重加算税賦課決定処分が国税通則法(昭和45年法律第8号による改正前)68条所定の要件を欠き違法である場合には、右処分中、過少申告加算税額に相当する部分についても取消を求める法律上の利益があるとした事例
大阪高等裁判所判決/昭和45年(行コ)第22号、昭和47年(行コ)第1号
昭和50年9月30日
所得税額更正決定取消等請求控訴及び附帯控訴事件
【判示事項】 1、重加算税賦課決定処分が国税通則法(昭和45年法律第8号による改正前)68条所定の要件を欠き違法である場合には、右処分中、過少申告加算税額に相当する部分についても取消を求める法律上の利益があるとした事例
2、審査請求人から弁明書副本の送付請求があつた場合において、審査庁には必ず処分庁に対し弁明書の提出を求めてその副本を審査請求人に送付すべき義務があるものとは解されないとした事例
3、所得税更正処分に対する審査手続において、審査請求人に対し反面調査結果等の記載されている所得調査書の閲覧を拒否したことにつき、行政不服審査法33条2項にいう「正当の事由」が認められないとした事例
4、原処分とこれを維持した裁決の取消を求める請求につき併合して判決し、原処分の取消請求を棄却する場合でも、裁決を取り消す利益があるとした事例
【判決要旨】 (1)~(5) 省略
(6) 課税庁は、重加算税賦課決定取消請求は、これに代わるべき過少申告加算税の範囲内では訴えをもつて取消しを求める法律上の利益がなく、同処分はこれを超える部分についてのみ取り消されるべきである旨主張するが、重加算税賦課決定処分に過少申告加算税賦課決定処分が当然含まれているとみることはできず、あくまでも両者は別異の処分として取り扱うべきである。また、重加算税賦課決定処分の取消判決後に過少申告加算税賦課決定処分がなされれば、不利益処分が時間的におくれることによつて法的利益を受ける場合があり、納税者は本訴において本税を争つているから、本年重加算税賦課決定処分中過少申告加算税相当額についても取消しを求める法律上の利益があるというべきである。
(7) 行政不服審査法の下における審査手続は、訴訟手続とは異なり、処分庁の1上級庁にすぎない審査庁が主宰する簡易迅速な手続による権利救済を目的としているにすぎず、その審理方式は対審的構造をとつておらず職権主義を基調としたものであること等を考えると、審査庁自らにおいて弁明書の提出を求めなくともその他の資料によつて事案の争点が十分明確に把握でき、裁決をするのに何らの支障がないと判断したような場合まで含めて常に審査庁において処分庁に対し弁明書の提出を求めその提出を得た後審査請求人にその副本を送付しこれに対する反論を持つた上でないと審査手続が進められないと解するのは妥当ではなく、審査庁が処分庁に弁明書の提出を求めるか否かはその裁量に委ねられているというべきである。
(8) 行政不服審査法は審査請求人の審査庁に対する弁明書副本送付請求権について何らふれるところがないから、審査請求人から弁明書副本の送付請求があれば審査庁としては常に必ず処分庁に対し弁明書の提出を求め、その提出を得てその副本を審査請求人に送付すべき義務があるものとは解されない。
(9) 取引先の個人的秘密は、法律の保護すべき個人又は法人の秘密には当らないと1概に言い去ることはできない。蓋し、1般に企業が内部の秘密を他に漏らしたくない根拠は、主に営業上の利益を守るためであり、斯る営業上の利益は法的保護に値し、特定の取引先と円滑な取引を続けるという利益も営業上の利益のひとつということができるからである。1方、国家公務員法100条1項は公務員の守秘義務を規定しているが、個人的秘密について、法律の定める限られた者に対し、法律の手続に従つてこれを開示することまでも絶対的に禁止しているものとは解されない。したがつて、公務員が職務上知り得た個人の秘密だからといつて、それだけで常に行政不服審査法33条2項の閲覧拒否の正当理由があるというわけにはいかない。閲覧拒否の正当理由があるというためには、単に審査庁が主観的抽象的に第3者らの利益を害するおそれがあると認めるだけでは足りず客観的、具体的にみてそのようなおそれが認められなければならないと解すべきである。
(10) 納税者は、反面調査先の下請をしていたものであり、納税者にとつてこれら反面調査先はいずれも主要な取引先で、これを失うことは、納税者にとつて甚だしい損失を被ることになることが認められる。従つて、納税者が所得調査書の閲覧によつて、右取引先が反面調査に応じたこと、その調査の結果納税者の過少申告が発覚し、更正処分を受けるに至つたことを知つたとしても、感情的に心よく思わないことはともかくとして、そのことの故に実際取引において契約を拒んだり、契約の履行を怠るなどするおそれはないと認められる。そして他に税務職員が本件取引先の反面調査に当り、納税者に対し調査結果を漏らさないことを特に条件としたなどの特段の事情が認められない本件においては、審査庁が所得調査書には取引先の個人的秘密事項の記載があるとしてその閲覧を拒否したことは正当な理由があつたとはいえない。
(11) 本件所得調査書には調査担当者が上司から受けた指示、調査技術方法などに関する記載があり、これは国家公務員法100条にいう公務員が職務上知り得た秘密のうち行政上の秘密(同条2項の「職務上の秘密」と同義)に属する事項の記載であり、公益に関することであるから、これを他に漏らすことは厳に禁止されているといわなければならず、行政不服審査法33条2項の閲覧拒否の正当理由がある場合に該当するのみならず、右記載は本件処分の理由となつた事実を証するものでないから、もともと閲覧に供する必要のないものである。
本件所得調査書には、取引先等からの採証事項のほか行政上の秘密事項が混然と記載されていて、それぞれに分離することは困難であるけれども、本来閲覧拒否のできない取引先等からの採証事項の記載部分までも閲覧を拒否することは違法の誹を免れない。このような場合は、行政上の秘密にわたる事項の記載部分に紙を貼布して隠し、できれば消除するなりしてその他の部分を閲覧させればよいわけである。また、所得調査書は行政不服審査法33条により閲覧の対象とされることを当然予定される書類であるから、もともと記載方法を工夫し、分離可能のようにしておくべきものであり、それをしていないからといつて審査請求人に不利益を強いる筋合はない。
(12) 省略
(13) 原処分の取消請求と裁決の取消請求とが併合されている場合において、原処分の取消請求を棄却すべきときは、裁決に理由附記不備のような形式的瑕疵があつても、裁決取消請求には訴えの利益がないとするのが判例(最高裁昭和3七年12月26日第2小法廷判決)であるが、本件の裁決の違法(閲覧拒否)は単なる形式的瑕疵ではなく、所得調査書を閲覧させれば審査請求人から新たな攻撃防禦方法が提出されることもあり得るから、本件裁決取消請求には法律上の利益がある。
(14) 行政不服審査方法による審査手続は職権探知主義が主軸をなしており、審査庁は、審査請求人の取引先に対する反面調査結果などにつき公益的、公平な立場からみて、些少の不審や疑念の余地があるならば、職権をもつて審査請求人を審尋するなど(場合によつては職権によつて参考人の陳述を徴し、鑑定、物件の提出要求をする。)その点を判然させうるから、実体的真実発見の可能性に欠けるところはなく、審査庁のこの職権審尋などは審査請求人の書類閲覧により提出が予想される攻撃防禦方法に代替することができ得ないとはいえない。しかし、実際問題として、審査庁が調査結果に不審や疑念をもつためには、審査請求人の指摘や申立によらなければならない場合が多いであろうし、そのためには審査請求人において右調査結果を閲覧し、その内容を知る必要があるといわなければならない。したがつて、本件の場合、所得調査書を審査請求人に閲覧させなくても、その攻撃防禦に支障はなかつたとまで断定することはできない。
【参照条文】 国税通則法(昭和45年法律第8号による改正前)68
行政不服審査法22
行政不服審査法33-2
行政事件訴訟法9
【掲載誌】 行政事件裁判例集26巻9号1158頁
訟務月報21巻11号2400頁
判例タイムズ336号274頁
税務訴訟資料82号832頁