約束手形の振出の偽造者の悪意の取得者に対する責任 抵当権設定登記等抹消登記手続請求事件 | 法律大好きのブログ(弁護士村田英幸)

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約束手形の振出の偽造者の悪意の取得者に対する責任

 

抵当権設定登記等抹消登記手続請求事件

【事件番号】      最高裁判所第2小法廷判決/昭和55年(オ)第375号

【判決日付】      昭和55年9月5日

【判示事項】      約束手形の振出の偽造者の悪意の取得者に対する責任

【判決要旨】      約束手形の振出の偽造者は、悪意の取得者に対しては手形上の責任を負わない。

【参照条文】      手形法8

             手形法77-2

【掲載誌】        最高裁判所民事判例集34巻5号667頁

 

 

手形法

第八条 代理権ヲ有セザル者ガ代理人トシテ為替手形ニ署名シタルトキハ自ラ其ノ手形ニ因リ義務ヲ負フ其ノ者ガ支払ヲ為シタルトキハ本人ト同一ノ権利ヲ有ス権限ヲ超エタル代理人ニ付亦同ジ

 

第七十七条 左ノ事項ニ関スル為替手形ニ付テノ規定ハ約束手形ノ性質ニ反セザル限リ之ヲ約束手形ニ準用ス

一 裏書(第十一条乃至第二十条)

二 満期(第三十三条乃至第三十七条)

三 支払(第三十八条乃至第四十二条)

四 支払拒絶ニ因ル遡求(第四十三条乃至第五十条、第五十二条乃至第五十四条)

五 参加支払(第五十五条、第五十九条乃至第六十三条)

六 謄本(第六十七条及第六十八条)

七 変造(第六十九条)

八 時効(第七十条及第七十一条)

九 休日、期間ノ計算及恩恵日ノ禁止(第七十二条乃至第七十四条)

② 第三者方ニテ又ハ支払人ノ住所地ニ非ザル地ニ於テ支払ヲ為スベキ為替手形(第四条及第二十七条)、利息ノ約定(第五条)、支払金額ニ関スル記載ノ差異(第六条)、第七条ニ規定スル条件ノ下ニ為サレタル署名ノ効果、権限ナクシテ又ハ之ヲ超エテ為シタル者ノ署名ノ効果(第八条)及白地為替手形(第十条)ニ関スル規定モ亦之ヲ約束手形ニ準用ス

③ 保証ニ関スル規定(第三十条乃至第三十二条)モ亦之ヲ約束手形ニ準用ス第三十一条末項ノ場合ニ於テ何人ノ為ニ保証ヲ為シタルカヲ表示セザルトキハ約束手形ノ振出人ノ為ニ之ヲ為シタルモノト看做ス 

 

 

【出  典】       判例タイムズ425号70頁

 

 本件は、手形を偽造した者の手形上の責任が争われた事案であるが、その概要は、次のとおりである。

 原告(被控訴人・被上告人)は、自己所有の本件不動産について被告(控訴人・上告人)を権利者とする不実の抵当権設定登記等がなされているとして、被告を相手に右登記の抹消を求めた。

被告は、右登記の有効原因として「原告は、夫Aが振り出した約束手形六通の被告に対する手形金支払債務を重畳的に引き受け、右債務を目的とした準消費貸借上の債務を担保するため、本件不動産に抵当権等を設定したものである」と主張するとともに、仮に、右主張が認められないとしても、「原告は、右被担保債務の分割弁済のために被告に交付したA振出名義の約束手形20通余に自らAの印章を押捺したのであるから、手形法8条の類推適用により右手形の支払義務があり、また、前記抵当権設定等の登記は原告の意思に基づいているから、右抵当権設定等の登記の抹消を求めることは信義則に違反する」と主張した。

 原審名古屋高判昭55・1・30(判時960号55頁)は、被告主張の原告の債務引受、準消費貸借は、その目的となつた旧債務が存在しないから無効であるとし、かつ「原告がA振出名義の約手20通余をAに無断で振り出しているが、これは、被告が右冒用の事実を知りつつ原告に甘言をもつて慫慂した結果であるから、手形法8条を類推適用するいわれなく、原告の本件登記抹消が信義則に反するものとはいえない」として、原告の請求を認容した。

 そこで、被告は、原判決には判例牴触の違法があるとして上告したのであるが、本判決は、原判決の判断を全面的に支持して被告の上告を棄却した。

 先ず、手形偽造者は、手形上の責任を負うかどうかについては、学説が分れ、古くは、これを否定する説が有力であつたが(田中・手形法小切手法概論204頁)、近時は、無権代理人の手形上の責任を定める手形法8条の規定を類推適用するなどしてこれを肯定する説が多数説であるともみられるし(竹田・手形法小切手法33頁、伊沢・手形法小切手法171頁、大隅・民商72巻5号876頁、同・法律時報34巻4号75頁)、最判昭49・6・28民集28巻5号655頁も、手形法8条の規定を類推適用して手形偽造者の責任を肯定する。

ところで、手形偽造者が右のような手形上の責任を負うのは、相手方が偽造であることを知らないこと、即ち善意であることを必要とするか。

この点にふれた学説は、いずれも偽造者の責任が外観惹起に基づく点からすれば、第三者が善意の場合にのみ、偽造者が手形法上の責任を負うと解しているし(蓮井・判例評論192号190頁、小橋・民商34巻4号39頁)、前掲最判昭49・6・28も当然所持人が善意であることを前提としているものといえよう(鈴木・判例解説昭和49年度350頁参照)。

したがつて、本判決の結論には異論はないと思われが、最高裁としては初めての判断であるので、紹介する。