,金融庁は,平成15年(2003年)3月に開示府令を改正し,同年4月1日以降に提出される有価証券報告書の様式の「提出会社の状況」の中に「コーポレート・ガバナンス状況」の項目を新設し,当該項目の「記載上の注意」において,記載すべき事項の例示の一つとして「役員報酬の内容」を加えた。

 開示府令上は,「役員報酬の内容」の記載については,提出会社の自主的判断に委ねられていたが,平成15年(2003年)には会社法(同年改正当時は商法)施行規則の改正も行われ,その改正によって,株式会社は,株主に提出する事業報告書(同年改正当時は営業報告書)において,役員区分ごとの報酬等の総額開示若しくは役員ごとの報酬等の額の個別開示又は両者の併用が義務付けられたことに伴い,多くの上場会社では,有価証券報告書における前記「役員報酬の内容」の項目においても役員区分ごとの報酬等の総額を開示するようになった。これにより,同項目の記載を通じて,投資者が投資判断を行う上で,会社の業績と役員の報酬総額との見合い等の観点から会社のガバナンスについて評価できるようになった(甲13,141)。

  (3)平成15年(2003年)の開示府令改正以降の状況

 もっとも,その後も同様の会社の不祥事等が絶えず,国内外の投資者のコーポレート・ガバナンスに対する関心が更に高まっていたことに加え,平成20年(2008年)のリーマンショックで破綻した海外金融機関の役員の高額報酬が批判を浴びるなどしたことを受けて,金融審議会においてコーポレート・ガバナンスに関する議論の一環として役員報酬の開示の在り方についても議論がなされ,平成21年(2009年)6月に,金融審議会から金融庁に対し,有価証券報告書における役員報酬開示の充実が図られるべきである旨の報告書が提出された(甲141)。

 これを受けて,金融庁は,平成22年(2010年)2月に,有価証券報告書の「提出会社の状況」の中の「コーポレート・ガバナンスの状況」の項目において,これまで実務上行われてきた役員区分ごとの報酬等の総額開示を義務付けるほか,一定額以上の報酬の支払を受けている役員については役員報酬の個別開示を義務付けるとの方針を定め,上場会社を対象に,コーポレート・ガバナンスに関する情報開示の強化を図ることとした。

 3 平成22年(2010年)の開示府令改正

  (1)平成22年(2010年)改正案の概要

 金融庁は,平成22年(2010年)2月12日,「「企業内容等の開示に関する内閣府令(案)」等の公表について」と題し,開示府令の改正案の概要等をホームページで公表し,パブリックコメントを募集した(甲10,141)。

 同改正案の概要によれば,役員報酬の開示については,有価証券報告書等の「コーポレート・ガバナンスの状況」等において,「(a)役員(報酬等の額が1億円以上である者に限ることができる。)ごとの報酬等の種類別(金銭報酬,ストックオプション,賞与,退職慰労金等)の額」,「(b)役員の役職ごとの報酬等の種類別の額」,「(c)報酬等の額又はその算定方法に係る決定方針の内容及び決定方法等」の開示を義務付けるとされていた。また,施行・適用時期については,「平成22年3月31日施行予定 ただし,平成22年3月31日に終了する事業年度に係る有価証券報告書等から適用予定」とされていた(甲10)。

 そして,前記(a)の役員ごとの報酬等の種類別の額の開示(以下「役員報酬個別開示制度」という。)に関し,開示府令15条1号イに規定する第三号様式においても準ずるものとされている第二号様式の(記載上の注意)中の「コーポレート・ガバナンスの状況」のdの改正案では,「提出会社の役員(取締役,監査役及び執行役をいい,最近事業年度の末日までに退任した者を含む。(以下省略))の報酬等(報酬,賞与その他その職務執行の対価としてその会社から受ける財産上の利益であって,最近事業年度に係るもの及び最近事業年度において受け,又は受ける見込みの額が明らかとなったものをいう。(以下省略))について,各役員(報酬等の額(当該役員が主要な連結子会社の役員である場合には,当該連結子会社から受ける役員の報酬等の額を含む。)が1億円以上である者に限ることができる。)ごとに役員の報酬等の種類別(金銭報酬,ストックオプション,賞与,退職慰労金等の区分をいう。(以下省略))の額を記載すること。」とされていた(甲10)。

 (2)役員報酬個別開示制度導入の趣旨・目的

 金融庁は,平成22年(2010年)改正案に関して寄せられたパブリックコメントに対し,以下のような回答をした(甲11資料3)。

 上場会社は,株主が多数に上り,公に開かれた存在であるから,より広い範囲での情報開示及び説明責任が求められるところ,その一環として,上場会社を対象に,役員の業績と報酬の関係についての具体的な情報開示を求めることとした。

 上場会社の株主その他の投資者が会社のガバナンスを具体的に評価するに当たっては,コーポレート・ガバナンスの構造に加えて,役員人事及び役員報酬が重要な要素になると考えられるところ,役員報酬は,会社あるいは個々の役員の業績に見合ったものとなっているのか,個々の役員に対するインセンティブとして適切か,会社のガバナンスが歪んでいないかなどの観点から,投資判断及びガバナンス上重要な情報と考えられるが,取締役,監査役等の役員区分ごとの報酬等の総額開示だけでは,具体的なガバナンスの状況を判断する情報としては不十分であるとの観点から,諸外国のように個別役員報酬の開示を求めることが適当であると考えられる。

 一定の高額の報酬を受領している役員についての情報が株主・投資者の投資判断にとって重要であるとの考えに基づき,一定の額(1億円)を開示の要否の基準とすることとした。

 上場会社については株主たる地位が市場で売買され日々入れ替わるという特質に鑑み,投資者にとって,会社法が求める情報開示よりも充実した開示が必要であることから,今般の改正では,会社法よりも具体的な情報の開示を求めることとした。

  (3)平成22年(2010年)改正の開示府令の施行

 以上の経過を経て,平成22年(2010年)3月31日,同年改正の開示府令が予定どおり施行され,同月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書から役員報酬個別開示制度が適用されることとなった(甲13,142)。

 同年改正の開示府令について,金融庁がホームページに掲示した「改正府令等の概要」(甲11資料2)のうち「2 役員報酬(第二号様式・記載上の注意(57)a(d)」の箇所には,「(1)取締役(社外取締役を除く。)・監査役(社外監査役を除く。)・執行役・社外役員に区分した報酬等の総額,報酬等の種類別(基本報酬・ストックオプション・賞与・退職慰労金等の区分)の総額等」,「(2)役員ごとの提出会社と連結子会社の役員としての報酬等(連結報酬等)の総額・連結報酬等の種類別の額等(ただし,連結報酬等の総額が1億円以上の役員に限ることができる。)」,「(注1)報酬等とは,報酬,賞与その他その職務執行の対価として会社から受ける財産上の利益であって,当事業年度に係るもの及び当事業年度において受け,又は受ける見込額が明らかとなったものをいう。」と記載されていた。

 同年改正の開示府令により,投資者に対し,会社の業績と個々の役員の報酬額とのバランスや役員間の報酬額の偏りの有無等,会社のガバナンスの状況に関わるより具体的な情報が提供されることとなり,投資者が投資判断を行うに際し,会社のガバナンスについてより具体的な評価ができるようになった(甲13,141)。

第4 被告会社における役員報酬個別開示制度に関する検討状況

 1 開示府令の改正案に対するA1の反応等

 前記第3のとおり,平成22年(2010年)2月12日,金融庁による開示府令の改正案の発表を受けて,被告会社の法務室長であったF1(以下「F1」という。)は,同月13日,被告会社の代表取締役・最高執行責任者であったG1(以下「G1」という。)や被告人Y2らに役員報酬個別開示制度について電子メール(甲92資料2)で報告し,同日,G1から被告会社の相談役であったH1(以下「H1」という。)に対しても,同様の電子メール(甲150資料1-1。同電子メールには,「Y2から連絡が行ったA1さんが非常に激しく反応しています。」との記載がある。)が送られた。

 また,被告人Y2は,金融庁の発表を受けて,同日,A1に対して,その旨を報告する電子メール(甲177資料1)を送り,役員報酬個別開示制度の導入を阻止するために日本政府に対してロビー活動をするように促していることなどを報告した。同日頃,A1は,被告人Y2に対して電話をし,この問題は非常に重要であるので,渉外担当のG1に同制度の導入を延期させるか阻止する手段をとらせるようにすることや,弁護士に法的な調査を依頼することを被告人Y2に指示したほか,被告人Y2との間で,合法的に開示をしないことができるか,報酬の種類によっては開示府令で定義されている「報酬等」とはみなされないものがあるかについて話し合った(被告人Y2第50回30頁,第56回2~3頁)。この電話において,被告人Y2が,A1に対して,市場のレベルを考えれば報酬が開示されても心配の必要はなく,そのまま開示すればよいと思うと言ったところ,A1は,「日本人は,驚きはするだろうが,市場の話をすれば理解してくれる。しかし,R2にY1の報酬のレベルが知られるのはまずい。Y1での報酬レベルは,R2,その株主のフランス政府,フランスの人に受け入れられない。もしY1での報酬が開示されたら,批判が起こり,私はY1にいられなくなる。私は自分の開示報酬額をフランスでも受け入れ可能な額にしたい。」と言った(乙26)。

 その後,A1は,同月18日に,被告人Y2とV2の事務所で会ったが,この際,A1は,A1の報酬が役員報酬個別開示制度によって明らかになると,フランス政府が好ましく思わず,被告会社のCEOの地位に影響が出ることを懸念していた(被告人Y2第50回40頁)。また,A1は,翌19日には,G1とV2の事務所で会い,G1から役員報酬個別開示制度について説明を受けた(甲84)。

 その他にも,A1は,当時,渉外担当の常務執行役員であったQ1らに指示して経団連や金融庁等に働きかけを行わせ,同月22日には,被告人Y2,G1及びQ1らと会議を行い,その席上で,「個人の報酬まで開示すれば日本の企業は有用な人材を集めることができなくなるはずだ。これは悪い法だからなんとかして止めなくてはならない。」と発言して開示府令の改正を止めるように指示した(甲88)。

 2 役員報酬個別開示制度に関する被告人Y2の検討状況

  (1)F1との検討状況

 平成22年(2010年)2月11日,被告人Y2は,F1からの電子メール(弁24資料17)で,役員報酬個別開示制度が導入される可能性を知り,A1に対して,同制度の導入可能性について電子メールで伝えた。

 また,前記1のとおり,同月13日,F1が被告人Y2らに役員報酬個別開示制度について電子メール(甲92資料2)で報告したところ,同月16日,被告人Y2は,F1に対し,役員報酬個別開示制度の対象となる報酬の種類について問い合わせる電子メール(甲92資料3)を送った。同電子メールに対し,同日,F1は,被告人Y2に対し,「deferred compensation」など問合せのあった報酬はすべて「報酬等」に当たり役員報酬個別開示制度の対象となる旨を電子メール(甲189資料1)で報告した。

 さらに,同月18日,F1は,被告人Y2に対し,「報酬等」の定義が会社法のそれと同じことを電子メール(甲189資料1)で報告した。

  (2)R1との検討状況

 他方,被告人Y2は,金融庁による開示府令の改正案の発表を受けて,C3のシニア・バイス・プレジデントであったR1(以下「R1」という。)に対し,役員報酬個別開示制度の法的問題について検討を依頼していたところ(甲89),平成22年(2010年)2月17日,R1から被告人Y2に対して電子メール(弁24資料20)で役員報酬個別開示制度に関する報告がされたが,その中には役員報酬個別開示制度において開示対象の「loophole」はないと記載されていた。

 また,同月20日には,R1から被告人Y2に対して電子メール(弁24資料25)で,後記第8の1のとおり,V2からの支払方法に関する報告がされたほか,被告会社に報酬を返金した場合は,返金された報酬について金融庁に報告する必要はないものの,同報酬につき既に税金が支払われているため税務当局から疑義を指摘される可能性があることなどが報告された。

 さらに,同月21日には,R1から被告人Y2に対して「Summary」と題するメモ(甲178資料1-1。以下「R1メモ」という。)を添付した電子メールが送られた。R1メモには,金融庁の改正案の射程範囲が広く,A1の報酬を開示の対象から除外するアプローチを見つけることができなかったことを報告する旨が記載されるとともに,その代替案として,A1が当年度中に報酬の一部を被告会社に返金することで開示を避けるアプローチやV2からA1の報酬を支払うことで開示を避けるアプローチについて提案する旨が記載されていた。なお,R1メモには,「Our intention was to find an approach where we could defer FY09 compensation to FY10 and provide that compensation in FY10 in a manner which would not require disclosure.」との記載があった。

 同月22日,被告人Y2は,A1に対し,R1メモや自ら作成したメモ(弁24資料26の2枚目)を用いて,V2がA1に報酬を支払う場合やA1が被告会社に報酬を返金した場合の問題点等について説明した(被告人Y2第50回42~46頁,第54回52~53頁)。

(後略)