労働基準法32条の2に基づく1か月単位の変形労働時間制の「特定」の要件 | 法律大好きのブログ(弁護士村田英幸)

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広島高等裁判所判決平成14年6月25日

JR西日本(広島支社)事件

給料請求控訴事件

【判示事項】 1 労基法32条の2に基づく1か月単位の変形労働時間制がその要件として労働時間の「特定」を要求した趣旨に鑑みると,同条の「特定」の要件を満たすためには,労働者の労働時間を早期に明らかにし,勤務の不均等配分が労働者の生活にいかなる影響を及ぼすかを明示して,労働者が労働時間外における生活設計をたてられるように配慮することが必要不可欠であり,そのためには,各日および週における労働時間をできる限り具体的に特定することが必要であると解するのが相当であるとされた例

2 労基法32条の2の要件からは,他の日および週の労働時間をどれだけ減らして超過時間分を吸収するかを示す必要があるため,法定労働時間を超過する勤務時間のみならず,変形期間内の各日および週の所定労働時間をすべて特定する必要があるから,常時10人以上を使用する事業場においては,就業規則において変形期間内の毎労働日の労働時間を,始業時刻,終業時刻とともに定めなければならないと解するのが相当であるとされた例

3 公共性を有する事業を目的とする1定の事業場においては,労基法32条の2に基づく1か月単位の変形労働時間制に関して,勤務指定前に予見することが不可能なやむを得ない事由が発生した場合につき,使用者が勤務指定を行った後もこれを変更しうるとする変更条項を就業規則等で定め,これを使用者の裁量に1定程度まで委ねたとしても,直ちに当該就業規則等の定めが同条の要求する「特定」の要件を満たさないとして違法となるものではないとされた例

4 勤務時間の延長,休養時間の短縮およびそれに伴う生活設計の変更により労働者の生活に影響を与え不利益を及ぼす恐れがあるから,勤務変更は,業務上のやむを得ない必要がある場合に限定的かつ例外的措置として認められるにとどまるものと解するのが相当であり,使用者は,就業規則等において勤務を変更しうる旨の変更条項を定めるに当たっては,労基法32条の2が変形労働時間制における労働時間の「特定」を要求している趣旨に鑑み,いったん特定された労働時間の変更が使用者の恣意によりみだりに変更されることを防止するとともに,労働者にどのような場合に勤務変更が行われるかを了知させるため,変更が許される例外的,限定的事由を具体的に記載し,その場合に限って勤務変更を行う旨定めることを要するものと解すべきであって,使用者が任意に勤務変更しうると解釈しうるような条項では,同条の要求する「特定」の要件を満たさないものとして無効であるとされた例

5 被告のような公共交通機関においては,要員不足に即座に対応する必要があり,労働者に対し緊急の勤務変更を行う高度の必要性を有するが,本件就業規則55条1項ただし書(「業務上の必要がある場合は指定した勤務を変更する」)は,一般的抽象的な規定であり,その解釈いかんによっては,業務上の必要さえあればほとんど任意に勤務変更をなすことも許容される余地があり,労働者にとって,いかなる場合に勤務変更命令が発せられるかを同条項から予測することは,著しく困難であるといわざるをえず,同条項は労基法32条の2の要求する勤務時間の「特定」の要件を満たさないのでその効力は認められないとされた例

6 同ただし書に基づく地上勤務から乗務員勤務への勤務変更を無効とし,勤務変更によって変更前の勤務時間より変更後の勤務時間が長くなった部分については時間外労働に該当し,超過勤務手当の支給対象になるとして同手当の支払いを命じた1審判決が維持された例(額変更)

7 誠実な団体交渉が行われていることが当事者間に不起訴の合意がある場合は格別,そうでなければ訴訟提起を妨げる理由にならないことは明らかであるうえ,賃金は労働契約において労務の提供とともにその中核をなす部分であり,その請求権が労働者にとって生活を維持するうえで最も重要なものであることからすれば,少額であっても未払賃金の支払いを求めることが信義則違反ないし権利濫用に当たるとは認められないとされた例

【掲載誌】  労働判例835号43頁