石油カルテル事件 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律違反被告事件 最高裁判決 | 法律大好きのブログ(弁護士村田英幸)

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役に立つ裁判例の紹介、法律の本の書評です。弁護士経験32年。第二東京弁護士会所属21770

石油カルテル事件

 

 

私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律違反被告事件

【事件番号】      最高裁判所第2小法廷判決/昭和55年(あ)第2153号

【判決日付】      昭和59年2月24日

【判示事項】      1、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)85条3号の規定と憲法14条1項、31条、32条

             2、独禁法85条3号の規定と憲法77条1項

             3、石油製品の値上げの上限に関し通産省の了承を得させることとする行政指導がある場合と石油製品価格に関する不当な取引制限行為の成否

             4、不当な取引制限行為が事業者団体によつて行われた場合と事業者の処罰

             5、独禁法2条6項にいう「相互にその事業活動を拘束し」にあたる場合

             6、独禁法2条6項にいう「公共の利益に反して」の意義

             7、法人の従業者が法人の業務に関して独禁法89条1項1号違反の行為をした場合と右従業者及び法人の処罰

             8、独禁法89条1項1号の罪の既遂時期

             9、石油製品価格に関する行政指導の許される範囲

             10、適法な行政指導に従って行われた行為と違法性の阻却

             11、独禁法96条2項所定の告発状の方式

             12、刑訴規則58条違反の瑕疵のある告発状の効力

             13、清算の結了による株式会社の法人格消滅の要件

             14、株式会社の吸収合併が不成立ないし不存在とはいえないとされた事例

             15、会社の吸収合併と刑事責任の承継

【判決要旨】      1、独禁法89条から91条までの罪に係る訴訟につき二審制を定めた同法85条3号の規定は、憲法14条1項、31条、32条に違反しない。

             2、独禁法89条から91条までの罪に係る訴訟の第一審の裁判権を東京高等裁判所に専属させた同法85条3号の規定は、憲法77条1項に違反しない。

             3、石油製品の値上げの上限に関し通産省の了承を得させることとする行政指導が行われており、右行政指導が違法とまではいえない場合であつても、石油製品元売り会社の従業者等が、値上げの上限に関する通産省の了承を得るために右上限についての業界の希望案を合意するに止まらず、その属する事業者の業務に関し、通産省の了承の得られることを前提として、了承された限度一杯まで各社一致して石油製品の価格を引き上げることまで合意したときは、右合意は、独禁法3条、89条1項1号、95条1項によつて禁止・処罰される不当な取引制限行為にあたる。

             4、独禁法上処罰の対象となる不当な取引制限行為が事業者団体によつて行われた場合であつても、これが同時に右事業者団体を構成する各事業者の従業者等によりその業務に関して行われたと観念しうる事情があるときは、右行為に対する刑責を事業者団体のほか各事業者に対して問うことも許される。

             5、各事業者の従業者等が、事業者の業務に関し、その内容の実施に向けて努力する意思をもち、かつ、他の事業者もこれに従うものと考えて、製品の価格をいつせいに一定の幅で引き上げる旨の協定を締結したときは、協定の実効性を担保するための制裁等の定めがなくても、独禁法2条6項にいう「相互にその事業活動を拘束し」にあたる。

             6、独禁法2条6項の「公共の利益に反して」の文言は、原則としては同法の直接の保護法益である自由競争経済秩序に反することを意味するが、現に行われた行為が形式上これに該当するものであつても、右法益と当該行為によつて守られる利益とを比較衡量すれば「一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進する」という同法の究極の目的に実質的には反しないと認められる例外的な場合を、同項にいう「不当な取引制限」行為から除外する趣旨を含む。

             7、事業者たる法人の従業者である自然人が、法人の業務に関して、独禁法89条1項1号に違反する行為をした場合には、行為者たる自然人及びその所属する法人は、いずれも、同法95条1項及び同法89条1項1号により処罰される。

             8、事業者が他の事業者と共同して対価を協議・決定する等相互にその事業活動を拘束すべき合意をした場合において、右合意により、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争が実質的に制限されたものと認められるときは、独禁法89条1項1号の罪は直ちに既遂に達し、右決定された内容が各事業者によつて実施に移されることや決定された実施時期が現実に到来することなどは、同罪の成立に必要ではない。

             9、石油業法に直接の根拠を持たない石油製品価格に関する行政指導であつても、これを必要とする事情がある場合に、これに対処するため社会通念上相当と認められる方法によつて行われるものは、「一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進する」という独禁法の究極の目的に実質的に抵触しない限り、違法とはいえない。

             10、価格に関する事業者間の合意は、形式的に独禁法に違反するようにみえる場合であつても、適法な行政指導に従いこれに協力して行われたものであるときは、違法性を阻却される。

             11、独禁法96条2項所定の告発状の方式には、刑訴規則58条の適用ないし準用があり、公正取引委員会委員長の署名押印が必要である。

             12、告発状の方式に刑訴規則58条違反の瑕疵がある場合でも、その体裁・形式・記載内容などから告発人の真意に基づいて作成されたものであることが容易に推認されうるときは、告発状の訴訟法上の効力は否定されない。

             13、清算の結了により株式会社の法人格が消滅したというためには、商法430条1項、124条所定の清算事務が終了しただけでは足りず、清算人が決算報告書を作成してこれを株主総会に提出しその承認を得ることを要する。

             14、解散後清算事務を終了したが商法427条1項所定の手続が未了であつた甲株式会社につき会社継続の手続をしたうえ、乙株式会社をこれに吸収する合併契約をする等の手続を履践して行われた本件吸収合併(判文参照)は、これを不成立ないし不存在ということはできない。

             15、乙会社の従業者が会社の業務に関して価格協定に参加したのち、同会社が甲会社との吸収合併により消滅したときは、合併当時甲会社が清算事務を終了しており、かつ、右合併が乙会社の株式の額面金額の変更のみを目的としたものであつたとしても、現に存在する甲会社に対し右従業者の行為を理由としてその刑責を追及することは許されない。

【参照条文】      私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律85

             憲法14

             憲法31

             憲法32

             憲法77-1

             私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律89-1(昭和五二年法律第六三号による改正前のもの)

             私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律2-6(昭和五二年法律第六三号による改正前のもの)

             通商産業省設置法3

             石油業法3

             石油業法4

             石油業法7

             石油業法15

             私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律95-1(昭和五二年法律第六三号による改正前のもの)

             私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律8-1(昭和五二年法律第六三号による改正前のもの)

             私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律1(昭和五二年法律第六三号による改正前のもの)

             刑法35

             刑事訴訟法239

             刑事訴訟法241

             刑事訴訟法規則58

             私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律33

             私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律96

             商法124

             商法427

             商法430-1

             商法415

             商法406

             商法408

             刑事訴訟法339-1

             刑事訴訟法490-1

             法人ノ役員処罰ニ関する法律

【掲載誌】        最高裁判所刑事判例集38巻4号1287頁

 

 

憲法

第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

② 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。

③ 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。

 

第三十一条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

第三十二条 何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。

 

第七十七条 最高裁判所は、訴訟に関する手続、弁護士、裁判所の内部規律及び司法事務処理に関する事項について、規則を定める権限を有する。

② 検察官は、最高裁判所の定める規則に従はなければならない。

③ 最高裁判所は、下級裁判所に関する規則を定める権限を、下級裁判所に委任することができる。

 

 

独占禁止法

第二条 この法律において「事業者」とは、商業、工業、金融業その他の事業を行う者をいう。事業者の利益のためにする行為を行う役員、従業員、代理人その他の者は、次項又は第三章の規定の適用については、これを事業者とみなす。

② この法律において「事業者団体」とは、事業者としての共通の利益を増進することを主たる目的とする二以上の事業者の結合体又はその連合体をいい、次に掲げる形態のものを含む。ただし、二以上の事業者の結合体又はその連合体であつて、資本又は構成事業者の出資を有し、営利を目的として商業、工業、金融業その他の事業を営むことを主たる目的とし、かつ、現にその事業を営んでいるものを含まないものとする。

一 二以上の事業者が社員(社員に準ずるものを含む。)である社団法人その他の社団

二 二以上の事業者が理事又は管理人の任免、業務の執行又はその存立を支配している財団法人その他の財団

三 二以上の事業者を組合員とする組合又は契約による二以上の事業者の結合体

③ この法律において「役員」とは、理事、取締役、執行役、業務を執行する社員、監事若しくは監査役若しくはこれらに準ずる者、支配人又は本店若しくは支店の事業の主任者をいう。

④ この法律において「競争」とは、二以上の事業者がその通常の事業活動の範囲内において、かつ、当該事業活動の施設又は態様に重要な変更を加えることなく次に掲げる行為をし、又はすることができる状態をいう。

一 同一の需要者に同種又は類似の商品又は役務を供給すること

二 同一の供給者から同種又は類似の商品又は役務の供給を受けること

⑤ この法律において「私的独占」とは、事業者が、単独に、又は他の事業者と結合し、若しくは通謀し、その他いかなる方法をもつてするかを問わず、他の事業者の事業活動を排除し、又は支配することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限することをいう。

⑥ この法律において「不当な取引制限」とは、事業者が、契約、協定その他何らの名義をもつてするかを問わず、他の事業者と共同して対価を決定し、維持し、若しくは引き上げ、又は数量、技術、製品、設備若しくは取引の相手方を制限する等相互にその事業活動を拘束し、又は遂行することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限することをいう。

(後略)

 

第三章 事業者団体

第八条 事業者団体は、次の各号のいずれかに該当する行為をしてはならない。

一 一定の取引分野における競争を実質的に制限すること。

二 第六条に規定する国際的協定又は国際的契約をすること。

三 一定の事業分野における現在又は将来の事業者の数を制限すること。

四 構成事業者(事業者団体の構成員である事業者をいう。以下同じ。)の機能又は活動を不当に制限すること。

五 事業者に不公正な取引方法に該当する行為をさせるようにすること。

 

第十一章 罰則

第八十九条 次の各号のいずれかに該当するものは、五年以下の懲役又は五百万円以下の罰金に処する。

一 第三条の規定に違反して私的独占又は不当な取引制限をした者

二 第八条第一号の規定に違反して一定の取引分野における競争を実質的に制限したもの

② 前項の未遂罪は、罰する。

 

第九十二条 第八十九条から第九十一条までの罪を犯した者には、情状により、懲役及び罰金を併科することができる。

 

第九十六条 第八十九条から第九十一条までの罪は、公正取引委員会の告発を待つて、これを論ずる。

② 前項の告発は、文書をもつてこれを行う。

③ 公正取引委員会は、第一項の告発をするに当たり、その告発に係る犯罪について、前条第一項又は第百条第一項第一号の宣告をすることを相当と認めるときは、その旨を前項の文書に記載することができる。

④ 第一項の告発は、公訴の提起があつた後は、これを取り消すことができない。

第九十七条 排除措置命令に違反したものは、五十万円以下の過料に処する。ただし、その行為につき刑を科するべきときは、この限りでない。

 

 

 

刑法

第七章 犯罪の不成立及び刑の減免

(正当行為)

第三十五条 法令又は正当な業務による行為は、罰しない。

 

 

大正四年法律第十八号(法人ノ役員処罰ニ関スル法律)

法人ノ業務ヲ執行スル社員、取締役、会計参与、執行役、理事、監査役又ハ監事ニシテ刑事訴追又ハ刑ノ執行ヲ免レシムル為合併其ノ他ノ方法ニ依リ法人ヲ消滅セシメタル者ハ五年以下ノ懲役ニ処ス

 

 

 

【出  典】       判例タイムズ520号78頁

 

 1 本判決は、いわゆる石油カルテル(価格協定)事件の上告審判決である。

石油カルテル事件というのは、昭和48年のいわゆる第2次石油危機に際し、石油製品元売り会社14社の営業担当役員である被告人らが、各被告会社の業務に関し、製品価格のいっせい値上げを図ったとして、公正取引委員会(以下、「公取」という)から告発され、検察官により公訴を提起されるに至った独禁法違反被告事件である。

本件は、カルテル行為に独禁法所定の罰則が適用された事件としては、わが国ではじめてのものであり、マスコミにも大きく報道されたが、この種事件につき二審制を定めた独禁法の規定の合憲性や独禁法2条6項の構成要件の解釈という純然たる憲法論、法律論はもとより、値上げに関する行政指導と被告人らの行為との関係に関する事実認定ないしこれに関連した法律論、さらには一部被告人についての合意への関与の有無をめぐる問題や、会社の合併の効力等に関する商法の規定の解釈などをめぐる派生的な争点を多数含み、近時の最高裁の刑事判決としては、稀にみる大型判決となっている。

個々の論点に関する本判決の判示は、そのほとんどが最高裁として初めてのものであり、事柄の性質上、今後の経済・産業政策に与える影響は、きわめて大きいと思われる。

 なお、本件原判決(東京高判昭和55・9・26)は、本誌434号130頁に、これと同日に言い渡された被告人石油連盟外2名に対する独禁法違反被告事件(生産調整事件)の判決は、本誌434号89頁にそれぞれ登載されており、右両判決の示した主な法的判断に対する解説としては、別冊ジュリ81号『独禁法審決・判例百選』〔第3版〕を参照されたい。

 2 本判決は、基本的には原判決を是認する。

たとえば、判決要旨一、二、五、六、八、一一、一二などの点に関する本判決の説示は、原判決のそれとほとんど同一である。

しかし、他方、本判決は、石油製品価格に関する通産省の行政指導の評価、及びこれとの関係における被告人らの合意の性質、さらには、右合意を行ったのが石油連盟の機関である営業委員会であったのかどうかなどの点で、原判決と微妙な見解の対立を示し、また、被告会社太陽石油の役員である被告人田村の合意への関与の有無、被告会社九州石油の行った合併の効力などの点に関しては、原判決とは明らかに立場を異にし、結局、上告した被告人22名中3名につき原判決を破棄して無罪の言渡しをし、その余の19名について上告を棄却したものである。

本判決と原判決との見解の相違点などについては、判文に直接あたっていただきたい。

 3 本判決の判示中判決要旨として抽出する価値のある部分は、合計15項目にのほる。

以下、これらのうちとくに重要と思われるものにつき、若干の説明を加えることとする。

 一 要旨三、六、九、一○について (1)これらの判旨は、本判決の中心的論点に関するものであるが、相互に関連しているので、以下、一括して説明する。

 (2)昭和46年の第1次石油危機の際、石油製品価格の暴騰を恐れた通産省は、元売り各社に対し、原油の値上がり分を一部業界で吸収することを内容とする「10セント負担」の行政指導及びこれを前提とした油種別値上げ幅の提示を行っており、元売り各社が値上げをするには、業界全体の資料による説明をして、事前に通産省の了承を得ることが求められていた。

 (3)かかる状況のもとで、被告人らは、昭和48年中に何度も会合を重ねて値上げに関する協議を行い、同年中に5回にわたる値上げを実行したのであるが、右協議の際の合意が、〈1〉単に、値上げの上限に関する通産省の了承を得るための業界の希望案の合意に止まるのか、〈2〉各社がいっせいに一定額の値上げを合意したものとみるべきかが、本件における事実認定上の第1の争点であったのであり、この点に関連して、合意をした被告人ら及びその属する被告会社の刑責の有無が争われていた。

 (4)右の点に関し、本判決は、前記のような行政指導を前提とすると、業界に、通産省の意向を無視して各社の個別的判断によって価格の引上げを行うことは、事実上きわめて困難なことであったということから、前記(3)〈1〉の合意だけであれば、独禁法上処罰の対象となる不当な取引制限行為にあたらないが、本件においては、〈2〉の合意も行われているとして、結局、被告人らの行為が、同法3条、89条1項1号の禁止・処罰する「不当な取引制限」にあたることを認めた。

 (5)右のような行為が、独禁法3条、2条6項所定の「不当な取引制限」行為にあたるというためには、前記のような行政指導の存在にもかかわらず、かかる合意をすることが、同法2条6項にいう「公共の利益」に反したもので、行為の違法性を具備していることが必要であろう。

ところで、同条項にいう「公共の利益」の意義につき、学説上は、これを、 〈1〉自由競争を基盤とする経済秩序の維持・促進そのものと解する立場 〈2〉一般消費者の利益の確保及び国民経済の民主的で健全な発達の促進と解する立場 〈3〉生産者・消費者の利益を含む国民経済全体の利益と解する立場 の3説があり、右〈2〉説は、さらに、(ア)右文言を単なる訓示的宣言的なものとみる立場と、(イ)これに違法性阻却等何らかの実質的意味を持たせようとするものに別れている(詳細につき、横田直和・公正取引367号36頁)。

 本判決の要旨六は、例外的にではあっても、自由競争秩序に違反する行為につき独禁法の適用除外を認める点で、従前の比較的多数説である〈1〉説をとらないことが明らかであり、かなり限定的にではあるが、他の法益との比較衡量により、明文による独禁法の適用除外規定がない場合について、同法89条、3条の適用が否定されることのありうることを認めているので、おそらくは、前記〈2〉説のうちの違法性阻却事由説を採用したのではないかと考えられる。

 (5)ところで、「公共の利益に反して」の意義に関する要旨六の説示を右のように理解すると、右の判示と、要旨一○、一一の判示との関係が問題となろう。

独禁法に違反する行為が、国の行政指導に従って行われた場合であっても、そのことによって、右行為の違法性が阻却されるものではないとする点で、従前、独禁法に関する学説・実務は一致していたが(正田彬・全訂独禁法I 243頁、伊従寛・独禁法の手引き33頁、公取委昭和27・4・4審決《野田醤油事件》)、藤木英雄・ジュリ566号46頁、福田平・商事法務894号69頁、板倉宏・ジュリ729号39頁など近時の有力な刑法学説は、適法な行政指導に従いこれに協力して行われた行為については、刑法35条により、違法性が阻却されるとしているのであり、本判決の判旨は、右有力説を採用したもののようにも思われる。

 (6)ただ、さらに考えると、行政指導の許される限界につき、要旨八のように、独禁法の究極の目的に反しないことという要件が必要であるということになると、適法な行政指導に従いこれに協力して行われた行為が、独禁法1条所定の同法の究極の目的に反することはありえないとも考えられるわけであり、そうであるとすると、かかる行為は、刑法35条を援用するまでもなく、そもそも独禁法2条6項にいう「公共の利益に反して」の要件に該当しないということも可能となろう。

 (7)本判決の要旨三、六、一○の判示は、個々の論旨に対する応答という形でなされているため、その間の理論的関係が十分明らかにされているとはいえないが、〈1〉前記のとおり、要旨六が、「公共の利益に反して」の意義について、違法性阻却事由説をとっているとみられること、〈2〉行政指導の適法性の限界につき、「公共の利益に反して」の意義におけると同様に、独禁法1条所定の同法の究極の目的に反しないということを挙げていること、〈3〉行政指導に従った行為の違法性阻却の根拠につき、刑法35条を援用していないことなどの諸点にかんがみると、要旨一○の判示につき、前記(6)のような理解をするのが妥当なようにも思われる。

 (8)なお、行政指導の適法性の限界に関する要旨九の判示は、従前の通産省及び公取の各見解(ジュリ741号37頁参照)さらには、生産調整事件に関する東京高裁判決の見解のいずれとも異なる新たな見解を最高裁判所が示したものであって、事柄の性質上、やや抽象的な表現となってはいるが、今後の経済界に及ぼす影響は大きいと思われる。

 二 要旨四について (1)本件各合意の行われた会合が、石連の営業委員会ではなく、元売り各社の代表によって構成される「価格の会合」であったとする原判決の認定に対しては、営業委員会によって行われたとされている昭和46年の値上げの合意の場合と実体が異ならないのではないかという批判があった(今村成和・ジュリ729号32頁)、本判決は、原判決と異なり、右会合を営業委員会であると認めたので、右合意をしたことによる刑責を各事業者に対して問うことは許されないのではないかという疑問を生じたのであるが、本判決は、そのような場合であっても合これが同時に事業者団体を構成する各事業者の従業者等によりその業務に関して行われたと観念しうる事情があるとき」は、各事業者に対しても刑責を問うことができるとした。

 (2)事業者団体の行為か事業者の行為かの区別は、事実上微妙なことがあり、現実には両面の性質を有することが多いと思われるので、右判旨は、現実に則した議論というべきであろう。

学説等においても、おおむね同旨の見解を示すものがあったが(今村・前掲『公取事務局・独占禁止政策三十年史』340頁)、本判旨は、この点に関する実務上の問題点を解決したものとして重要である。

 三 要旨五について (1)独禁法2条6項所定の相互拘束性の要件を厳格に解し、価格協定でも、その違反に対する制裁や監視機構を伴わないものは同項所定の不当な取引制限にあたらないということにすると、多くの価格協定が独禁法の規制を免れることになり、同法の趣旨・目的を貫徹し難くなる。

一定の申合せを行えば、これによって各事業者の行為が事実上の拘束を受けることになるのは、本判決の指摘するとおりであるから、右拘束性の要件をしかく厳格に解する必要はなく、判旨は是認できるというべきであろう。

 (2)学説上も、相互拘束の要件については、これをゆるやかに解するのが通説であり(今村・独禁法〔新版〕80頁、商事法務研究会編・独禁法マニュアル59頁、伊従寛編・独禁法の手引き32頁、笹井昭夫・独禁法概説60頁)、現在の公取の取扱いでもある(実方謙二・独禁法講座III 19頁)。

 四 要旨八について (1)独禁法3条所定の不当な取引制限の成立時期については、従前、〈1〉合意時説と〈2〉実施時説の対立があり、右両説の内部においても、細部において、微妙な見解の対立があった(詳細につき、今村・公正取引378号4頁)。

 (2)本判決の判旨八は、合意時説をとることを明言したが、その論拠は示されていない。

おそらく、〈1〉合意時説の方が、独禁法の趣旨・目的に忠実な解釈であること、〈2〉実施時説をとると、合意の内容がどの程度実施に移された場合に既遂に達するのかについて争いを生ずる余地があり、実施時説は、刑罰法規の解釈として難点があること、〈3〉第1次石油カルテル事件に関する民事の最高裁判決(最高3小判昭和57・3・9民集36巻3号265頁)が、事業者団体についてではあるが、すでに合意時説に立つとみられる判示をしていることなどが、考慮されたのではなかろうか。

 五 要旨一一、一二について (1)独禁法89条の罪については、公取の告発が訴訟条件とされているが(同法96条)、本件において公取が検事総長に提出した告発状には、公取の記名と庁印の押印又は告発指定代理人の記名があるだけで、公取委員長の署名押印がなかったので、右告発状の効力が争われた。

 (2)本決定は、告発状にも刑訴規則58条の適用ないし準用があり、本件告発状に同条違反の瑕疵があることを認めたが(要旨一一)、右の瑕疵があっても一定の要件のもとにおいては告発状の訴訟法上の効力は否定されないとし(要旨一二)、結局において、本件告発状の効力を肯定した。

 (3)裁判所に対して直接提出されるものではない告発状などについては、刑訴規則の適用・準用はないという見解もあるが(佐藤道夫・註釈刑訴法2巻294頁、小野ほか・ポケット改訂刑訴法459頁)、積極説も有力である(本位田昇・実務講座3巻554頁、横井裁判官・研修57号87頁)。

要旨一一は、かかる状況のもとにおいて、積極説をとることを明らかにしたものである。

また、要旨一二の判示は、刑事手続における厳格性の要請と手続維持の要請との調和を図ったものとして注目されよう。

 六 要旨一三ないし一五について (1)被告会社九州石油については、本件価格協定に参加した同名の会社が、その後他の会社に吸収合併されて消滅しており、現に存在する被告会社九州石油は、価格協定に参加した会社とは別個の会社ではないかという主張がなされ、本判決は、結論的に右主張を認め、同被告会社に対し無罪の言渡しをしたものである。

 (2)価格協定に参加した九州石油(株)(以下、「千代田区の九州石油」という)が、その後、発行株式の券面額引下げの目的で、休眠会社である他の同名の会社(以下、「江東区の九州石油」という)に吸収合併される旨の合併契約を締結し、その旨の登記手続も完了していたことは、原判決も認めていたのであるが、原判決は、右合併ですでに清算結了により不存在となっていた会社との合併であり不成立であるという理由により、合併無効の判決によることなく、右吸収合併の効力を否定して同被告会社の刑責を肯定した。

これに対し、本判決は、清算結了により法人格が消滅するための要件を明示し(要旨一三)たのち、本件においては、「江東区の九州石油」の法人格が消滅していたとはいえないから、合併は不成立ないし不存在であるとはいえないとし(要旨一四)、結局において、価格協定に参加したことの刑責を被告会社に追及することはできないとの結論に達したものである(要旨一五)、 (3)株式会社が清算結了により消滅する時点がいつであるかについて、従前これを明確に論じた裁判例としては、本判決と同旨の見解をとる東京地裁の古い判決(東京地判昭和29・3・26本誌40号45頁)が見られる程度であり、学説上もこの点を詳細に論じたものは見当らない。

しかし、私法上の権利能力の主体としての法人格の消滅を、原判決のように、その終了をめぐって争いを生じ易い「清算事務の終了」にかからせるときは、法的安定の要請上重大な問題を生じかねない。

要旨一三の判示は、このような点を考慮し、法人格の消滅時期について、できる限り明確な基準を設定しようとしたものと思われる。

 (4)本件吸収合併当時、吸収の母体となるべき「江東区の九州石油」が不存在の会社とはいえないということになると、これと「千代田区の九州石油」との合併が不成立ないし不存在とはいえないという要旨一四の結論は、おそらく当然のことと思われる。

合併無効の訴えによることなく、合併の効力を否定することができる場合として、「合併の不存在」という概念があるが(鮫島真男・実用株式会社法I 460頁、大隅健一郎=今井宏・注釈会社法(8)のII 152頁)、これにあたるとされるのは、合併手続の瑕疵がよほど重大な場合だけであり、合併契約等所定の手続を履践して行った本件吸収合併がこれにあたらないとすることに、異論はないであろう。

 (5)吸収台併の私法上の効力が否定されないとすると、実際に価格協定に参加した「江東区の九州石油」と実体を同じくする会社が、現に社会的に存在しているにもかかわらず、これに対し独禁法違反の刑責を問うことができなくなって不合理ではないかという疑問も生じよう。

右結論を回避するためには、〈1〉合併の効力を私法上のそれと公法上のそれとで区別して考えるか、〈2〉合併の効力を全面的に肯定しながら、民事責任と同様刑事責任についても、合併による承継を肯定するしかないわけであるが、いずれの見解についても理論上重大な難点があり、このような見解を正面から提唱している学説も見当らない。

また、法人ノ役員ノ処罰ニ関スル法律は、法人の刑事責任を免れさせる目的で当該法人を合併により消滅させた場合には、右法人を消滅させる行為をした自然人たる役員を処罰することとしているので、同法を発動することによって、かかる不当な事態をある程度防遏することができる。

したがって、前記のような理論上の難点を冒してまで、最高裁が新たな理論を採用する必要はないと考えたのではなかろうか。