商標権侵害の主張が権利の濫用に当たるとされた事例
最高裁判所第2小法廷判決/昭和60年(オ)第1576号
平成2年7月20日
商標権侵害排除等請求参加事件
【判示事項】 商標権侵害の主張が権利の濫用に当たるとされた事例
【判決要旨】 漫画の主人公の観念、呼称を生じさせる登録商標の商標登録出願当時、既にその主人公の名称が漫画から想起される人物像と不可分一体のものとして世人に親しまれていた場合において、右主人公の名称の文字のみから成る標章が右漫画の著作権者の許諾に基づいて商品に付されているなど判示の事情の下においては、右登録商標の商標権者が右標章につき登録商標の商標権の侵害を主張することは、権利の濫用として許されない。
【参照条文】 商標法25
商標法37
民法1-3
【掲載誌】 最高裁判所民事判例集44巻5号876頁
【解説】
被上告人(参加人であるが、1審当時の原告が訴訟脱退したので、原審と上告審では原告の立場にあった)が有する商標権は、漫画の主人公ポパイを模したものである(「POPEYE」及び「ポパイ」の文字とポパイの漫画との結合から成る。
具体的には、判タ536号424頁の目録(1)参照)。
この商標登録について、漫画の著作権者の承諾はない。
このポパイ漫画の商標権に基づく差止請求は、公刊されたもので、これまで2件あった。
東京地判昭49・4・19無体集6巻1号114頁では、被告がほとんど争わなかったこともあって、ポパイ漫画の商標権侵害の事実が認められた。
次の大阪地判昭51・2・24判タ341号29頁は、被告の標章使用は、装飾的、意匠的効果により商品の購買意欲を喚起させる目的をもって表示されているものとし、本来の商標としての使用ではないとして、ポパイ漫画の商標権を侵害しないとした。
本件も以上の事案と同じ商標権に基づく侵害訴訟である。
上告人(被告)は、漫画ポパイの著作権者から複製の承諾を得て、「POPEYE」の文字から成る標章(乙標章=判タ536号424頁の目録(2)参照)を、ワンポイントマークとしてマフラーに付して販売した。
本件のポパイ漫画の商標権者である被上告人は、上告人に対して、商標権侵害を主張して、損害賠償等を請求し、原審が損害賠償の支払を命じていた。
これに対し本判決は、商標権侵害の主張は権利の濫用に当たるものとして、被上告人の請求を棄却した。
商標権と著作権とが抵触する場合の規定として商標法29条があり、登録商標の使用が、使用の態様により商標登録出願前に生じた他人の著作権と抵触するときは、指定商品のうち抵触する部分についてその態様により登録商標の使用をすることができないと規定されている。
乙標章と共に上告人販売のマフラーに吊り札として付されていた丙標章(判タ536号424頁の目録(3)参照)は、漫画の人物像を表す図柄を構成要素としていたことから、原判決は、これを漫画の原著作物の複製であるとして、商標法29条により本件商標権に基づく禁止権の行使を受けないとした。
これに対して、乙標章の方は文字のみから成るから、著作物から独立した著作物性を有しないとして、乙標章については商標法29条の適用はなく、乙標章に対する本件商標権の行使を妨げないとしたのが原判決の判断であった。
しかし、原判決が権利の濫用の主張を排斥した点には、例えば、菊池武・別冊ジュリ著作権判例百選56頁、玉井克哉・ジュリ908号95頁、増井和夫=中山信弘・知的財産権研究I(東京布井出版)168頁などを始めとする「判批」があった。
本判決は、本件登録商標は右人物像の著名性を無償で利用しているものであるとした上、客観的に公正な競業秩序を維持することが商標法の法目的の1つとなっていることも考慮に入れ、被上告人が、ポパイ漫画の著作権者の許諾を得て乙標章を付した商品を販売している上告人に対して本件商標権の侵害を主張するのは、客観的に公正な競業秩序を乱すものとして、権利の濫用に当たるとし、被上告人の請求を一部認容した原判決を破棄して、この請求を棄却した。